第一章
以前、平成20年10月より約3年8ヶ月にわたってこちらで小説を執筆させて頂いた「火龍」こと三好幹也と申します。この作品は、このたびイカロス出版様より書籍化が決定した「艦魂戦記」の原形となった私の処女作、「艦魂たちともうひとつの太平洋戦争」を再編したものです。
処女作かつ8年も前の作品とあって不出来な点も多々御座いますが、この度公開させて頂くことにした次第です。宜しくお願い申し上げます。
200X年、某日。
一人の少年が、引越しのために荷物をまとめていた。
彼の名は宮沢誠一。十七歳の高校生である。
「早く来なさーい。」母の声が聞こえた。
「はーい。」
そう言って、趣味で集めた軍事関連の書籍が山ほど入った箱をトラックまで運ぶ。その時、一天にわかに掻き曇ったかと思うと、急に雷が鳴り出した。そして雷光によって目の前が真っ白になった瞬間、彼の意識は途絶えたのである。
明治三十八年五月二十七日、未明。
この時仮装巡洋艦「信濃丸」の乗組員たちは、自分たちがいつの間にかバルチック艦隊の真っ只中にいることに気づき、四時四十五分に敵艦隊発見の旨を打電した。これを受信した戦艦「三笠」は連合艦隊の第一から第三艦隊に出動を命令、六時四十五分の巡洋艦「和泉」を皮切りとして各部隊が敵艦隊を確認していった。
一方その頃戦艦「三笠」の上空を、本来は無かったはずの怪しげな雲が覆いつつあった。それを一人の軍人が見つめていたのだが、実はこの人こそ連合艦隊司令長官・東郷平八郎だったのである。その時、耳を劈くような音とともに、雷が「三笠」の後部主砲塔付近に落ちた。水兵たちが何事かと驚いてその方向を見るとそこには人が倒れていたのだが、それだけではない。その人間の服装は、明らかに海軍将兵のそれではなかった。一人の水兵が呼びかけてみるが、反応はない。仕方なく、医務室へ連れて行くことにしたのである。
「ん…ここは?」
「気が付いたか?」
気づくと、誠一はベッドに寝かされていた。しかし、ここがどこだか分からない。そこで、近くにいた医師らしき男に聞いた。
「ここはどこですか?」
「戦艦三笠の医務室だ。それにしても、君は一体誰なのかね?」
誠一は混乱した。戦艦三笠?有り得ない。三笠はとうの昔に現役を退き、今は記念艦になっているはずだ。なのに何故…。そう考えていると、頭の中に一つの考えが浮かんだ。しかし念のため、軍医に聞いてみた。
「突拍子も無いことを聞きますが、今は何年何月何日ですか?」
「本当に突拍子も無いな。まあいい、明治三十八年五月二十七日、午前七時だ。」
「やはり。私が今から言う事は信じられないことでしょう。ですが、少なくとも今の時点ではおそらく事実と考えて頂いて間違いないと思います。」
「ふむ。」
「私は、今からおよそ百年後の未来からここに時間を遡ってきたのかもしれません。」
「何を言うんだ。第一、そんな証拠がどこにある。」
誠一は、枕元に置かれていた箱の中から一冊の本を取り出して言った。
「この本には、今から起きる連合艦隊とバルチック艦隊の海戦の結果が書いてあります。もしこの通りになったら、私が未来から来たと信じて頂けますか?」
「しかし、私一人が信じてもなあ…。」
丁度その時、一人の軍人が部屋に入ってきた。
「おお、目が覚めたようだな」
誠一はその人物に見覚えがあった。
「まさか、あなたは東郷平八郎海軍大将ですか?」
「いかにも。しかし、お前さんはいったい何故あんなことになったんだ?」
「あんなこと、とおっしゃいますと?」
「君はこの戦艦三笠に雷と一緒に落ちてきたんだ。」軍医が説明した。
「確かに雷に打たれた記憶はありますが、そのあとはさっぱり覚えていません。」
「ところで長官、この少年は百年後の未来から来たと言っています。なんでも、この本にバルチック艦隊との海戦の結果が書いてあるとか」
「それは本当か?もし本当だとしたら、百年後の日本は一体どうなっているというのかね?」
