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tenth  作者: 大友 鎬
第2章 交わらぬ嘘
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嘘吐

 4.


 共闘の園(タッグパーティー)当日、ブラッジーニ・ガルベーは何かを思いながら焚き火を前に佇んでいた。

 とある人物と待ち合わせをしていたからだ。

「よぉ、テアラーゼ・アトス」

 無精髭を豪快にはやした飲んだくれ親父のような風貌の男が彼をそう呼んだ。

「そいつはとっくに死んだ。武器には死んだ奴らの名前しかつかないの知ってるだろう、ゲスが」

「嘘吐きだな、相変わらず」

「昔は正直者だったがな」

 皮肉るようにブラッジーニ・ガルベーは言った。

「それよりも今日は何をしに来たんだ、ディオレス・クライコス・アコンハイム?」

 ブラッジーニは一本指の名を呼ぶ。

「つれないな。今日も地道に経験稼ぎだよ。お前にも手伝ってもらおうと思ってな」

 ディオレスは快活に笑う。

「いつも通りの用件か。まあ私としても拒みはしないさ。よりよい経験は私の目的に近づく」

「そういやゾンビパウダーは見つかったか?」

「まだだ。毒素00(オリジン)たるボツリヌストキシンが吸収し絶滅させてしまったのかもしれない」

「死者蘇生の秘薬か」

「違うな。癒術のようにセフィロトの樹の恩恵を受けた高尚なものじゃないからな、ゾンビパウダーは。あれはもっと下種で低俗だ」

「そうだったか?」

「何度言わせる気だ? ゾンビパウダーってのは正確には毒素06と07――仮死毒と仮死解毒のことを指すんだ。仮死毒は相手を昏倒させ、仮死解毒はそれを治療し、治療した相手を意のままに操れる毒だ。私の持つ毒物図鑑にもそう書いてある。まあ最近の娯楽雑誌やらで随分と歪曲した引用をされ、死者蘇生の概念が強いのは事実だよ。くそったれたことにな。ちなみに仮死毒で昏睡されたあと、二十四時間経過すると、そいつは一応目を覚ますが、身体は腐敗し、意志はない。ただ生けるものに縋ろうとする思いだけがその肉体に宿るゾンビとなる。つまり、ゾンビの存在がゾンビパウダーがかつて存在したという証明なんだが、ゾンビパウダーは特に毒素07は目撃されていない」

「くそ長いご高説どうもご苦労さん。でお前はそれを見つけたいんだよな」

「ああ、そうとも。毒素06に仮死状態にされたままのアリサージュを助けたいからな」

「アリサージュはまだ無事なんだよな?」

「ああ、生きたまま冷凍保存している。まだゾンビになる兆しもない」

「俺も探してはいるがどうにも見つからない」

「私だって探しているが、私の身体はこの草原に張られたアイトムハーレの結界の中以外では長く保ってはいられない。だから」

「お前は俺の経験稼ぎに付き合う代わりに俺に捜索を頼んでいるんだろ、ハイハイ、分かってるっての」

 でもそれでお前は幸せなのか、操り人形みたいになったアリサージュと会うことがお前の幸せなのかとはディオレスには言えない。かつて肉体を改造(チート)し尽くし、挙句最愛の人を亡くした自分に幸せを語る資格などないからだ。

「その通りだ。が今回はあともうひとつ頼みたい」

「なんだ?」

「詳しくは省くが、アリーというランク2の冒険者を探している。本名はアリテイシアというらしい」

「アリテイシアか……」

「知っているような素振りだな」

「探している相手とは違うかもしれないが、知っているやつはいるよ。お前が会いたいのか?」

「いや会いたいのは私でもネイレスでもない、この草原で運良く生きていた幸運な新人だよ」

「珍しいな」

「そうだ。そしてバカでマヌケでアホウなんだ」

 今日のブラッジーニはやけにおしゃべりだなと、ディオレスは思った。

 もしかしたらあの逸話を遊牧民の村で聞いてしまい、気を紛らわそうとしているのかもしれないなどと無粋なことも考えしまったディオレスは反省し、ブラッジーニの話に付き合っていた。


 ***


 かつて正直者の冒険者がいた。テアラーゼ・アトスとアリサージュ・アトスだ。

 知ってしまった事実を全て告げる正直さに困惑する人間、利用する人間、ありとあらゆる人間がいたが、しかしながらその正直さに感服し、慕うものも多かった。

「これで五十回目の失敗か」

 ランク2の試練――共闘の園(タッグパーティー)を終えたアトス兄妹の傍らで、とある冒険者が呟いた。しかし落胆してはいない。

 彼は情報収集のために共闘の園(タッグパーティー)を受ける集配員(レポーター)だった。アトス兄妹は時間ぎりぎりでクリアしたため、その男とほぼ同時に転移していたのだ。

