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短編集  作者: 井上彬
記憶が5秒しかもたない男の話
1/6

 これは記憶が五秒しかもたない男の話。


 男は二〇歳。一九歳まではまともに生きていた。

 いや、『まとも』なのかは分からない。何をどの基準で『まとも』と判断するのかは曖昧だからだ。少なくとも男自身は自分の歩んできた人生が『まとも』であると自負している。

 さて、そんな話はどうでもいい。

 男は今何をしているかということだ。

 先ほど、『一九歳までは』と話をした。しかし二〇歳――今現在は違う。

 男は二〇歳になるとある病気を発症した。『記憶が五秒しかもたない』という症状だ。原因は不明。恐らく医師もお手上げだろう。第一、男本人が病気にかかったことにすら気づいていない。五秒しか記憶がもたないなのだから。

 五秒おきに自分のことを忘れ、男は彷徨った。本能のせいなのかネオン街や風俗街を歩きに歩いた。

 もちろん、お金なんてものは持っていない。初めて記憶をなくしたときにパニックになって何もかもをおいて出てきた。

 そして男は路地裏に辿り着いた、吸い寄せられるように。何日も食べ物を口にしていないため、路地裏にあるゴミ捨て場を漁るようになった。

 しかし記憶は五秒しかもたない。ゴミ箱を漁り、食べ物を見つけ、それを食べている最中に忘れてしまう。そして何もかも忘れている中、お腹が空いていることに気付き、目の前にある食べ物を食べようとするとまた忘れる。これの繰り返しだ。

 そんな男のところに男と同じ歳くらいの男が現れた。彼は男の知り合いなのだ。ここは友人Aと置こう。

 男が病気を発症したのは一週間前だった。男がいなくなって一週間、その事実を受けた友人Aは必死に男を探した。男には元々友人が数えられるほどしかおらず、捜索をしてくれたのはこの友人Aのみだった。

 ようやく男を見つけた友人Aは歓喜に震えた。

 しかしすぐに状況がおかしいことに気付いた。


「おい、お前。ここで何してんだ?」

「何ってお腹空いてんだよ、ってお前誰だ?」


 男は言語による受け答えができていた。どうやら記憶障害は所謂『エピソード記憶』のみのようだ。

 しかし友人Aは男が病気にかかっていることさえ分からない。


「何言ってんだよ。俺だよ、俺」

「んー、誰だっけなぁ……誰だっけなぁ…………あれ、俺今何してんだ?」

「……はぁ?」


 友人Aは呆れた。

 男にとって数少ない友人の自分を忘れてしまっている男に憤りさえ覚えた。


「俺だって言ってんだろ!!」

「え、お前誰だ?」


「誰だっけ……思い出せない……あれ? 俺今何してんだ?」


「ここどこだ?なぁあんた、ここがどこか分からないか?全く思い出せな……あれ、俺今何してんだ?」


「ここどこだ? 俺は誰だ? …………あれ、俺今なに――っ」


 友人Aは気付くと男を殴っていた。

 いや、殴り続けていた。

 一週間もかけて探した相手はこんな頭の終わってる奴だったのかと思うと、『一週間』という時間が惜しくなってしまった。

 その腹いせに男を殴り続けた。

 ここは路地裏。人通りなど一日に数人程度だ。残酷な音が響こうとも、誰も来はしない。

 やがて友人Aは立ち去った。血塗れになった男を置いて。

 男は死んでしまった。友人Aに殺されたのだ。

 しかし、こんな混沌(カオス)な状況からすれば、救われたのかもしれない。

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