誠一は、日露戦争後から現在までの歴史を持っていた本に載っている写真を使いながら簡単に説明した。
「信じられん。日本がアメリカと戦争をして本土が焼け野原になるとは…。」
東郷大将は写真も見たとはいえどうもまだ完全には納得できない、信じがたいとでも言いたげな表情で言った。
「しかし、このままでは間違いなくそうなります。そこで相談なのですが、私に歴史を変えるお手伝いをさせて頂きたいのです。」
「仮に君の話が真実だとして、本当にそんなことが出来るのかね?」
「絶対とは言えませんが、出来る限りのことはさせて頂きます。」
この時東郷大将の頭に、ある考えが浮かんだ。
ひょっとしたらこの少年も、自分と同じように艦魂が見えるのではないか?何故かは分からないが、無性にそう思えたのである。
「わかった。まずはこの海戦がその本と同じ結果になるか見るとしよう。君の言葉が真実かどうかを判断するのは、それからでも遅くはあるまい。ところで、来て欲しい場所があるのだが、いいか?」
「ええ。どこですか?」
「実は…」
東郷大将に付いて行っている間、誠一は艦魂の話を聞いた。それによると、艦魂はその船が進水する時に生まれ、艦が傷ついた時は艦魂もまた傷つき、沈没や解体などで二度と艦として動くことが出来なくなった時に死ぬという。また艦魂は艦からある程度の範囲内なら陸上を含めて自由に瞬間移動が出来るが、陸上に長くいると体調を崩すこともある。姿は最初にその艦を最初に所有する国にいる若い女性に見えるが、見ることが出来る人間は少ない。
「本当に私に艦魂を見ることが出来るのでしょうか?」
「それは分からない。それはそうと、この部屋にいるはずだ。三笠、入るぞ」
すると部屋の中から「どうぞ」と女性の声がした。
「今の声、聞こえたか?」「はい」
「だったら見えると思って間違いない」
ドアが開くと、そこには15,6歳ほどの少女がいた。髪は黒く、肩の辺りまで真っ直ぐに伸びている。身長は、150cm程だろうか。
「そちらの方は?」と三笠が聞いてきたので、東郷大将が説明した。
「私が見えるんですね。初めまして。戦艦三笠の艦魂、三笠と申します。」
「初めまして。宮沢誠一と申します。これからよろしくお願いします。」
「そんなにかしこまらないで下さい。敬語は無しでいいですよ。」
「しかし…、わかった。」
「さてと、私は先に艦橋に行っているぞ。」
「私たちも行きますか?」
「うん。長官、私も行って良いですか?」
「構わないが、大丈夫か?」
「ええ。ちゃんと安全な所にいますから。」
「わかった。ついて来なさい。」
これが、誠一と艦魂である三笠との最初の出会いだった。
艦橋に上がった誠一は、まず「三笠」の全体を見回し、ついで艦尾方向に目を向けた。そこには戦艦「三笠」、「朝日」、「敷島」、「富士」及びイタリアで建造中だったのを買い取った装甲巡洋艦「春日」、「日進」からなる第一戦隊が単縦陣を組んで航行していた。その時、「三笠」の乗組員がとうとうバルチック艦隊を発見した。時刻は午後一時三十九分である。
これに気づいた東郷長官は針路を西北西に変更、そして一時五十五分、「皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」を意味するZ旗が掲げられた。その後バルチック艦隊との距離が八千メートルになった時、針路をそれまでの南西からほぼ真逆の東北東に変針した。これがかの有名な「東郷ターン」である。
「いよいよ、か…。」誠一が呟いた。
「どうしました?」三笠が尋ねる。
「いや、まさか自分がこの海戦に居合わせることになるなんて、思ってもみなかったから、さ。」
その時、ロシア戦艦「スワロフ」から「三笠」に向かって初弾が放たれた。時に二時八分。
距離は七千メートルである。その直後から、「三笠」の周囲に多数の水柱が立ち上り始めた。
そして、
ドゴオオォォン!
