表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第七章

 日米が戦端を開いて数日後、六カ国協約の締結国全てがアメリカに宣戦布告。同じ頃、イタリアも六カ国協約の締結国に宣戦を布告した。


 これに伴い、アメリカ大西洋艦隊は12月20日にノーフォークを出港。アメリカ本土攻撃の橋頭堡となりうるイギリス領バハマやケイマン諸島、カイコス諸島の攻略に向かった。この艦隊は、「ラングレー」を除く大西洋艦隊の全ての戦艦及び空母を含む大艦隊であった。


 一方イギリスも、海外領土の防衛及びアメリカ・イタリア本土への攻撃を企図して大艦隊を大西洋及び地中海方面へと派遣。フランスやドイツもこれに倣った。なお、潜水艦や支援艦を除く各国艦隊の編成は以下の通り。


イギリス海軍

本国艦隊

戦艦 ネルソン級四隻、リベンジ級五隻、クイーン・エリザベス型五隻

空母 イラストリアス級四隻、イーグル(アーガスとフューリアスは本土に残留)

重巡洋艦 ノーフォーク級二隻、ロンドン級四隻(ホーキンス級は本土に残留)

軽巡洋艦 リアンダー級五隻、サウザンプトン級五隻、マンチェスター級三隻、エジンバラ級二隻

駆逐艦 トライバル級十六隻、J級八隻、K級八隻、L級六隻、M級二隻、N級四隻、O級三隻

(他にL級二隻、M級六隻、N級四隻、O級五隻が建造中)


地中海方面派遣艦隊

戦艦 キングジョージ五世級三隻(キングジョージ五世、プリンス・オブ・ウェールズ、デューク・オブ・ヨーク)

空母 アーク・ロイヤル、カレイジャス級二隻

重巡洋艦 ケント級五隻

軽巡洋艦 ディド級八隻

(ディド級は他にシリウス、アルゴノート、スキュラが建造中)

駆逐艦 B級九隻、D級九隻、E級九隻、F級九隻、G級九隻、H級九隻、I級九隻


フランス海軍

大西洋方面派遣艦隊

戦艦 プロヴァンス級三隻(クールベ級三隻は本土に残留)

空母 ベアルン

重巡洋艦 デュケーヌ級二隻、シュフラン級二隻

軽巡洋艦 ラ・ガリソニエール級六隻

駆逐艦 ジャグアー級六隻、ゲパール級六隻、エーグル級六隻、ボークラン級六隻、ル・ファンタスク級六隻、モガドル級六隻


地中海方面派遣艦隊

戦艦 リシュリュー級二隻(リシュリュー、ジャン・バール)、ダンケルク級二隻

空母 ジョフレ級二隻

重巡洋艦 フォッシュ級二隻、アルジェリー

軽巡洋艦 デュゲイ・トルーアン級二隻、プルトン、ジャンヌ・ダルク、エミール・ベルタン

駆逐艦 ブーラスク級十二隻、ラドロア級十四隻、ル・アルディ級十二隻


ドイツ海軍

大西洋方面派遣艦隊

戦艦 フリードリヒ・デア・グロッセ、ビスマルク級二隻、ドイッチュラント級三隻

空母 グラーフ・ツェッペリン

重巡洋艦 アドミラル・ヒッパー級三隻

軽巡洋艦 ケーニヒスベルグ級三隻、ライプチヒ

駆逐艦 Z17級六隻、Z23級八隻


地中海方面派遣艦隊

戦艦 シャルンホルスト級二隻

空母 ペーター・ストラッセル

軽巡洋艦 エムデン、ニュルンベルグ

駆逐艦 Z1級四隻、Z5級十二隻


 なお、イタリア海軍は全戦力を本土の周辺に集中している。


 これと前後して、当時各国の植民地が大半を占めていたアフリカでも戦闘が勃発。しかしアフリカの過半を勢力下に置いている六カ国協約側と現在のリビア・エリトリア・ソマリア西部程度しか支配していないイタリアでは戦力の差は圧倒的で、イタリア軍はアメリカの支援があったにも関わらず各所で敗退・降伏を余儀なくされた。


