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第十五章

 新型戦艦及び大型空母多数を含むアメリカ太平洋艦隊は八月十五日にシアトルを出港し、アリューシャンの奪還に向かう見込み─。この知らせは、シアトルにいる日本軍の間諜(所謂スパイ)から八月十日にメジュロへともたらされた。


 同日夜、戦艦「秋津洲」艦内の予備会議室では間諜からの情報を基に艦魂たちによる会議が行われていた。


「『大型空母』とは、かのエセックス級を示すなりや?」

「そうじゃないんですか、備前姉さん?…ま、こちらにも新しく就役した空母はいるんですけどね」

「なら、何でその空母を片っ端から編入しないの?この書類では、第一航空艦隊に『神鶴』の代艦として『鸛鶴(こうかく)』を編入するだけみたいだけど」

「美濃、空母はあっても艦載機が無いんだ。如何せん、ハワイ沖で搭乗員と航空機を失いすぎた」

「内地にいる技量卓抜な搭乗員を引き抜くという手段もありますが、継戦能力の低下は避けられません」

「これじゃあ、史実と同じじゃないですか…」

「そう悲観するな、伊予。確かに空母を全艦出撃させられないのは心残りだが、無いものねだりをしても仕方が無いからな」

「むう…」


 結局、艦載機搭乗員の不足によって各空母に八機搭載するはずであった予備機の搭載は中止。それどころか、常用機分の航空機さえトラックやサイパン、テニアンなどからかき集めてどうにか満たせるという有様であった。


 そして、搭乗員の練度に不安を残しつつも「潜龍」を修理のため欠いた状態で連合艦隊主力(六個艦隊及び支援艦艇)は八月二十五日にメジュロを出港したのだった。ちなみに上陸部隊は四個師団、約六万名である。


 また、日本軍はロシア帝国海軍にアリューシャン列島の防衛を依頼。これに対し、ロシア帝国海軍極東艦隊はウラジオストク級戦艦四隻、ボゴローツク級重巡洋艦四隻を中核とした艦隊の派遣を決定。八月二十七日にはウラジオストクを出港し、九月五日にはアリューシャン列島の沿岸へと到着した。


 そしてこの頃、アリューシャン列島に展開している航空隊もまたアラスカへの爆撃を開始。寒冷地とあって本来の性能を発揮するのは困難だったが、着実にアラスカの基地施設に対し損害を与えていた。


 九月八日、アリューシャン列島南方の「秋津洲」露天艦橋。


「…ったく、霧が酷いな。これじゃあ、爆撃はおろか索敵さえまともに出来ないぞ」


 外套を羽織った誠一が、双眼鏡で辺りを見回しながらそうぼやく。彼の言うとおり、現在のアリューシャン列島周辺は深い霧に包まれていた。


「しかし、それは分かりきっていたことの筈です。…ですが、敵機動部隊の行方が分からないというのは確かに危険ですね」

「ああ。どうにかして出来る範囲で索敵をしておかないと、ミッドウェーの二の舞になりかねん」


 そう話していると、どうやら下の昼戦艦橋が騒がしくなってきた。誠一がラッタルを駆け下りると、山本長官らが話をしているのが見える。


「山本長官、何かありましたか?」

「ウナラスカ島の南方で、『備前』の偵察機が敵艦隊を発見した直後に撃墜されたそうだ。おそらく、敵機動部隊と思って間違いあるまい」

「ようやくお出ましですか。…敵艦隊の詳細は?」

「それが、こちらに伝える前に撃墜されてしまってな。だが、おそらく間諜の報告どおりだろう」

「となると、エセックス級が四隻とエンプラ(エンタープライズのこと)ですか…。こちらも全力で攻撃隊を出さねば、痛撃は見舞えないでしょうな」

「ああ。だから、ひとまず各空母から戦闘機十二機と攻撃機二十四機を出そうと思う。…これで良いかな?」

「私は一向に構いません。…ですが、こちらが対地攻撃の準備中でなくて命拾いしましたね」

「ああ。これ以上、我が軍から空母が失われては困るからな」

「全くです」


 その一時間後、各空母から攻撃隊が出撃。霧によって戦闘機四機と攻撃機六機が発艦に失敗したが、それ以外の機体は問題無く敵艦隊へと向かっていった。


 同日、午前十一時。


 十二隻の空母から出撃した航空隊は、多少回り道をしたものの無事機動部隊の上空へと到着。エセックス級空母目掛け、順次突撃を開始した。


 しかし、米軍とて手を拱いていたわけではない。五隻の空母からなんと百機以上という未だかつて無い規模の迎撃隊を出撃させ、日本側の攻撃隊の来襲を待ち構えていたのだった。


