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少年は恋をしている。
同じクラスの女の子にだ。
彼女は学年一と言っても過言ではないほど綺麗だ。他のクラスの男子からよく遊びに誘われるほど。
少年はというと、精々中の下が良いとこだ。大人しい性格が売りなのだ。
そんな少年の恋は、自分でも吊り合っていないと自覚するほど。
少年の席から一つとばした右斜め前の席。最近では授業も全く身に入らない。
季節は夏。少年はある一大決心をした。
放課後の教室に彼女を呼び出した。
夕焼けが彼女を淡い色に染めている、二人きりの教室。
「こ、今度の花火大会、僕と一緒に行きませんか!」
全力でお願いした。
少年は九〇度のお辞儀をし、手を差し出した。彼女の返事が自分にとって良いものであると期待して。
しかし少年自身、希望は持つもダメであると分かっていた。彼女にはもっと相応しい男がたくさんいる。自分は足元にも及ばない存在だと自覚していた。
だから少年の心臓は破裂しそうだった。今にも泣き出しそうだった。彼女の返事を待つ間。
時間にして数十秒ほど。彼女はかなり悩んだのだと思う。
しかし、返事をしてくれた。少年の手を取って。
少年は驚いて顔を上げると、目の前には笑顔の彼女がいた。
「いいよ」
その顔に少年は鼻血を出してしまった。ただただ可愛くて。
少年の反応に彼女は困ったように笑った。しかし嬉しいようではあった。
それから花火大会までの数日間、少年にとっては天国のような毎日だった。
今まではただ見つめるだけだった状況が、今では手を振れば振り返してくれる。
休み時間に話す機会も増えた。
少年はただただ幸せだった。こんなこと、生まれて初めてなのだ。
ただ、初めてな故、やり過ぎてしまった。
それは花火大会前日に起きた。
急に彼女に呼び出されたのだ。誰もいない、体育館裏に。
このとき少年は花火大会の話だろうと気持ちをウキウキさせていった。
「明日の花火大会、やっぱり他の人と行くことにしたの」
その言葉で少年は一気に地獄に突き落とされた。
「え……?」
耳を疑った。
つい数日前には「いいよ」と言ってくれたのに。
彼女は少年に背を向け、立ち去ってしまった。
少年の目には彼女の去りゆく背中だけが見える。彼女の姿が見えなくなるまで何度も視界が揺れた。
少年はそれを何度もぐっとこらえた、零れ落ちないように。
こうして少年の恋は終わった。一瞬で咲いて散る、花火のように。
ただ一つ、なぜ急に掌をひっくり返したように断られたのか、『疑問』という余韻だけが残った。