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第四章

 大戦の終結後、アメリカのウィルソン大統領の提案により国際連盟が設立。日本も加盟し、常任理事国に名を連ねた。またロシアも史実と異なり常任理事国になったが、アメリカは議会の反対で加盟を断念した。


 その後、日本はイギリスやロシア、中国といった国々との相互の関係強化に尽力。まずは経済面での結びつきを強化する「四カ国協約」が締結された。内容は四カ国の間での貿易の促進、相互不可侵、四カ国のうちの一国が他の締結国に正当防衛以外で戦闘行動を起こした場合は残りの三国が共同して侵略国を攻撃することなどであった。


 そんな中、1919年4月1日、ついに16インチ砲搭載戦艦の一番艦である戦艦「備前」(横須賀で建造)が就役。進水式には立ち会えなかった誠一は、この時「備前」の艦魂と初めて会うことになった。


 誠一が横須賀造船所に着くと、「備前」がその巨大な船体を現した。誠一はその大きさに圧倒されつつ、設計段階で用意していた備前の部屋に向かった。なお今日誠一が来ることは備前も知っている。


「備前、入っていいかな?」

「どうぞ、入られたし」


 誠一は一瞬目が点になった。今まで何人もの艦魂に出会っては来たが、文語調で話す艦魂など聞いたことが無かったからである。部屋に入るのが躊躇われはしたが、ここまで来た以上引き返す訳にもいかず、部屋のドアを開けた。


 部屋に入ると、そこには十代半ばといった位の少女がいた。身長は150cmに少し足りないくらいで、髪は首筋のあたりまでしか伸びておらず、結構短めであった。少女は一礼すると、自己紹介を始めた。


「お初にお目にかかり申す。自分は、貴官に設計されし大日本帝国海軍備前型戦艦一番艦『備前』が艦魂、備前と申す者。以後、お見知りおきをば」

「初めまして、備前。僕は…」

「安心されたし。貴官のことは大隅殿や三笠殿から聞き及びたれば、今一度のご説明は不要なり」

「ならわかった。でも、何で文語調でしゃべるの?」

「自分も知らぬうちに、気づきし時にはすでに文語調にて話しつ。改善せんとすれど、思うように行かざり。このままでは、特に未来より来し貴官との会話において支障をば出で来なん」


 そう言うと、備前はため息をついた。


「でも、それなら無理して直す必要はないんじゃないの?僕は確かに未来から来たけど、今君が話しているぐらいの古語なら十分分かるしね」

「…ご助言、痛み入り申す」


 その時、大隅が部屋に入ってきた。


「備前さんの就役祝賀会の準備が出来ましたが、宮沢少佐(『備前』就役と同時に昇進。役職に変化は無し)もいかがですか?」

「分かった、今行くよ。ほら、備前も」

「承知致した」


 こうして三人は祝賀会の会場である「備前」の会議室へ向かった。なお、「備前」は近々「大隅」に代わって連合艦隊旗艦となることが決まっている。会議室に着くとすでに準備が粗方整い、あとはいつでも始められる状況であった。


「宮沢さん、どうぞ。はい、備前も」


 三笠が二人にラムネを手渡した。


「ありがとう」

「かたじけなし」


 そこに、数人の艦魂がやってきて自己紹介を始めた。


「初めまして、備前。僕は戦艦『出羽』の艦魂だよ」


 こちらは筑前型戦艦三番艦「出羽」の艦魂。髪が短かったり自分のことを「僕」と言ったりと、見た目や言動がボーイッシュな艦魂である。


「私は筑前型戦艦四番艦『志摩』の艦魂だ。よろしくお願いする」


 戦艦「志摩」の艦魂は愛用の長刀を持ってそう言った。彼女の髪の毛は朝日と同じく後頭部でまとめられている。志摩の長刀を見た備前が思わず後ずさりしたのに気づいた誠一は渋る志摩をたしなめ、長刀を壁に立てかけさせた。志摩は武芸を好む艦魂で、しばしば富士や朝日と手合わせをしている。


「私は『伊豆』の艦魂。よろしくね。…もし変なことしたら、弾薬庫に主砲弾をぶち込んで火柱と黒煙を上げながら船体を木っ端微塵にして轟沈させるよ?」


 三人目は「伊豆」の艦魂である。軍艦の艦魂ということもあって軍事に強い興味を持っているため、この様な危険な発言をしばしばする。ただし、この場合備前と撃ち合ったら艦の性能からして不利なのは伊豆ではないかという突っ込みはしてはいけない。


「…我、戦艦『飛騨』の艦魂。以後よろしく」


 この無口な艦魂は「飛騨」の艦魂である。必要な時以外は滅多に口を開かず、また動くことも無い。趣味その他一切が不明で、じっと何かを見つめていたりする、謎の多い艦魂である。


「宮沢少佐、乾杯の音頭は私が取らせて頂いても宜しいでしょうか?」

「大隅が?ああ、いいよ」


 この時誠一は気づかなかったが、大隅は何かを確かめるように他の艦魂に目配せをし、何人かの艦魂はこれに対し頷いていた。そうして大隅は全員から良く見える位置に立って、勢い良く叫んだ。


「それでは戦艦『備前』就役と宮沢大尉の少佐昇進を祝って…乾杯!」


 これに対し艦魂たちは即座に応じたが、誠一は一瞬驚いた後にラムネを掲げるのが精一杯であった。


「驚かれましたか?宮沢少佐」

「いやはや、まさかこうくるとは思っても見なかったよ。でも嬉しいや。ありがとう」


 その後祝賀会は数時間にわたって続き、今では新造艦就役時の恒例となった敷島による抱きつき(結局本人曰く誰でもいいらしい)及びその後の富士、朝日、さらに志摩まで加わった制裁やそれに続く野次馬も混ざった大規模戦闘に発展し、連合艦隊旗艦である大隅が止めるまで続いたとのことである。


 1919年4月30日、横須賀にて日本海軍、いや、世界最初の航空母艦となる「祥龍」の進水式が行われた。この「祥龍」型空母はひとまず六隻が建造され、各艦隊に配備される。艦名は「祥龍」「海龍」「剣龍」「蛟龍」「潜龍」「白龍」で、毎年一隻ずつが就役予定である。


 誠一は船台の上にある「祥龍」の船体に入り、進水の時を待っていた。そしてとうとう船体を支えていた綱が切断され、「祥龍」の船体は滑るように着水したのである。


 進水を確認した誠一は「祥龍」艦内に移ってきた艦魂たちと共に、艦橋で「祥龍」の艦魂の誕生を今や遅しと待ちわびていた。するとそれから間もなくして飛行甲板の前方、前部エレベーターの辺りが光りだしたので、誠一たちは急いでそこに移動した。


 そこには、いつものように一人の艦魂が立っていた。その艦魂は誠一たちに気づくと勢い良く敬礼をし、こう言った。


「初めまして!大日本帝国海軍祥龍型航空母艦一番艦『祥龍』の艦魂、祥龍と申します!不束者ですが、よろしくお願いいたしますっ!」

「初めまして。僕は宮沢誠一、階級は少佐だ。いきなりで悪いけど、みんなと一緒に会議室に移動してもらっていいかな?」

「了解ですっ!」


 こうして人目を避けるべく会議室に移動した一行がそれぞれ自己紹介を行い、その後は呆れる富士をよそに乾杯の音頭も無いまま歓迎会という名の宴会と化していった。そんな中、祥龍は先ほどから誠一に引っ切り無しに質問をし、それが終わるとある頼みごとをしてきた。


「宮沢少佐!私に少佐の持っている資料を貸して頂けませんか?」

「ああ、少しくらいならいいけど…何に使うの?」

「私は日本海軍最初の空母なんですよね?でしたら、私の後に就役する空母の艦魂たちに将来色々と教えてあげたいんです。」

「そういうことなら、喜んで貸すよ。じゃあ今度来た時にいくつか持ってくるから、その中から選んで」

「有り難う御座いますっ!」


 そう言うと祥龍はまさしく「喜色満面」という言葉がしっくりくるような表情で去っていった。そしてそれと入れ替わるようにして、三笠が心なしか不機嫌そうな表情でやってきた。