 百機以上のF6F「ヘルキャット」の攻撃を受け、さしもの二式艦上攻撃機も次々と海面に叩き落とされていく。またこれまでは数の優位で圧倒的なキルレシオを記録していた二式艦上戦闘機も、旋回性能・機数・最高速度等といった何れの面でも大差ない戦力を有するヘルキャットの群れを相手に苦しい戦いをせざるを得なかった。


 それでも、どうにか過半数の攻撃機は対空砲火の雨霰を切り抜けて爆弾や魚雷の投下態勢に入る。そして、「エセックス」を始めとする空母群目掛けて次々と爆弾や魚雷を放っていった。


 対空砲火を撃ちながら、左右に回避運動をとる空母群。とはいえ百本以上の魚雷を回避できる筈は無く、「エセックス」以下の艦の舷側には多数の水柱が白く立ち上ることとなった。


 まず始めに集中攻撃を受けたのは、空母部隊の先頭にいた「エセックス」である。この艦には雷撃機だけで二十四機が攻撃を行い、うち左舷に四本、右舷に一本が命中。浸水甚だしく、後に総員退艦が発令され自沈処分となった。


 次に攻撃を受けたのは、左舷側にいた空母「ヨークタウン」であった。こちらに来襲した攻撃機は十八機と「エセックス」よりやや少なかったが、左舷に障害となる艦が殆どいなかったことで左舷ばかりに六本を被雷。自沈処分が行われるまでも無く、その船体をアリューシャンの海へと沈めていった。


 一方、この二隻に比べ他の艦の損害はまだましなほうであった。まず「レキシントン」には十二機の攻撃機が向かい左舷に一本、右舷に二本が命中。「バンカー・ヒル」も十六機の攻撃を受け右舷に三本が命中した。


 そして、これまで幸運艦と呼ばれていた「エンタープライズ」にも十四機が魚雷を投下。かの「エンタープライズ」とてこれ程の攻撃を受けてはただで済むはずも無く、左舷に二本と右舷に一本の魚雷を受け航行不能の一歩手前まで追い込まれたのだった。


 このようにエセックス級と「エンタープライズ」は相次いで魚雷を艦腹に受け、うち前者二隻が一時間足らずでじわじわと傾き始める。というのも実はエセックス級は魚雷に対して極めて脆弱であり、一説には片舷に二本直撃すれば転覆する恐れがあるとまで言われていたのだ。


 事実、空母「レキシントン」(二代)は史実で一九四三年の十二月に魚雷を一本のみを受けたにも拘らず、大破の憂き目を見る羽目になっている。ましてや一隻当たり三本から六本の魚雷を受けてしまっては、凄惨な状況になるのは明らかであった。しかしそれでも「バンカー・ヒル」と「レキシントン」が助かったのは、米軍のダメージコントロールの優秀さ故であろう。


 結果として、魚雷を受けた空母五隻のうち「エセックス」と「ヨークタウン」(二代)が完全喪失。残った三隻も「レキシントン」(二代)と「バンカーヒル」が大破、「エンタープライズ」が中破となった。また、それに加えて複数の駆逐艦も爆撃により失われている。


 これにより、艦隊航空戦力を完全に喪失したアメリカ側の機動艦隊は一度撤退して輸送船団との合流を画策。改めて、ウナラスカ島を始めとするアリューシャン列島の奪還を試みるのであった。なお、この戦闘における両軍の損害は以下の通り。


日本軍

航空機の喪失(事故による損耗も含む)

戦闘機三十六機、攻撃機五十四機


アメリカ軍

撃沈

空母

エセックス、ヨークタウン(二代)

駆逐艦

チューナー、ボールドウィン(ブリストル級)

大破

空母

バンカー・ヒル、レキシントン(二代)

中破

空母

エンタープライズ

戦艦

ニュージャージー

重巡洋艦

バルチモア


 この後、アメリカ機動部隊と輸送船団は九月十日にアリューシャン列島の南東で合流。しかしその時には、既に日本側の空母搭載機とダッチハーバーの基地航空隊によってアラスカへの航空攻撃が開始されていたのだった。


 九月十一日、戦艦「秋津洲」艦橋。


 ここに、先ほど水上偵察機より「戦艦多数と小型空母数隻を含む艦隊が、大規模な輸送船団と機動部隊の残存艦艇を伴ってウナラスカ島に向け航行中。なお、敵大型空母群は遁走した模様」という旨の知らせが入った。


