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3話 民家

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ようやく妹に追いついた。


「ど、どうして止まったんだ?」


 息を切らしながら、立ち止まっている妹に尋ねた。


「あそこ! ほら!」


「ん?」


 妹が指さす方向には小さな一軒家があった。ぼんやりと光が灯っていて、誰かがいる可能性が高い。


「よっし!」


 このまま妹とずっと二人きりだったらどうしようかと思っていたので、他に人がいると非常に嬉しい。

 俺と妹は、残った体力を全て使って家へと走った。ただの小さな家が、俺にはまるで宝石のように輝いて見えた。


「すいませーん!」


 ノックを二回して、家の中に聞こえるように大声で叫んだ。


「人、いるかな?」


「わたしがそんなの知るわけないじゃん、一々聞かないでよ」


 口は悪いが、妹もこの家に期待していることが分かる。そりゃそうだ。もし人がいたら満足いく食事だって出来るかもしれないし。

 しばらく待っていると、キーっと音を立ててドアが開いた。


「どなたですかな?」


 中から現れたのは、もう孫がいてもおかしくないほどの年齢の男だった。知らない人を見てここまで嬉しく思ったのは生まれて初めてだ。


「実は、なんか気がついたらこの近くにいて、それで、行くところも無くて……」


 こんな説明で伝えられただろうか。だがこれ以上に言いようがない。


「それは大変ですね。どうぞあがってください。大したものは出せませんが」


「ほんとか!」


 優しい人で助かった。隣の妹の方を見ていると、表情は相変わらずのままだが、なんとなく喜んでいるように思えた。

 

 家に入ると、男はすぐに食事の用意をしてくれた。


「すみません。突然お邪魔して」


 食事を一通り済ませ、無言なのもどうかと思ったので、俺は話しかけた。


「いえいえ、お気になさらず。困った時はお互い様ですよ」


 困った時はお互いさま、か。口で言うのは簡単だが、実際に実行できる人はなかなかいない。


「ほんとに助かりました。それであの、何日もここでお世話になるわけにはいかないし、この近くに町とかありませんか?」


「ありますよ。すぐ近くに」


「おぉ、良かった。おい妹、明日はそこ行くぞ」


「気安く話しかけないで」


 いや、気安く話しかけないでってただ明日の予定伝えただけじゃん……。

 妹は、俺にシッシと追い払うように手を動かした。俺はハエかっつーの。って、ん?


「お前、手に何書いてあるんだ?」


「手に? って、な、なにこれ!」


 妹の左手の甲には、何やら紋章のようなものが書いてあった。


「と、とれない!」


 ゴシゴシと左手を拭うが、全く落ちる様子が無い。


「お前が自分で書いたんじゃないのか?」


「そ、そんなわけないでしょ! もう、どうすんのよこれ!」


「いや、どうするって言っても知らないけど」


 俺の体じゃないし自分でなんとかしてくださいな。


「ちょ、ちょっと見せてください!」


 何故かは分からないが、男は慌てて妹の手をとって見た。


「何か知ってるんですか?」


「い、いや、なんでもありませんよ。ははは」


 明らかに何か知っているようなリアクションなんだけれども。まあいいか。親切にしてくれた人を疑うなんて野暮な真似をするつもりはない。


「ささ、お二人ともお疲れでしょう。寝室にご案内しますのでついてきてください」


「えー、お風呂は―? シャワーはー?」


「贅沢言うな。食べ物と寝るとこさえあれば人は生きていけるんだよ」


 そもそも、毎日風呂に入るのなんて日本人くらいだ。どうせ昨日風呂入ったんだし一日くらいいいだろ。


「は? 何それ? というか、お風呂入らなかったら絶対わたしのこと臭い女だって馬鹿にするじゃん!」


「しねーよ! 大体な、俺だって風呂入らないんだから臭いのは同じだろ」


「何言ってんの? 女の子と男の子は違うんだけど」


 そりゃ違うだろうけれど、俺は一日風呂に入っていない女の匂いってのは別に悪いもんだとは思わん。むしろ男の方が臭い。


「ここが寝室でございます。狭いところで申し訳ありませんが、ここしか用意できなかったのです」


 今までいた部屋のすぐ近くの部屋に、俺達は案内された。広くは無いけれど、埃一つ無さそうな綺麗な部屋だ。


「って、ここ布団一個しか置いてないんだけど! もう一つあるんでしょうね?」


「いえ、無いです。すみません」


「うっそ。じゃあどうすんのよこれ!」


「俺が床で寝るからいいよ」


 どんなところでだって寝る気になれば寝れる。ここで譲らずに妹と二人で一緒の布団で寝るなんてのも気持ち悪いしな。


「そ、そう、分かった。それならいいけど。じゃあわたし寝るから。絶対寝てる間に変な事しないでよね」


「誰が実の妹にそんなことするかっての」


「あっそ」



   



「眠れねえええ!」


 なんなんだこれは。一緒にいるのは実の妹だぞ。それなのに寝れないって。


 はぁ……。俺疲れてるはずなんだけどな。疲れていればいつもならすぐに夢の中に行けるのだが、今日は全く行ける気がしない。

 さっさと家に帰る方法を見つけないと、こりゃ永遠に寝れないなんてこともありえるぞ。

 すぐ近くから妹の寝息が聞こえてくる。チッ、さっさと寝やがってこいつは。というか、妹が寝てからどれくらい時間が経ったんだ? なんかもう結構経ってる気がする。


 ギィィィイイ。

 ゆっくりと扉が開いた。なんだ!? 

 ひょっとして、幽霊とかじゃないよな? おいおいおい。俺そういうの普通に苦手なんだって。

 ギシ、ギシ、と何かが歩く音が聞こえた。足音がするってことは、幽霊ではないみたいだな。 

 だがどちらにしろ何かがいることには違いない。一体何がいるんだ?

 気になって、相手にバレないように少しだけ目を開けた。


 「――!?」


 この家の家主である男が、そこにはいた。なんでこんな夜中に俺達の部屋に灯りもつけずに入ってきたんだ?


 まあでも、この爺さんなら大丈夫か。何か悪いことするような人でもないだろうし。

 それでもやっぱり何をしようとしているのかは気になるので、目だけで爺さんを追った。


 爺さんは、ゆっくりゆっくりと、妹の寝る布団へと近づいていっている。

 なんだなんだ? まさかとは思うがこの爺さん、寝ている妹にエロいことでもしに来たのか? 

 妹はまだ中一だ。もしそうだったのだとしたら、なんてロリコン野郎なんだ。


 危ないんじゃないのか? もし本当にこの爺さんがロリコンなのだとしたら。


 爺さんは、遂に妹の寝ている布団の真上にまで来た。

 爺さんの手に持った何かが煌めく。


 って、あれは……!

 包丁だ! 爺さんは包丁を持っている!


 包丁の刃が、爺さんのニヤリと笑った顔を映した。

 それを見た瞬間、汗がブワッと全身に吹き出す。やばい! やばいやばいやばいやばい!

 この爺さんは、妹を殺す気だ!

 

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