「少佐。祥龍と何を話していたんですか?」

「別に、ただ祥龍がこれまでのいきさつについて聞いてきたからそれに答えて、その後に資料を貸して下さいって頼んできたものだから了承しただけだよ」

「本当にそうですか?もし嘘ならこの軍刀で…」

「ちょっと待てっ!第一そんなことをどうやって確かめるっていうんだ!?」


「三笠さん、その辺にしておいたらどうですか?」


 大隅はそう言ってすっくと立ち上がると、じっと三笠を睨んだ。言葉こそ冷静さを失っていなかったものの、その表情からは明らかに怒りが見て取れた。


「何であなたが間に入る必要があるの?」

「私はただ、三笠さんが宮沢少佐に言いがかりをつけているようにしか見えなかったので、そのことを申し上げたかっただけです」

「言いがかり?」

「はい。私は先ほどから宮沢少佐と祥龍の会話を聞いていましたが、その内容は宮沢少佐が仰っているものと全く相違ないものでした。それにも関わらず、何故あなたはそのように仰るのですか?まさか、宮沢少佐と祥龍が話をしていること自体が御気に召さないのですか?」

「うっ…そんなの、どう思おうと私の勝手でしょう?」


 図星を指されてたじろぐ三笠に対し、大隅はなおも追い討ちをかけようとした。しかしそれは、痺れを切らせた富士の一声によって止められた。


「二人とも、もうやめろ。さっきから五月蝿くてかなわん。…それとも、この私を黙らせてから続きをするか?」

「あ、あわわ…すいません」

「申し訳ありません。見苦しいところをお見せしてしまいました。どうかお許しください」


 こうしてこの場はどうにか収まったが、この後暫くの間二人の仲が険悪になったそうである。


 1921年11月21日、アメリカ大統領ウオレン・G・ハーディングの提唱によって各国の軍備縮小を目的としたワシントン会議が開催された。


 この会議では各国の戦艦及び新艦種である航空母艦の保有量を制限することになったが、問題は日本の「備前」型戦艦の存在であった。日本はすでに16インチ砲搭載艦である「備前」型をこの年の4月までに六隻完成させているのに対し、アメリカは「コロラド」一隻、イギリスは一隻も保有していないという有様であった。


 アメリカは最初「備前」型の廃棄をさせようと目論んだが、これはさすがに無理であった。そこでアメリカ及びイギリスは、どうにかして自国にも16インチ砲搭載戦艦を保有させるよう、日本に圧力をかけていった。


 これに対し日本は日英同盟の継続、ハワイを除く太平洋のアメリカ領の島々(ミッドウェー、ウェーク、グアム等)の基地機能強化の禁止、日本が占領した青島を領有する事、日本が廃棄した戦艦は武装を制限する代わりに解体しなくても良いことなどを認めるよう要請。一方では、戦艦保有量の対米英六割を受け入れるとした。


 この提案をイギリスは比較的容易に認めたが、アメリカはなかなか認めようとしなかった。そこで日本は青島の領有権を十年以内に他国に譲渡するという代案を出し、なんとか認めてもらったのである。こうしてワシントン海軍軍縮条約は締結され、各国は戦艦の除籍、改装を始めた。主な内容は以下の通り。


一、各国の戦艦保有量は米英50万トン、日本30万トン、仏伊17.5万トンとする。これを超える戦艦は解体・沈没処分にするか、5インチ(12.7cm)を超える砲を全て外さなければならない。なお旧式艦の代艦の就役は、艦齢が二十年に達すれば可能とする。


二、米英は備砲が14インチ(35.6cm)を下回る戦艦を廃棄する代わりに、保有排水量の枠内において16インチ(40.6cm)砲を持つ戦艦を建造することが出来る。


三、日本は十年以内に青島の領有権を他国に譲渡すること。また、アメリカはアラスカ、アリューシャンを除くハワイ以西の領土の基地機能を強化してはならない。


 また、空母に対する制限は史実通りとされた。これにより保有が認められた各国の戦艦は以下の通り。


日本


筑前型六隻(筑前、越後、出羽、志摩、伊豆、飛騨)

備前型六隻(備前、美濃、安房、豊前、美作、伊予)


 十二隻、計30万トン


アメリカ


ニューヨーク級二隻(ニューヨーク、テキサス)

ネバダ級二隻(ネバダ、オクラホマ)

ペンシルバニア級二隻(ペンシルバニア、アリゾナ)

ニューメキシコ級三隻(ニューメキシコ、アイダホ、ミシシッピ)

テネシー級二隻(テネシー、カリフォルニア)

コロラド級五隻(コロラド、メリーランド、ウエストバージニア、ワシントン、メイン)


 十六隻、計495400トン


イギリス


ロイヤル・ソブリン級五隻(ロイヤル・ソブリン、レゾリューション、リベンジ、ラミリーズ、ロイヤル・オーク)

クイーン・エリザベス級五隻(クイーン・エリザベス、ウォースパイト、バーラム、ヴァリアント、マレーヤ)

レナウン級二隻(レナウン、レパルス)

フッド級一隻(フッド)

ネルソン級四隻(ネルソン、ロドネイ、コーンウォリス、トラウブリッジ)


 十七隻、計492970トン


 なお空母に改装された艦船や廃棄された艦の練習艦などへの種別変更は史実通りである。また、ワシントン、メイン、コーンウォリス、トラウブリッジは史実では就役していない。


 この条約の締結により、日本では三笠、朝日、敷島、富士、鹿島、香取、大隅、豊後、常陸、能登の十隻が戦艦から練習艦に変更された。しかし、これらの艦は対米戦勃発時には戦艦ではない別の艦種として戦線に投入されることになっていた。


 1923年9月1日、この日は三年前から行われている「防災訓練」の日であった。これは何よりもこの日の関東大震災に備えてのものであったが、その一環として海軍の部隊も参加していた。


 しかし今年は参加する艦隊の規模が尋常ではなく、支援物資の輸送の訓練でなんと日本海軍の過半の艦艇が参加していたのである。この理由を知っているのは、誠一が未来から来たことを知っている人間や艦魂たちなど極僅かであった。


 地震の直前、東京湾の南方に待機している戦艦「備前」の艦橋では艦魂たちの会議が行われていた。


「本当に今日地震なんて起こるの?」


 そう疑問を投げかけるのは戦艦「美濃」の艦魂。机に頬杖をついて、いかにも信じられないといった様子である。


「まあ、もし空振りに終わったとしても無駄じゃあねえだろうさ。むしろ自分としちゃあそっちの方が安心できる」


 こちらは戦艦「安房」の艦魂。口調が越後に似ているが、彼女と違って実の姉であろうと誰だろうと敬語はまず使わない。せいぜい「さん」を付けるくらいである。


「私たちで犠牲者を減らせればいいけど…大丈夫かな…」


 こうつぶやくのは戦艦「豊前」の艦魂。どちらかと言うと悲観的な性格で、話す時の声もかなり小さい。


「今さらどうこう言ったところで、私たちのやることは変わらない。なら、この任務に全力を尽くすのみ!」


 と立ち上がりながら威勢良く叫ぶのは戦艦「美作」の艦魂。その際に机を勢い良く叩いてしまった為に何人かの艦魂が驚いたが、本人は全く気づいていない。というより気にしていない。


「美作姉さんの言うとおり!私も大日本帝国海軍戦艦の端くれ、なんとしてでもこの任務を完遂するよっ!」


 と姉を支持するのは「伊予」の艦魂。備前型戦艦の最終艦ということもあってか見た目はかなり幼く見えるが、任務に対しては人一倍真剣に当たる性格。


「そろそろだ。30…31…32!」


 誠一が時計を見ながらそう言った次の瞬間、カタカタ…と小さな揺れが起きたかと思うと、その揺れは瞬く間に大きくなり、大波となって「備前」の巨体さえも激しく揺さぶった。あまりの揺れの大きさに、何人かの艦魂は椅子から転げ落ち、あるいは壁に体を叩きつけられた。時に午前11時58分32秒。きっかり史実通りの時間に「関東大震災」は発生した。