 これを受け、最初連合艦隊首脳部は航空攻撃による撃退を計画。だが航空隊の損耗が酷く、天候も芳しくないため艦隊決戦による迎撃が行われることとなった。


 そこで、連合艦隊は「祥龍」以下の空母を一旦北方へ離脱させた上でウナラスカ島の南方百海里の地点に展開。この近辺に展開していた第四潜水艦隊と合同で、敵艦隊への同時攻撃を敢行することにした。


 翌日午前十時、同じくウナラスカ島南方の戦艦「秋津洲」艦橋。


「敵艦隊はまだか?」

「まもなく電探に反応があると思いますが…今はまだ感知できていません」

「そうか…」


 敵艦隊が未だ発見できず、山本長官はいくらかじれったがっているようにも見える。すると丁度その時、対水上電探が南東から接近する大艦隊を捕捉した。


「対水上電探に感あり!十一時の方向、距離三万五千!単縦陣で、真っ直ぐこちらへ向かってきます!」

「よし、全艦面舵一杯!第一艦隊の戦艦群は距離三万を切り次第砲撃開始だ!」

「了解!」


 「秋津洲」を先頭に、第一及び第二艦隊の戦艦群が敵前での大回頭を行う。これを見たアメリカ太平洋艦隊は、取り舵を切って同航戦に持ち込む構えを見せた。


 そして日本側が午前十時四十分、アメリカ側が十時五十五分にそれぞれ砲撃を開始。双方レーダーを使っての射撃とあって、戦闘開始早々至近弾が相次いだ。


 その後、十一時五分に「秋津洲」の主砲弾が「アイオワ」に命中。距離二万五千での直撃弾は「アイオワ」の船体を大きく揺さぶり、第二主砲塔を旋回不能に追い込んだ。


 一方のアメリカ軍戦艦部隊は、「アイオワ」級や「メリーランド」以外が装備する十四インチ砲でもどうにか打撃を与えられる「筑前」型へと砲撃を集中。同時に、巡洋艦以下の艦艇はそれぞれ同クラスへの攻撃を行った。その結果、砲撃開始三十分で「出羽」「飛騨」を除く全艦に立て続けに命中弾を見舞ったのである。しかしこれと引き換えに「秋津洲」型と「備前」型の七隻には一発の命中弾も与えることが出来ず、旗艦である「アイオワ」の損傷などで劣勢に立たされつつあった。


 とはいえ、「筑前」型とて十六インチ砲弾を何発も受けてはただではすまない。特に「志摩」と「筑前」は一時間ほどでそれぞれ敵戦艦の主砲弾を五発以上受けており、艦の各所から火の手が上がっていた。


 「筑前」「志摩」の仇とばかりに、残った戦艦の主砲が矢継ぎ早に放たれる。それは吸い込まれるように「アイオワ」「ニュージャージー」に命中し、特に航空攻撃によって当初から被弾していた「ニュージャージー」は艦全体が赤々と燃え上がっていった。


 同じ頃十四インチ砲搭載戦艦も流れ弾のようにして命中弾を受け、うち数隻が戦闘能力をほぼ喪失。ここに至って、ニミッツは損傷著しい戦艦部隊を撤退させる他無かった。だが大破した「ニュージャージー」は航行能力を殆ど失っていたため、鹵獲を避けるために自沈処分されている。


 また、これを見た日本側の参謀の中には第一艦隊や重巡洋艦部隊による追撃をすべきだという声もあった。しかしそうしてしまうと手負いの第二艦隊や空母部隊、さらには輸送船団が無防備になってしまうため最終的には断念されている。


 海戦が終わった午後三時、ウナラスカ島の南方。


 ここに、炎上・傾斜している「志摩」の姿があった。


 「志摩」は第二艦隊の一隻として砲撃戦に参加していたが、十四インチ以上の艦砲を三時間の間に合計十三発も被弾。うち二発の十六インチ砲弾が装甲を貫通し、左舷側の二基の機関が完全に破壊されていた。


 それに加え、非防御区画へも砲弾が命中したため数千トン単位での浸水が発生。舵取機室にも浸水が見られ、「豊前」と同じく操舵不能に陥った。


 そして、航行不能になった「志摩」を曳航する能力は今の日本軍には無い。ましてやここは日米の最前線とも言える海域であり、曳航しようとすればその艦も諸共に航空攻撃で撃沈される恐れがあった。


