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第六章

 開戦の翌日、六カ国協約の締結国及び米伊の各国の新聞は日米開戦の知らせを大きく報じた。


「日本軍、アメリカ領の各地を同時攻撃」

「米太平洋艦隊の主力は既に出港した模様」

「日本政府、アメリカ政府の要求を公表」


 これらの見出しが、新聞に大きく掲載されたのである。


 これを受け、六カ国協約の締結国はアメリカに、イタリアは六カ国協約の締結国にそれぞれ数日以内に宣戦布告。「第二次世界大戦」が勃発した。


 またアメリカ政府による日本政府への要求が公表されたことにより、六カ国協約の締結国内において反米派が急増。一部には過激な行動も見られた。


 開戦直後、日本政府は六カ国協約内での統合戦略立案組織の設立を提案。各国もこれを受け入れ、六カ国合同の組織として「六カ国協約統合参謀本部」が、またその下部組織として「太平洋方面統合参謀本部(日中露が参加)」と「大西洋方面統合参謀本部(英独仏が参加)」がそれぞれ設立された。


 同時に宣戦布告に伴い、参戦した各国は自国内にある敵国民の資産を凍結。これにより、アメリカは満州の権益や日本に進出していた工場などををほぼ完全に失った。しかしそれに対し、米伊への経済進出を殆どしなかった六カ国協約の締結国の経済的損失は微々たる物であった。


 そして日本国内でも、誠一の入れ知恵によって新型暗号機の使用開始や暗号傍受及び解読の専門組織の設立、陸海空軍をまとめて統制する「大日本帝国陸海空軍統合戦争遂行本部」の創設などが行われた。


 しかしこれらは全て史実の大東亜戦争における戦訓に基づいたものであるため、外部には一切その存在を知らされなかった。


 またイギリスがアメリカに宣戦布告をした直後、オーストラリアやカナダ、ニュージーランド及び南アフリカ等もアメリカに宣戦を布告。アメリカはカナダへの侵攻作戦を計画したが、日英からの支援により要塞化された国境を突破できず、失敗に終わった。逆に、この後アメリカはカナダからの空爆に悩まされることとなる。


 なお、開戦時の各国の海軍艦艇の配備状況は以下の通り。


イギリス


東洋艦隊(開戦後ラバウル近辺まで進出)

戦艦 レナウン、レパルス、フッド

空母 ハーミズ

重巡洋艦 ヨーク、エグゼター

軽巡洋艦 アリシューザ級四隻

駆逐艦 アマゾン、アンバスケイド、A級八隻、コドリントン

潜水艦 O級九隻


 他の主な戦闘艦艇は全て本国艦隊に所属。但し史実と異なり、護衛空母は一隻も就役していない。


アメリカ(すでに文中で戦没した艦も含む)


太平洋艦隊

戦艦 メリーランド、コロラド、テネシー、カリフォルニア、ネバダ、オクラホマ、ニューヨーク、テキサス

空母 ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット、ワスプ

重巡洋艦 ノーザンプトン級六隻、ウィチタ

軽巡洋艦 オマハ級十隻

駆逐艦 平甲板型七十七隻、グリッドレイ級四隻、バグレイ級八隻、ベンソン級六隻、グリーブス級十八隻

潜水艦 P級十隻、バラクーダ級三隻、アルゴノート、ナワール級二隻、ドルフィン、ケシャロット級二隻、マッケレル級二隻


大西洋艦隊

戦艦 ノースカロライナ、ロードアイランド(史実のノースカロライナ級「ワシントン」)、ウエストバージニア、ワシントン、ニューメキシコ、アイダホ、ミシシッピ、ペンシルバニア、アリゾナ

空母 レキシントン、サラトガ、レンジャー、ラングレー

重巡洋艦 ニューオーリンズ級七隻

軽巡洋艦 ブルックリン級七隻

駆逐艦 平甲板型九十隻、マハン級十六隻、ダンラップ級二隻、ポーター級八隻、サマーズ級五隻、シムス級十二隻

潜水艦 O級八隻、R級二十隻、T級十二隻


極東艦隊 (開戦直後に全滅)

重巡洋艦 ペンサコラ級二隻

軽巡洋艦 セント・ルイス級二隻

駆逐艦 ファラガット級八隻、ベンハム級十隻

潜水艦 S級三十九隻


フランス

戦艦 リシュリュー、ジャン・バール、ダンケルク、ストラスブール、プロヴァンス、ブルターニュ、ロレーヌ、クールベ、オセアン、パリ

空母 ベアルン、ジョフレ、パンルヴェ(後者二隻は史実では竣工せず)