 もっとも、イタリアが敗北を重ねたのは戦力の差によるものだけではなく、「自分たちが眠いから敵も眠いはず。なら襲ってくるはずが無い」と考え夜間に見張りを立てないなどといった信じがたいミスも原因であった。


 さらに、フランスのツーロンやニース、マルセイユといった都市にある飛行場から出撃した英仏独連合の爆撃機部隊によって小規模とはいえ戦略爆撃も敢行され、イタリア国内の国民士気は急速に衰えていった。


 またアメリカ大西洋艦隊も、ケイマン諸島やバハマにあった飛行場から出撃した航空隊による攻撃で少なからず損害を受けていた。というのも、開戦時にはこれらの島々が真っ先に攻撃を受けると考えていたイギリスが、他国からの援助も受けて大規模な要塞化を行っていたからである。この航空攻撃によるアメリカ大西洋艦隊の損害は以下の通り。


撃沈(自沈も含む)

重巡洋艦

クインシー(ニューオーリンズ級)

駆逐艦

カッシング、ブレストン(マハン級)

ウォリントン(サマーズ級)

シムス、ハマン、オブライエン、ウォーク(シムス級)

ウィックス、フィリップ、エヴァンズ、ブキャナン、アーロン・ワード、ヘイル、ティルマン、クラクストン、ヤーネル(平甲板型)


損傷(大型艦のみ)

戦艦

ペンシルバニア、アリゾナ

空母

サラトガ


 この他にもアメリカ大西洋艦隊は多くの輸送艦艇を喪失するなど大損害を受け、上陸作戦は頓挫。やむなく、艦砲射撃と空爆に止めた。


 しかし、この程度では飛行場に十分な損害を与えることが出来ず、かえってケイマン諸島沖に長居をしたことによって1月4日、ついに六カ国協約連合艦隊からの爆撃を受けることとなってしまった。


 1月4日朝、空母「イラストリアス」艦橋。


 ここの最上部で、一人の少女がほくそえんでいた。


「まさかまたアメリカと戦うことになるとはねえ…。独立戦争の時のお返し、たっぷりとしてあげるよ!」


 もちろん、彼女は独立戦争の時には生まれていない。しかし、彼女はもともとイギリスの領土だったくせに独立戦争を起こしたアメリカがなぜか大嫌いだった。わざわざ「なぜか」と書いたのは、本人でも理由がよく分からないからである。


 現在、彼女の目の前では「イラストリアス」の搭載機であるソードフィッシュの発艦作業が行われている。周りを見渡せば、同じように他の四隻の空母からも同じように航空隊が出撃していた。なお、出撃した航空機の数は以下の通り。


イラストリアス級 一隻につきシーファイア(艦上戦闘機)八機とソードフィッシュ十六機

(全体で一隻当たりシーファイア十二機とソードフィッシュ二十一機搭載)


インドミタブル シーファイア十二機とソードフィッシュ二十四機

(全体でシーファイア十八機とソードフィッシュ三十六機搭載)


アーガス シーファイア四機とソードフィッシュ十二機

(全体でシーファイア六機とソードフィッシュ十五機搭載)


 合計 シーファイア四十機とソードフィッシュ八十四機


 同日昼、アメリカ大西洋艦隊空母「レキシントン」艦橋。


「十時の方向より接近する大編隊あり!」

「数は?」

「五十…六十…いえ、百機以上っ!」

「くっ…すぐに戦闘機を出撃させろ!」


 しかし、バハマからの航空攻撃を防ぐために連日の出撃を強いられていた戦闘機隊はすでに少なくない損害を受けており、さらには「サラトガ」が発着艦不能になっていたこともあって出撃できた直掩機はわずかF4F二十四機にすぎなかった。なお、内訳は「レキシントン」から十八機、「レンジャー」から六機である。


 出撃した戦闘機は、いずれも出撃して数分後には戦闘に入らざるを得なかった。というのも、当時アメリカの空母が装備していたCXAMというレーダーは航空機の探知距離が70km程度で、ソードフィッシュでも二十分程度しかかからない距離だったからである。


