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第十三章

 十二月八日、メジュロに停泊中の「秋津洲」艦上。


 ここで、誠一と三笠たちが別れの挨拶をしていた。


「あれだけの艦艇の修理を私たち十隻にやらせるとは、お前も随分と人使い…いや、船使いが荒くなったな。…まあいい、これだけは言っておく。…死ぬな」

「富士さんに船使いが荒いなどと言われるとは、心外ですな。なに、こんなところで死んでなんかいられませんよ。富士さんらしくもない」


「この戦争は、きっともう長くはない。…だから、必ず生きて帰ってきてね。もしこの戦いで戦争が終わらなかったとしても、傷ついた艦は私たちが必ず直すから」

「ええ。この戦争が終わるまでは、私も死ぬに死ねませんよ。ですがもしハワイを占領してもこの戦争が終わらなかったら、また敷島さんたちのご厄介にならせて頂きますね」


「宮沢殿、ただただ貴官の御武運を祈ることしか出来ない自分が情けなくはありますが、どうかこの作戦を成功裏(せいこうり)に終え、生きて帰ってきて頂きたい」

「分かってる。勿論そのつもりだよ。ただ出来れば、僕だけじゃなくこの作戦に参加する全ての艦魂と将兵の武運を祈って欲しい」


「宮沢大将、どうかご無事で。此度(こたび)の戦いは辛く苦しいものになってしまうかもしれませんが、この大隅、必ずや帰ってきて頂けるものと信じております」

「ああ。確かにこちらからも少なくない犠牲は出るだろうが、それでも…いや、だからこそ何が何でもこの作戦は成功させる。それが、今までに死んでいった艦魂や将兵へのせめてもの手向けだからね」


「どうか、どうか帰ってきてください。…ごめんなさい。色々言うつもりだったんですけど、今はこれしか…言えません…」

「三笠、心配するな。それに今までだって殆ど前線にいたのに無事だったんだから、別段今回だけが危険なわけじゃないよ」


 そこまで言ったところで、「秋津洲」の船体がゆっくりと動き始める。暫しの別れを悟った誠一がゆっくりと挙手の礼をすると、三笠たちもそれに倣って答礼をし「秋津洲」から自艦へと戻っていった。


 ふと、双眼鏡を使って「秋津洲」に続いて出港する艦隊を見渡してみる。そこには、戦艦十一隻と空母十二隻を擁する世界最大級の艦隊が堂々たる輪形陣を組んでいた。そしてその後ろには、小さくではあるが輸送船団の姿も見える。


 これだけの戦力が揃えば、如何にアメリカ太平洋艦隊の本拠地である難攻不落のハワイとて──。誠一に十分そう思わせるだけの迫力と存在感を、今の連合艦隊は持っていた。


「『敵の誇りし堅陣も はや姿なし星条旗』…か。楽には落ちないだろうが、多少時間がかかってもそうなってもらわないことには戦争が終わりそうにないからな…」


 軍歌「布哇撃滅の歌」の一節を、思い出したように呟く。するとなかなか艦内に戻らない誠一を不審に思ってか、秋津洲が彼の元にやってきた。


「どうかなさいましたか?」

「いや、この作戦がうまくいくかどうか不安が無きにしも(あら)ずだったから、ちょっと考え事をしていてね」

「失礼ですが、それも今となっては詮無きことでは?」

「…それもそうだな。今はこの作戦を成功させることだけを考えるとするか…。有り難う。おかげで、いくらか楽になったよ」

「礼には及びません。私はただ、宮沢大将にこの作戦に専念して頂きたかっただけです」

「そうか。すまんな、心配をかけて」

「いえ、御心配には及びません」


 そう言うと、秋津洲はその場を去っていった。


 出港後、暫くの間連合艦隊主力(文字通り連合艦隊に所属するほぼ全ての水上艦がこの作戦に参加しているため、以後ハワイ攻略の任に当たっている艦隊はこう呼称する)は自軍の勢力圏ということも手伝って何事も無く航行を続けていた。しかしそんな中、連合艦隊旗艦「秋津洲」がアメリカ軍の通信を傍受することになる。