「ぐう…っ」
「三笠!大丈夫!?」
「何の…これしき…っ」
誠一は自分の無力さが嫌になった。目の前で出血している左肩を押さえながら痛みを堪えている少女に自分が何もしてやれないことが、たまらなく嫌になったのである。そうしている間にも「三笠」には命中弾が相次ぎ、そのたびに三笠は苦しそうに顔を歪めた。
「三笠、肩貸すよ」
「まだ平気…です…っ」
「大丈夫だから、ほら」
「ありがとう…ございます」
「距離は?」東郷が見張り員に尋ねる。
「六千四百!」
「…よし、撃ち方はじめっ!」
命令と同時に、「三笠」の主砲と副砲が火を噴いた。今度はバルチック艦隊、特に戦艦「スワロフ」及び「オスラービア」の周りに水柱が上がり、命中弾が相次ぐ。一方の連合艦隊も、被弾したのは「三笠」だけではなかった。
ドオオォォ…ン
誠一と三笠が音のした方を見ると、装甲巡洋艦「浅間」が被弾して黒煙が上がっていた。
「浅間っ!…浅間は、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。『浅間』は沈まないよ」
「よかった…。」三笠は安堵した。
戦闘が始まっておよそ一時間後の午後三時七分、戦艦「オスラービア」が沈没。このころすでに大勢は決していた。その後も連合艦隊はバルチック艦隊の各艦に激しい攻撃を加え、戦艦「ボロジノ」「インペラトール・アレクサンドル三世」「スワロフ」等を撃沈する大戦果を収めた。
日没後になると今度は駆逐艦及び水雷艇による夜襲が行われ、ここでも戦艦「シソイ・ウェーリキー」「ナワリン」等を撃沈したが、日本海軍も第三十四号及び第三十五号の二隻の水雷艇が敵艦隊の砲撃で、第六十九号水雷艇が駆逐艦「暁」との衝突で失われてしまった。そして東郷大将は連合艦隊を鬱陵島の沖に集合させたのである。
連合艦隊は大型艦の沈没こそ無かったものの、「三笠」が三十発以上被弾していたのを始め、第一及び第二戦隊の十二隻だけで被弾数は百発を優に超えていた。
その夜、誠一は戦闘で傷だらけになって気絶した三笠の世話をしながら、これからのことを考えていた。過去に来た原因が原因なので、現代に戻るのはおそらく無理…というより、戻る気はあまり無かった。このまま過去の世界で自分の持つ知識と資料を有効活用すれば、満州事変から太平洋戦争終結までに亡くなった数百万もの人々の命を救えるかも知れないのである。ならばそれに全力を注ごうと、固く決心した。すると、
「うう…っ」と呻きながら、三笠が目を覚まして起き上がった。
「大丈夫?」と誠一が声をかける。
「ええ。おかげでだいぶ楽になりました。」
「そう。なら良かった」
「色々とありがとうございます」
「いいよ。気にしなくて」そう言いながら時計を見ると、午後の九時であった。誠一はとても早寝早起きな人間なので思わず欠伸が出たが、それと同時に気づいたことがあった。
「…どこで寝よう」何気なく言った一言なのだが、三笠はそれを聞いて
「何なら、ここで寝てもいいですよ?布団は今私が出しますから」と、なぜか顔を赤らめて言った。
「…へ?それに布団を出すって、一体どこから?」それまで恋愛経験など全く無かった誠一は 三笠の言葉にやはり顔を赤くしながら尋ねた。二人にとって幸いだったのは、部屋が薄暗いために相手から顔をはっきりと見られず、それ故に相手に顔を赤くしていることを悟られずに済むということだった。
「ちょっと待ってくださいね。…よっと」
三笠がそう言うと部屋の床の一部が光りだし、どこからともなく布団が一式現れた。誠一が唖然としていると、
「私たち艦魂は、自由に物を出したり消したり出来るんです。といっても、艦魂が見えない人にはそれは見えませんし、触ることも出来ませんが」
「なるほど。じゃあ有り難くこの布団で寝かせてもらうよ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
こうして寝床に入った二人ではあったが、二人とも異性と同じ部屋に寝るということに慣れていなかったため、暫くの間緊張で寝付くことが出来なかった。