 こうして戦闘機隊の出撃は完了したが、数でも速度性能でも上回るシーファイアの攻撃の前に、アメリカ側の戦闘機パイロットは苦戦を余儀なくされた。せめてもの救いとなったのは、シーファイアの武装が7.7mm機銃が八丁と貧弱なことにより、苦戦のわりに未帰還機が少なかったことである。


 その結果、彼らはシーファイアとの戦闘に手一杯となり、ソードフィッシュの迎撃には殆ど手が回らなかった。そして、殆どのソードフィッシュが無傷のまま艦隊上空に到達するのを許す結果となってしまった。


「いいか!一機でも多く撃ち落とせ!」


 「レキシントン」の艦長はそう叫んだが、大型艦でさえ一隻当たり精々数門の高角砲と五十門弱の機銃しか装備していない現状では迎撃もままならず、多くのソードフィッシュが魚雷の投下に成功した。


 そして、何機かのソードフィッシュが魚雷を投下して数十秒後。


 ズズウウゥゥ…ン


 ドゴオオォォ…ン


 ドガアアァァン!


「『グレゴリー』沈没!」

「『ウィリアムス』轟沈!」

「『アストリア』被雷!」


 数度の轟音と共に、見張り員の絶叫じみた報告が相次いだ。


「ええい、なぜ駆逐艦や巡洋艦ばかりを狙う!これでは、パールハーバーや太平洋艦隊の二の舞ではないか!」


 確かに、第一潜水戦隊に襲撃された時の太平洋艦隊と今の大西洋艦隊の状況は似ている。


 しかし、理由は異なったものだった。


 日本は、将来アメリカが駆逐艦や空母の大量建造を行ったときに備え、少しでも今のうちにそれらをすり潰す目的があった。


 一方今回の場合、駆逐艦ばかりが損害を受けたのはただ単に「艦隊の外側を取り囲むようにいた駆逐艦にたまたま魚雷が当たった」という理由からであって、別に意図的に駆逐艦ばかりを狙っていたわけではなかった。


 さりとてアメリカ側の司令官にそれを知ることが出来るはずも無く、彼はあたかも日本とイギリスがあらかじめ示し合わせていたかのように錯覚してしまったのである。


 結局この攻撃によってアメリカ海軍は多くの駆逐艦を失い、「フレッチャー」級が就役を始めるまでの間、慢性的な駆逐艦不足に悩まされることとなった。なお、この戦闘における両軍の損害は以下の通り。


イギリス軍

撃墜

シーファイア九機、ソードフィッシュ十二機


アメリカ軍

撃沈

駆逐艦

リトル、シガニー、グレゴリー、コルホーン、ロビンソン、リングゴールド、マッケーン、ウィリアムス

損傷

重巡洋艦

ヴィンセンス、アストリア

その他複数


 この攻撃によってアメリカ大西洋艦隊は初めてイギリス艦隊の接近を察知したが、時既に遅く、翌日には両国の艦隊が目視でお互いを確認することとなった。


 1月4日、午前九時。


 イギリス本国艦隊旗艦戦艦「ネルソン」艦橋。


「レーダーに感あり!十一時の方向に敵艦隊です!」

「距離は?」

「三万五千です」

「よし。全艦、全速力で敵艦隊に向かえ。フランスやドイツの艦隊にも伝えろ」

「了解。両舷、前進最大戦速」


 司令長官であるジョン・トーヴェイ(トーヴィーとも)大将の号令一下、アメリカ大西洋艦隊を撃滅せんとするイギリス海軍本国艦隊。一方同じ頃、アメリカ大西洋艦隊もイギリス本国艦隊の接近に気付いていた。


「レーダーに反応あり。十時の方向、距離は三万五千。おそらく、イギリスの本国艦隊かと」

「よし。全艦、取り舵一杯」

「取り舵ですか?」

「ああ」


 司令長官ロイヤル・E・インガソル大将の号令で、一斉に取り舵を切るアメリカ大西洋艦隊の各艦。それは、時の連合艦隊司令長官東郷平八郎大将がロシアの第二太平洋艦隊(バルチック艦隊)に対して行ったことと酷似していた。


