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4話 名前

「なじむ起きろ!!」


 大声で妹の名前を呼んだ。そしてそのまま、起きたかどうかを確認せずに妹の手を全力で引っ張った。

 爺さんは俺の声に驚き包丁から手を離した。誰もいない布団に、勢いよく包丁が突き刺さる。


「あ、あぶねえ」


 間一髪だった。もし俺が妹の手を引いていなかったらと考えるとぞっとする。


「え? 何? 何が起こったの?」


 いつの間にか起きていたらしい妹は、状況が飲み込めないようで困惑している。


「いいから走るぞ!」


「は、走るって言われても」


「あの爺さん、お前のことを殺そうとしてたんだよ! だから逃げる!」


「う、うそ? ほんとに?」


「ああほんとだ。って、やばい! いつの間にか再び包丁を握ってる!」


 爺さんは落ちていた包丁を握り直し、妹に刃先を向けた。


「い、いや」


 爺さんの包丁を見て、妹の顔が引き攣る。


「お、おい! 走るぞ!」


 今すぐ走り出そうとしているのだが、妹はぺたんと座ってそこから動こうとしない。


「何やってんだよ! 早く!」


「こ、腰が抜けちゃった」


 ブルブルと震えながら、妹はそう呟いた。マジかよおい。

 くそ! こうなったらしょうがない!

 

「俺に掴まれ! おぶっていく!」


「わ、分かった」


 俺が妹の目の前でしゃがんでおんぶをする体制をとると、妹はいつもの反応とは違い、俺の言葉に素直に従った。


「おりゃぁあああああ!!」


 妹をおぶってすぐに、窓を突き破りそこから飛び出した。


「うおっ!」

 

 妹の体スレスレに、爺さんの振るった包丁が宙を裂く。


「うぁぁあああああああ!!」


 大声を上げ、俺は全力で走った。後ろを振り返ると、爺さんが追いかけてきているのが分かった。手に持った包丁が、暗闇の中でギラリと光る。くそ! 捕まったらやばい!


 今まで走った中で、一番速く足を動かした。人は本気になればここまで速く走れるのかと自分の潜在的な力に驚かされる。

 爺さんはあまり足は速くないようで、幸いにして少しずつ距離が広がっていく。

 俺は、完全に爺さんが見えなくなるまで走り続けた。息は切れ、次第に足も重くなっていくが、それでも必死で走り続けた。


「ど、どうだ?」


 どれくらい走っただろうか。後ろを振り向くももう爺さんの姿は見えない。だが油断は危険だ。手に持っていた包丁さえ隠せば、この暗い草原で、姿を隠して俺達に迫ることなど容易い。

 少しだけ立ち止まってから、俺はまたすぐに動き出した。


「ね、ねえ。どういうことなの?」


 いまだに事態を飲み込めていない妹が、俺におぶられたまま背中から聞いてくる。


「分からん。いきなり爺さんが襲ってきたんだ」


 本当に、なぜ襲ってきたのかがさっぱり分からない。


「あんなに優しいお爺さんだったのに、なんで……」


「優しい振りをして、俺達を殺すことが目的だったのかもな」


「うぅ、なんでこんな目に合わなくちゃいけないの」


 普段強気な妹だが、命の危機に晒されたことがよほど辛かったのか、目を涙で潤ませる。


「しかも、こんな夜に行く当ても無いなんて。わたし達、もう死ぬしかないの!?」


「落ち着けって。行く当てならある。ほら、あの爺さん言ってただろ。このすぐ近くに町があるって」


「じゃ、じゃあ町に行けばいいんだよね? と言っても、一体どの方角に……」


 妹は早く安全な場所に行きたいようで、俺の背から早く動け動けと急かす。


「分からない。とりあえずは今日爺さんの家に行った時と逆方向の道をひたすら歩く」


「なにそれ。もし間違った方角に歩いてたら最悪じゃん……」


「だからって、他にどうすることも出来ないだろ? 今はただ、この方角が間違っていないと信じて進むしかない。で、もう自分で歩けそうか?」


 いつまでもおぶっているままだと、俺の体力が持たない。


「多分、大丈夫」


「じゃあ、こっからはもう自分で歩けよ」


 腰を下ろして、妹を背から降ろした。妹は少し名残惜しそうな顔をしていたが、間違いなく気のせいだろう。


「はぁ……。もう散々だよ」


「だな。早く家に帰りたい」


 きっと両親も心配している。こんなところにいつまでもいるわけにはいかない。


「あのさ」


 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、妹が俺に話しかけた。


「なんだ? また文句でもあるのか?」


「そ、そうじゃない! さっきさ、わたしのこと、助けてくれたじゃん?」


「まあそりゃあんな場面だったら誰だって助けるだろうよ」


 あそこで何もしない男なんてのがもしいるとしたら、そいつはとんだチキン野郎だ。


「そ、そうかもしれないけどさ。それでも、あの……」


「なんだよ、言いたいことがあるなら早く言えよ」


 いつもなら言わなくてもいいことだって言うくせに、なんで今に限ってこんなもじもじしているんだ。


「あ、あの! ……ありがと」


「え?」

 

 顔を真っ赤にして、小声で妹が呟いた。


「だから! ありがとうって言ったの!」


「お、おぉ……」


 まさか妹の口からそんな言葉が聞けようとは。


「そ、それともう一つ!」


「なんだ? まだ何かあるのか?」


 また予想も出来ないことを言われるかもしれないと思うと、少し身構える。


「……名前」


「名前?」


「わたしを起こした時、名前を呼んだでしょ? 名前で呼んでくれたの、久しぶりだったから」


「ああ、そういえばそうだったか。あの時は咄嗟だったからな。嫌だったらもう呼ばない」


 と言っても、いつまでも「おまえ」とか「おい」とか呼ぶのもどうかと思うけどな。


「い、嫌じゃない!」


「え?」


「だから、呼びたかったらそう呼べば?」


「お、おう……」


 なんなんだ一体。さっきから妹の、いや、なじむの言動には驚くことばかりだ。

 まあなんにせよ、だ。少しは可愛いところあるんじゃねーか。助けて良かった、そう思えるだけのな。

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