「あいたたた…みんな、大丈夫?」


 誠一はよろけて壁にぶつけてしまった頭をさすりながら艦魂たちに尋ねたが、どうやらみんな無事であった。そして安心した誠一は艦隊を被災地へ急行させてもらうべく、艦橋へと向かった。


「まさか、本当に起きるなんてね…」

「美濃姉さん、まさか本当に疑ってたのか?」

「うう、今頃帝都は…」

「早く…早く帝都に急行しないと…!」

「待ってて下さいね、帝都の皆さん…」


 数時間後、支援物資を満載した艦隊は東京湾に入った。しかしそこには、まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図が待っていたのである。誠一は港に着いたのを確認すると、すぐに物資の陸揚げを要請した。


 日本の国力が増大して木造の建物が史実より少なかったり、調理などで火を使っていた所があまり無かったとはいえ、市街地の各所で火災が発生した。その結果、史実より少ないとはいえ数万人の犠牲者を生むことになってしまった。


 その後時が経つにしたがって被害の詳細が報告されてきたが、どれもこれも目を覆いたくなるようなものばかりで、誠一は頭を抱えた。


「ある程度対策をしていてこの被害か…。復興に数年はかかるな…」

「本当に…私たちのしたことは役に立ったんでしょうか…」


 豊前が今にも泣きそうな声で呟く。その肩に、安房がそっと手を置いた。


「起きてしまった以上仕方が無い。今となっちゃあ私らがやれることは、復興の手伝いをすることだけだ。…私らも手伝うぜ?誠一さんよお。…みんなも、手伝ってくれるよな?」


 その言葉に、その場にいた全員が頷いた。


「…皆有り難う。協力、感謝するよ」


 この後帝都の復興と町並みの近代化は急ピッチで進められ、幅数十メートルの道路や、大規模な集合住宅群が整備された。この時復興用の資材の輸入超過が発生したが、輸入を最低限に抑えたことや北九州や大阪の工業地帯をフル稼働させて工業製品の輸出を行い、どうにか経済への深刻な影響は免れた。 また所謂震災手形についても、支払いを最大十年猶予することにし、極力不良債権の発生を防いだのである。


 これらの対策の結果景気の悪化は最小限にとどまり、かえって復興による需要の増加などで、暫くの後景気は徐々に改善に向かった。


 また、史実では井戸に毒を投げ込んだという噂による朝鮮人の殺害や憲兵大尉甘粕正彦らによる大杉栄の殺害といった事件が発生したが、韓国併合をせず日本にいる朝鮮人が少なかったことや警察や軍が巡回を行ったことにより未然に防ぐことが出来た。


 なお、この時の対応が迅速であったことによって犠牲者を減らしたとして誠一は中佐に昇進したが、本人は到底素直に喜べる気分ではなかった。


 第一次大戦の終結後、ドイツは史実よりましとはいえ高額の賠償金に苦しんでいた。一方戦勝国であるはずの日本の企業も、大戦の終結により大量の不良在庫を抱え、経済は停滞していた。


 そこで誠一は、この不良在庫をなんとか減らし、景気を一日も早く回復させるべく、ドイツに対し復興のための支援物資を安く提供する代わりに、技術支援を求める旨を申し出た。


 大戦により経済的に甚大な被害を生じていたドイツはこれを喜んで受諾。かくして1923年「日独経済協力協約」の締結に至った。主な内容は以下の通り。


一、日本はドイツに対し工業製品や食料品を他国より安い価格で輸出すること。その見返りとしてドイツは、日本に対し技術者を派遣し、技術協力を行うこと。ただし、日本はベルサイユ条約に則って兵器を輸出してはならない。


二、 この協約は、両国の合意が無い限り破棄出来ないものとする。


 とはいえこの条約はあくまで日独協約及び日英露独中の五カ国による五カ国協約(のちに実質的な軍事同盟になる予定)の前段階として締結されたものであり、日独協約自体は長くは続かなかった。なお協約締結の申し出はアメリカにも形式上行われたが、この直前に日本が青島の領有権とアメリカ領フィリピン(当時)のすぐ近くにあるイギリスのボルネオの領有権を交換したため、日本に危機感を抱いたアメリカはこれを拒んだ。また、誠一はこれらの献策の功が認められ1927年に大佐に昇進している。


 また、このころ第一次大戦後各国は貿易の拡大を狙って金解禁を相次いで行った。以下にその国名と行った年を示す。


1919年 アメリカ

1924年 ドイツ

1925年 イギリス

1927年 イタリア

1928年 フランス

1929年 日本


 しかし、四カ国協約の締結国及びドイツは互いに協約を結んで有利な条件で貿易を出来る相手とばかり貿易を行ったため、中国への進出を狙っていたアメリカは四カ国協約に敵意を抱き始めた。一方フランスは、各国に働きかけて自国も協約に参加させるよう求め、これが後に六カ国協約が締結される要因となったのである。


 そして、1929年10月7日にロンドン会議が開催。ここでは補助艦の制限を設けることになり、各国の各艦種の保有量は史実に準じたが、フランス・イタリアはこれまた史実通り会議を離脱した。史実と異なった点は、ロンドン海軍軍縮条約締結時に日本の吹雪型駆逐艦が建造されていなかったため、大型駆逐艦の保有制限(1500トンを超える駆逐艦は合計排水量の16%まで)が設けられなかったことと、これと同時期に日英仏独露中による「六カ国協約」が締結されたことである。昔からフランスと仲の悪いイギリスが最初フランスの加入を渋りはしたものの、アメリカという強大かつ共通の脅威に対抗すべく、加入を認めることにした。


 この六カ国協約の内容は相互的な最恵国待遇、締結国同士の品目を指定した優先的な貿易、相互不可侵、ある締結国がが他の国(締結国も含む)に宣戦布告をされた場合には六カ国が共同して防衛することなどであった。


 そんな中、1929年10月24日10時25分にゼネラル・モータースの株価が80セント下がったのを契機にアメリカ企業の株価が大幅に下落し始めた。世に言う「暗黒の木曜日」である。この日だけで1300万株近い株が売られ、29日には株価は9月の半分程度にまで下がった。そして、一週間でアメリカが第一次世界大戦で使った額を遥かに上回る300万ドルが消し飛んだ。


 ここまではまだ耐えられなくは無い被害だったが、フーバー大統領やアメリカ連邦準備制度理事会の政策の失敗により、被害は拡大し続けることとなった。さらにアメリカにとって不運だったのは、史実と違って超巨大ブロック経済ともいえる六カ国協約の存在によりアメリカと各国の貿易が低調で、アメリカがほとんど一国だけ被害を受けたことであった。


 これにより、アメリカ国内の世論や政治家は六カ国協約にさらなる反感を抱くことになってしまった。


 六カ国協約の締結後、協約の存在により貿易が満足に出来なくなり恐慌に苦しんでいたアメリカでは、世論に押される形で協約締結国にとって不利な法(史実でいう排日土地法など)の制定や無理難題とも思える政治的・経済的な要求を繰り返し行った。


 このため、協約締結国とアメリカの関係は日増しに悪化。数年後には戦争が起こっても何らおかしくない状態になってしまった。一番いい方法はアメリカも協約に参加することであったが、一度日本の誘いを断り、散々協約に対し敵意をむき出しにしてしまった後では、たとえ日本が認めても他の国が認めないであろうことは明らかだった。


 そこで、誠一は1930年から戦争に備えて各種新兵器の開発を開始。その中にはレーダー、近接信管、ヘッジホッグ、ロケット弾、より高性能なソナーや対空兵装の他に、数種類の艦艇も含まれていた。その主なものの要目は以下の通り。


