憧憬
32
かつてルルルカは本職が剣士、副職が投球士の複合職剣投士に就いていた。
ルルルカにとって投球士は新人の宴を合格したこともあって、それなりに思い入れはあった。けれどこだわりがあったといえばそうでもなかった。
むしろ大陸に渡ってからは限界を感じていた。
実際、妹のアルルカやモココルが共闘の園を一発合格したのに対して、ルルルカは剣投士として挑戦し失敗した。
きっと見限ったのはそこだろう。いや、投球士が本職の複合職にならなかった時点で薄々限界は感じていたのかもしれない。
そこから転職して今の操剣士になったがそれは性にあっていた。
副職が操士となった複合職操剣士は視線や思考で剣を操る。
立ち止まっていても考えていれば攻撃できるその性質が、立ち止まっていれば冷静に考えられるルルルカの性に合っていた。
剣投士を見限った後、投球士の落第者が出たと聞いてやっぱり投球士は不利だったと改めて思ってしまった。
しかしそのニ年後、その投球士が新人の宴で一位通過したことを聞いて、ルルルカは悔しくてたまらなかった。
投球士系複合職でもやれるんだと思い知らされた。
それがきっかけで元投球士だったルルルカもどうにか目立ちたいと思い始めた。だからアイドル冒険者になった。なるのは簡単だった。
ルルルカは自分が美人だと自覚して理解している。
けれどそれからが大変だった。なかなか実力が伴わない。顔が良くても実力がなければファンは付きづらい。
憧れている落第者が仮面を被っていて正体が誰だとかそんな噂が立つたびに、彼が注目されていると焦ってルルルカは不向きなのに前衛に出て妹の実力を半端なものにしていた。
憧れていた落第者の正体は先ほど勝ちを決めたレシュリー・ライヴらしいと聞いたときルルルカの胸は高鳴った。
それは断じて恋、ではない。とルルルカは解釈していた。
ルルルカはレシュリーと戦いたかった。ここまで来てその欲求はさらに昂る。
同時に自分にはよく分からないレシュリーの行動がルルルカの胸を変に昂らせる。
敵になる可能性だってあった冒険者を助けたりしている。強いのか強くないのかもよく分からない。
それでも仲間に信頼され、助け合い戦っている。そんな姿が羨ましかった。
注目だって嫉妬だってあるだろうに、それすらも気にしてないレシュリーが羨ましかった。
だから戦いたい。活躍しているレシュリーと戦いたい。
レシュリーへの羨望がアロンドと負けたときに呟いた言葉に繋がったのかもしれない。
そしてその瞬間から彼女の、いや彼女たちの歯車はかみ合い始めた。
絶対に負けない。
想いを乗せたルルルカの思念が匕首を加速させ、アエイウに迫る。
だがルルルカは致命的な失敗をしていた。狙うべき相手は他にいた。
アルルカがアエイウをモココルがアリーンを、モッコスがミキヨシを止めているのであればルルルカは、エミリーを止めるべきだった。
エミリーは魔法筒の扱いに未だ慣れてないのか、発動をもたもたしている。だからこそルルルカは放っておいた。
その失念は目の前の戦いに集中せず、レシュリーと戦いたいという先を見越した欲求を優先させた因果だろうか。
そういう意味ではルルルカはまだ冒険者として未熟だ。
それが致命傷だった。
少し目を逸らした隙にエミリーの魔法筒は発動間際だった。
「まだ間に合うの!」
気づくのが遅かった自分に言い聞かせ、強く念じる。匕首全てがエミリーを狙うも――既に遅い。
エミリーの魔法筒〔慌てふためくテンテコマイ〕から【捕縛雲】が発動。激しい轟音とともに筒口から粘り気のある雲が発生。それが勢い良く、妹のアルルカにぶつかる。
「よくやったぞ、エミリー!」
武器を【収納】し、至極の笑みを浮かべて近づいていくアエイウ。その姿がルルルカにあらぬ想像を掻き立てる。
もし以前の自分であれば、アルルカを囮にしてでもアエイウへと挑んでいた。でもルルルカは変わったのだ。
「審判さん。あたしたちはリタイアするの」
ルルルカは審判にそう告げる。
自分が下手にアエイウに挑んでアルルカが嫌な思いをしたら、それは救いになどならない。
試練だろうと人を救うレシュリーなら大切な人を守るためにこうするはずだ、そう思いこんでルルルカは負けを宣言する。
レシュリーとはいずれ戦える。
***
「余計なことをしやがって」
アエイウはあたかもお前が悪いと言わんばかりにエミリーを小突く。
エミリーが【捕縛雲】でアエイウを援護しなければルルルカはリタイアしなかっただろう。
「大丈夫?」
ミキヨシが思わず気遣い、アエイウに小突かれた場所を撫でようとすると、
「大丈夫です」
エミリーはその手を拒む。それはいつも通りの言動。
エミリーに他の男が触れているところを見たアエイウは不機嫌になる。エミリーはそれを知っていた。アエイウはエミリーに対する独占欲が強かった。
「ボクのほうこそ、ごめん」
それを知っているミキヨシが思わず謝るとエミリーが微笑み、ミキヨシは盛大に照れてしまう。
「早く来い!!」
「ご、ごめんなさい」
不機嫌なアエイウに怯え、エミリーは急いで後を追っていく。
***
一方、
「ごめんなの。リタイアして」
ルルルカの言葉をチームの誰も責めなかった。
「次、挑めばいいのですぢゃ」
モッコスが豪快に笑い、アルルカとモココルが頷いた。みんな自然と笑顔だった。
こうして準決勝は終了した。