重巡洋艦及び軽巡洋艦 史実に準ずる

駆逐艦 史実に加えてル・アルディ級四隻、モガドル級四隻が就役

潜水艦 史実に準ずる


ドイツ

戦艦 史実に加えてH級戦艦「フリードリヒ・デア・グロッセ」が就役、「グロス・ドイッチュランド」が建造中。ベルサイユ条約期の旧式戦艦は全艦退役しており、また、ポケット戦艦「ドイッチュラント」の改名は行われていない

空母 グラーフ・ツェッペリン、ペーター・ストラッセル

重巡洋艦 史実に加えてアドミラル・ヒッパー級二隻(ザイドリッツ及びリュッツォウ)が就役

軽巡洋艦 史実に加えて偵察巡洋艦(シュペークロイツァー)三隻、M級六隻が建造中

駆逐艦及び潜水艦 史実に準ずる


イタリア

戦艦 史実に加えて「インペロ」が就役、「ローマ」は史実と同じく未就役

空母 アクィラ、スパルビエロ

巡洋艦及び駆逐艦及び潜水艦 史実に準ずる


 1941年12月10日、午前九時。


 第一潜水戦隊旗艦「笠戸」司令室。


「『四阪』より入電。『我、敵艦隊ヲ発見セリ。ウエーク島東方八百海里、戦艦多数ヲ含ム』とのことです」


 真珠湾に主力艦がいなかったことから主力艦部隊と自分たちが鉢合わせをすると考えていた醍醐中将は、突然の知らせにも何ら驚くことは無かった。


「よし。第一潜水戦隊の全艦に現場に急行するように伝えろ」

「了解」


 この時「四阪」が発見した艦隊は「ワスプ」を除く太平洋艦隊の全ての戦艦・空母を主力とする大艦隊で、巡洋艦や駆逐艦(旧式な平甲板型を除く)も大半が加わっていた。


 「笠戸」からの命令を受けた各艦は、敵艦隊を包囲する形で現場の海域に急行。「四阪」が艦隊を発見した場所から西方およそ五十海里の地点で、敵艦隊をぐるりと取り囲んだ。


「全艦、当海域に到着した模様です」

「…よし、全艦、敵艦隊への攻撃を開始せよ」

「魚雷一番から四番、てーっ!」


 その直後、第一潜水戦隊の十二隻から合計四十八本の酸素魚雷が相次いで放たれた。距離は四千から五千メートル。五十ノット近い速度を出せる酸素魚雷なら、三分前後で到達できる距離である。


 同じ頃、太平洋艦隊旗艦「メリーランド」艦橋。


「ウエークを砲撃したジャップの戦艦部隊はどこへ行った?」

「少なくとも、我が艦隊の近くにいるという情報は入ってきておりません。おそらくウエークの近くに留まっているか、どこかへ後退したのでしょう」

「フン、猿が怖気づいて逃げ出しやがったか」

「そうかも知れませんな、ハハハ」


 この時、彼らは思いもしなかっただろう。


 この直後、自分たちの艦隊が少なくない犠牲を払わされることに。


 ドガアアアァァァン!


 爆音と共に、それまで艦隊の外周を航行していた駆逐艦「ブルー」が真っ二つに折れて沈没した。典型的な轟沈であった。


「何だ、何が起こった!?」

「分かりません!ただ『ブルー』が爆発したとしか…」


 ドゴオオォォン!


 ズドオオォォ…ン


 「ブルー」の爆沈を皮切りに、被雷する艦艇が続出する。しかし、何故か戦艦部隊へは殆ど魚雷が来なかった。これには、空母と駆逐艦さえ叩けば低速なアメリカの戦艦は航空機や潜水艦で楽に沈められるのでさほど優先しなくて良いという誠一の思惑があった。