 内容は、こちらの大艦隊の出港を感づいたアメリカ軍が迎撃艦隊を出港させる予定であるというものだった。それだけなら誠一も予測できてはいたが、問題はその編成であった。


 なんと、アメリカはこの艦隊に新鋭戦艦である「サウスダコタ」級を四隻とも(サウスダコタ、インディアナ、マサチューセッツ、アラバマ)この艦隊に編入していたのである。このクラスは主砲塔の装甲の厚さと主砲の数で「備前」型に勝っており、それが四隻も参加しているとなれば苦戦を免れないことは明らかだった。


 そこで、連合艦隊首脳部は当面の第一目標を敵艦隊(特にサウスダコタ級)の撃退ないしは撃破へと変更。これに合わせ、十二隻の空母や他の水上艦に搭載されている航空機を可能な限り使用して敵艦隊の捜索を行うこととした。


 連合艦隊主力が出撃して三日後の十二月十一日、準備を整えたアメリカ太平洋艦隊は「サウスダコタ」級戦艦や新規に完成した数十隻の「ブリストル」級駆逐艦などを新たに編入した上で出港。また今までの戦訓から空母の搭載機は半分を戦闘機とし、「エンタープライズ」には三十六機もの戦闘機が搭載されていた。


 とはいえ、それでも連合艦隊の十二隻の空母から全力で攻撃隊を差し向けられれば大損害は免れない。ハワイ自体もまた然りである。そこで、アメリカ太平洋艦隊はハワイ諸島が陥落して本土に寄港せざるを得なくなった場合に備えて多数のタンカーを艦隊に随伴させていた。


 これに伴い、タンカーの護衛と艦隊の直掩を兼ねてこれまでに竣工した殆どの護衛空母が太平洋艦隊に前もって配備されていた。その艦名と搭載機の内訳を以下に記す。


ボーグ級(貨物船を基に建造。今回の搭載機はF4Fと新型艦上攻撃機TBF「アベンジャー」を十二機ずつ)

ボーグ、カード、コパヒー、ナッソー、アルタマハ

 なおこの他に「コア」が竣工しているが、竣工が十二月十日(シアトル・タコマ造船)だったため実戦投入は間に合わず。また、他にボーグ級は五隻が建造中


サンガモン級(タンカーを基に建造。搭載機はF4FとTBFを十八機ずつ)

サンガモン、シェナンゴ、サンティー、スワニー


 合計九隻、搭載機はF4FとTBFを計百三十二機ずつ


 これを「エンタープライズ」の搭載機と合計すると戦闘機百六十八機、爆撃機十八機、攻撃機百五十機で総計三百三十六機の大編隊となる。この数は「祥龍」型空母のおよそ四・五倍であり、日本海軍にとって油断できないものだった。


 このように護衛空母までが最前線の艦隊に編入されている中で、潜水艦は全艦がミッドウェー諸島陥落の後に相次いで本土に避難させられていた。これはハワイが陥落した場合その周辺の補給路を攻撃するために温存されたのであり、同時にアメリカ軍首脳部の「ハワイが陥落しても戦争を続行する」という意志の現われでもあった。


 アメリカ太平洋艦隊は出港後、ハワイからの航空支援が受けられるオアフ島南西二百海里の地点に待機。アベンジャーを捜索機として使用し、連合艦隊主力の早期発見に努めた。


 しかし、先に相手を発見したのは航空戦力で優位に立つ日本側であった。十二月十五日午前十時、アメリカ太平洋艦隊のさらに南西約三百海里を航行していた連合艦隊主力に「祥龍」搭載の攻撃機より「オアフ島ノ南西二百海里ニ於イテ敵艦隊発見。尚、敵ハ小型空母九隻ヲ有ス」との連絡が入ったのである。


 同日、「秋津洲」艦内の連合艦隊司令長官公室。


 ここで、攻撃機からの報告を受けた山本長官と誠一が今後の対応を協議していた。


「弱りましたなあ。まさか護衛空母を持ち出してくるとは…低速とはいえ、九隻もいたら搭載機数は馬鹿になりません」

「しかし、何故敵はこちらを迎え撃つような態勢をとっているにも拘らずタンカーを多数随伴させている?オアフ島からたった二百海里の近海で待ち伏せているだけなら、低速なタンカーはむしろ足手まといになるだろうに…」