 2500トン級護衛空母


全長105m 幅14m(船体、飛行甲板共通) 喫水3.5m 基準排水量2500トン 速力20ノット

航続距離 15ノットで4500海里

高角砲 50口径12.7cm単装砲四基 四門

機関砲 40mm四連装機関砲八基 三十二門

機銃 20mm単装機銃十六基 十六門

搭載機 艦上戦闘機十二機、対潜水艦哨戒機十二機、予備六機

エレベーター 一基(縦10.5m、横7m)


 輸送船団にエアカバーを提供するとともに、護衛部隊の旗艦とすべく設計。右舷前部に傾斜煙突と一体化した小型の艦橋を設け、対空火器の配置も共通している等、「祥龍」型をそのまま小型化したようなデザインになっている。ワシントン海軍軍縮条約で決められた排水量の余り(6000トン)を使って「祥鷹」「瑞鷹」が建造予定。船体は4000トン級指定船のものをそのまま使用しており、建造期間は一年半である。


 25トン級魚雷艇


全長17.5m 幅3.5m 喫水0,7m 基準排水量25トン 速力40ノット(予定)

機銃 20mm単装機銃二基 二門

魚雷 53.3cm魚雷落射機 二基

爆雷 六個


 離島防衛の戦力として設計。航空機用のエンジンを搭載し、大量生産に向く船型を採用している。なお落射機とは、魚雷を固定している止め具を外すことによって魚雷を発射するものであり、軽量であるという利点がある。


 大型上陸用舟艇


全長17.5m 幅3.5m 喫水0.7m 基準排水量25トン 速力15ノット

機銃 20mm単装機銃二基 二門

搭載能力 兵士90名または物資15トン


 一度に多数の兵士や車両を揚陸すべく設計。基本的な形状は史実の大発動艇に似ており、揚陸任務だけでなく、近距離の輸送にも使用できる。なおこの他に、全長7mで兵士15人または物資3トンを輸送できる小型上陸用舟艇も開発されている。


 中型揚陸艦


全長105m 幅14m 喫水3.5m 基準排水量2000トン 速力15ノット

航続距離 15ノットで4500海里

高角砲 50口径12.7cm連装砲一基 二門(船首楼甲板上)

機銃 20m単装機銃十二基 十二門

搭載能力 兵士240名を含む物資2000トン


 小型揚陸艦


全長52.5m 幅7m 喫水1.75m 基準排水量400トン 速力15ノット

航続距離 10ノットで1500海里

高角砲 50口径7.6cm単装砲一基 一門(船首楼甲板上)

機銃 20m単装機銃六基 六門

搭載能力 兵士60名を含む150トン


 外見や機能はアメリカのLSTに似ており、通常の貨物船よりも迅速な揚陸を行うことが出来る。開戦した場合は大量生産が行われる予定だが、この時は試験用として数隻の建造に留まった。


 これらの種類の兵器は存在そのものが後知恵であるため、開発されたことは軍部でもごく一部の人間しか知らない極秘事項とされた。


 それと同時に、世界恐慌によって株価が暴落したアメリカの企業(特に航空機及び自動車産業など)を日本企業に買収させて技術力の強化を図るなど、いつ戦争が起きてもいいように準備を

整えていった。


 またこの頃、一部の将校の間で六カ国協約に敵対的な態度を取るアメリカに対し宣戦布告をせよという過激な意見が台頭し始めた。これらの動きは最初こそ政府や軍首脳部の働きで抑えられていたものの、完全に無くすことは困難であった。そしてこのことが、後に大事件を巻き起こす原因となってしまったのである。


 1932年5月15日、この頃誠一は万が一のことに備え、犬養毅首相を始めとした政府の要人たちに護衛をつけ、いざとなったら皇居に逃げ込めるように取り計らっていた。皇居にさえ逃げれば、さすがの反乱部隊も手出しできまいと考えたのである。


 結果から言えば、これが功を奏し幸い首相などは負傷こそすれ殆どが無事であった。しかし予想外だったのは、反乱部隊が史実の二・二六事件並に大規模だったことである。この結果、反乱部隊は海軍上層部の親米派を殺害しようと、たまたま誠一がいた海軍省にまで攻め寄せてきた。


「まさかこれ程の大部隊ではるばるここまでやって来るとはねえ…ご苦労なことだ。でも、今大人しく殺される気はさらさら無いよ」


 海軍省に集結しつつある反乱部隊を見て、誠一はそう呟いた。そして自らも反乱部隊を迎撃すべく、海軍省警備部隊の武器庫へと向かったのである。誠一が着剣した軽機関銃を持って戻ってくるころには、反乱部隊はすでに海軍省の建物内へとなだれ込んでいた。


「結構早いな…だが、ここから先は一歩も進ませはせんっ!」


 そう言うと誠一は警備部隊の兵とともに、建物内に臨時に造られた陣地の土嚢に身を隠しながら、機関銃の引き金に指をかけた。


 暫く待っていると、反乱部隊が突っ込んで来た。誠一は陸軍の士官と思われる男の肩に狙いを定め、意を決して引き金を引いた。肩を狙ったのは、出来れば手傷を負わせてそれで撤退してくれればそれに越したことは無いという思惑からである。


 しかし、その男は肩を撃ち抜かれてなおもこっちに向かって走り続けたのである。ここに至って、誠一はいよいよ男を殺さざるを得なくなった。


「出来れば退いて欲しかったが…、御免!」


 そう言って、誠一は引き金を引いた。機関銃から放たれた弾は、狙い過たず男の心臓を貫き、男を即死せしめた。


「くっ…指揮官をやったのに、貴様らはまだ突っ込んで来るというのか!?」


 誠一は人を殺してなお自分が案外冷静であることに内心驚きつつも、突撃を敢行する将兵の肩や足を、それで駄目なら心臓や頭を無我夢中で撃っていった。反乱部隊もまた、戦友の(かたき)と言わんばかりに攻撃をしてくる。


「ぐはあっ!」


 そんな中、一発の銃弾が誠一の左肩を掠めた。いくら掠めただけとはいえ、小銃に至近距離から撃たれては、痛みも相当なものであった。そして誠一の銃撃が止むや否や反乱部隊が一斉攻撃を行い、ついに白兵戦になった。


 誠一は満足に動かない左腕を庇いながら、なおも数名の兵士を絶命させた。そして数時間に及んだ戦闘の後、ついに反乱部隊の撃退に成功したのである。


「はあ…はあ…っ、やっと…終わった…か…」


 そう言って、誠一はその場にへたり込んだ。それと同時に、自分が半ば意識していない状態でとはいえ少なくない人数の将兵を殺してしまったことがどうしようもなく悔やまれた。


 確かに、彼らを殺さなければ明らかに自分がやられていた。しかし、この反乱を未然に防げていれば彼らも犠牲にならずに済んだのではないか、とも思えるのである。


 実際には以前から史実のような反乱の計画があったとしてもこれを未然に防ごうと対策を練っていたとはいえ、こうして反乱が起きてしまった以上、意味が無かったのではないかと誠一は最初考えた。しかし、今大切なことは再度の反乱を防ぐことではないかと思い直したのである。


 その数日後、海軍省に向かった部隊も含めて反乱は完全に鎮圧され、首謀者たちには厳罰が科せられた。史実のように刑の減免を求める嘆願書も出されたが、この反乱で重要な臣下を何人も殺されそうになった昭和天皇の強い怒りによって、容赦の無い判決が下されることとなったのである。また、誠一は自ら反乱部隊の鎮圧に参加した功によって少将に昇進したが、関東大震災の時と同じように、到底喜べるものではなかった。


 この結果史実のような二度目の反乱は発生せず、軍部の政治への介入も最低限のものに食い止めることが出来た。


 それから数週間後、誠一は久しぶりに横須賀を訪れていた。予想以上に間が開いたのは、怪我が治った後に療養中に遅れた分の仕事を大急ぎで片付けていたからである。また、練習航海に出ていた三笠たちの帰りを待っていたというのもあった。


「…かれこれ、過去に来てから三十年近くか…。」


 誠一は眼前にいる大艦隊を見て、感慨深げにそう呟いた。今となっては連合艦隊、いや、「三笠」らごく一部の艦を除いて日本海軍の大半が誠一自ら設計した艦艇によって編成されていた。そうして誠一が思い出に浸っていると、突然目の前が光りだした。