 しかし、ここに一つの問題があった。それは、転舵のタイミングがあまりにも早すぎたと言うことである。40.6cm砲の限界射程(1935年制式採用のMk8で36760m)に近い三万五千メートルもの遠距離で転舵をしたとすると、方向転換を完了してなおおよそ三万メートルの距離があり、砲撃をしても殆ど命中は期待できないのである。


 もっとも、これは一説には戦力的に不利であることを不安に思ったインガソル大将がいざという時のために早めに戦場を離脱できるようにしたとも考えられる。


 あまりにも早いタイミングで転舵する大西洋艦隊を見て、トーヴェイ大将は相手の真意を量りかねた。しかし、このままでは丁字戦法で先頭の「ネルソン」が集中砲火を受けてしまうと考え、ひとまず面舵を切って同航戦に持ち込むことにした。


「全艦、面舵一杯。敵艦隊と平行に航行しろ」

「了解。面舵一杯」


 ゆっくりと、「ネルソン」を先頭に本国艦隊の戦艦群が転舵する。その後巡洋艦及び駆逐艦部隊、さらにフランスとドイツの艦隊もこれに倣った。なおこの時、一部の艦艇が艦隊を離脱している。それらの艦艇の一覧は以下の通り。


イギリス

空母全艦、及びその護衛としてL級駆逐艦六隻、M級駆逐艦二隻、O級駆逐艦三隻


フランス

空母「ベアルン」、及びその護衛としてジャグアー級駆逐艦六隻


ドイツ

空母「グラーフ・ツェッペリン」、及びその護衛としてZ17級駆逐艦六隻


アメリカ

空母全艦、及びその護衛としてシムス級駆逐艦全艦


 ほぼ平行に航行しながら、両艦隊の距離が少しずつ縮まってゆく。


 そして、双方の距離が三万を切った。


「「撃ち方始め!」」


 二人の提督が、同時に叫ぶ。その直後、両艦隊の戦艦群の主砲が一斉に火を噴いた。


 とはいえ三万メートルもの遠距離砲戦で、さらに両軍にこの距離でも使える射撃指揮レーダーが無い(アメリカのMk3の有効範囲が18km)とあって、最初はからっきし有効弾が出なかった。


「ええい…なぜ命中弾はおろか夾叉さえ出せないのだ!」


 露天艦橋に立ちながらそう苛立ちを募らせるのは「ネルソン」の艦魂、ネルソンである。彼女は歯軋りをすると、腰に佩びていたサーベルを鞘から一気に引き抜いた。


「貴様らっ!それでもロイヤルネイビーの一員かっ!」


 やけくそになって叫ぶネルソンではあったが、艦魂である彼女の声が乗組員に聞こえるはずも無く、ただ空しいだけであった。


 しかし双方の距離が縮まるにつれ、少しずつではあるが射撃は正確になっていった。そして、遂に「ネルソン」の一斉射がアメリカ側の旗艦である「ノースカロライナ」を夾叉したのである。この時の距離は二万五千メートルであった。


「よし!そのまま撃ち続けろ!」


 自軍が先に夾叉弾を出したことで、否が応にも興奮するネルソン。だがその直後、「ネルソン」自身も多数の水柱に包まれた。


「なんのっ!先に命中弾を出せばいいだけのことだ!」


 至近弾によって体に出来た複数の擦り傷を全く意に介さず、なおも食らい付くネルソン。そして、彼女が振り翳したサーベルを振り下ろすのと同時に放たれた一斉射のうち三発が「ノースカロライナ」に命中。これらの砲弾は致命傷を与えるには至らなかったものの、第三主砲塔を損傷させ砲撃不能に追い込んだ。