「関係無いかもしれませんが、そういえばここ数ヶ月敵潜水艦による船団の攻撃がめっきり減って…まさか!」

「どうした?」


 突然大声を上げた誠一に、山本長官が驚きながらも尋ねる。


「もしや、アメリカはハワイを落とされるのも覚悟の上なのでは?」

「そうか。ハワイが陥落してシアトルやサンフランシスコに撤退する場合に備えてわざわざタンカーを…。しかし、それならいっそのこと護衛空母なども本土に避難させたほうが良い気もするが…」

「よもや、今回我々の迎撃に差し向けられた艦隊はただ時間稼ぎのためだけに出撃させられたのでしょうか?遅かれ早かれハワイは陥落するだろうが、あまり早期に落ちてもらっては困るから、と」

「ということは、ハワイ自体がそもそも捨て石ということか?」

「はい。我々がアメリカ本土に来襲するのを少しでも遅らせるための…」

「…何ということだ。それではただの(ひと)()()(くう)ではないか」


 アメリカ…というよりルーズベルトの真意を悟り、愕然とする山本長官。しかし、誠一はルーズベルトがより恐ろしいことを考えているのではないかと思い始めていた。


 誠一が、予想した最悪の事態を山本長官に告げる。


「このようなことは考えたくもありませんが…。ルーズベルトはこの戦争をかなり長期化させる腹積もりやも知れません」

「何故そう思う?」

「確かに、いくらハワイが早期に陥落するのを防ぐためとはいえあれほどの艦隊を危険にさらすのはリスクが大きすぎます。ですが、戦争がこの後一年や二年続くと考えれば…」

「空母だろうと戦艦だろうと何隻でも投入できる、か」

「はい。史実ではこれまでの艦に加えてアイオワ級四隻とエセックス級十七隻を終戦までに竣工させ、なおも少なくない艦が建造中でしたから」

「…となれば、なおさら早くハワイを落とさなければならんな」

「はい。そのためにもまずは航空機と潜水艦の飽和攻撃で戦艦と空母を粗方黙らせる必要があります。ですが、今回は『メリーランド』以下の戦艦は無視してでもサウスダコタ級や空母を仕留めることが重要です」

「何故だ?」

「もし敵を空襲した後に無傷のサウスダコタ級が残っていれば、それだけで上陸船団は脅威に晒されてしまいます。最悪の場合、艦隊決戦を挑まれてこちらの主力艦から戦没艦が出る恐れもあります」

「…確かにな。だが、この近辺に現在こちらの潜水艦は何隻いる?」

「確か、丁度第三潜水戦隊がこのあたりを哨戒をしているはずです。十二隻もいれば十分でしょう」

「分かった。そうと決まれば早いうちに攻撃隊を出すぞ」

「はい」


 かくして、午前十一時に十二隻の空母より戦闘機百四十四機、攻撃機二百八十八機からなる第一次攻撃隊が出撃。二時間後にはこの半分の数の第二次攻撃隊が出撃し、アメリカ太平洋艦隊に波状攻撃をかけるに至った。


 午後一時、アメリカ太平洋艦隊の上空に第一次攻撃隊が到達。一隻でも多くの艦艇を撃沈乃至は戦闘不能に追い込むという方針に従って雷撃隊が戦艦群に、爆撃隊が空母群に襲い掛かった。これは戦艦は爆弾で深手を負わせることが出来ないが、脆弱な空母ならより命中率の高い急降下爆撃で叩いた方が良いという考えに基づいてのことだった。


 しかし当然戦艦はともかく空母は艦隊の中心にいることが多く、戦闘機隊の妨害もあって少なくない出血を強いられることは事前に分かっていた。そこでまずは制空隊を随伴させた雷撃隊を突入させ、直掩機の注意を低空に引きつけた上で爆撃隊を急降下されるという戦術がとられたのである。


 これは史実のミッドウェー海戦において偶発的とはいえ日本側が陥った状況をそのまま真似るものであり、雷撃隊が集中砲火を受けるというリスクもあったが二式艦上攻撃機の防御力を恃みにして実行に移された。


 午後一時十分、まずは百四十四機の雷撃隊が「サウスダコタ」級戦艦目掛けて左舷側から追い迫る。その後、高度五メートル程度の海面すれすれで相次いで魚雷を投下した。


 これに対し四隻も必死に回避運動を試みるが、それまで艦隊の先頭を単縦陣で航行していたために衝突を恐れて思うように舵を切れない。そして数十秒後、四隻の舷側に合計十八本もの水柱がそそり立った。