「おお、三笠に大隅か。あの距離から良く気づいたな」

「はい。艦魂は視力や聴力、さらには筋力といった能力が普通の人間より優れていますから」(三笠)

「お久し振りです。こうして会える日をお待ち申し上げておりました」(大隅)

「一部の将校が反乱を起こしたと聞きましたが、大丈夫でしたか?」

「うん。ちょっと銃弾が肩を掠めたけど、もう殆ど治ったよ。とはいえ、あんなことは二度と御免蒙りたいな」

「…誠にお尋ね申し上げにくいのですが、負傷なさったということは宮沢大佐ご自身も反乱部隊の将兵と…?」

「…ああ。海軍省にいた時に襲われてね。それも、一人や二人じゃない。何人殺したかなんて、自分でも覚えてないよ。ま、そのほうがまだましだけどね。あと反乱鎮圧に貢献したからって少将になったけど、全然喜べる気分じゃないよ」


 そう言うと、誠一はどこか遠くのほうを見つめた。


「…そうですか。辛い事を思い出させてしまい、申し訳御座いません」

「いいよ、気にしないで。それより、他の艦魂たちは?」

「『備前』の会議室にいます。今、転送しますね」


 誠一たちが「備前」の会議室に来ると、そこにはすでに長年連合艦隊の旗艦を務めている備前を始めとして、数十人の艦魂がいた。


「久しぶりだな。何でも私たちがいない間に陸軍の馬鹿共が反乱を起こしたと聞いたが、大丈夫だったか?」


 富士に質問をされた誠一は、反乱の一部始終やその後のことについて出来る限り詳しく説明した。


「そうか、そんなことが…。だが安心しろ。もし奴らがこの横須賀に来たとしても、私と朝日、志摩の三人で一人残らずなで斬りにしてやる」

「しかし、艦魂が出現させた武器では人間に痛みは与えても殺傷することは出来ないと聞きましたが…?それにそもそも、そんなこと起こらないと思いますが」

「武器は実物を使えばいい。それに、史実のような再度の反乱が無いという確証がどこにある?…そうだ。私が武術の訓練をしてやるから、暇な時にでも来るといい。何なら、今からやってもいいぞ?」

「遠慮しておきます。富士さん相手ではすぐに半殺しにされてしまうと思うので」

「…何だ、つまらん。折角久しぶりに本気を出すのも悪くないと思っていたのだが…」


 そう言うと、富士は心底残念そうに椅子に腰掛けた。すると大隅が誠一の元にやってきて、

「命拾いなさいましたね」と苦笑いをしながら言った。


「全くだよ。ただでさえ艦魂のほうが体力があるってのに、富士さんに勝てる人間なんて殆どいないんじゃ?」

「おそらくそうでしょうね。訓練航海の間も、一体何人の艦魂が死に掛けたことか…。富士さんが艦魂に対して殺傷能力がある武器を使っていたら、私たちは間違いなく壊滅していましたよ」

「私たち、ってことは大隅自身もやられたの?」

「はい。これでも多少武術の心得はあるつもりなのですが…」


 そう言って、大隅は深いため息をついた。そしてふと誠一が時計を見ると、そろそろ海軍省に向かわねばならない時間であった。


「もうこんな時間か…。ごめん、今日はもう戻るよ」

「そうですか…お気をつけて」

「有り難う。それじゃあね」


 このおよそ二年後の1934年5月30日、誠一にとってとてつもなく悲しい出来事が起きた。…それは、誠一にとって最大の理解者であった元帥海軍大将、東郷平八郎の死である。いくら86歳まで生きたとはいえ、誠一としては当然もっと長く生きていてもらいたかったし、東郷大将無しに今の誠一は無かったからである。


 この訃報を聞いて、誠一はその時こそ冷静であったが、後で人知れず泣き崩れた。そしてそれは、多くの艦魂(特に日露戦争に参戦した三笠たち)にも同じことであった。


 東郷大将の国葬の際誠一は自ら弔砲の発射を指揮し、発射が終わるまでの間艦魂たちと共に敬礼をしたまま全く動かなかったとのことである。


 第一次大戦後、ドイツでは史実通りドイツ労働者党が発足し、その後国家社会主義ドイツ労働者党(所謂ナチス)と名を変えた。

 

 しかし、史実と異なりベルサイユ条約による賠償金が軽くなったことや、日独経済協力協約、さらには六カ国協約の締結により国民のベルサイユ体制に対する反感はさほどのものではなく、史実と異なり政権を奪取するには至らなかった。


 また、賠償金が減額されていたことや日独経済協力協約の存在によって賠償金の支払いも順調に進み、ルール工業地帯占領や史実ほどのマルクの暴落(即ちハイパーインフレ)が無かったことも影響していた。なお、ドイツの軍備制限は1935年に撤廃されている。


 一方イタリアは、史実と同じくファシスト党を率いるベニト・ムッソリーニが1922年に政権を掌握。世界恐慌の影響を思い切り受けたこともあって、アメリカと同じく六カ国協約への反感を募らせていった。一時は六カ国協約への参加も試みたものの、第一次世界大戦の時のドイツのように裏切られることを恐れた日英(特に前者)の反対で失敗に終わった。


 その後、米伊は六カ国協約を共通の敵と看做し、互いに接近。六カ国協約に対抗する形で1934年「米伊同盟」を締結した。しかしこちらは、当初から共同演習を行うなど六カ国協約に対抗するための軍事同盟であることが当初から誰の目にも明らかであった。


 これにより六カ国協約と米伊の対立はより鮮明になり、アメリカは内需の拡大も目論んでイタリアに兵器の輸出を行い、戦争への準備を整えていった。


 そしてとうとう、米伊の両国はワシントン及びロンドン海軍軍縮条約の期限切れを以って軍縮条約から脱退すると宣言。無条約時代が到来することとなった。


 そんな中1936年にドイツのベルリンでオリンピックが開催され、六カ国協約の締結国を始めとして世界各国から選手団が集まったが、アメリカとイタリアは参加をボイコット。協約締結国への対立姿勢を改めて鮮明にした。


 このように国際情勢が緊迫の度合いを増す中、1935年日本は一大観艦式を敢行。この観艦式は協約国の軍艦も招いて、盛大に催された。


 観艦式の当日、誠一は御召艦でもある「備前」に座乗し、艦魂たちと共に大艦隊を眺めていた。なお、この時の日本海軍の主力艦艇は以下の通り。


戦艦十二隻(筑前型六隻、備前型六隻)、30万トン

空母八隻(祥龍型六隻、祥鷹型二隻)、8万トン

重巡洋艦十八隻(白根型十八隻)、108000トン

軽巡洋艦十八隻(石狩型十八隻)、72000トン

駆逐艦百八隻(秋風型百八隻)、108000トン

潜水艦七十二隻(笠戸型七十二隻)、50400トン


計236隻、718400トン


 なお駆逐艦の合計排水量が割り当て(105500トン)を超過してしまっているが、ロンドン海軍軍縮条約には「軽巡洋艦と駆逐艦はそれぞれの割り当て排水量の10パーセントまでを互いに融通できる」という条文があるので、特に問題はない。また、その他指定船を基にした潜水母艦や工作艦など数十隻を保有していた。