 しかしそんなことなど知る由も無いアメリカ側は、日本軍の考えが全く読めなかった。


「『モンセン』被雷っ!」

「『メレディス』轟沈っ!」

「『ホーネット』被雷っ!」

「ええい、敵潜水艦はどこだ!徹底的に探して、全部沈めろ!…しかし、なぜ空母や駆逐艦ばかりを狙う…?」


「くっ…まだ、日本の主力艦隊を発見すら出来ていないのに…っ!」


 自艦の艦橋の床に倒れ伏しながら、先ほどの被雷によって裂傷を生じた左脇腹を抑える「ホーネット」の艦魂。その顔は苦悶に歪み、瞳からは悔し涙が流れる。


 史実と異なり、空母が航行中のはおろか停泊中の戦艦さえ沈めることが出来ていない現在では、空母や航空機というものが軽視されてしまうのも無理からぬことであった。


 しかし、ホーネットにはそれが許せなかった。現に日本の空母搭載機は真珠湾で「ワスプ」と二十隻以上の駆逐艦を沈めている。なら、どうして戦艦を沈めることが不可能だと言い切れるのだろうか。


 その時、一人の水兵が艦橋に入ってきた。そして、ホーネットにとってもっとも残酷な事実が突きつけられることとなる。


「だめです!機関が停止しました!」

「え…?」

「…そうか。総員退艦せよ」


 「ホーネット」の艦長が、そう告げた。それは間違いなく、ホーネットの「死」を意味していた。


 愕然とし、そして大粒の涙をぽろぽろと流すホーネット。しかしそうしたところで、現実は何も変わらなかった。


「そんな…!」


 結局、戦艦群には損傷した艦こそあれ、沈没艦は一隻も無かった。しかし、空母「ヨークタウン」「ホーネット」を始めとする多くの艦が撃沈ないしは損傷。艦隊は、真珠湾への撤退を余儀なくされた。


「妹たちの仇…絶対に許さない!たとえ一隻でも仕留めて見せる!」


 復讐の念に燃え、殺意を露にする駆逐艦「グリーブス」の艦魂、グリーブス。彼女もまた、この襲撃で妹を三人も(メレディス、モンセン、イングラム)失っていた。


 この後第一潜水艦隊も激しい反撃を受け、「大神」「中通」「中甑」の三隻が沈没。いくらアメリカの駆逐艦が一隻当たり二十個前後の爆雷しか搭載していないとはいえ、敵艦隊との距離を詰めすぎ、狭い海域に多くの艦を密集させたことが仇となった。


「ホーネットさん、仇は…討ちましたよ」

「有り難う…グリーブス」

「礼には及びません。私も、妹を三人も殺されましたから…」

「そうだったの…」

「…そろそろ時間です。残念ながら、これでお別れですね」


 グリーブスの言う「時間」…それは空母「ホーネット」を自沈させる時間、すなわち彼女が「死」を迎えなければならない時間であった。


「ええ。…姉さんたちは?」

「ヨークタウンさんが負傷してしまいましたが、命に別条はありません」

「そう。…なら、良かった」

「それでは、これで失礼します」


 そう言うと、グリーブスは「ホーネット」の艦橋から去っていった。


 その後「ホーネット」は味方駆逐艦の魚雷によって自沈処分された。この戦闘における両軍の喪失艦は以下の通り。


日本軍

潜水艦 「大神」 「中通」 「中甑」


アメリカ軍

空母 「ホーネット」(自沈処分)

駆逐艦

「メレディス」、「モンセン」、「イングラム」(グリーブス級)

「ブルー」、「ジャーヴィス」、「ヘンリー」(バグレイ級)

「ランスデール」(ベンソン級)


 1941年12月15日、第一艦隊はトラック諸島に入港。次期作戦であるフェニックス諸島(エンダーベリー島、カントン島等)の攻略に向け、準備を進めていた。


 そんな中誠一は、久しぶりに三笠や大隅たちに会うべく休日をとって「三笠」に向かった。とはいえ突然大将ともあろう者が工作艦に乗艦しては変に勘繰られる恐れがあるので、秋津洲に頼んで「三笠」まで転送してもらうという形をとった。


「三笠、いるかな?」


 三笠の部屋の前に来た誠一が、そう問いかける。


「宮沢大将ですか!?どうぞ!」


 部屋の中から聞こえてきた声に思わずに苦笑いしつつ、誠一はドアを開けた。


「久しぶり。三笠」

「お久し振りですっ!」

「おお、やけに元気がいいな」

「こうして何ヶ月かぶりに会えたんですから、当然ですよ。…でも、もう戦争が始まったんですよね…」

「ああ。ウエークとグアムは楽に落とせたが、フィリピンやアリューシャンはいつまでかかるかわからん。それに…」


 急に辛そうな顔をする誠一を見て、三笠は何事かと不安になる。


「それに…?」

「…もうすでに、戦没艦が出てしまっている」

「もう…ですか?」

「10日に第一潜水戦隊がウエークの東で敵艦隊を攻撃したのだが、その時にこちらも潜水艦が三隻沈められたんだ。まさか一気に三隻もやられるなんて思わなかったから、驚いてしまったよ」