次の日の朝方、誠一は目を覚ました。そして波によって「三笠」の船体が揺れるのを感じ、昨日の出来事が紛れもない事実であることを知った。時計を見ると、時刻は五時過ぎである。いつもこれ位の時間に起きていた誠一は三笠を起こさないようにそっと起きたつもりだったが、三笠も「うう…」と言いながら目を覚ましてしまった。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いえ。いつも今ぐらいには起きてますから、大丈夫です」
本当はもう少し遅いのだが、三笠は誠一に心配をかけさせまいとこう言った。その後誠一がこれからどうするかについて資料を読みながら考え事をしていると、艦内に「総員起こし」の
号令がかかり、艦内は急に慌ただしくなった。すると扉をノックする音が聞こえ、「入るぞ」と東郷大将の声がした。
「どうぞ」と三笠が言うと、東郷大将が扉を開けて入ってきた。
「おはよう。おお、君もここにいたのか。ちょっと聞きたいことがあるのだが」
「はい。何でしょう?」
「昨日はこちらが勝つことが出来たが、今日はどうなるというんだね?」
「今日は…確か、午前十時過ぎに戦艦二隻を含む艦隊と接触しますが、こちらが砲撃すれば巡洋艦『イズムルード』を除いて降伏するでしょう。といっても、『イズムルード』もその後座礁、自沈しますけどね。またその時にネボガドフ少将が捕虜になるはずです」
「そうか。では本当にそうなるか、確かめさせてもらうとしよう」
そう言って東郷大将は部屋を出た。
その後やはりと言うべきか、連合艦隊は誠一の言った通りの時間に、戦艦「インペラトール・ニコライ一世」「アリヨール」、海防艦「アドミラル・アプラクシン」「アドミラル・セニャーウィン」、巡洋艦「イズムルード」からなる艦隊と遭遇した。
「本当にこちらが攻撃をすれば、敵は降伏するのだね?」
「おそらく、間違い無いかと」
「よし、…撃ち方始めっ!」
「三笠」を始めとした艦隊が砲撃を始めると、まもなく逃走を試みた「イズムルード」以外の艦が信号旗で降伏の意思表示をしてきた。しかし東郷大将は砲撃を続行したため見かねた三笠が
「長官!敵は降伏の意思表示をしています。なのに何故砲撃を続けるのですか!?」と叫んだ一方で、誠一は
「敵が機関を停止していないから…ですよね、長官?」と言った。
「よくわかったな。その通りだ。」
そんな話をしていると東郷大将の考えを察したのか、ロシア側は機関を停止。これを受け、東郷大将もようやく「撃ち方止め」と命令した。すると間もなく、これまた誠一の言ったようにネボガドフ少将を始め、大勢の捕虜が「三笠」に移乗してきた。東郷大将はその様子を見ながら、内心非常に驚いていた。最初は半信半疑だったが、今自分の目の前では今朝誠一が自分に言ったことと全く同じことが起きていたからである。
その後の追撃戦も含めて、バルチック艦隊は戦艦六隻、装甲巡洋艦四隻、防護巡洋艦一隻、装甲海防艦一隻、駆逐艦三隻、ほか三隻が沈没、装甲巡洋艦一隻、駆逐艦二隻、運送船一隻が損傷後自沈、巡洋艦「イズムルード」が座礁後自沈、戦艦二隻、装甲海防艦二隻、駆逐艦一隻、病院船一隻が捕獲、巡洋艦三隻、駆逐艦一隻、運送船二隻が外国に抑留され、戦死者4830名、捕虜6106名という壊滅的打撃を受けた。一方連合艦隊の損害は水雷艇三隻が沈没、戦死者は116名であり、歴史上稀に見る大勝利といえた。
戦闘が終わった後の「三笠」艦内では東郷大将と誠一が海戦結果と資料の照合を行ったが、当然というべきか、完全に一致したのである。
「ここまで正確に当てられては、どうやら君の言っていることを信じるしかなさそうだな」
「私のことを信じて頂けたようで、何よりです」
「しかし君は、これからどうするつもりかね?」
「最初に言った通り、歴史を変えるお手伝いをさせて頂きたいと考えています。…このままでは、日本が四十年後には焦土になってしまいますから。それと私は未来の兵器に関する資料も持っていますから、それを使えばより早期に、より高性能な兵器が作れると思います。そうすればもしアメリカと戦争になってしまってもある程度は戦えますし、史実よりましな条件での講和も望めますからね」
「そうか。海軍の者たちには、私から言っておこう。それでは君には、その資料を基にして将来我が軍が使用する兵器の設計案を描いてもらいたい」
「わかりました。何を描きましょう?」
「取りあえずは君に任せる。だが、出来ればやはりより強力なものにしてほしい。」