「しかし、こうして眺めると実に壮観だな」

「かほどの大艦隊が揃わば、米艦隊との決戦に勝ち得る見込みもあるなりや?」

「厳しいなあ。協約の締結国で袋叩きにしても、こっちだって少なからず痛い目を見ると思うよ」

「結局開戦は決定事項なんですか?めんどくさ…」

「そう言うな、美濃。それにまだ、開戦すると決まった訳じゃないしね」

「ま、アメリカが戦争を吹っかけてきたら、クラスター爆弾なりバンカーバスターなりしこたま落とせばいいんですよ。何なら劣化ウラン弾や弾道ミサイルでもいいですし」

「伊豆、さすがにそれは時代的に無理だよ。せめてあと半世紀待たないと」

「ならば核だっ!核弾頭を華盛頓(ワシントン)紐育(ニューヨーク)と…もごもご…何をするのです!」


 平然と文字通りの爆弾発言をする美作の口を、誠一は慌てて押さえた。


「待てえっ!美作、それをやったら最悪の場合核戦争で共倒れだぞ!?」

「…共倒れじゃなくて一方的にやられる気が…」

「…それを言っちゃあおしまいだよ、豊前姉さん」


 豊前と伊予が、うなだれてため息をつく。


「しかし、まさかアメリカが軍縮条約を脱退するとはね…」

「予想外でしたなあ。誠一さんも驚かれましたか。しかしアメさんは、なんでああもこっちを敵視するんでしょうかね?」

「恐慌の被害が自国に集中したのと、中国の市場に思うように進出できないからだと思うよ」

「…完全な逆恨み…」

「ま、そうでしょうね。でもまあ、開戦となったら私の艦載機でエンタープライズもエセックス級もまとめて沈めるよ!ヘルダイバーやアベンジャーは、戦闘機隊に叩き落してもらえばいいしね!」

「なら私もノースカロライナ級やサウスダコタ級、いや、たとえアイオワ級だろうと沈めてみせる!」

「でも祥龍型とエセックスやエンタープライズならともかく、備前型とアイオワ級じゃ若干分が悪いんじゃ…?」

 

 闘志を燃やす祥龍と志摩に対し、誠一が冷静に突っ込みを入れた。すると、


「何を仰るか!砲撃力と速力で若干劣るとはいえ、装甲は主砲塔を除いてこちらの方が厚い!なら、勝機は十分あるではないですか!」


 そう言うと、志摩はいきなり長刀を振り回してきた。誠一は(すんで)のところでかわしたが、志摩はなおも追撃をしてくる。


「待てえっ!本当のことを言ったまでだ!」

「問答無用!大日本帝国海軍備前型戦艦が四番艦『志摩』、いざ参りますっ!」

「助けてええぇぇっ!」


 結局、数十分もの間志摩に追い掛け回された誠一は、このあとろくに観艦式を楽しめなかった。


 六カ国協約とアメリカ・イタリアの関係が険悪になっていた頃、中国では史実のソ連首脳部の残党の影響で発足した共産党の活動が活発化。国民党にとって、侮れない規模の勢力に成長していた。


 これを重く見た蒋介石は共産党を武力で壊滅させることを企てたが、国民党だけの力で早期に壊滅させることは困難と判断。天然資源を安価に輸出することを見返りに、日本へ支援を求めてきた。


 日本はこれを快諾し、中国への派兵を決定。実戦テストも兼ねた最新兵器を装備した精鋭部隊が大規模に投入された。その規模は三個師団、約45000人にも及び、さらには陸上部隊だけではなく艦隊や航空隊も投入されることとなった。


 共産党はこれに対し、ある程度の中国国内における権益を認める代わりにアメリカへと支援を要請。かねてからの悲願であった中国への進出を目論んだアメリカ(というより大統領であるフランクリン・デラノ・ルーズベルト)は、ニューディール政策を行ったとはいえいまだ恐慌によって国内経済に甚大な損害が出ていたにも関わらず、極秘裏に援助を強行した。


 アメリカの援助は様々な分野に及び、当時新型機であったP-26「ピーシューター」の輸出(実質的な供与)も行われ、その援助の内容からは何としてでも現政権を打破し、そして中国国内への進出をしようとする意図が見え見えであった。日本はこれを非難しようとも考えたが、将来的にアメリカと開戦に至る確率を増す恐れがあると考え、思いとどまった。


 とはいえ、全く対抗手段を講じない訳にも行かず、これに対し六カ国協約の締結国も相次いで国民党への軍事支援を水面下で行い、自国の権益を保護しようとした。


 結果から言えば、より質・量共に勝る支援を受けた国民党が数年後には共産党勢力を壊滅に追い込み、ついでに軍閥の残存勢力も撃破して中国国内の支配を磐石なものとした。


 またこの時実線に参加したことによって日本軍将兵の練度(特に航空隊)は飛躍的に向上し、また現在保有する兵器の問題点などもあらかた明らかになったので、この内戦で得た様々な戦訓と共に今後の作戦立案や兵器の設計に生かされることとなった。なお、これとほぼ同時期に誠一は中将になっている。


 そんなある日、たまたま休日が取れた誠一は横須賀鎮守府を訪れていた。とはいえこの日は少なくない艦が出払っており、主だった艦は備前型の六隻とその直衛用に配備されていた「祥龍」ぐらいであった。


「ようやく共産党が壊滅したか。結構梃子摺ったな」


 誠一が持ち込んだ報告書を見ながらいかにもやっとかと言いたげな表情で言い、ため息をついた。


「いくら我が軍が最新兵器を装備していたとて、数の上での主力はあくまで国民党軍。さすれば、いくら寡兵とて米国の援助を受けし敵軍に苦戦を強いらるるは、無理からぬことと存じ奉る」

「しかし、核とは言わずとも伊豆さんが言っていた『クラスター爆弾』や『バンカーバスター』のまがい物でも作ればよかったのでは?」

「バンカーバスターなんて技術的に作れそうにないし、出来たとしてもいくら金がかかるかわからないよ。その点クラスター爆弾なら史実の三式弾を応用すればまがい物は作れるかもしれないけど、それなら戦艦に三式弾で艦砲射撃をさせるか、航空機により軽量なロケット弾を積んだ方が信頼できる」

「美作姉さんに容赦ないなあ、宮沢さん」

「容赦ないって…別に意図的に酷く言っている訳じゃ無いよ」

「だったらなおさらですよ。こうなったら今度富士さんでも呼んで来ましょうか?」

「そっちの方がよっぽど酷いのは気のせいか?」

「さあ?」


 そう言うと、伊予は苦笑いしながら走り去っていった。


「あ、逃げた。…それにしても結構速かったな」

「さすが30ノットの戦艦ってとこか?誠一さんよお」

「安房、それは関係ないと思うぞ。第一現役の日本の戦艦はお前も含めて全部30ノット出せるしな」

「わかってるよ、そんくらい。ったく、冗談が通じねえでやんの」

「冗談が通じなくて悪かったな」


 なおも何か言いたげな安房をよそに、誠一は報告書へと目を戻した。


「なになに…戦闘機の旋回性能向上の要ありと認む、だって?無茶な。史実の九六式艦上戦闘機や九七式戦闘機でも作れってか。そんなことしたらまず間違いなく防弾性能が犠牲になってパイロットの消耗が馬鹿にならないぞ」


 誠一は、史実の軽戦闘機至上主義とも言える思想と真っ向から対立したF4FやF6Fに近い航空機を主力として開発しており、これらの機体は最高速度や防弾性能こそ優秀だったものの、旋回性能ではどうしてもある程度妥協せざるを得なかった。このことが、前線部隊(特に歴戦のパイロット)から不満として報告されたのである。


 だが、誠一はこの基本コンセプトを変えるつもりは毛頭なかった。確かに今のままでもある程度の旋回性能の向上は可能だが、前線部隊の要求はそれを遥かに上回っていたからである。


 結局、現在開発中の戦闘機については若干の設計変更のみとし、目立った変更点は無かった。


 世界恐慌の後、アメリカ政府は六カ国協約による恐慌の被害の集中や日本による自国企業の買収、さらには共産党の壊滅による中国市場への進出の失敗など、逆恨みとも言えるような理由も含めて、日本への反感を強めて行った。そして、ロンドン海軍軍縮条約の起源が切れるや否や、軍拡を開始したのである。


 誠一は、これに対抗すべく「祥龍」型に若干の改良を加えた「神鶴(しんかく)」型航空母艦六隻を始めとする新型艦船の設計を開始。その中には、ミズーリ級(及びモンタナ級)に対抗出来るだけでなく、史実の大和型戦艦に匹敵する「秋津洲(あきつしま)」型も含まれていた。要目は以下の通り。


