準決
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「ゲスメイド、分かっていますね」
「クソ執事こそ理解していますの?」
阿吽の罵声が試合の始まりだった。
「よしじゃあ僕の先制攻撃だー! マリアン! 貴様はここで待っておれ!」
幼さを残す声色とともにグラウスがメイドと執事の間を縫って走り出す。
「オーホッホッホ。何をおっしゃいますのやら。わたくしが行きますことよ。グラウスこそそこにはいつくばっていなさい」
グラウスの後ろをマリアンが追い、執事とメイドは知らん顔をしたようにその場で動かない。ふたりを見守っているとでも表現すべきだろうか。
グラウスとマリアンと一番初めに激突したのはシュキアだった。
シュキアが長二叉捕縛棒〔支配者ドロップウィップ〕を左から右に薙ぎ、グラウスに命中、呆気なく吹き飛ぶ。続く右から左の返しの二撃目がマリアンに当たり、呆気なく吹き飛ぶ。
ふたりともたったそれだけで場外へと吹き飛んだ。
「クソ執事、教育が足りないんじゃなくて?」
「ゲスメイド、それはこっちのセリフです」
あたかもやられたのが当たり前のようにマイカとルクスは呟いた。
「まあなんにしろグラウス坊ちゃまの怪我は少ないようで何より」
「確かにマリアンお嬢様の怪我は少ないようですわ」
むしろ、早々と退場してくれたのがありがたいのか、安堵の声を出す。
「やれやれ。ゲスメイドと手を組むのは癪ですが、まあ坊ちゃまのために頑張ると致しましょう」
「それはこちらのセリフですよ、クソ執事。ですが確かにお嬢様のために頑張らなければなりませんわ」
予定通りに事が済んだことを感謝するように、ルクスとマイカはシュキアへと向かっていく。
悪魔士、堕士というのは冒険者にとって人気のない職業である。
投球士が落第するという事件以前、その数は召喚士よりも少なかった。
悪魔士は悪魔を呼ぶ代償として命を削る必要があるという理由から。
堕士は言葉で感情を操るため、その言葉が真実なのかそれとも技能によるものなのか分からず冒険者が疑心暗鬼に陥りやすいという理由からだ。
しかし悪魔士の力は万能に近く、堕士は対冒険者に関してはほぼ最強といえた。そんな悪魔士と堕士が今、僕たちの前にいた。
さて、どうしようかな。
ルクスたちの眼前に捉えながらも、 案外楽観視している僕を他所にシュキアが先行し、マイカに長二叉捕縛棒の突きを放つ。
「あなた方はそれ以上進んではいけません」
その言葉は先行したシュキアだけでなく、僕たちにも効力を発揮する。シュキアの動きが途端に鈍り、マイカは容易く突きを避け、後退。そしてなぜかシュキアもそれ以上追撃しない。身体を操るのではなく、感情を操り、なぜだかここから先は進んではいけないような気にさせるのが堕言技能の真骨頂。
今使ったのは【怠慢】だろう。
「さあ、クソ執事。あとはやってしまいなさい」
マイカが呟いた。
「ごめん。動けるんだけどね」
僕がマイカへと鷹嘴鎚を振るった。
「やはり対策を講じていたのですか」
とマイカは言ったような気がした。耳栓をしている僕には唇の動きしか分からない。
「ですが、その程度で対策とは片腹痛いのですわ」
マイカが空中で印を描き、それを終えると指を僕のほうへと向ける。
なんだ……これ。不思議な感覚だった。
これ以上進みたくないと感情が拒む。足が動かない。マイカに攻撃しては駄目だと感情が拒み、腕が動かない。空中から迫ろうとしていたコジロウも同じなのか。何もせずに着地するとそのまま動かない。
マイカは言葉で【怠慢】を使いシュキアを、両手で印を結んで【自堕落】を使い、僕たちを封じた。
それは現在では使われていない手法。いうなれば古式堕言。言葉ではなく描いた印で人の感情を操る手段だった。
「クソ執事、これで完璧ですわ」
マイカがルクスに話しかけた瞬間、
「ああ、ごめん。そーいうの私、効かないよね」
よそ見をしていたマイカの太ももにアリーが狩猟用刀剣を突き刺した。
「……どうしてですっ!?」
マイカは痛みを嘆くよりも先に驚きとともに疑問が吐き出す。
アリーはシュキアと同様に【怠慢】で封じた、マイカはそう思っていたのだ。
動揺しつつも印は解かないマイカは冒険者としては一流だが、アリーが動けると見抜けなかったのは二流だった。
アリーが不幸にも授かった体質は幸運にも何度もアリーの窮地を救う。
盗技【力盗】のように一時的に力を奪うものを例外にしても、キムナルの身体の操作を受けつけなかったアリーに精神の操作である堕言技能が効くはずもない。
そのことを知らないうえに、技能がアリーに効いている感覚を持ち続けているマイカは理解が追いついていない。かつてキムナルがそうだったように。
「吹き荒べ、レヴェンティ」
レヴェンティから膨れ上がる【風膨】が混乱の隙に乗じてマイカを一瞬にして場外へと吹き飛ばす。