 この時の命中した魚雷数は「サウスダコタ」が四本、「インディアナ」が六本、「マサチューセッツ」が三本、「アラバマ」が五本。「サウスダコタ」と「マサチューセッツ」はその場は持ちこたえたが、後の二隻は被雷後五分程度で早くも目に見えて傾斜し始めた。


 四隻がダメージコントロールに躍起になって対空砲火が疎らになっていた頃、雷撃隊と同数の急降下爆撃隊高度三千メートルが「ボーグ」以下の護衛空母に襲い掛かった。なお「エンタープライズ」は史実の珊瑚海海戦後の「ヨークタウン」の事例から命中弾を出してもすぐに修理されてしまう恐れがあるため、今回は攻撃目標から外されている。


 案の定戦闘機隊は雷撃隊の迎撃に気を取られており、艦隊の上空はがら空きであった。そのため、練度が最高クラスではない搭乗員たちでさえ何と五割近い命中率を叩き出せたのである。


 被弾した護衛空母というのは、余りに脆い。史実でもフィリピン近海の戦闘では特攻機の攻撃や通常の爆撃によって大破・沈没した空母は十隻近くを数えており、中でも「セント・ロー」は特攻機一機の命中から僅か三十分後に搭載していた爆弾や魚雷の誘爆等が原因で沈没している。


 攻撃隊があらかた攻撃を終えた頃、ようやくアメリカ太平洋艦隊の連絡を受けて援護に来たP-38等の戦闘機隊が到着。しかし時既に遅く、これらの戦闘機が撃墜できた攻撃機は十機にも満たなかった。


 さらにそのおよそ一時間後、丁度戦闘機隊が燃料を補給すべく「エンタープライズ」やハワイの航空基地に帰還した頃第二次攻撃隊が来襲。既に炎上・傾斜しているサウスダコタ級四隻に対し、今まさにとどめが刺されようとしていた。


 午後三時、第一次攻撃隊と異なり全ての航空機一度にが攻撃を開始する。一番の目標は、第一次攻撃隊が十分な手傷を負わせられなかった戦艦二隻であった。


 百四十四機の雷撃隊(この時の攻撃機は全機が魚雷を装備していた)が、再び戦艦群の左舷に向け魚雷を放つ。第一次攻撃隊によって損傷させられ速度も落ちている二隻に、この魚雷を完全に回避できよう筈も無かった。


 結果「サウスダコタ」が六本、「マサチューセッツ」が五本を新たに被雷。さらには命中しなかった魚雷が他の艦にも向かい、「インディアナ」と「アラバマ」に二本ずつが命中した。


 合計七本から九本という通常では考えがたい数の魚雷を片舷に集中して受け、四隻は苦悶にのたうつ。そしてまず、第一次攻撃隊によって一番大きな傷を負っていた「マサチューセッツ」が錨甲板を海水に洗われ始めた。


 一方護衛空母は一切の攻撃を受けなかったが、戦艦群が攻撃を受けている間にも誘爆や至近弾による浸水によって被害は拡大。商船改装空母ゆえの脆さを露呈する形となった。


 攻撃隊が去った後、そこに残されたのは沈みかけている四隻の戦艦とまるで篝火か何かのように煌々と燃え盛っている護衛空母、そして友軍が攻撃されるのをほとんど為す術もなく見ていた残りの艦艇群であった。


 この後、四隻の戦艦と九隻の護衛空母は夜明けまでに相次いで沈没。日本の攻撃隊にいくらかの損害を与えたとはいえ、アメリカにとってこの戦争が始まって以来の大敗北となった。この戦闘における両軍の損害は以下の通り。


日本側損害

撃墜

戦闘機八機、攻撃機十四機(第一次攻撃隊)

戦闘機四機、攻撃機十機(第二次攻撃隊)


合計戦闘機十二機、攻撃機二十四機


 その他に、第二次攻撃隊は着艦が夜間になったことによって戦闘機二機と攻撃機三機が失われた。


アメリカ側損害

撃沈

戦艦

サウスダコタ、インディアナ、マサチューセッツ、アラバマ(サウスダコタ級)

護衛空母

ボーグ、カード、コパヒー、ナッソー、アルタマハ(ボーグ級)

サンガモン、シェナンゴ、サンティー、スワニー(サンガモン級)