「そんな…」

「もっとも、これからは両軍から戦没艦が続出するだろう。こちらの戦艦や空母だって、いつまで全艦が生き延びられるかは全く分からないのが現状だ。…ごめんな。会っていきなりこんな話をして」

「いえ。私も予想はしていましたから…そうだ。せっかく来て頂いたんですから、姉さんたちも呼んできましょうか?」

「ああ。よろしく頼むよ」


 誠一がそう言うと、三笠は一度「三笠」から去っていった。


 数分後。


「久しぶりだな」

「久しぶり~」

「久方振りですな」

「お久し振りです」

「おお。みんな、久しぶりだな」


 三笠は富士、敷島、朝日、大隅の四人を連れて戻ってきた。


「ウエークやグアムは簡単に落とせたと聞いて、安心したぞ」

「しかし、こちらにも犠牲は出ています」

「それはやむを得まい。むしろ、私はもっと多い犠牲が出るものと思っていたからな」

「ええ。これ程の戦果を手中に収めることが出来たのであるならば、少なくともこれまでの将兵や艦魂たちの犠牲も無駄ではなかったと存じます」

「後は、どれだけ早くこの戦争を終わらせられるかだよ」

「分かっています。しかしそのためには同盟国にも頑張ってもらわねばなりませんし、我々もハワイは落とす必要があるでしょう。果たしてそれまでに、どれだけの犠牲が出るか…」


 心配の余り、誠一がため息を漏らした。


「心配していても始まるまい。何、私たちは既に戦艦として戦うことは出来なくなったが、傷付いた奴がいたら連れてくるといい。すぐにでも修理してやるぞ」

「ええ。私たち一隻一隻の修理能力は史実の『明石』型に劣っちゃいますけど、十隻もいれば一度にそれなりの数の艦を修理してあげることができますからね」

「安心なされよ。貴官が設計した艦たちは、そう易々と沈めさせは致しませんぞ」

「いざとなれば自衛用の対空兵装は装備していますから、前線であろうと参上致します」

「とはいえ限界はあるから、護衛は付けて欲しいけどね」

「…皆有り難う。いざという時には、遠慮なく力を貸してもらうことにするよ」


「…そういえば、この後の予定はどうなのですか?」

「艦隊の出撃準備が終わったらフェニックス諸島とパルミラ環礁を落として、艦隊がまたここに戻ってきたら僕は少しの間内地に行くよ」

「何をなさるのですかな?」

「新型兵器の開発を手伝うつもりだよ。出来れば、来年中には新型の航空機を実戦配備したいからね。新しいレーダーや噴進弾なんかも開発中だし」

「お忙しいのですね…」

「何。この位、前線で戦っている将兵や艦船のことを考えたらまだ楽なほうだよ」

「どうか、体に気をつけてくださいね」

「ああ。みんなも元気でな」


 この後、整備と補給を終えた第一艦隊は12月22日にトラックを出港。およそ一個師団を乗せた輸送船団を従えて、一路フェニックス諸島へと向かった。


 12月29日午前九時、カントン島西方およそ450kmの海上。


 現在ここを、十六隻の輸送船を従えた第一艦隊が航行していた。


 その時、一機の飛行艇が第一艦隊に接近してきた。


「対空電探に感あり!十一時の方向、距離五万!まっすぐこちらに向かってきます!」

「数は?」

「一機です。おそらく偵察用の飛行艇かと」

「艦隊が発見されては面倒なことになる。すぐに撃墜しろ」

「『祥龍』より入電。『我ヨリ戦闘機二機ヲ出撃セシメ、敵航空機ヲ撃墜セントス。艦隊司令長官ノ許可ヲ求ム』とのことです」

「すぐにでも出撃させるように伝えろ」

「了解」


 その後山本長官の命令で「祥龍」から出撃した戦闘機が飛行艇を撃墜し、艦隊は発見されずに済んだ。


 しかし、撃墜間際の飛行艇から「我敵戦闘機ノ攻撃ヲ受ク」と打電されたカントン島の基地司令は近くに日本軍の大規模な艦隊が存在すると判断。戦爆連合四十八機の攻撃隊を出撃させた。