「見たか!これがロイヤルネイビーの実力だ!」


 濛々たる黒煙を上げる「ノースカロライナ」を見て、歓喜の雄たけびをあげるネルソン。しかし、これはまだ海戦のほんの始まりに過ぎなかった。


 その直後、彼女の真後ろで大爆発が起きた。


「な…っ!?」


 自分の真後ろで発生した轟音に、あわてて振り向くネルソン。そこには、船体の中央部から黒煙を噴き上げている「ロドネイ」の姿があった。


「くそ…っ!よくも私の妹をっ!…ええい、こいつらなどに情けはいらん!一隻残らず海底に叩き込め!」


 目の前で自分の妹が傷ついたのを見て、激昂するネルソン。その目は怒りによって血走り、殺意に満ちた視線でアメリカ戦艦群を睨みつけていた。


 その頃「ロドネイ」の艦橋では、一人の艦魂が苦痛に顔を歪めていた。


「まだ…戦闘が始まったばかりだっていうのに…っ!」


 彼女はこの戦艦「ロドネイ」の艦魂、ロドネイである。彼女は被弾した時こそ衝撃で床に倒れたものの、すぐに立ち上がって額の傷に包帯を巻きつけた。なおこの包帯はロドネイが艦魂の力で出したものであって、彼女自身と同じく殆どの人間には見えない。


 「ロドネイ」が被弾したのは、あろうことか艦橋であった。不幸中の幸いだったのは、艦橋といっても根元のほうだったために被弾によって艦の統率がとれなくなるという事態には至らずに済んだということである。


 幸い「ロドネイ」の傷はさほど深いものではなく、戦闘は今までどおり続行できた。しかしその後、距離がおよそ二万メートルにまで近づくにつれ、被弾・損傷する艦が続出。戦闘開始一時間で、大半の戦艦が多かれ少なかれ手傷を負っていた。


 ここまで見れば、戦力で絶対的に劣るアメリカ側は良く善戦したと言えるだろう。だが、この後この膠着状態に陥った戦闘で均衡が崩れるきっかけとなる出来事が起きた。


「一隻でいい!早く敵艦を沈めろ!」


 もう何斉射目だろうか。少なくない傷を負い、痺れを切らしかけたネルソンの絶叫と共に、九発の40.6cm砲弾が放たれた。


 その砲弾は九発のうち二発が「ノースカロライナ」に命中。一発は装甲に弾かれ有効な打撃とはならなかったが、もう一発は装甲が満足に張られていない部分に命中し、火災を発生させた。


 そしてその十分後、火災は火薬庫まで到達。その刹那、言葉では表現できないような爆音が近くにいた者の耳を劈き、「ノースカロライナ」は大爆発を起こした。


「姉さん!姉さん!」


 煙と水柱によって完全にその姿を隠した「ノースカロライナ」に向かって、「ロードアイランド」の艦魂が叫び続ける。しかし水柱が収まると同時に見えたものは、第一主砲塔のあたりで船体が真っ二つに折れ、徐々に沈没してゆく「ノースカロライナ」の姿であった。


「…姉さん、嘘だよね?…ねえ、嘘だって言ってよ!姉さん!姉さああぁぁん!」


 沈み行く「ノースカロライナ」を見て衝撃の余り泣きじゃくり、パニックになるロードアイランド。とはいえいくら泣き叫んだところで姉が死なずに済むはずも無く、暫くの間ただ呆然としていた。


 その後、彼女は暫く泣いた後に落ち着きを取り戻した。そして、今度は姉の仇に対する怒りがふつふつとこみ上げてきたのである。


「許さない……絶対に許さない!たとえあなたたちが束になってかかってこようと、私がまとめて相手をしてみせる!」


 ロードアイランドの嗚咽交じりの絶叫と共に、九発の40.6cm砲弾が放たれる。その砲弾は二発が「ネルソン」に、一発が「ロドネイ」に命中した。


 その結果使用可能な主砲塔は「ネルソン」が二基、「ロドネイ」に至っては一基のみとなった。そのため、トーヴェイ大将は二隻を戦場から離脱させることにし、すぐさま二隻に「面舵一杯」を指示した。