 尚、これらの空母の艦載機は直掩機として出撃して海戦後「エンタープライズ」に収容された一部を除いて全て海没している。


 この海戦によって連合艦隊主力への有効な攻撃手段を失ったアメリカ太平洋艦隊は、ハワイの防衛を放棄してサンフランシスコに撤退することを決定。しかし、これで日本軍の攻撃が終わったわけではなかった。


 翌日午前六時、オアフ島南方百五十海里の海中。


 ここに、「粟国」以下十二隻からなる第三潜水戦隊が潜んでいた。


「艦長、西方より敵艦隊です。距離一万」

「よし、全ての発射管に魚雷を装填しろ。いつでも撃てるよう準備しておけ」

「了解」


 潜水艦長の命令で、「粟国」に装備されている魚雷発射管に魚雷が装填される。同じ頃、他の十一隻の潜水艦も同様の行動を取っていた。


「艦長、距離五千を切りました」

「よし、そろそろだな。……てっ!」


 「粟国」の艦首から、四本の魚雷が疾駆する。そしてそれに呼応するように、三百メートル程度の間隔で単横陣を組んでいた他の十一隻の潜水艦もこれに倣った。


 同時刻、「サウスダコタ」級四隻の沈没によって再びアメリカ太平洋艦隊の旗艦となった戦艦「メリーランド」艦橋。


「前方より、雷跡多数!」

「数は!?」

「分かりません!ですが、五十前後と思われます!」

「くっ…ええい、このまま全速力で直進しろ!下手に転舵すれば、どてっ腹に魚雷を食らうことになる!」

「了解!前進全速!」


 他の艦が慌てて右往左往する中、ただ一隻直進する「メリーランド」。そしてこの行動が、他の艦との命運を分けた。


 やがて、ぐんぐん魚雷は目の前に迫ってくる。しかし魚雷は広い範囲にばら撒かれるように発射されたため、「メリーランド」はうまくその間をすり抜けることが出来た。


 だが、それはあくまで「メリーランド」が魚雷にほぼ平行に航行していたかららこその話である。慌てて魚雷に横腹を見せていた艦は、間もなく揃いも揃って魚雷の好餌となる運命を甘受せねばならなくなった。


 「メリーランド」の脇を魚雷が通り抜けてから数十秒後、爆発音とともに水柱がそこかしこにそそり立つ。それは、前日の戦闘で主力艦を相次いで失ったアメリカ太平洋艦隊が更なる悲劇に見舞われることを象徴しているようであった。


 轟音とともに戦艦「ネバダ」などの舷側に水柱が立ち上り、大混乱に陥るアメリカ太平洋艦隊。さらには潜水戦隊が酸素魚雷を使っていたことで、何の前触れも無く突然爆発が起こったように感じた将兵の中にはパニックを起こす者さえいた。


 この機に乗じて、第三潜水戦隊は一気に戦場を離脱することを画策。敵艦隊の真下を突破することによって、一層敵を混乱させようとしていた。


 一見、敵艦隊の真下を突破することは爆雷による攻撃を受ける確率を増すことにつながってしまうように思える。しかしあまり僚艦の至近距離で爆雷を投下しては爆発時の水圧でその艦も傷つけてしまう恐れがあるし、海面に沈没した艦の生存者がいる場合は彼らも巻き添えにしてしまうことになる。結果として、爆雷が投下される危険を減らすことが出来るのだ。


 やはりと言うべきか、アメリカ側の駆逐艦はなかなか爆雷を落としてこなかった。無論全く落としてこないわけではなかったが、この時の攻撃は一隻たりとも撃沈するには至らなかった。


 この戦闘でアメリカ太平洋艦隊はそれまで無傷だった戦艦群を始めとした艦艇のうち少なからずが損傷乃至は沈没。不幸中の幸いは、タンカーの損害が少なかったことによって生き残った全艦が無事サンフランシスコへの帰還を果たしたことであった。この攻撃における両軍の損害は以下の通り。


日本側損害

爆雷攻撃によって数隻が損傷するも、全艦がメジュロへと帰還


アメリカ側損害

撃沈

駆逐艦

マドックス、グレンノン(ブリストル級)

タンカー三隻

損傷

戦艦「ネバダ」等多数


 なお発射された魚雷の数(四十八本)に比べて戦没艦が少ないのは、個々の艦を狙わず艦隊全体に向けばら撒くようにに発射されたためであって、決して技量不足などによって命中した魚雷数が少なかったわけではない。