 飛行艇を撃墜して、およそ二時間後。


「再び対空電探に感あり!先ほどの飛行艇と同じ方向から、編隊が接近してきます!」

「数は?」

「五十っ!」


 このように、接近してくる航空機の数を報告する際は「約」をつけないことが多い。というのも、「約五十」が「百五十」に聞こえてしまう恐れがあるからである。


「直掩機を出せ!何機までなら出せる?」

「『祥龍』より入電。『我、コレヨリ直掩機ヲ出撃セシメントス。数ハ二十四』とのことです」

「よし。了解したと伝えろ」

「了解」


 その後、「祥龍」より直掩機が次々と発艦。しかし、最後の機体が発艦を終える頃には敵編隊がすぐそこまで接近しつつあった。


「敵機との距離、一万五千を切りました!」

「よし、高角砲撃ち方始め!」


 ドドン!ドドン!ドドン!


 各艦に搭載された、合計二百門以上の高角砲や両用砲が一斉に火を噴いた。


「Shit!何なんだこの弾幕は!」


 アメリカ軍の攻撃隊のパイロットは、初めて見る日本艦隊の対空砲火の激しさに驚愕した。


 さらにそこに追い討ちをかけるように、合計およそ千門もの機関砲や機銃が弾丸の雨霰を浴びせかけた。


 予想をはるかに上回る弾幕と直掩機の迎撃の前に、米軍機は次々と撃墜されていった。一説には、第一艦隊上空に到達したのは半分程度とも言われている。


 しかしそれは、逆に言えば半数が艦隊上空に到達したということでもあった。


 生き残った十機のSBDドーントレスが、急降下爆撃を仕掛けてくる。僚機が次々と撃墜されても尚攻撃を止めようとしない様子は、まさしく「ドーントレス」の名に相応しいものがあった。


「敵機直上!急降下あっ!」

「取り舵いっぱあああい!」


 三発の爆弾を投下されるも急いで左に舵を切り、なんとか回避に成功する「秋津洲」。だが次の瞬間、艦隊のそこここで爆発が相次いだ。


 ドガアアァァァン!


 ドガアアァァン!


「『微風』及び『東風』被弾っ!」


 その報告の直後、一際大きな爆音が耳に入った。


 ズガアアアァァァン!


「た…『束風』轟沈!」

「くっ…」


 目の前での駆逐艦の轟沈に、誠一は思わず歯噛みした。史実より差は縮まったとはいえ、日米の生産力にかなりの差があることに変わりは無い。ならば、こちらにとっては駆逐艦一隻であろうとそう易々と沈められるわけにはいかないのである。


 重ね重ね言うが、もちろん生存性には最大限の配慮がなされている。しかし、急所である魚雷発射管に1000ポンド(約453キログラム)爆弾の直撃を受けてしまっては、そんな配慮など何の意味も無かった。


 結局、この攻撃で駆逐艦「束風」が轟沈し、「微風」「東風」が損傷。さらに、損傷した二隻をトラックまで帰還させるための護衛として第四及び第五駆逐隊の駆逐艦五隻が艦隊を離脱した。この戦闘における両軍の損害は以下の通り。


日本軍

沈没

駆逐艦「束風」(乗組員二百名以上戦死)

損傷

駆逐艦「微風」(第一主砲塔大破) 「東風」(後部艦上構造物損傷)


アメリカ軍

撃墜

航空機二十九機(F4F二十四機中十二機、SBD二十四機中十七機)

残余の機体も被害甚大


 決して少なくない損害ではあったが、第一艦隊は任務を続行。翌日には、カントン島を艦砲射撃の射程内に捉えた。


 12月30日、カントン島の西方十海里の沖合い。


 第一艦隊は、今まさにカントン島にある軍事施設への艦砲射撃を敢行せんとしていた。


 前日には敵機の攻撃の後に「祥龍」所属航空隊(戦闘機十二機、爆装攻撃機二十四機)による空爆を行い、戦闘機一機と攻撃機二機の喪失と引き換えに軍事施設に少なからぬ打撃を与えている。


「零式拡散弾、装填完了しました」

「よし、砲撃開始!」

「撃ち方始めぇっ!」


 山本長官の号令一下、まずは戦艦群の主砲が砲撃を開始する。発射された砲弾は一定時間経過すると時限信管によって爆発し、辺りに数十の破片をばら撒いた。その破片は貫通力などはさほどでもないものの、ほとんど装甲の無い建造物を破壊するにはまさにうってつけであった。