全長280m 幅35m 喫水10.5m 基準排水量75000トン 速力30ノット

航続距離 15ノットで6000海里

主砲 50口径46cm連装砲四基 八門

高角砲 50口径12.7cm連装砲十二基 二十四門

機関砲 40mm四連装機関砲十二基 四十八門

機銃 20mm単装機銃四十八基 四十八門

水上機 六機

配置 艦首から一番及び二番主砲塔(背負い式)、艦橋、煙突二本、水上機甲板、三番及び四番主砲塔(背負い式)

装甲 舷側350mm 甲板175mm 主砲塔525mm

同型艦 秋津洲、瑞穂(みずほ)


 また、既存の艦船に対する対空兵装の強化や老朽艦の機関の改修、在来型艦艇の大量建造も開始。これらの計画により軍事費が急増したが、これまでの経済政策が功を奏し、さほどの負担とはならなかった。なお、主な艦の開戦までの建造数と開戦時の保有数は以下の通り。


秋津洲型戦艦 二隻(合計戦艦十四隻)

神鶴型空母 六隻(祥龍型と合わせて十二隻)

祥鷹型空母 四隻(合計六隻)

白根型重巡洋艦 六隻(合計二十四隻)

石狩型軽巡洋艦 六隻(合計二十四隻)

秋風型駆逐艦 三十六隻(合計百四十四隻)

笠戸型潜水艦 七十二隻(合計百四十四隻)

桑型護衛艇 合計七十二隻

東菊型護衛艇 合計七十二隻


 また、在来の艦艇に装備された対空兵装及び航空兵装は以下の通り。


備前型戦艦 12.7cm連装砲八基、40mm四連装機関砲十八基、20mm単装機銃三十六基、水上機六機

筑前型戦艦 12.7cm連装砲八基、40mm四連装機関砲十六基、20mm単装機銃三十二基、水上機六機

祥龍型空母 新型対空兵装への交換のみで、増設は無し

白根型重巡洋艦 12.7cm連装砲六基、40mm四連装機関砲十二基、20mm単装機銃二十四基、水上機四機

石狩型軽巡洋艦 主砲を両用砲へ換装、40mm四連装機関砲八基、20mm単装機銃十六基、水上機四機

秋風型駆逐艦 主砲を両用砲へ換装、40mm四連装機関砲二基、20mm単装機銃十六基

笠戸型潜水艦 主砲を両用砲へ換装、20mm単装機銃二基

桑型護衛艇 20mm単装機銃八基

東菊型護衛艇 20mm単装機銃四基


 これに加えて殆ど全ての艦艇にレーダーが、また、航空機発艦用のカタパルトが祥龍型空母に二基、祥鷹型空母に一基装備された。


 また対米戦前半において主力となるべき各種兵器の開発も行われた。その主なものの要目を以下に記す。


零式戦闘機(艦上戦闘機もほぼ同要目)


全長7.2m 幅10.8m 機体重量2000kg 最大重量3000kg 出力1500馬力 最高速度555.6km

上昇限度14000m 航続距離2778km 乗員一名

機銃 20mm機銃 四門(翼内固定)

爆弾など 最大250kg


零式艦上攻撃機(急降下爆撃も可能、偵察機も兼ねる)


全長10.8m 幅14.4m 機体重量3500kg 最大重量5500kg 出力1000馬力 最高速度370.4km

上昇限度8750m 航続距離1852km 乗員三名

機銃 20mm機銃 三門(翼内固定二門、後方旋回一門)

爆弾など 最大800kg(水上偵察機型は250kgまで、急降下爆撃及び雷撃は不可)


零式中型爆撃機


全長14.4m 幅14,4m 機体重量6000kg 最大重量9000kg 出力1500馬力二基 最高速度555.6km(飛行艇型は370.4km)

上昇限度8750m 航続距離2778km 乗員四名

機銃 12.7mm連装機銃 三基(胴体左右各一基、前方一基)

爆弾など 最大2000kg(輸送機型は十五名輸送可能)


零式重爆撃機


全長21.6m 幅21.6m 機体重量10000kg 最大重量20000kg 出力1500馬力四基 最高速度463km(飛行艇型は370.4km)

上昇限度10500m 航続距離2778km 乗員六名

機銃 12.7mm連装機銃五基(胴体左右各一基、前方一基、尾部一基、背面一基)

爆弾など 最大5000kg(輸送機型は四十名輸送可能)


百式中戦車


全長7.2m 幅2.88m 高さ2.16m 重量25トン 出力500馬力 最高速度50km(路上) 航続距離350km

乗員四名 装甲72mmから17.5mm

戦車砲 76.2mm砲 一門

機銃 7.7mm機銃 二門(砲塔上部一門、同軸機銃一門)


 開戦時には第一線の部隊は殆どこれらの装備に更新を済ませており、開戦後も大量に生産される手はずが整えられていた。


 1940年4月15日、横須賀海軍工廠で戦艦「秋津洲」の進水式が行われた。なお艦名が旧国名でないのは、「秋津洲」がそれまでの戦艦より遥かに巨大・強力な戦艦であり、またおそらく日本最後の戦艦であるため、日本全体を指す言葉から採られたのである。


 しかし、アメリカ・イタリアとの間の緊張が極限まで高まっていたこともあり、進水式は一部の海軍軍人と工廠の関係者のみでひっそりと行われた。それでもなお精一杯豪華な進水式としたのは、史実の「大和」のようにあまりにもひっそりした進水式ではこれから誕生する「秋津洲」の艦魂に悪いと考えた誠一のせめてもの心遣いであった。


 「秋津洲」の進水を確認した誠一は、連合艦隊旗艦である「備前」から艦魂の力で「秋津洲」の艦橋に移動させてもらい、艦魂の誕生を待った。


 すると、第一主砲塔の前に目も眩むばかりの光が現れ、それは案の定一人の女性となって消えた。わざわざ「目も眩むばかり」と書いたのは、光の強さがそれまで誠一が見てきたどの艦魂の誕生の時よりも強かったからである。


 誠一たちは秋津洲の元へと移動しようとしたが、それよりも早く秋津洲はこちらを一瞥するや否や瞬間移動してきた。


「お初にお目にかかります。自分は、この度進水致しました大日本帝国海軍秋津洲型戦艦一番艦『秋津洲』の艦魂です。皆様、何卒よろしくお願い申し上げます」


 そう言うと、秋津洲はこれ以上無いと言えるほどの見事な敬礼をして見せた。あまりの見事さに、その場にいた全員が一瞬声を失った。


「…?皆様、どこかおかしい点でも御座いましたでしょうか?」

「…いや、なんでそんなに鯱張(しゃちほこば)るのかと思って」


 誠一の言葉に、何人かの艦魂が頷く。


「自分は鯱張っているつもりは微塵も御座いませんが…」

「まあ、君がそれでいいならいいけど…それじゃあ、『備前』の会議室に来てもらっていいかな?」

「了解いたしました」


 こうして「備前」の会議室に移動した一同は、秋津洲に自己紹介を済ませると生真面目な富士や大隅がいないのをいいことに秋津洲の進水祝賀会と称して好き勝手にやり始めた。すると、秋津洲が明らかに不機嫌そうな表情で誠一に愚痴をこぼした。


「あの方々は一体何なのですか?あれが本当に大日本帝国海軍が誇る戦艦の艦魂の方々なのですか?」

「まあ、今はお目付け役の富士さんや大隅がいないからね。富士さんがいたら、もう何人かはとっくのとうに伸されていると思うよ」


 ちなみに誠一はこのとき中将になっていたが、富士や敷島に対しては相変わらずさん付けで呼び、敬語も使っていた。


「そのお二方は今何処にいらっしゃるのですか?」

「二人とも訓練航海に出ているからね。帰ってくるのはもう暫く先だよ」

「それまで、私にこの状況を黙って見過ごせと仰るのですか?」

「そんなこと言っても、艦魂の宴会自体は日露戦争の時にはすでにあったし、特に今みたいに富士さんがいない時は新しい艦が進水や竣工するたびに歓迎会や祝賀会と銘打ってはどんちゃん騒ぎをするからなあ。今さら止めさせようと思っても、無駄だと思うよ」