 この後、アメリカ太平洋艦隊は十二月十九日にシアトルへと避退。これによってハワイ以西に存在するアメリカ軍の艦船は港湾にいる雑役船などごく少数となり、事実上本土以外の全ての拠点を失うこととなった。


 しかし、これですぐ上陸できるかというとそうでもない。ハワイには開戦以来未だに強大な航空戦力が存在しており、ジョンストン島にいる戦闘機隊との戦闘で多少磨り減ったとはいえまだまだ侮れない機数を保持していた。


 そのため、三月十四日から連合艦隊主力はハワイ諸島への航空撃滅戦を開始。特に、対艦攻撃能力を有する小型や中型の爆撃機及び攻撃機が主な目標とされた。


 この航空撃滅戦において、日本軍は初めて二式噴進弾の大規模な実戦投入を実施。これによって二式艦上戦闘機にも対地攻撃能力を付与できるようになり、ヒッカムやホイラーといった飛行場への攻撃に一役買った。


 また当初は空母搭載機のみでの攻撃であったが、三月二十日からは損耗した空母搭載機に加えてジョンストン島に配備されている二式中型爆撃機も爆撃行に参加。爆弾を大量に搭載できるこの爆撃機の実戦参加に伴い、ハワイの航空兵力は日に日に弱体化していった。


 これに危機感を抱いたハワイ守備隊は、三月二十二日にようやく捕捉できた連合艦隊主力に対し残存航空戦力を用いてせめて一矢報いようと総攻撃を敢行。戦闘機はP-40やP-38、爆撃機はB-25やA-20を主力とする三百機近い大編隊を差し向けた。


 当然、これらの航空隊が撃破されればハワイの防衛は愈々困難になる。しかし、このまま航空隊が壊滅するのを手を(こまね)いて見ている以外にはこれしか方法が無かった。


 午前十一時、戦艦「秋津洲」艦橋。


「対空電探に感あり!北西の方向、距離十万、数は三百!」


 電探操作員の報告に、誠一の表情が曇る。


「よりによって、攻撃隊の出撃準備中に来るとは…!」

「直掩機は何機出せる!?」


 唖然としている誠一をよそに、山本大将の怒号が飛ぶ。


「空母一隻あたり、十二機が限界です!」

「とにかく出せる機体は全部出せ!…これで構わないか?」

「…ええ、有り難う御座います」


 誠一はそう言うと、不安からかがくりと椅子に座り込んだ。そして、各艦隊にとって未だかつて無い苦しい対空戦闘が幕を開けることとなるのである。


 直掩機が出撃して十分ほど経った頃、遠方にぽつぽつと黒い点が見え始める。それを誠一が持っていた双眼鏡で除くと、見慣れたP-40やP-38の姿があった。


「『ウォーホーク』と『ライトニング』か…。数が多いのが厄介だが、今は戦闘機隊を信じるしかないな」


 やがてその編隊にこちらの戦闘機隊が接近し、両軍入り乱れての航空戦が始まった。しかし性能では二式艦上戦闘機に分があるとはいえ、同等の数を持つ敵制空隊に阻まれてなかなか爆撃機へと肉迫することが出来ない。


「来る、か…?」


 誠一が、敵爆撃機の接近を悟る。だが爆撃機は「秋津洲」の上空を通過すると、そのまま第一及び第二航空艦隊の方向へと向かっていった。


「…まずい!一航艦と二航艦が!」


 敵の狙いが空母であると知り、誠一は愕然とする。一方、爆撃隊は対空砲火でその数を減らしながらも無情にも第一航空艦隊や第二航空艦隊へと襲い掛かった。


 十分後、空母「潜龍」艦橋。


「一年前に散々叩いたのに…。やっぱり国力差は如何ともし難いわね…」


 暗い表情のまま、ゆっくりと軍刀を鞘から取り出す潜龍。そしてその軍刀を、右手で持って前方に突き出した。


「確かにあんなに数がいたら軍歌のように簡単にはいかないかも知れない…。でも、ミッドウェーの二の舞にさせる訳にはいかない!」


 今の自分と史実のミッドウェー海戦の状況を重ね合わせ、何とか自分を奮い立たせようとする潜龍。だが、爆撃隊は次の瞬間思いもかけない行動に出た。


 それまでの水平飛行を止め、突然高度を下げるB-25。最初は不審に思った潜龍だったが、すぐにある結論にたどり着いた。


「まさか、反跳爆撃(スキップボミング)…!」


 反跳爆撃(スキップボミング)──それは低空を高速で飛行しながら爆弾を投下することによって爆弾を水切り石のように飛び跳ねさせるという、通常の水平爆撃より遥かに高い命中率を誇る爆撃法である。史実では一九四三年三月三日に使用された事例が有名で、この時日本軍は駆逐艦「朝潮」「荒潮」「白雪」「時津風」と輸送船八隻を沈められる大損害を被っている。