 炎上するカントン島を見て、誠一は零式拡散弾の対地攻撃時における効果の高さに驚いた。しかもこの場合破片が再度爆発するわけではなくただ燃えているだけなので、不発弾の心配も無い。強いて言うなら、機関銃の徹甲弾が燃えながら飛んでくるようなものである。


 その後、島に接近するにつれ自艦の砲の射程内にまで近づいた艦は逐次砲撃を開始。零式拡散弾が使用できるのは戦艦及び重巡洋艦のみ(とはいえ第一艦隊に重巡洋艦はいないが)だったので、軽巡洋艦や駆逐艦は榴弾で砲撃を行った。


 カントン島及びエンダーベリー島は史実ではこの頃米英の共同統治がなされておりどちらの領土とは決まっていなかったが、この島の主権問題でアメリカが史実よりイギリスに対して強硬な姿勢をとり島を占拠。そのまま実質アメリカ領となっていたのである。


 艦砲射撃を終えた後、第一艦隊は随伴していた輸送船に分乗していた一個師団のうち一個大隊九百六十名を揚陸。小規模な戦闘の後に占領に成功した。


 翌31日には同じくエンダーベリー島へと艦砲射撃を実施した後に占領。元からイギリス領であった島々も含めてフェニックス諸島全域を六カ国協約の勢力圏とすることに成功した。


 しかし予想外の損害が出たため、第一艦隊はパルミラ環礁の攻略を断念。既にトラックに入港していた第三艦隊を出撃させることとした。


 そして翌日、誠一は「秋津洲」艦上で昭和十七年の元旦を迎えた。


 「秋津洲」の会議室では、戦時下とはいえ第一艦隊の全ての艦魂が集まって新年を祝っていた。


「…いつまで、この戦争は続くのだ…」


 誠一がため息混じりにそう呟く。


「心中お察しいたします。されど長官が思い悩まれたところで、この戦争が今終わってくれるわけでもありません。でしたら、この戦争を終わらせるためにお力を尽くされるのが最善の策かと」

「わかっている。しかし、まだ開戦から一月と経っていないのにこちらからも少なくない犠牲が出てしまっているのだ。現にこの第一艦隊からも戦没艦が出た。それを考えると、今ここにいる艦魂たちとて、一体何人が終戦まで生き残れるか…」


 周りでは、そんな誠一の心配を知ってか知らずか艦魂たちが好き勝手に飲み食いをしている。いつもは志摩がもうすでに何人かを黙らせていてもおかしくないが、その志摩でさえ今は全く手出しをしていないのは、さすがに野暮なことだろうと考えたからか。


「宮沢大将!大将もこっちに来ませんか?」

「おお、祥龍か。待ってろ、今行くから」


 誠一は行くかどうか一瞬悩んだが、正月くらい騒いでも罰は当たるまいと考え、艦魂たちと一緒に少しばかり騒いでみることにした。


「しかしまあ、犠牲は出たがそこそこ順調に作戦が遂行できているから、安心したよ」

「ま、これだけの艦隊を総動員してるんだ。当然といっちゃあ当然だな」

「まだ安心は出来ません。それに安房姉さん、日本海軍は今のあなたのように油断していたせいでミッドウェーでの大敗を喫したのですよ」

「わかってる。美作、心配すんな」

「だけど、この後私たちはどうするんですか?」


 伊予が誠一に尋ねる。


「この後は、暫くトラックで休養だな。『微風』と『東風』を修理してやらないといけないし、『束風』に代わる駆逐艦を回航してもらう必要がある」

「誰が来るんだ?」

「確か…『広戸風』だったな。開戦後に就役したばかりの艦だ」

「そんな艦で…錬度は大丈夫なんですか?」

「安心しろ、豊前。乗組員は開戦前に他の同型艦から降ろしたのが大半だから、錬度は今いる艦の乗員と比べてもなんら見劣りしないよ」

「なら安心だ。安心して酒が飲める」

「…あんまり飲みすぎてくれるなよ?そんなことしたらお前の乗組員が大変な目に遭うんだから」

「わーってる、心配は無用だ」


 しかし結局安房は一人で一升瓶を殆ど空にしてしまい、翌日「安房」艦内は上を下への大騒ぎになったとかならなかったとか。


 その後、戦線を離脱した駆逐艦七隻が1月7日に、第一艦隊の本隊が10日にそれぞれトラック諸島に入港。誠一は四発輸送機(零式重爆撃機の輸送機型)に乗って東京に向かった。