「了解です。簡単な図でよければ、数日でできますよ」
「頼んだぞ」
その時、三笠が部屋に入ってきた。
「艦魂のみんなが祝勝会を開くと言っていますが、長官と宮沢さんもいかがですか?」
「そうだな、わしも参加するとしよう。君はどうする?」
「では、お言葉に甘えて」
そう言って三人は部屋を後にし、祝勝会の会場へと向かった。
三笠に案内された二人は、「三笠」艦内の会議室の前に来ていた。
「こちらです。」三笠が扉を開けると、室内にはすでに多くの艦魂がいた。もっと言うと、何人かの艦魂は何故か意識を失っており、部屋の隅に寝かされていた。
「あの、この人たちは…?」三笠の疑問に、一人の艦魂が答えた。
「そいつらがまだ乾杯もしていないのに騒ぎ出すから、私が黙らせておいた」
その艦魂は見かけの年齢は十八歳程で、髪は三笠より少し短く、背は160cmを優に超える少なくとも当時としてはかなりの長身であったが、それよりも目についたのは、その艦魂が何故か木刀を持っていたことである。誠一が一体誰であろうかと考えていると、
「ほう、君が三笠の言っていた未来から来たという少年か。私は大日本帝国海軍富士型戦艦一番艦『富士』の艦魂、富士だ。よろしくな」
といきなり声をかけられたので誠一が緊張しながら「こちらこそ」と言うと、富士は満足そうに「うむ」と頷いた。それに続いて別の艦魂が、
「私は敷島型戦艦一番艦、『敷島』の艦魂、敷島だよ。よろしくね」
と自己紹介をした。敷島と名乗った艦魂は見かけの年齢は二十歳になっているかどうかといった位で、髪は背中の辺りまで伸びた長髪であり、またやけにスタイルが良いのが印象的であった。誠一がそのようなことを考えていると敷島が何故かこっちを見つめてきた。それに気づいた三笠が慌てて
「宮沢さん、敷島姉さんから逃げてください!」
と叫んだ。しかし誠一が反応するよりも早く、敷島は誠一を思いっきり抱きしめていたのである。自分の顔が敷島の胸に押し付けられていることを知った誠一は慌てて声を上げて離れようとしたが、敷島の力は案外強く、離れることが出来なかった。一方の敷島といえば恍惚とした表情で、興奮のあまり顔を真っ赤にしていた。するとそこへ
「姉上ええぇぇ!何をしていらっしゃるかああぁぁ!」
と叫び声を上げながら「何か」が思いっきりぶつかってきた。その衝撃で敷島ともども飛ばされた誠一が顔を上げると、そこには一人の艦魂が立っていた。
「ゴホ、ゴホッ…ありがとう。君は?」
「拙者は敷島型戦艦三番艦『朝日』の艦魂、朝日と申す者。先ほどの姉上のご無礼、どうか許して頂きたい」
朝日はそう言いながら深々と頭を下げた。彼女の見た目の年齢は十代半ばといったところであり、髪を後頭部で纏めていた。現代で言う「ポニーテール」である。
「いや、そんな…私は大丈夫ですから、頭を上げてください」
「しかし、顔が真っ赤ではありますまいか。それと、拙者は敬語で話しかけられるのが苦手である故、出来ればやめて頂きたい」
「そう言うなら…わかった」
「うむ。やはりそう話しかけられた方が、拙者としても気が楽だ」
「それにしても、何で敷島さんはあんなことを…?」
「どうやら姉上は相手が色恋沙汰に疎いと見るや、さっきのようにからかうのが趣味らしい。拙者や三笠も何度やられたか…。」
「あの…そろそろ乾杯しませんか?」
「そういえばそうだったな。三笠、すまん」
「いえ、朝日姉さんが気になさることではありません。宮沢さんもはい、どうぞ」
「ありがとう。でも、このラムネはどこから?」
誠一がそう言いながら室内を見回すと、全員が何かしらの飲み物を用意していた。
「艦魂は食べ物や飲み物も出せるんです。と言っても当然それを食べたり飲んだり出来るのは、艦魂か艦魂が見える人だけですけどね」
そして三笠はラムネを持った右手を高々と上げると、乾杯の音頭を取った。
「それではこれより、日本海海戦の祝勝会を行います。…乾杯!」
「乾杯!」