 爆撃隊の狙いに気付き、潜龍は顔面蒼白となる。そんな彼女をよそに、爆撃隊は第二航空戦隊へと狙いを定めた。


「『神鶴』!『天鶴』!」


 潜龍の叫びも空しく、B-25のうち一機の爆弾倉がゆっくりと開く。その直後、その爆弾倉から四発の千ポンド爆弾が投下された。


 爆弾は途中二発が海没したが、残りの二発はそのまま跳ねながら直進。そして、その二発は狙い過たず「神鶴」の左舷中央部に激突した。


 その刹那、「神鶴」の格納庫は千ポンド爆弾の爆発によって一気に火の海と化し、さらには甲板上に並べられていた搭載機の誘爆もあって艦全体が一瞬にして炎に包まれた。


 この爆発により、「神鶴」の乗員は過半数が死傷。辛うじて生き残った消火設備を使用しても所詮焼け石に水であり、爆発後十分で総員退艦が発令された。艦橋が爆発に巻き込まれず、艦長が生きていたことにより早期に総員退艦が発令されたおかげで多くの乗組員が助かったのがせめてもの救いだろう。


「神鶴っ!…こんのおおぉぉっ!!」


 怒りに任せ、潜龍が「神鶴」を攻撃したB-25の一番機に向け軍刀を振り下ろす。するとその

B-25は機体のど真ん中に高角砲弾の直撃を受け、轟音とともに爆発四散した。


「やったっ!」


 戦友の敵を討ち、歓喜の声を上げる潜龍。だが艦魂である潜龍が「神鶴」に気を取られたことにより、それが船体にも影響したのか肝心な個艦防御がおろそかになってしまった。


 その隙を衝き、それぞれ四機のA-20が「潜龍」の左右から飛来する。途中対空砲火で左舷側の一機と右舷側の二機は撃墜できたが、残りの機体はなおも突っ込んでくる。


「左右からの同時攻撃だなんて…冗談きついよ…っ!」


 左右に向け、破れかぶれになりながら軍刀で切りつける潜龍。だが撃墜できたのは先の三機のみに留まり、残りの五機は容赦なく爆弾を投下し始めた。


 左右からの同時攻撃とあって、「潜龍」はどちらにも舵を切れずただ全速力での直進を余儀なくされる。そして三十ノットの速力を恃みにした回避運動の甲斐なく、三発の千ポンド爆弾が「潜龍」の両舷に叩きつけられる。


