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短編集  作者: 井上彬
隣の柿はよく客食う柿だ
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 ある山道の途中に小さな団子屋がある。建物はいたって簡素、店内に座れるような場所はなく、客席は外に置かれた長椅子が一脚のみ。

 しかし人通りも多く、店に立ち寄る人は少なくない。言わば人気スポットである。

 なぜ人気スポットなのか。それは、団子屋の隣に大きな柿の木があるのだ。大事なことだから二度言うぞ。大きな柿(・・・・)の木だ。

 どれくらい大きいかと言うと、大人の男がすっぽり入るほどの大きさだ。ざっと二メートルはあるのではなかろうか。余りの大きさに枝は垂れ、柿は地面すれすれで実っている。しかし木に実っている柿全てが大きいわけではなく、たった一つだけ、且つその実は何年も腐ることなく実っている状態である。爺の記憶が正しければ、団子屋ができる以前からその実はあった。

その物珍しさ故に客足が途絶えない。

 しかしお店は年老いた爺が一人で営んでいる。今までは二人だったが、数年前に亡くした。最愛の妻だったそうだ。

 しかし悲しむ暇もなく、客はどんどん来る。余りの激務さ故に爺はやがて心身共に疲れ果てた。

そして息を吐くようにこう呟いた。


「もう少し客が減れば楽なんじゃながな……」


仕事をしていればほとんどの人が考えることだろう。

爺の呟いたこれも至極普通のことだと考えられる。

しかしおかしなことに次の日から客足が減ったのだ。『ブームが去った』と言えば納得できるが、おかしな点があった。

今まで何年も贔屓にしてくれていた常連客が一人、また一人と来なくなった。それだけじゃない。失踪したという噂まで耳にするようになった。

何かあるに違いない。

しかし原因は何も分からず、ただ客が減るだけだった。


そして、とうとう客が一人も来なくなってしまった。

ほんの数日前まで大勢の人で賑わっていたお店も、爺ただ一人。

爺は客席用の長椅子に項垂れるように座り、頭を抱え込んだ。

そして、客もいない妻もいない悲しみに溺れてしまった。


「なんでじゃ……なんで儂の前から皆いなくなるんじゃ……。こんな人生嫌じゃ。もう死んでしまいたい……っ」


その時だった。

爺の他に誰もいないはずの店の中から声が聞こえた。


『次ノ願イハソレカ。俺ガ叶エテヤロウ』


いや、店の外だった。声は外から聞こえた。

爺は顔を上げたが声のする方には誰もいなかった。ただ柿の木があるだけ。

いや、違う。あの(・・)柿の木があった。

爺は立ち上がり、恐る恐る柿の木に近付いた。あの二メートルほどある大きな柿にだ。

そこで初めて気が付いた。


(この柿……こんなに赤かったか? いや、これは……血だっ!!)


気付いた時にはもう遅かった。

大きな柿は爺を丸呑みにしてしまった。

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