 そのため、連合艦隊は「志摩」の放棄を決定。これを知った誠一は、秋津洲に「志摩」まで送ってもらうことにした。


 両軍の戦艦部隊が砲撃戦を行っていた頃、「白根」を先頭とする重巡洋艦部隊(第十一戦隊から第十四戦隊の十六隻)も「バルチモア」を始めとするアメリカ太平洋艦隊の重巡洋艦群と対峙していた。


「…感謝しますよ、宮沢大将。こうして軍艦の本懐を遂げられるのであれば、例えこの戦いで散ったとしても…悔いはありません」


 開戦以来待ちに待ったアメリカとの艦隊決戦を前に、白根がほくそ笑む。今回は敵の駆逐艦部隊が突撃する様子を見せないので、第十一戦隊以下の巡洋艦たちは敵重巡洋艦への攻撃を命じられたのだった。


「今度こそ…今度こそ!私が貴様らの船体を真っ二つにへし折ってくれる!覚悟しろっ!」


 そう言って、白根は腰に佩びていた刃渡り三尺の太刀を巡洋艦「バルチモア」に突きつける。それと同時に、「白根」に搭載された六門の八インチ砲が砲撃を開始した。


 とはいえ、それは「バルチモア」以下のアメリカ重巡洋艦群も同じことである。ましてや「バルチモア」を含むアメリカ太平洋艦隊の重巡洋艦は全艦が八インチ砲九門を装備しており、日本側が数で勝っているにも拘らず砲撃力での優位は大したものではなかった。


 それもあって、日本側とアメリカ側が初めての命中弾を得たのはほぼ同時であった。なお最初に被弾したのは日本側が「赤石」、アメリカ側が「ボストン」である。


 この時「赤石」が第三主砲塔を砲撃不能にされたのに対し、「ボストン」の損害は五インチ連装砲が一基破壊されたに過ぎなかった。これは命中した場所が異なるということ以外に、単純に排水量の違いで張れる装甲の厚みに違いがあったためであった。


 そして日本側は「蔵王」が、アメリカ側は「ルイスヴィル」が二隻に続いて被弾。その後の砲撃戦ではこの四隻が集中砲火を受け、何れも相次いで戦闘能力を失っていった。


「よくも…よくも赤石と蔵王をやってくれたなっ!その代償…貴様らの命を以って払ってもらう!」


 炎上する「赤石」と「蔵王」を一瞥し、怒り狂った白根が咆哮する。かつて青龍の前では僚艦が沈んでも気にしないといったようなそぶりを見せていた白根だったが、やはりいざ目の当たりにしてみるとその様な考えは白根の頭からは完全に消え失せてしまった。


 この頃、アメリカ側との距離が縮まっているのを見た南雲中将は全ての重巡洋艦に魚雷発射を下令。「白根」においても、二基の魚雷発射管に八本の魚雷が装填されていた。


 自分の魚雷発射管に魚雷が装填されていることを感付き、頬を緩める白根。不謹慎にも思われるかも知れないが、白根にとってはこれでも一応感情を抑えているつもりだった。


 そして、遂にその時が来る。


「全艦、魚雷発射!」

「魚雷一番から八番、てーっ!」


 南雲長官の指示を受けて艦長が叫ぶと同時に、七隻(『赤石』を除く)の重巡洋艦から五十六本の酸素魚雷が敵艦隊目掛け一斉に驀進する。それに続けとばかりに、小沢中将の指揮下にある七隻(『蔵王』を除く)の重巡洋艦もこれに倣った。


 酸素魚雷は期待通り航跡を残さず米艦隊に忍び寄り、そして──。


 ズズウウゥゥ…ン


 轟音とともに、まずは二本の酸素魚雷が「ボストン」の右舷のほぼ同じ場所に命中。予てより被弾・炎上していた「ボストン」の船体はこれに耐え切れず、文字通り真っ二つにへし折られてそのまま海底へと引きずり込まれた。


 続いて、他の酸素魚雷は「ルイスヴィル」など複数の艦に立て続けに命中。中でも「ルイスヴィル」は船体を三つに切断されて轟沈し、生存者は十名に満たなかった。


 アメリカ側は二隻の轟沈に狼狽したものの、残った艦が八インチ砲で懸命に応戦。これが功を奏し、「赤石」「蔵王」は間もなく航行不能になった。


 午後三時、「白根」防空指揮所。


 アメリカ太平洋艦隊を撃退した後も、白根はそこに立っていた。


「赤石…、蔵王…、仇は討ったぞ…」


 自分にとって、あれほど待ち望んでいたはずの艦隊決戦。だがそれは、白根にいくらかの達成感を与えると同時に小さくない悲しさや空しさももたらした。


 本当に、これが自分の本懐だったのか?