 だが、それと同時にこれを好機と見たアメリカ軍は平甲板型駆逐艦を除く巡洋艦及び駆逐艦を突撃させることを決意。「ニューオーリンズ」を先頭とした部隊が、イギリス本国艦隊に決死の突撃を敢行した。


 トーヴェイ大将は当初これに対し驚きを隠せなかったが、すぐさま全軽巡洋艦及び駆逐艦へと突撃を指示。しかし、重巡洋艦については魚雷を搭載していないことも考慮して来襲してくるアメリカ側巡洋艦部隊の迎撃に当てることとした。


 まず魚雷を放ったのは、先に突撃を開始したアメリカ側だった。イギリス側の砲撃によって少なからぬ艦が沈没・戦線離脱を余儀なくされたとはいえ、三十隻以上の駆逐艦から立て続けに放たれた三百本以上の魚雷を全てかわすことなどは到底不可能であり、戦艦を始めとした多くの艦に命中した魚雷の合計は実に二十本以上にも及んだ。


 その結果、「マレーヤ」と「ロイヤル・オーク」にはなんと五本ずつもの魚雷が命中。それまでの戦闘で損傷していた二隻にこの損害が耐えられるはずもなく、数時間後に相次いで沈没するかたちとなった。


 そしてその直後、満身創痍であった「ロドネイ」にも悲劇が襲いかかる。


「五時の方向より雷跡五、来ます!」

「取り舵いっぱああぁぁい!」

「だめです!回避しきれません!」

「そんな…っ!」


 魚雷の命中が確実になったことを知り、愕然とするロドネイ。そして…


 ドガガアアァァン!


「がはあっ!」


 魚雷命中の衝撃によって、尋常ではない量の血を吐くロドネイ。それに追い討ちをかけるかのように、乗組員の報告が耳に入った。


「だめです!本艦は既に操舵不能!」

「機関も、一基を除いて全て動きません!」

「くっ…、やむを得ん。総員退艦せよ」

「そん…な…」


 自分の死を悟り、ショックでその場に倒れこむロドネイ。その瞬間、彼女の意識は永遠に途絶えることとなった…。


「『ロドネイ』より入電!『我操舵不能。コレヨリ総員退艦セントス』!」

「な…っ!」


 乗組員の報告に、ネルソンは言葉を失った。しかし暫くすると、大急ぎで「ロドネイ」の艦橋に瞬間移動していった。


 「ロドネイ」の艦橋に移動したネルソンは、そこで血まみれの床に倒れ伏す妹を見つけた。そしてそのことに気付くと同時に、慌てて妹を抱き起こした。


「おい、しっかりしろ、ロドネイ!ロドネイ!」


 何度叫べど、ロドネイは何の反応も示さなかった。


「ロドネイ!…くそっ!アメリカの奴ら、よくもロドネイを…っ!」


 妹の死を前に、嗚咽を漏らすネルソン。しかし、そうしている間にも「ネルソン」と「ロドネイ」の距離は広がり、とうとう艦魂が瞬間移動できる距離の限界に達してしまった。


「く…っ、ここまでだというのかっ…!」


 断腸の思いで、ネルソンは「ロドネイ」の艦橋を後にした。


 その頃、イギリスの巡洋艦部隊も多大な犠牲を払いながらアメリカ大西洋艦隊に突撃を敢行。戦艦「アリゾナ」及び「ミシシッピ」等を撃沈する大戦果を挙げた。


 両軍の巡洋艦部隊の突撃が終了した後、甚大な被害を被っていた両艦隊は一部の戦力を残して撤退を決意。かくして「カイコス諸島沖海戦」は終わりを告げた。この戦闘による両軍の損害は以下の通り。


アメリカ軍

撃沈

戦艦 ノースカロライナ、アリゾナ、ミシシッピ

重巡洋艦 クインシー、アストリア、ヴィンセンズ

軽巡洋艦 サヴァンナ、ホノルル

駆逐艦

ラドフォード、ホープウェル、トーマス、ハラデン、アボット、バグレイ、ツィッグス、デ・ロング、ジェイコブ・ジョーンズ、リアリー


他、「ロードアイランド」及び「ペンシルバニア」を除いた全ての戦艦など多数の艦が損傷


イギリス軍

撃沈

戦艦 ロドネイ、マレーヤ、ロイヤル・オーク

軽巡洋艦 エイジャックス(リアンダー級)、ニューキャッスル(サウザンプトン級)、グロスター(マンチェスター級)