 東京に到着した翌日から、誠一は新兵器の開発を手伝うのに大忙しであった。何せ一口に「新兵器」といっても、レーダーや航空機、ロケット弾など非常に種類が多いためである。ここでは、それらの兵器のうち主なものの要目を示す。


二式戦闘機(艦上戦闘機型も同要目)


全長7.2m 幅10.8m  機体重量3500kg 最大重量6000kg 出力2000馬力 最高速度648.2km

上昇限度14000m 航続距離3241km 乗員一名

機銃 20mm機銃 四門(翼内固定)

爆弾など 最大1トン


 F6Fヘルキャットを参考にした戦闘機。史実の日本では困難だった2000馬力という大出力のエンジンをを生かし、ロケット弾など様々な対地兵器を装備できる。


二式攻撃機


全長10.8m 幅14.4m 機体重量4000kg 最大重量7000kg 出力2000馬力 最高速度463km

上昇限度8750m 航続距離2778km 乗員三名

機銃  20mm機銃 三門(翼内固定二門、後方旋回一門)

爆弾など 最大1トン(水上機型は250kgまで、急降下爆撃及び雷撃は不可)


 史実の「流星」やヘルダイバーを参考にした爆撃機兼攻撃機。エンジン出力に比べてやや鈍足だが、その分防御力は申し分ない物となっている。なお、エンジンは二式戦闘機などと共通のものが使用されており、生産性を高めている。


二式中型爆撃機


全長14.4m 幅14,4m 機体重量6000kg 最大重量9000kg 出力2000馬力二基 最高速度555.6km(飛行艇型は370.4km)

上昇限度8750m 航続距離2778km 乗員四名

機銃 12.7mm連装機銃 四基(胴体左右各一基、前方二基)

爆弾など 最大2000kg(輸送機型は十五名輸送可能)


 史実のB25やA26に匹敵する軽爆撃機。零式軽爆撃機と同じく基本設計を流用して飛行艇や輸送機を製造することにより、同一工場での複数機種同時生産も可能。


二式重爆撃機


全長21.6m 幅21.6m 機体重量10000kg 最大重量20000kg 出力2000馬力四基 最高速度555.6km(飛行艇型は370.4km)

上昇限度14000m 航続距離3704km 乗員六名

機銃 12.7mm連装機銃五基(胴体左右各一基、前方一基、尾部一基、背面一基)

爆弾など 最大7500kg(輸送機型は六十名輸送可能)


 戦略爆撃も可能とした重爆撃機。爆弾搭載量は申し分ないが、戦略爆撃機としては航続距離がやや短いという欠点を持つ。


二式戦略爆撃機


全長28.8m 幅28.8m 機体重量25000kg 最大重量50000kg 出力2000馬力四基 最高速度463km

上昇限度10500m 航続距離5556km 乗員八名

機銃 12.7mm連装機銃六基(機首左右、胴体後部左右、機首上部、尾部)

爆弾など 最大10000kg(輸送機型は九十名輸送可能)


 B29やランカスターに匹敵する超重爆撃機。しかし史実より国力が増した日本を以ってしても開発は困難を極め、生産にも莫大なコストがかかるため、生産数は少数となる予定。


二式重戦車


全長7.2m 幅2.88m 高さ2.88m 重量30トン 出力750馬力 最高速度60km(路上) 航続距離300km

乗員四名 装甲108mmから36mm

戦車砲 90mm砲 一門

機銃 7.7mm機銃 二門(砲塔上部一門、同軸機銃一門)


 史実のM4シャーマンに対抗する目的で作られた。しかし、シャーマンだけでなくM26パーシングとも十分渡り合える性能を持つ。強いて言うなら、その重さゆえに取り回しが不便なことが欠点だろうか。


二式噴進弾


甲型 全長1.75m 直径12.7cm 重量30kg

乙型 全長72cm 直径7.62cm 重量5kg(航空機搭載時は、専用のランチャーに装填して使用)


 地上の施設や車両を攻撃するために開発された。甲型については、命中と共に爆発する触発式信管を装備したものだけでなく、零式拡散弾のように時限信管によって炸裂するタイプもある。


 これらの兵器は1942年中に全て開発が終了し、実戦配備がなされた。それと同時に、戦争が長引いた場合に備えて後継兵器の開発(1945年頃実戦配備見込み)も開始されたのである。