 もしや自分は敵艦を沈めるということに固執する余り、姉妹艦が沈没するという恐れを真剣に考えていなかったのではないか?


 なのにどうして、青龍にあんな態度をとったのか?


 白根の頭の中に次々と疑問が湧き、それはやがて自己嫌悪へと変わってゆく。そしてそれに耐えかねた白根は、そそくさと自分の部屋に篭ってしまった。


 結局この夜白根は一睡も出来ず、ようやく本調子に戻ったのはハワイに寄港する頃であったという。


 午後三時半、戦艦「志摩」艦橋最上部の防空指揮所。


 すでに総員退艦が発令されており、防空指揮所には人っ子一人いない。


 ──誠一と、血まみれになって倒れ伏す志摩を除いて、ではあるが。


「志摩…」

「宮沢大将、何故…ここへ?」

「秋津洲に送ってもらった。…それはそうとして言い辛いことではあるが、たった今この艦には総員退艦が発令されたよ」

「ここまで、ですか…。死ぬのが全く怖くないといえば嘘になるやも知れませんが、戦場で死ねれば…軍艦の艦魂として…本望です…」

「お前らしいな。…任せろ、無駄死ににはさせん」

「頼みますよ。…そろそろ、限界ですかな…」


 船体の傾斜が刻々と増してゆくのに気付き、自らの死を悟った志摩が苦笑いをする。その顔からは寂しさのようなものも見て取れたが、一方で無念さなどといったものは微塵も感じられなかった。この死に方が本望だというのは、あながち嘘でもないのだろう。


「…宮沢大将。名残惜しくはありますが、そろそろ退艦してください。…今まで、有り難う御座いました」

「こちらこそ、有り難う。豊前にもよろしくな」

「…はい。了解です」


 この後、「志摩」は艦尾を直立させた後にするすると海面に吸い込まれるように沈んでいった。そして最後に艦内で横転した砲弾の信管が艦内の隔壁に接触し、大音響とともに高さ三百メートルはあろうかという水柱を吹き上げたのである。なお、この戦闘における両軍の損害は以下の通り。


日本軍(損傷艦は戦艦のみ表記)

沈没

戦艦「志摩」

重巡洋艦「赤石」(第三艦隊所属)「蔵王」(第四艦隊所属)

中破

戦艦「筑前」「伊豆」

小破

戦艦「越後」「出羽」「飛騨」


アメリカ軍(損傷艦は大破以上の戦艦のみ表記)

沈没

戦艦「ニュージャージー」

重巡洋艦「ボストン」「ルイスヴィル」

大破

戦艦「アイオワ」「コロラド」


 他、全ての戦艦等が小破または中破


 この戦闘により、アメリカ太平洋艦隊は日本艦隊を撃退して輸送船団をアリューシャン列島まで護衛する能力を喪失。九月二十日に這う這うの体でシアトルへと帰還したのであった。


 一方、日本側は九月十五日にアラスカ・アンカレジ及びコディアック島へと陸上部隊のうち一個師団を揚陸。五日後にはアンカレジの市街地とコディアック島全域を完全に占領し、これを見届けた連合艦隊はさらにノームやバローといった市街地や周辺の島々(ヌニヴァク島、セントローレンス島等)を占領すべくアラスカ半島を迂回することにした。


 そして、途中アラスカの陸上砲台による妨害を受けつつ二十三日にヌニヴァク島を、二十七日にはセントローレンス島を大きな戦闘も無く占領。しかし補給の困難さを考え、両島の駐留部隊は各一個中隊(二百四十名)に止まった。


 その後ノームを二十九日に一個大隊で攻略し、アラスカの南岸と西岸を完全に占領。残る沿岸部の市街地は、北部のバロー程度となった。


 ちなみにこれは後知恵があるから分かることなのだが、実はバローの東にあるプルドーベイには一九六八年に発見されるはずだったおよそ百五十億バレル(約二兆四千億リットル)もの埋蔵量を誇る油田が存在しているのだ。これはアメリカ国内にある油田では最大級で、東テキサス油田より一九三〇年から現代までの間に採掘された原油量(約五十二億バレル)の三倍近くである。