駆逐艦 アフリディ、コサック、バンジャビ、シーク(トライバル級)、ジャージー(J級)


他、「クイーン・エリザベス」及び「ラミリーズ」を除く全ての戦艦など多数の艦が損傷


 尚、フランス・ドイツの艦隊からは戦艦を始めとした損傷艦こそ出たものの、幸運にも戦没艦は出ていない。ただしこれは、両国の艦隊が戦闘海域から比較的遠距離に位置していたために実質米英の一騎打ちとなったためでもある。


 その後、この海戦によって甚大な被害を被ったアメリカ大西洋艦隊はカイコス諸島の攻略を完全に断念。開戦前に退避させておいた空母及び駆逐艦と合流し、ノーフォークへと撤退を開始した。


 これに対し、六カ国協約側も損傷した戦艦などは撤退させたものの、無事だった空母や駆逐艦を主力として艦隊を再編。空母の艦載機を用い、アメリカ大西洋艦隊にさらなる痛撃を見舞わんとしていた。この三カ国混成艦隊の編成は以下の通り。


空母 イラストリアス級四隻、グラーフ・ツェッペリン

(イーグル及びベアルンは戦艦部隊の護衛をするため撤退)

重巡洋艦 各国の大西洋方面派遣艦隊に所属する全艦

軽巡洋艦及び駆逐艦 フランス及びドイツの大西洋方面派遣艦隊に所属する全艦


 翌1月5日朝、五隻の空母から攻撃隊が出撃。一路撤退するアメリカ大西洋艦隊を目指した。なおこの時の攻撃隊の編成は以下の通り。


イラストリアス航空隊 シーファイア八機、ソードフィッシュ十八機

ヴィクトリアス航空隊 シーファイア六機、ソードフィッシュ十六機

フォーミダブル航空隊 シーファイア六機、ソードフィッシュ十八機

インドミタブル航空隊 シーファイア十六機、ソードフィッシュ三十二機

グラーフ・ツェッペリン航空隊 Bf109T十八機、Ju87C十六機

(『グラーフ・ツェッペリン』は全体でBf109T二十二機とJu87C十八機搭載)


「いけえっ!アメリカの奴らにとどめをさしてやれ!」


 自艦の艦橋の上で、思いっきり叫ぶイラストリアス。そんな彼女の目の前で、航空機が次々と発艦していった。


 午前十時、アメリカ大西洋艦隊旗艦「ロードアイランド」艦橋。


「レーダーに感あり!四時の方向より航空隊が来ます!」

「数は?」

「およそ…百五十!」

「くっ…急いで戦闘機を出撃させろ!」

「了解!」


 空母「レキシントン」及び「レンジャー」から、なけなしの戦闘機が出撃していく。しかしその数は、「レキシントン」から十二機、「レンジャー」から八機の合計二十機に過ぎなかった。


 アメリカ軍にとって、辛く苦しい戦いが始まった。


 アメリカ大西洋艦隊に、百機を優に超える攻撃隊が襲い掛かる。


 戦闘機も一機でも多く撃墜しようと奮闘するが、逆に数に勝るシーファイアの攻撃を受け、なかなかソードフィッシュを撃墜できないでいる。その様子を、ロードアイランドが忌々しげに見つめていた。


「あんたたちは…姉さんやアリゾナさんたちを殺しておいて…まだ殺し足りないって言うの!?」


 今まさに自分に魚雷を叩き込まんとしているソードフィッシュの編隊に向かって、怒りをぶちまけるロードアイランド。だが、ソードフィッシュはそんな彼女の怒りなど知ってか知らずか、お構い無しに艦隊に突っ込んできた。


「二時の方向より雷撃機三機、来ます!」

「面舵いっぱあぁぁい!」


 艦長の号令と共に、ぐぐぐーっと艦首を右に向ける「ロードアイランド」。そのおかげで、彼女は魚雷を当てられずにすんだ。しかしその幸運は、大西洋艦隊の全艦には当てはまらなかった。


 ドガアアァァン!