 次の瞬間、「潜龍」は大爆発と同時に黒煙に包まれた。


 背後で立て続けに起きた爆発に、誠一が急いで後方を向く。すると、黒煙と業火に包まれた「神鶴」「潜龍」の姿が目に入った。


「潜龍!神鶴!」


 絶叫すると同時に、誠一は今の二隻の状況を史実のミッドウェー沖海戦と重ね合わせた。そして、火災の程度から二隻沈むかどうかの瀬戸際にあることを悟った。


「あれほど炎が燃え広がっていては、いくら防御力に気を使っていても…くそっ!」


 暗い表情のまま、椅子に腰掛ける誠一。そこへ、最悪の事態が伝えられることとなった。


「『神鶴』より入電!『我航行不能、総員退艦ヲ発令セリ』!」

「…やはり、か。『潜龍』の状況は?」


 山本長官が、「秋津洲」の通信長に尋ねる。


「幸い、航行は十五ノットでなら可能なようです。ですが、艦載機は殆どが失われました」

「そうか。分かった」


 「潜龍」は航行が可能という知らせに、誠一は安堵する。しかし、このまま艦隊に随伴させるのは余りにも危険であった。


「山本長官、『潜龍』の件ですが…やはり後退させた方が宜しいでしょうか?」

「…だろうな。護衛は第一水雷戦隊と『勝浦』『四万十』でいいか?」

「ええ。それだけ付けておけば十分でしょう…秋津洲、『潜龍』まで送ってもらって良いかな?」

「了解です」


 同時刻、「潜龍」艦橋。


 「潜龍」に移動した誠一は、急いで艦橋上部の防空指揮所に向かう。すると、その下の羅針艦橋で山口中将と鉢合わせすることになった。


「山口中将、『潜龍』の被害は…?」

「辛うじて航行は可能です。ですが、修理には半年程度必要かもしれません」

「ならそれで十分です。第一艦隊の『勝浦』と『四万十』、それに第一水雷戦隊を護衛に付けますからメジュロまで避退させてください」

「了解です。私はこの後旗艦を『白龍』に移しますが、宜しいですか?」

「構いません。…私は潜龍の様子を見ておきたいので、これで」

「はい」


 防空指揮所へと上がり、潜龍を探す。本来こんなところにいては大将の階級章をつけている誠一は目立ってしょうがないのだろうが、未だに対空戦闘か続いているせいか誰も誠一が来た事に気付かなかったし、それは誠一にとっても有り難いことだった。


 しかし、防空指揮所の床を見た途端誠一は絶句した。床が、一面血の色で染まっているのである。紛れも無く潜龍の血であった。


「潜龍…?」


 高角測距儀に寄りかかるようにして、潜龍は座り込んでいた。その上半身はほぼ全体が血に染まり、一見どこに傷があるのかさえ分からない。しかしよく見ると、肩や脇腹といった体の至る所に無数の傷があった。


「潜龍…傷は、痛むか?」

「私は何とか…。それより、神鶴は…?」

「機関室にまで火災が広がって航行不能になったから、さっき総員退艦が発令されたよ」

「そう…ですか…。」


 準姉妹艦(といっても事実上の同型艦だが)である「神鶴」が放棄されたことを知り、落胆する潜龍。だが、彼女はそんな自分の考えを振り払うかのように顔をぶんぶんと横に振ると、誠一に質問を投げかけた。


「それで…私はこの後どうなるのですか?」

「第一潜水戦隊と『勝浦』、それに『四万十』を護衛に付けてメジュロまで戻ってもらうことになった」

「私は構いませんが…申し訳ありません、このようなところで落伍してしまって…」

「いや、潜龍が謝る必要は無い。そんなことより、必ず敵は討つからどうか安心して欲しい」

「頼みます…ハワイが落ちなければ、この戦争も終わりそうに無いですから…」

「分かっている。…尤も、ハワイが落ちたとしてもこの戦争が終わるという保証も無いがな」

「…そうですね。一体いつになったら、この戦争は終わるんでしょう?」

「ルーズベルトが大統領じゃなくなったら、かも知れんな」

「…ですね。それはそうと、攻撃が止んだみたいですよ」


 潜龍の言葉に誠一がふと上空を見ると、どうやら攻撃隊は去っていったらしかった。周りを見渡しては見るが、どうやらこの二隻以外に大きな損害を被った艦はいないようである。


「…それじゃあ、そろそろ『秋津洲』に戻るか」

「ええ。どうかご無事で」

「ああ。潜龍もな」


 誠一が、再び「潜龍」の飛行甲板へと向かう。そこには、いつもの表情の秋津洲が立っていた。


「待たせたかな?」

「いえ、ご心配には及びません。ですが、何かあったのですか?」

「何も無いよ。ただ、潜龍と山口中将に今後の対応を伝えていただけだ」

「…そうですか」


 秋津洲は一瞬いぶかしむ様な顔つきをしたが、すぐにまた無表情へと戻った。そして、誠一を連れ「秋津洲」へと戻ったのである。


 この戦闘で日本は「神鶴」が撃沈され、「潜龍」が大破。また、二隻の航空機の殆どが失われるという多大な出血を強いられた。しかし一方のアメリカ側も多くの航空機を失ったことに変わりは無く、著しい戦力の消耗によって以後連合艦隊主力への攻撃は一切不可能になった。この戦闘における両軍の損害は以下の通り。


日本側

撃沈

空母「神鶴」

大破

空母「潜龍」


 航空機約百八十機喪失(うち空戦によるもの二十二機)


アメリカ側

撃墜

戦闘機五十六機、攻撃機九十八機


 残余の機体も損傷が酷く、殆どが使用不能

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