会社
34
「あんたたちは自分たちに賭けられたお金ってのは確認したことある?」
準決勝の前、食堂でしたエリマさんの会話を思い出す。
「ないです」
僕は答えた。
「だったら誰かに確認してきてもらいなよ。きっと君たちに賭けている人は誰もいないと思う」
「どうしてですか?」
「シュキアがいる組は決勝戦で負けることが分かってるからさ。出来レースってやつだよ。今シュキアがいないのはたぶん、賭博受付の入口か出口であんたたちが来ないかを確認している。変に違和感を持たれて警戒されたくないからね」
エリマさんは続ける。
「でも逆に言えば、そういう仕組みだって分かっている人にとっては出来レースをしますよって言ってるようなものなのさ。だからあんたたちの賭け金は0で、あんたたちが準決勝で戦う相手にも少ししか賭けられていない。シュキアが決勝に来る可能性は100%でシュキアがいるチームが決勝で負ける可能性が100%だから。もちろん、今のところは、を付け加えておくけど」
「でもどうやってシュキアは負けるつもりなんですか? 説明では確か、リーダー以外のリタイア宣言は本人のみ有効ですよね?」
「リタイアを宣言するとかじゃないのさ。もっと簡単。昔と何も変わっていなければ長二叉捕縛棒で味方を掴んで場外に落とすと思うね」
「どうして、どうしてシュキアはそんなことをするんだろう?」
「噂じゃオジャマーロは男を女装させて視るのが趣味らしくてね、シュキアの弟もどうやらオジャマーロに雇われているらしいね」
「雇われている、とはどういうことでござる?」
「そのまんまの意味さ。オジャマーロは自分が気に入った男に借金を負わせて、自分の会社の従業員にするんだ。そこで働いて借金を返せと言ってね」
「じゃあシュキアは弟の借金を返して、弟を取り戻そうとしているんだね」
「そうなるね。そういうのがこの島ではずっと続いている。しかもシュキアは何度も出来レースに加担している」
思わず考え込む僕にエリマさんは言った。
「これで分かったはずさ。だからあんたらは勝てない」
***
エリマ・キリザードが言った手段は本当だった。
決勝戦が始まると同時にシュキアがコジロウのほうへと急接近。なぜ近づいてきたのか意味が分からないと言わんばかりの表情をするコジロウをシュキアは長二叉捕縛棒で捕まえる。
もちろんなぜ近づいてきたのかコジロウはきちんと理解している。表情は演技だった。少し身を捩じらせ、首を掴まれるのを回避。だが胴体は捕まえられた。
【筋力増強】を使ったシュキアがコジロウを場外へと投げる。
しかしここでシュキアにとって思わぬ出来事が起こった。
コジロウを掴んだ長二叉捕縛棒がコジロウから外れなかった。
コジロウが【蜘蛛巣球】の粘着力を利用して二叉を外れないように接合していたからだ。
しかもコジロウはまだ場外に着地していない。まだ宙に浮いた状況だった。それだと場外判定にはならない。
コジロウはその一瞬で壇上の淵へと足を届かせ、二叉ごとシュキアを持ち上げ、逆さにしてシュキアを場外に落とす。
二叉がコジロウから離れないことに焦ったシュキアは宙にあげられてもなお長二叉捕縛棒を手放すのを失念していた。
シュキアはそのまま場外に落ち、反動でコジロウも場外に落ちる。
「どうしてさっ?」
場外に落ちたシュキアは少しだけ涙ぐみそう言った。
「何か不自然なことでもおありでござるか?」
男へと変化したコジロウは全てを知っているうえでそう答えた。
「拙者たちはお主が決勝戦で何をしようとしていたのか。挙句、この戦闘の技場の賭博の秘密でさえ知っているでござる」
「ど、どうやって……?」
「エリマ・キリザード殿を知っておられるでござるか?」
シュキアは首を横に振る。
「彼女はかつてお主が味方を倒してくれたおかげでランク5になった冒険者でござるよ」
「……っ!」
対戦相手が仲間割れしたから勝てたなど、大概の人間は口にしない。
なぜなら自分の実力で勝てたとは言えず言ってしまえば自分の誇りに傷がつくようなものだからだ。
だからこそ言わないだろう。そんな安心感があった。
しかし何らかの事情があったのか、エリマは自らのプライドを捨ててレシュリーたちに戦闘の技場の仕組みを教えた。シュキアは急激に焦りを覚える。計画が失敗すれば弟は戻ってこない。
それでもシュキアは状況に気づき、冷静になる。こちらはもうふたりになっている。あちらは四人もいる。数としての差は圧倒的だった。だから……
「運が良ければ負けると思っているでござるか? 残念でござるが拙者とシュキア殿がこうして場外にいるのは計画通りでござるよ」