 ズガアアァァン!


「『レキシントン』被雷!」

「『ミネアポリス』被雷!」

「くっ…!」


 見張り員の報告に、悔しさの余り唇を噛むロードアイランド。アメリカ軍(というより、日本軍以外)の艦艇は史実と異なり対空兵装の強化を殆ど受けていないため、航空攻撃にはからっきし無力であった。このことが、旧式のソードフィッシュ相手に苦戦を強いられている原因となったのである。


「ええい!落ちろ、落ちろおぉっ!」


 そう言いながら、ロードアイランドは持っていたサーベルを滅茶苦茶に振り回した。しかし対空兵装の乏しさ以上に、乗組員の錬度不足が祟って十分な弾幕を張ることが出来なかった。というのもノースカロライナ級の二隻は1941年に入ってから竣工したため、史実では1942年の春まで訓練を行っていたのである。それを無理やり実戦参加させた結果が、この有様であった。


「なんで…なんで当たっているのに落ちないのよっ!」


 余りのじれったさに、痺れを切らすロードアイランド。確かに、ソードフィッシュは低速であるが故に機銃を当てやすい。しかし、機体の大半が羽布張りであるため機銃弾が当たってもなかなか致命傷とならないことがままあった。それは、史実のサマール沖で日本海軍の戦艦が放った撤甲弾がアメリカ軍の護衛空母の舷側を突き抜け、殆どが有効な打撃とはならなかったことに似ていた。


 さりとて、さしものソードフィッシュも当然全く落ちないというわけではなく、エンジンなどに被弾すると存外にあっさりと墜落していった。とはいうものの、大西洋艦隊の各艦が受けた損害はお世辞にも軽いものとは言えなかった。


 およそ三十分にわたった戦闘の後、大西洋艦隊の所属艦は大半が傷つき、さらに数隻がその姿を波間に没し去っていた。この航空攻撃における両軍の損害は以下の通り。


アメリカ軍

撃沈(戦闘艦艇のみ)

重巡洋艦

ミネアポリス

軽巡洋艦

ボイシ

駆逐艦

パーキンス(マハン級)

バック(シムス級)

サッチャー、コーウェル、マドックス、フート、カーク、マッケンジー(平甲板型)


その他、輸送船や支援艦船が複数沈没


 この攻撃により、アメリカ大西洋艦隊は今までの戦闘とあわせて数十隻の損傷艦を出し、艦隊としての戦闘能力を事実上喪失。這う這うの体でノーフォークへと逃げ帰った。


 航空機の攻撃が終わった後の「ロードアイランド」艦橋。


 ここで、ロードアイランドが一人ですすり泣いていた。


「うう…ひぐ…っ」


 彼女には、アメリカ海軍がロンドン海軍軍縮条約の後に建造した新鋭戦艦であるという自負があった。


 しかし、勇んで戦場に立った結果は、余りに無惨なものだった。姉は撃沈され、艦隊は壊滅。かといって、自身が大活躍したという訳でもない。このように自尊心が完膚なきまでに叩きのめされたとあっては、泣きじゃくるのも無理からぬことであった。


 この後アメリカ大西洋艦隊の活動は急激に低調になり、エセックス級航空母艦やフレッチャー級駆逐艦が就役するまでの間、大規模な作戦を行うことが非常に困難になってしまった。なお、戦艦及び航空母艦の予定修理期間を以下に示す。


戦艦

ロードアイランド 一ヶ月(数発の至近弾のみ)

ウエストバージニア 三ヶ月

ワシントン 六ヶ月

ニューメキシコ 二ヶ月

アイダホ 一年(砲弾の命中多数により、被害甚大)

ペンシルバニア 損傷なし

空母

レキシントン及びレンジャー 損傷なし

サラトガ 六ヶ月(爆弾が三発命中)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