 つまり、ここの原油さえ自由に使えれば日本は当分原油に困ることは無い。だからこそ、わざわざ極寒のベーリング海を航行してまでアラスカ北部を占領しようとしたのだ。


 そのため、十月三日にバローを占領した一個大隊はすぐさまプルドーベイへと侵攻。史実において油井が設置されていた場所で、原油の採掘を試みた。


 しかし、作業は寒さと雪のせいで作業は一向にはかどらない。やっとのことで油田の操業(日産十万バレル)が始まった頃には、一九四三年も終わりに近づいていた。だが、日本がここで油田を発見したという事実はこの後日本のエネルギー事情に大きな影響を及ぼすことになるのである。なお、連合艦隊の主力部隊は十月十九日に港湾設備の復旧が完了した真珠湾へと到着している。


 アラスカ攻略戦後、度重なる敗北にルーズベルト大統領の支持率はさらに低下。そこに日本が日米交渉の経緯やアメリカに求める講和の条件を詳しく公開したことによって、いよいよ政権の運営は困難になっていった。


 そして、議員や国民からの余りに強烈な批判や非難によってルーズベルトは心労から一種の鬱病とも言うべき症状を発症。大統領としての職務がほぼ不可能な状態にまで陥った。


 そのため、アメリカ合衆国議会の上院は十月二十三日に副大統領であったヘンリー・W・ウォレスを大統領とすることを承認。大統領となったウォレスは、世論に押される形ですぐさま日本を筆頭とする六カ国協約の締結国との講和を試みた。


 一方長期戦を望んでいなかった日本も当然これに応じ、十一月一日より戦闘行為の中断と同時に日本軍が占領しているハワイでの講和会議が開幕。六カ国協約の締結国の全てが大して国力を消耗していなかったことでアメリカに対し過酷な要求は為されず、講和会議は順調に進んだ。


 その結果、十二月二十日に六カ国協約締結国とアメリカの間で「布哇講和条約」が締結。かくして人類が経験した二度目の世界大戦は、史実と全く異なる結末を迎えたのであった。なお、主な条件は以下の通り。


一、アメリカ合衆国領土の一部割譲。割譲する範囲と相手国は以下の通り。


 グアム島、ウエーク島…日本

 アメリカ領ヴァージン諸島、アメリカ領サモア…イギリス

 グアンタナモ基地の使用権…フランス

 プエルトリコ島…ドイツ


二、十年間を限度とするアメリカ合衆国の内政への干渉。ただし、憲法の改定は行わない。


三、以下の艦艇は全て退役させること。しかし博物館船としての改装やモスボール処理、及び他国への売却や譲渡はこれを認める。また、これに該当しない艦艇のうち進水前のものは一部を六カ国協約の締結国へと譲渡すること。


戦艦…コロラド級以前の艦

空母…エセックス級、インディペンデンス級、護衛空母を除く全ての艦

巡洋艦…アトランタ級、クリーブランド級、バルチモア級、アラスカ級を除く全ての艦

駆逐艦…フレッチャー級、ブリストル級、護衛駆逐艦を除く全ての艦

潜水艦…ガトー級、バラオ級を除く全ての艦


四、日本にプルドーベイ油田の採掘権を譲渡すること。また、周囲に日本人の居留区を設けること。


五、新たに双方の間で通商条約を締結すること。ただし、この条約の内容は対等なものとする。


 この条約により、締結直後の一九四四年にはワシントン周辺に六カ国協約締結国の連合軍が進駐。日本も一個師団相当を派遣することになったが、この人選には格別の配慮が為された。


 というのも、全く考えなしに派遣する将兵を決めてしまってはその将兵が現地の住民に危害を及ぼす恐れがあり、そうなれば後々まで禍根を残しかねない。だからこそ、一兵卒に至るまで陸海空軍全体から特に品行方正な人材ばかりが選ばれたのだ。


 そのおかげか進駐期間中の現地住民とのいざこざは最低限に止まり、大きな騒ぎにはつながらなかった。戦争が終わって尚、史実の戦中戦後から得られた教訓が生かされたことになる。


 そして、一九四五年には国際連盟に代わる組織として国際連合が発足。発足時の常任理事国には六カ国協約の締結国がそのまま名を連ね、さらには内密にではあるが将来的にアメリカの常任理事国入りも約束された。また史実における旧敵国条項のようなものも存在せず、同じく事実上の敗戦国となったイタリアも発足時から加盟が許された。