 その後誠一は、1月25日にトラックに到着。再び「秋津洲」に乗艦し、戦争の指揮を執ることになった。


 トラックに入港して半月後の1月3日、第三艦隊はパルミラ環礁占領にむけてトラック諸島を出港した。本来は第一艦隊が攻略する予定だったが、敵航空機の襲撃による損害が予想以上だったため、急遽第三艦隊に出番が回ってきたのである。


「ようやく、私たちにまた任務が回ってきたか」

「白根、そんなことを言うもんじゃありません。本来は第一艦隊がやる予定だったところを、予想以上の損害で中断せざるを得なくなったせいで私たちがやることになったのですから」

「『せいで』とはなんですか。確かに我が軍に損害が出てしまったのは残念なことです。しかし、そうでなければ私たちはまだくすぶっていなければならないところでした」

「白根…っ!」


 自軍から戦没艦が出たことを大して気にしていないかのようなそぶりを見せる白根に対し、怒りを露にする青龍。しかし、白根は構わず言い続けた。


「だってそうでしょう?いくら味方が多いとはいえこの対米戦は予断を許さない戦いです。ならば、私たちのような決して非力とは言えない様な戦力を遊ばせておく余裕は無いと思いますが」

「それにしたって、言い方というものがあるではありませんか。あなたの言い方では、こちらの犠牲をないがしろにしているとしか思えません」

「何もそこまでは言ってませんよ。ただでさえ戦力を遊ばせておく余裕が無いなら、戦力が減少してしまうことは由々しき事態であるということくらい、私にも分かります」

「私が言っているのはそういうことではありません。艦が沈めば当然艦魂も死にます。あなたはそのことを気にしないのかと言っているのです」

「…いちいち気にしていたら、戦争なんて出来っこありませんよ。確かに全く気にしないというのは無理でしょうが、気にしすぎるのも問題かと」

「な…っ」


 思いがけない白根の言葉に、愕然とする青龍。


「あなたは…戦友が死んでも平気でいろと言うのですか!?」

「そうは言っていません。しかし…」

「…しかし?」

「この戦争で生き残っても、私たちは遅かれ早かれ死ぬのではありませんか?」

「…どういう意味ですか?」

「史実のアメリカがいい例です。戦後、アメリカでは実に多くの艦艇が解体ないし撃沈処分されました。なにも戦時中に完成して戦後余剰になった艦ばかりではありません。あの空母サラトガに至っては、我が軍の戦艦長門や軽巡洋艦酒匂もろとも核実験の標的にされましたからね」

「だからと言って、戦後のわが国も同じようなことをするとは限らないでしょう?」

「ですが、そうしないという保証もありません。それに戦後すぐに死ぬことは無くとも、いつかは全ての艦が現役を退きます。そうなれば、一部の艦を除いて解体されるのは時間の問題かと」

「…」


 頑なに自分の意見を曲げない白根に対し、さじを投げた青龍は黙ってその場を去っていった。


 その後、第三艦隊は1月13日にパルミラ環礁に到着した。


「艦砲射撃、準備整いました」

「よし…砲撃開始!」


 南雲中将の号令一下、重巡洋艦八隻を始めとする各艦の主砲が火を噴いた。


 パルミラ環礁にも当時いくらかの航空隊はいたし、砲台なども存在していた。しかし航空隊の攻撃は「青龍」の艦載機に阻まれ、逆に「青龍」艦載機の攻撃によって砲台は壊滅的な損害を被ったのである。


 その後、第三艦隊に付随していた輸送船団から一個連隊2880名が上陸。数日間の戦闘の後パルミラ環礁は1月17日に陥落した。この戦闘における両軍の損害は以下の通り。


日本側損害

撃墜 「白龍」航空隊の戦闘機三機、攻撃機二機

(敵機の迎撃及びパルミラ環礁空襲時の損害)

戦死 240名(陸軍部隊のみの人数)

負傷 720名(上に同じ)

艦船の損害は無し


アメリカ側損害

パルミラ環礁陥落

守備隊は全員戦死または捕虜

航空機五十機以上喪失(在パルミラの航空隊は全滅)


 パルミラの占領には成功した。しかしあの日以来青龍と白根は事実上の絶縁状態にあり、会議の時もお互いに一言も言葉をかけることは無かった。この状態は、第三艦隊がトラックに入港するまで続いた。


 パルミラの占領後、第三艦隊は整備のためトラック環礁に針路を向け、1月28日に入港した。

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