あるネクロマンサーの生い立ち
「国王殿下、申し上げにくいのですが、この赤子は不思議な力を持っているようです」
青ざめた顔で、妙齢の占い師の女は告げた。
「不思議な力とは何だ?」
国王殿下と呼ばれた男も神妙な面持ちになり、固く拳を握りしめた。
占い師は正直に伝えるべきか迷ったが、やがて行き場をなくした猫のように諦めて口を開いた。
「ネクロマンサー……死霊を操る力です」
「おおお、なんということだ。死霊を操るなどと、この子はそのような不吉な力を持って生まれてきたというのか」
「はい。まことに。残念ながら……」
娘の生来を憐れみ、悲しみに暮れていた王だったが、見る間にまた顔が青くなっていった。
「このようなことをしている場合ではない。バーゼットを呼べ」
「殿下、何か御用でしょうか」
バーゼットは大柄で屈強な男と見られがちだが、その実、余計な脂肪を蓄えていることに辟易していた。
「こんなことを頼めるのはお前を置いて他にはいない。バーゼットよ、エリシアと共に遠い異国の地へ赴き大切に育ててやってほしい」
バーゼットは目を見開いた。生まれて間もない国王殿下の赤子を異国の地で育てるなどとは考えもしなかった。王への忠義を背いたと判断されたのではないかと、あらぬ考えさえ浮かんだ。バーゼットはその体格だけでなく、内面においても臣下のうちで最も厚く信頼されている。何かの間違いでもなければ、このような命が下されることはあり得ないのだ。
「バーゼットよ、お前との信頼関係が偽であったとは言わん。だが、それほどまでに深刻な事態なのだ。エリシアは生来ネクロマンサーと呼ばれる異質な力を持っている」
「エリシア様が!?」
「うむ。元来、王家の中でも異質な力を持って生まれてくる者は稀に存在する。傷を癒し、人々の信仰を集めることのできる者はまだいいが、ネクロマンサーともなれば誰一人例外なく抹殺され、歴史の闇に葬られてしまうものだ」
「なぜ私めが……」
「わかってくれ。私も、お前を失うのは惜しい。しかし、エリシアは目に入れても痛くない子なのだ。それを殺すなどと……」
バーゼットは押し黙るしかなかった。
「このことを知っている者はまだ少ない。噂が立たぬ前に、今夜中にエリシアを連れ出してやってくれ」
それからというもの、バーゼットは気が気でなかった。最後の晩餐でさえも喉を通らず、スープで口を湿らせただけだった。国王殿下から庶民の衣服を与えられ、千変万化の思いで赤子を抱いた。そして夜中の誰も見ない隙を見計らって連れ出した。何度も城を振り返ったが、戻ることは許されなかった。
いくつもの町と村を超え、バーゼットは辺境の村へやってきた。よそ者の彼に対し消極的だった村人も、人当たりのよい性格を受け入れるのにそう時間はかからなかった。
そしてエリシアもまた、自身の出生の秘密をしらないまますくすくと育っていた。
「エリシア様、どうなさいましたか?」
「怪我しちゃった……」
今にも泣きだしそうな少女の膝から血が出ていた。
「おーおー痛そうに。すぐに手当してさしあげますぞ」
仮に自分が怪我をしようものなら唾をつけておけば治ると言って済ますのだが、相手が国王殿下の娘であれば敬意を払わずにはいられなかった。それがネクロマンサーという歪な正体だったとしても。
「どうしてみんなの前では名前を呼んでくれないの?」
「ふふ、それはエリシア様がこの上なく愛らしいからです」
少女に向かって満面の笑みを装って振り向いた。
「ふふふっ、白髪生えてるよ。もう爺だ」
「そのような言葉を使ってはいけません」
実際に、彼にも父性が目覚めようとしていた。
エリシアを抱え、城を出てから幾年経っただろうか。幾ばくの苦労を共に過ごしたか、そう思うと感傷に浸らずにはいられないのだ。そして、幼いながらにエリシアは周りとは違うことを薄々気づき始めている。
「これで出来ました。さあ、遊んでおいで」
「うん!」
トットッとエリシアが駆け寄った先には鳥の死骸が落ちていた。手の平に収まりそうな白い鳥。それを年端もいかぬ子供たちが囲み、様子を見るように木の棒で突いているが、羽をばたつかせる様子もない。
「死んでるな」
「死んでるね」
ひっくり返された亡骸に傷跡はなかった。何かに撃ち落とされたわけでもなく、ただ口を大きく開けて死んでいる。
エリシアはそれをまじまじと見つめる。
「どうしたのこれ?」
「いや別に、鳥が死んでたから見てただけ」
「行こーぜ」
子供たちが去っていく。
生い茂った森の中でエリシアは死骸がぴくりとも動かないものかと待ち続けていた。
やがて何を思ったのか、彼女は死骸に両手をかざした。生き返ればいいのに、と冗談半分で念じる。
動く気配はない。やはり死骸は死骸なのだ。エリシアがそう落胆した時だった。
ピッ。
小鳥の弱々しい鳴き声が聞こえた。目の前の死骸からだ。生きていたのかと思い、しばらく待ったり、突いたりしてみるが一向に反応はない。そしてまた手をかざし、生き返れと念じるとピピッと鳴いた。