 しかし、この歴史改変によって思わぬ被害を受けた国もある。それはイギリスやフランス、さらにはオランダといった国々に支配されていたアジアやアフリカの植民地であった。


 これらの国々の多くでは当然独立運動も行われたが、やはり史実と同じ時期に独立できた国は数えるほどであった。全体で平均すると十年から二十年独立が遅れ、中には三十年以上独立が遅れた国もあった。


 このように長期的に見れば弊害もあったものの、犠牲者は史実より格段に減少。またどの国も史実の日本やドイツのような大規模な戦略爆撃をされずに済んだために、物的損害も比較的小規模なものになったことは戦後復興を容易にさせる一因となったのだった。


 一九四四年一月一日朝、停戦後呉に戻った戦艦「秋津洲」の予備会議室。


 現在ここでは、連合艦隊に所属する全ての艦魂たちによる新年会兼祝勝会が行われていた。


「…ふう」

「如何なさいました?」


 思わずため息をついた誠一に、秋津洲が尋ねる。


「いや、これからどうしようかと思ってね。戦争が終わったから急いで新兵器を作る必要も無いし、史実の終戦直後に成立したような法律はもう粗方存在する。となると戦後処理さえ終えれば、後知恵を使って何かをするようなことは当分無いだろうからさ」

「…そう言えば、六カ国協約の締結国からルーズベルトを処罰せよとの声が上がっていると聞きましたが」

「ま、無理も無いだろうな。いくら史実より恐慌の被害が酷かったとはいえ、あのまま戦争をせずにニューディール政策を続けていけば景気は遅かれ早かれ上向いた公算が大きいしね」


 誠一が、今回の大戦によって各国に生じた損害についての資料に目をやる。


「こうして見ると、犠牲者や戦没艦船が減っているのがせめてもの幸いだな。無論犠牲が出ないに越したことは無いが、史実の第二次世界大戦を考えればこれでも御の字だろう」

「確かに、史実で我が国の海軍や商船隊が壊滅したことを考えれば遥かにましな数字です。ですが、これでも補填するのに何年かかるか…」

「日本の百トン以上の商船及び漁船の喪失が三千八十四隻・二二八万トンだ。年間百万トン弱建造したとして、二年半から三年といったところか。…案外かかるな」


 それなりに護衛の戦力を用意したにも拘らず商船隊に予想外の被害が出たことを知り、誠一が頭を抱える。ちなみに史実の大東亜戦争における商船の被害は約二千五百隻・およそ八百万トンであり、漁船や機帆船(エンジンと帆の両方で航行できる船舶)の被害は四千隻以上とも言われている。


 つまり船舶数では約半分、総トン数では三分の一程度の損害で済んだことになる。とはいえ決して小さな犠牲ではなく、この後数年は慢性的な船舶不足(特に小型船舶)が発生することとなった。


 ふと、舷窓から港内の景色に目をやる。そこには十隻の戦艦と二十隻以上の空母が停泊しており、戦争が終わって尚日本海軍が大きな戦力を有していることを如実に示していた。


 とはいえ、これらの艦艇が皆現役でいられる期間はおそらく後数年が限度であろう。そうなれば古い艦から順次退役し、そしてその多くは解体処分される運命にあるのは間違いない。


 勿論、誠一としては一隻でも多くの艦艇に記念艦なり予備艦なりの名目で生き残ってもらいたいと考えている。これらの艦艇はほぼ全てが自分の設計によるものだし、それらに宿る艦魂たちは死線をともに潜り抜けた戦友だからだ。


 そして、この祝勝会が始まってどれほどの時間が経ったろうか。とうに大半の艦魂は酔い潰れて眠っているか自艦に戻っており、残っているのは秋津洲や安房、雲鶴及び白鶴など二十名程度にまで減っていた。それは、あたかもこれから多くの艦魂がその生涯を閉じることを象徴しているようでもあった。


 この時誠一もいくらか酒を飲んでいたので、段々と酔いが回ってくる。これではまずいと考えた誠一は、暫く風に当たってくることにした。


 同日午後三時、「秋津洲」防空指揮所。


 現在「秋津洲」の乗員は多くが郷里に帰っていることもあって、ここには誠一以外誰もいない。そこに存在するのは、十四基の高角双眼鏡や十メートル測距儀といった物言わぬ機械類だけであった。


