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主人公は裕福な家庭に生まれた。
お金で買えるものは何でも与えられ、何不自由なく暮らしている。家には数名ほどメイドが雇われており、主人公の身の周りの世話はもちろん、着替えるのも食事するのも風呂に入るのも全てメイドにしてもらっている。
このように、主人公の親は『超』がつくほどの過保護である。危険だからと、外に出ることさえ許されない。教育は専属の教師を家に呼んで勉強させ、運動は地下に設けたグラウンドですることになっている。
そのため、一〇歳になった今でも生まれてこの方、一度も外の土を踏んだことがない。
しかし生まれてからずっとこうだったため、不自由に思ったことはない。不自由に思ってはいないが、憧れてはいる。
主人公はよく、二階にある自分の部屋から外を眺めている。憧れか好奇心か、何かよく分かっていないがそれに似た感情が主人公の胸中を埋め尽くす。
暇があれば窓を覗く主人公を、両親はあまりよく思っていなかった。
そんなある日、隣に主人公が住む家と同じくらい大きな家ができた。主人公の部屋と丁度同じ高さに部屋あるようだ。そのせいで主人公の部屋の窓から外が見えなくなってしまった。
しかし嫌なことばかりではなかった。
主人公が窓から外を眺めると、同じように外を眺めている綺麗な女の子が隣の家にいた。それは主人公の部屋と同じ高さにある――目の前の部屋だ。
主人公が彼女を見ると、彼女も主人公を見ている。恥ずかしくなって目線を外せば、彼女も目線を外した。また目が合って軽く会釈をすれば、彼女も会釈をしてくれる。
いつしか主人公は彼女のことが好きになってしまっていた。
今までは外を眺めるために覗いていたのに、今では彼女を眺めるために覗いている。
最初は今のままで満足だった。ただ彼女を眺めているだけで。
しかし、どうしても彼女と話したくなってしまった。好きの感情が抑えられなくなってしまった。
初めて両親の言いつけを破ることした。
両親が家にいないときを見計らい、外に出ることにしたのだ。
扉を開けると、初めて間近で見る外の土に目を奪われた。恐る恐る足を踏み出した。靴底から伝わる感触が主人公を歓喜に震わせた。
しかし、そんな喜びは彼女とお話しするという楽しみには勝ることができず、すぐに本来の目的のために地面から目を離した。
主人公が顔を上げると、その先には主人公と同じように家から出ている彼女の姿があった。主人公は喜んだ。彼女も同じ気持ちだったのだと、その表情を見て確信した。
急いで彼女に近付くと、彼女も急いで主人公に近付いた。興奮の余り、息が荒くなっているところも同じだ。
そして彼女に触れようと、主人公は右手を伸ばした。すると彼女は左手で、主人公に手を伸ばした。
それが嬉しくて、主人公の心臓は今にも爆発しそうなほどだった。
しかし、彼女に触れられなかった。
手を重ねようとしたが、触れられなかった。
最初はよく分からなかった。なぜ触れられないのか。
しかし、理由はすぐに分かった。その瞬間、今までの感情が嘘のように消え去ってしまった。
主人公は女だったのだ。
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外に憧れる主人公を見て、両親が家の周りを鏡で囲ったのだった。これ以上、外に興味を持たせないために。