幼さゆえにエリシアは直感した。自分には死骸を動かせる能力があるのだと。
彼女は小鳥を大事に手に乗せ、急いで村に帰った。
エリシアにはイザベラという友達がいた。彼女は生まれつき体が弱く、病を患っていた。体調の優れた日でもなければ外には出られず、そんな日は外で元気に子供たちが遊んでいるのを聞いているしかなかった。
「どうしたのエリシア。なんだかうれしそう」
肩で息をするエリシアに、イザベラの顔はほころんだ。
「見て! これ!」
エリシアが差し出したのは一羽の白い鳥だった。
「…………?」
エリシアは誰もいないことを確認し、小さな声で言った。
「死んでるの」
「駄目だよ、そんなの持って来ちゃ。お母さんが怒る」
「見てて」
エリシアは目を閉じ、何かを念じるように顔をしかめた。
……ピッ。
死んでいたはずの小鳥の口が微かに動いた。
「えっ!?」
「ね? すごいでしょ?」
今まで死んだような目をしていたイザベラが顔を輝かせた。
「どうやったの? もう一回やって」
「しょうがないなあ……」
満更でもないエリシアが再び手をかざすと、今度は羽を一振りした。
「すごい! すごいよエリシアちゃん!」
「ふふふ……村のみんなには内緒だよ」
死骸をわずかにしか動かすことはできないが、それでもイザベラを喜ばせるには十分だった。
エリシアは時間を見つけては生物の死骸を操り、上達ぶりをイザベラに見せるようになった。滅多に外には出られないイザベラだったが、村の誰にも知られてはいけない二人だけの秘密ができてからは見違えるほどに笑うようになった。
「ただいま」
「おかえり」
いつもは笑顔で迎えてくれるはずのバーゼットだったが、今日の口調は冷淡だった。特に帰りが遅かったわけでもない。
「エリシア様、このごろはよく女友達の家に遊びに行っているようですな?」
「う、うん。ちょっとね」
「彼女のお母様から聞きました。体が弱いのにこう毎日来られては迷惑だと」
バーゼットがこうも厳しい口調で接することは珍しかった。普段はエリシアが一言謝って済ませるのだが、今回ばかりは彼女も引き下がれなかった。
「どうして遊びに行っちゃいけないの!? バーゼットには関係ないでしょ!」
怒りに身を任せてバーゼットの膝を叩きはじめる。いくら本気とは言え少女の拳は痛くなかったが、まさかここまで感情を露わにするとは思っていなかったバーゼットもたじろいでしまった。
「痛いからやめてください。私は怒っているわけではないのです」
口で痛いとは言っても、大人相手にまるで効いていないのは彼女もわかっていた。痛いと言う度にもっと力を込めて殴りつけても、虚しさが増すだけだった。
「うっ……うぇえ……」
やがて彼女は嗚咽を漏らし、走って家の外に出て行った。
結局、夜になり家に帰って来ても食事の時ですら碌に口も利かなかった。
子供ながらにエリシアもわかっていた。イザベラの体に負担がかかるとは思いつつも、いつも内気な彼女の笑顔を見ると止めるに止められなくなってしまうのだ。
バーゼットに咎められてからは三日ほど顔を出していない。その間にもエリシアの死骸を操る技術はみるみる向上していった。同年代の子供たちと遊ぶこともなくなり、村から少し離れた森で熱心に死骸を探し回るようになった。
その日も死んだモグラを見つけ、いつものように手をかざそうとした。だが、動かない。今まで扱ってきたどの動物よりも重いせいなのか、いくら念じても動いてくれない。それが逆にエリシアの心に火をつけた。
このモグラを動かせるようになって穴を掘らせる。そしてイザベラに見てもらうのだ。 そうエリシアは決心した。一つの目標を持った彼女は、いても立ってもいられず、イザベラの家へ走った。
「こんにちはー」
いつものように挨拶をしても返事がない。
イザベラの家には普段から母親がいて、エリシアが遊びに来るたびに困ったような顔で迎えてくれるのだが、その日はいないようだった。少しだけならという免罪符と共に、こっそりと家の中に入った。イザベラの部屋を覗くと、一人の女がイザベラの膝にうずくまっていた。なんだろう、と部屋に入ると女が振り向いた。イザベラの母親だった。まぶたを赤く腫らして泣いている。
「どうしたんですか?」
「朝起きたら……死んでいたの……」
一瞬、言葉が理解できなかった。だが、理解しても彼女にはどうすることもできなかった。目の前の女は再びうずくまり、ひどい声で泣きだした。
一方のエリシアは、目の前で起きていることが信じられなかった。友人は眠ったままだ。モグラに穴掘りをさせるところを彼女に見せる約束をするはずだったのだ。そう思うやいなや、死体に飛びつき、両手をかざした。今までよりずっと強く、生き返れと念じた。その思いにすがるしかなかったのだ。しかし、いくら念じてもいくら祈っても目の前の少女が動くことはなかった。
やがて手をかざすことをやめ、少女は絶望した。
「うわああああああああああああぁぁぁあああああああ!!!!!!!」
そして、自分の無力を呪った。