 誠一が空を見上げると、生憎と一面雲に覆われていた。午前中は晴れていたはずだったが、いつの間にか空はすっかり薄暗くなってしまっていたようである。


 挙句の果てには、雷鳴まで鳴り出す始末である。雷の音を聞いた誠一は、一刻も早く艦内へ引き上げようとした。


 だが、どうにも体が動かない。まるで金縛りにでもあったかのように、誠一はその場に立ち尽くすことしか出来なかったのである。


 そして次の瞬間、稲光が視界を覆いつくすと同時に彼の意識は途絶えたのだった。


 誠一の意識が、ぼんやりとではあるが戻ってゆく。それと共に、膨大な量の記憶が彼の頭に流れ込んだ。


 どうやらそれは終戦後に世界が辿った歴史らしかったが、状況を飲み込めていない彼は一瞬それと気付くことが出来なかった。それによると終戦後に大きな戦争は起こっておらず、日本では憲法が一部改正されたものの史実のそれとは大分異なったものであるということだった。


 ちなみに台湾や香港は中華民国に返還されており、かつては列強の植民地だった地域も東南アジアのものについては大半が独立を果たしている。しかし、独立が史実より遅れたために経済力はやや低下してしまっていた。


 それに続いて、史実から変化した誠一の境遇も知らされる。といっても幸いにして大きな変化は無く、現在の日時も時空転移をした時のそれとほぼ同じであった。


 それらの情報が脳に全て伝えられると同時に、誠一の意識が完全に戻る。気付くと彼は、自室に大の字になって寝転んでいた。


 彼は起き上がると、自分の部屋を見回した。そこにはやはり大量の軍事関連の書籍が存在していたが、題名や表紙は多くが変化していた。


 ひとまず、その中で日本海軍について書いてあると思われるものを片っ端から読んでゆく。そこには、無理からぬこととはいえ誠一にとって辛い現実が書かれていた。


 終戦後、日本のみならず世界各国の海軍は軒並みその規模を縮小。それによってやはり多くの艦艇が解体処分されてしまっていた。幸い戦艦や空母などから数隻ずつが記念艦として残されてはいたものの、それでも終戦時の残存艦艇の数分の一程度である。


 不幸中の幸いだったのは、「三笠」や「大隅」などといった艦は保存されていた主砲等を用いて本来の姿に復元され、呉に設けられた専用の場所で余生を過ごせているということだった。なお、西暦二千年現在で保管されている大戦時の主な艦艇は以下の通り。括弧内はいつの姿で保存されているかを示す。


戦艦(殆どが竣工時)…富士、敷島、朝日、三笠、大隅、筑前、越後(開戦時)、備前、美作(開戦時)、秋津洲、瑞穂

空母…祥龍(竣工時)、潜龍(開戦時)、祥鷹(竣工時)、瑞鷹(開戦時)

巡洋艦…石狩(竣工時)、鈴鹿(開戦時)、白根(竣工時)、丹沢(開戦時)

駆逐艦…秋風(竣工時)、雨風(開戦時)、天津風及び浦風(一九五〇年近代化改装時)

潜水艦…笠戸(竣工時)、四阪(開戦時)

護衛艇…桑(竣工時)、梅(開戦時)、東菊(竣工時)、虎杖(開戦時)


 また、同時期の日本の国力や日本軍の現有戦力も以下に記す。ただし、各軍の兵器保有数は表記されていないものも多数存在する。


総人口…約一億五千万人(南洋諸島も含む)

GDP…史実の現代での約五兆二千五百億ドル相当(一人当たり三万五千ドル程度)

軍事費…同じく約八百億ドル相当(GDP比約一・五%)


陸軍人員…十六個師団(うち本土十三個、南洋諸島三個)、約二十四万名

主力戦車…一五三六両


 その他歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車、自走砲等


海軍人員…約八万名

空母…四万トン級六隻(固定翼機及び回天翼機を四十機前後搭載)

駆逐艦…六千トン級十八隻(史実のアルバロ・デ・バサン級フリゲートに相当)

フリゲート…三千トン級三十六隻(史実のはつゆき型護衛艦に相当)

警備艇…五百トン級七十二隻(史実のヴィスビュー級コルベットに相当)

潜水艦…千トン級三十六隻


 その他掃海艇、潜水母艦、対潜哨戒機等


空軍人員…約八万名

戦闘攻撃機…六四八機


 その他輸送機、練習機、早期警戒管制機等


 なお日本軍が大戦中にロスアラモス研究所を破壊してしまったために核兵器は実用化を待たずして事実上禁止され、それに伴って原子力潜水艦や原子力空母も存在していない。さらには戦略爆撃機や弾道ミサイルといったものも史実ほどの発展を見ておらず、実用化はごく限られたものとなっている。


 この後誠一は海軍兵学校へと入学し海軍軍人となるのだが、それはまた別の話である。

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