「連合艦隊旗艦の命令でもですか?」

「おそらくね。三笠や大隅、それに今の旗艦である備前は宴会に参加こそすれ、止めるようなことは余程のことがない限りまず無いし」

「そんな殺生な…」


 そう言うと、秋津洲は落胆のあまりへたり込んでしまった。


「そんなに気を落とすな。今はこんな有様だが、演習や会議の時は殆どの艦魂は真面目にやってくれるからさ」

「こんな有様とはなんですか…ヒック」


 顔を真っ赤にしている祥龍を見て、二人はしばし唖然とした。


「祥龍、一体どれだけ酒を飲めばそうなるんだ?」

「これだけれす…ふぁい」


 そう言って祥龍が掲げた一升瓶は、既に半分ほど中身が無くなっていた。


「…おいおい、そんなに飲んで平気なのか?」

「ふぁい。多少艦の調子が悪くなることはありまひゅが、沈みはしましぇん」


 祥龍はそう言い終ったところで、突如飛び掛ってきた志摩の峰打ちによって気を失った。


「宮沢中将。祥龍が大変みっともない所をお見せいたしました。どうかお許しください」

「あれ?志摩は飲まないのか?」

「富士さんや大隅さんがいれば安心なのですが、今は二人ともいらっしゃらないので、おちおち飲んでいられません。第一、そう仰る宮沢中将こそ飲んでいらっしゃらないではありませんか」

「酒はあまり好きじゃないからなあ。それに、酔って羽目を外すのが嫌だからね」

「それでは、彼女らは一体何なのですか?」


 志摩の視線の先には、酔い潰れていたり理性が完全に吹っ飛んでいる艦魂が十人以上もいた。まともな状態でいるのは、むしろ少数派である。


「…明日第一艦隊が壊滅していないことを祈ろう」


 しかし誠一の願いも空しく、翌日は第一艦隊の大半の艦に不具合が発生したそうである。


 六カ国協約と米伊同盟の間の緊張が日増しに高まる中、誠一たちにとって思いも掛けない出来事が起きた。


 1941年2月15日、ハワイ真珠湾においてアメリカ海軍コロラド型戦艦五番艦「メイン」が原因不明の爆発事故で沈没したのである。


 さらにその後、アメリカ政府は「メイン」の爆沈が調査の結果日本軍の破壊工作によるものであると断定。アメリカ政府や一部報道機関の宣伝の影響もあり、それまで主流だった非戦論に代わってかねてより一部で叫ばれていた対六カ国協約開戦論が主流になっていった。


「何が『リメンバー・メイン』だの『スペインの二の舞にしろ』だ。ふざけるな。どう考えても日本を潰したいルーズベルトの陰謀じゃないか」


 連合艦隊旗艦である「備前」の一室で、誠一は英字新聞を見ながら忌々しげに吐き捨てるように言った。ちなみにそこには備前型戦艦の艦魂たちもいる。


 誠一を苛立たせているのはそれだけではない。その新聞には、「アメリカ合衆国政府は日本政府との交渉によってこの事件を平和的に解決する用意があると発表」と書いてあったのである。言葉はどうあれ、これまでのアメリカの態度から判断して最終的に決裂するのは目に見えていた。


「どうせ、最後はハルノートみたいなのを出して何が何でもこっちを戦争に仕向ける腹積もりだろうに」

「日米開戦せる場合、我が方が勝つ可能性は如何ほどなりや?」

「六カ国協約の締結国が味方になってくれれば負けることはまず無いけど、史実より落ちたとはいえアメリカの生産力は恐ろしいからなあ。とはいえさすがにハワイを占領すれば向こうも国民が黙っちゃいないだろう。それに期待するしかないな」

「結局戦争ですか…はあ…」

「ま、そうなってしまうんだろうなあ。しかし美濃、戦争となれば、もう面倒くさいなんて言っていられなくなるぞ?」

「わかってますよ、それくらい。でも、どうにかして避けられないのかなあ」

「いっそのこと、開戦したらアメリカの各都市にテ○ドン(検閲により一部削除)のまがい物でも撃てばいいのですっ!」

「だから、どうしていつもそういうことを言うかなあ…伊豆じゃあるまいし。それにテ○ドンって…」

「うう…どうして伏せ字になさるのですか?」

「どうしてって言われてもねえ…」


 結局、誠一の予想通り交渉は難航。日本がいかに許容範囲内での譲歩を重ねても、アメリカ政府は常にそれ以上の譲歩(というより、自国の言い分を全て受け入れること)を求めてきた。


 そしてついに、国内の世論が開戦に傾いてきた頃合を見計らってアメリカ政府は「ハル・ノート」と呼ばれる事実上の最後通牒を提出。下記の条件を全て受け入れなければ、12月8日午前六時をもって日本への攻撃を開始するとした。主な条件は以下の通り。


 一、戦艦「メイン」爆沈を日本軍の破壊工作であると認め、アメリカ合衆国政府及び戦艦「メイン」の死亡した乗組員の遺族に謝罪と賠償を行うこと。


 二、日本と第三国の間に締結されたいかなる軍事同盟も破棄すること。


 三、南洋諸島とブルネイ、中国からの撤兵及びアメリカとの二国間軍縮条約の締結。


 これを文書の形で「秋津洲」の一室で見た誠一は最初我が目を疑い、そしてショックのあまりその場にへたり込んだ。その上、通信を傍受したところアメリカは日本がこの要求を呑んで尚、さらに厳しい要求をしようとしていることが明らかになったのである。


「なんつー内容だ…今までやってきた努力を、全てふいにしろとでも言うのか…」


 誠一と共に驚きと怒りを隠せない艦魂たち。そんな中、たまりかねた備前が口を開いた。


「くっ…かくも非道なる要求を突きつけられたる上は、傲慢無礼なる米国と戦端を開き、その邪悪なる意図を撃砕せんとするのみっ!」

「出来れば戦いたくなかったけど…ここまで来たらやるしかない!私の艦載機で、ルーズベルトの頭上に爆弾を雨霰と降らせてみせる!」

「来いアメリカの戦艦ども!この志摩がまとめて屠ってくれるっ!」


 次々と怒りを露にする艦魂たち。しかし、誠一は彼女らに対し諭すように言った。


「確かに、ここまで来たら戦争は避けられないだろう。だが、どうかこれだけは忘れないで欲しい。この戦争はあくまで日本を守るための戦争であって、アメリカを叩き潰すことが目的じゃないということだ。それともう一つ、…自分の命を、決して易々と捨てるんじゃない」

「何を仰っているんですか、宮沢中将。私らの中に、そんな勘違いをする馬鹿はいりゃあしませんよ。…だよな?みんな」


 越後の言葉に、その場にいた全員が頷いた。そしてそれを見た誠一も、安心したように思わず笑みをこぼした。


「…なら安心だ。だがアメリカと戦争をすれば、当然こちらにも犠牲は出る。このことも、覚悟をしておいて欲しい」


 この場合の「犠牲」とは日本の艦が沈むこと、すなわち艦魂たちの中から戦死者が出るということである。


 しかし、誠一がこう言ったところで動揺する艦魂など一人もいなかった。皆程度の差こそあれ、自分の中で覚悟を決めていたのである。


「…これも言わずもがな、か。だが皆がそうであってくれれば、こっちとしても自分のやるべきことに専念できるよ。有り難う」


 その後、横須賀にいた全ての艦魂を集めて今までになく大規模な宴会が催され、皆大いに騒いだ。いつもはこういったことに五月蝿い富士や大隅もいたが、今回ばかりは目を瞑ったとのことである。


 数日後、日本の各軍港から連合艦隊のほぼ全戦力が出撃し、それぞれの最初の目的地へと向かった。そしてその内第一艦隊の旗艦である「秋津洲」には誠一自らも乗艦し、トラック環礁を経由してウエーク島へと向かったのである。

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