それから後は、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎであった。酒を飲みすぎて理性が崩壊した敷島が巡洋艦や駆逐艦の艦魂に抱きついてその胸で窒息死させそうになっては富士の木刀や朝日の体当たりによって妨害され、しまいには周囲の艦魂も巻き込んで乱闘に発展し、三笠が必死に止めようとしていた。そんな中で誠一は最初みんな日本海海戦で多かれ少なかれ傷ついているのにあんなに動いて大丈夫なのだろうかと一人気をもんでいたが、艦魂たちが元気そうなのを見て安心し、そのうち眠くなってきたこともあって、会議室を後にした。
日本海海戦祝勝会の翌朝、誠一は少し遅く目が覚めた。とはいえまだ時刻は五時半であり、三笠は気持ちよさそうに眠っていた。起こしてしまうのは悪いと考えた誠一は、資料を何冊か手に持つと、東郷大将より命じられた兵器の設計を行うべく部屋を後にした。
その日から始めた兵器の設計は早いペースで進んだ。誠一は元から架空兵器を設計するのが趣味であったために、一部は現代にいる時に設計したものをそのまま使いまわすことが出来たためである。戦艦「三笠」が佐世保に入港するまでに誠一が設計した主な兵器は以下の通り。
15000トン級戦艦
全長140m 幅21m 喫水7m 常備排水量15000トン 速力21ノット
航続距離 15ノットで6000海里
主砲 50口径30.5cm砲連装四基 八門
(艦首に一基、艦中央部左舷寄りに前向きに一基、同じく右舷寄りに後ろ向きに一基、艦尾に一基)
副砲 50口径7.6cm砲単装十二基 十二門
(艦橋及び前部煙突脇に両舷四基ずつ、後部煙突脇に両舷二基ずつ)
装甲 舷側350mm 甲板70mm 主砲塔350mm
配置 艦首より一番主砲塔、艦橋、前部煙突、二番及び三番主砲塔、後部煙突、四番主砲塔
やがて現れる弩級戦艦に対抗するために設計。しかしその数年後には超弩級戦艦が就役し始めてしまうため、史実の戦艦「河内」「摂津」の代わりとしての少数の建造で終わる予定。
4500トン級防護巡洋艦
全長140m 幅14m 喫水3.5m 常備排水量4500トン 基準排水量4000トン 速力30ノット
航続距離 15ノットで6000海里
主砲 50口径15.2cm砲連装四基 八門
(艦首に二基、艦尾に背負い式に二基)
副砲 50口径7.6cm砲単装六基 六門
(煙突脇に両舷三基ずつ)
魚雷 53.3cm連装魚雷発射管 四基
(艦橋後部と三番主砲脇に両舷二基ずつ)
装甲 舷側70mm 甲板35mm 主砲塔35mm
配置 艦首より一番及び二番主砲塔、艦橋、煙突四本、三番及び四番主砲塔
史実の軽巡洋艦の前段階として設計。とはいえ少しの設計変更で十分軽巡洋艦としての使用が可能である。史実の通報艦「淀」型及び二等巡洋艦「筑摩」型の代わりとして建造予定。
600トン級船首楼型駆逐艦
全長87.5m 幅7m 喫水1.75m 常備排水量600トン 基準排水量500トン 速力30ノット
航続距離 15ノットで3000海里
主砲 50口径12.7cm砲単装砲二基 二門
魚雷 53.3cm連装魚雷発射管 二基
配置 一番主砲、艦橋(船首楼ここまで)、一番発射管、煙突二本、二番発射管、二番主砲
史実の「朝風」型と並んで1920年頃までの駆逐艦戦力の中核とすべく設計。また後に駆逐艦の保有量が制限された場合、その補助戦力(史実の水雷艇「千鳥」型及び「鴻」型)として建造される艦艇の雛形とする意味もある。
200トン級潜水艦
全長35m 幅3.5m 喫水1.75m 排水量200トン(水上)350トン(水中)
速力15ノット(水上)10ノット(水中)
航続距離 水上は10ノットで600海里、水中は5ノットで60海里
魚雷 45cm魚雷発射管 二基
日本最初の量産型潜水艦として設計。また万が一将来アメリカなどと開戦に至った場合に、潜水艦戦力の強化の一環として本級をタイプシップとする沿岸防衛用潜水艦の建造も考えられる。
実際に設計した兵器はこの他にも存在するが、いずれも就役が十年以上後であったり、あるいは本編とは今はあまり関係無い陸軍の兵器であったりするので、必要に応じて適宜諸元の公開を行うこととする。
このような兵器の設計をしている間に時は過ぎ、七月から行われた樺太の攻略作戦も無事に終わり、戦艦「三笠」はポーツマス条約調印後の九月九日に佐世保に寄港した。東郷大将は翌日には東京に向かう予定であったが、誠一が言った『ある言葉』により出発を十一日の午後に延期することにしたのである。