 その男が飛行場に向かおうとした途端、黒い鎧を纏い馬に乗った男は現れた。

「お前は資格を失った」

 その黒鎧の騎士は、五十回も失敗しておきながら反省も何もない男にそう呟いた。

 そして慈悲無き一撃が男を襲い、男は何もできず死んだ。

「他言無用」

 黒騎士はそれを目撃してしまったアトス兄妹へとそう告げた。兄妹は頷くしかなかった。絶対的な恐怖を感じていた。

「どうしたんだ?」

 飛行場から出てきた冒険者が有り様を見て呟いた。

 正直者のテアラーゼ・アトスは「黒騎士がこいつを殺した」と言った。

 同じく正直者のアリサージュ・アトスは「私が殺した」と初めて嘘を吐いた。

 その後アリサージュは自分に乱暴してきたからこいつを殺したんだと主張する。その言葉は嘘だったが、テアラーゼの真実より信憑性があった。

 テアラーゼの言葉は見向きもされなかった。試練を行なうこの浮遊大陸には飛空艇でなければ行くことができず、飛空艇にはそんな人物は乗っていなかったからだ。

 挙句、死んだ男に乱暴を働かせたのが実はテアラーゼで、だからそんな嘘を吐いたのではないかと言われた。それでもテアラーゼは「黒鎧の騎士がいたのだ」と真実を曲げない。

 やがて付けられた名前が“嘘吐き”だった。

 全員がアリサージュのついた嘘を信じてしまっていた。それでもテアラーゼの信念は曲がることもなかったし、恐怖に信念が折れたアリサージュを恨むことはなかった。しかしテアラーゼは今までの築き上げた関係を全て失い、誰からも見向きをされなくなった。

 その2週間後、アトス兄妹の行方が途絶える。嘘吐きにされたテアラーゼが正直者のアリサージュを殺し、自殺したという説が一番有力となっていた。それを証拠に死者の名を刻むユグドラ・シィルにあるセフィロトの樹に、アリサージュとテアラーゼの名前が刻まれていた。皮肉なのか、それをもとに作られた逸話は子どもたちの躾に役に立っているのだという。

 だから多くの子ども達はアトス兄妹の名前は知らずともこの逸話だけは知っている。「黒鎧の騎士が来た、だなんて嘘を吐くと誰も見向きをしてくれなくなるよ」と。

 ――そんな逸話が大陸にはあった。


 ***


 目覚めたセレッツォとハイレムは自分以外の誰かがそこにいることに気づいた。馬にまたがるその男は何かを呟いている。耳を澄まし、その呟きを確認した途端、ふたりは恐怖に震えた。

「お前は資格を失った」

 そう呟いた男の容姿を眺めると、その男は黒鎧をつけていた。顔は黒兜に覆われ、肌の色さえ分からない。

「まさか……」

 ふたりは身震いした。黒騎士は刀身のない剣を振りかざし、まさに切りかかろうとしていた。

「待ちなさい。私達はまだ、試練を放棄していませんよ」

「痴れ者。お前たちはすでに五十一回も試練を受けている。それでも放棄してないと言えるのか?」

 逸話に聞く黒騎士よりも饒舌だとセレッツォは思った。

「放棄してなどいません。これから試練をクリアするのですよ」

「無理だ」

「無理かどうかは私が決めます」

「とぼけるでない。試練を合格できないと分かっているから、他人の邪魔をし、そして情報を集めているのだろう」

「そんなことはありません。そんなことは……」

 セレッツォは恥辱に震えていた。事実、セレッツォとハイレムは既に勝つことを諦めていた。諦めていてもなお、試練を受け続けるのは“ウィッカ”で役に立つため。

 既に勝つことを諦め、全てを手に入れるのを諦めたセレッツォとハイレムの存在意義は、情報を流し“ウィッカ”の、強いてはブラギオの役に立つことだった。

 勝てないことは知っている。だがそれを指摘されるのは分かっていても悔しいものだった。黒騎士の指摘に身を震わせるだけのセレッツォとハイレム。

「よって貴様らに資格なし。全てを手に入れる資格なし。資格剥奪者には死を与える」

「ふざけないでいただきたい」

 恐怖に震えながらも戦意を奮い立たせる。それでも勝てないという呪縛はセレッツォとハイレムは蝕んでいた。

「行きますよ、ハイレム」

「キャハハ。倒せるよね? 倒せるよねえ?」

 ハイレムの声が震えているのが分かったが、セレッツォは言った。

「倒さねばなりませんよ」

 でなければ、待っているのは死だと分かった。

 先行するのはセレッツォ。黒騎士が馬を奮い立たせ、馬を走らせる。猛進する黒騎士の見えぬ刃がセレッツォへを斬りつけた。若干反応するセレッツォ。【空蝉(エンプティ・シェル)】によりその刃を避けようとするも、拡大する見えぬ刃が【空蝉(エンプティ・シェル)】ごとセレッツォを切断。さらに後ろへと追従していたハイレムをも貫く。

 黒騎士の持つ光剣〔忌まわしきヂェダイ〕の刃の源は光。拡散、肥大、縮小を自由自在とする光でできた刃は持つものの意志によって姿を幾多にも変え、敵対するものを切断することが可能だった。

 一瞬にして痛手を負うセレッツォとハイレム。

「不運。刹那にして死ねぬとはなんたる不運」

 黒騎士の眼光がふたりを見下し嘲笑う。負けじと睨み返すふたりだが、力の差は明らかだとすでに感じていた。

「次こそが最後の太刀となるだろう。眠れ」

 光剣〔忌まわしきヂェダイ〕の見えぬ刃が姿を現す。姿を現した光剣の光は柄から幾多にも拡散していた。その忌まわしき剣の様はむしろ対峙するセレッツォ達に恐怖を与えていた。剣先はセレッツォの喉元まで延びている。

 逃げ場は無い。

 黒騎士が柄を振るうと、その拡散している光の刃も連動し、セレッツォの図太い首を、華奢な右腕を、頑丈な左足を、整った鼻を、情報を蓄えた脳を、さらにはハイレムの柔らかい頬を、それなりに膨らんだ左胸を、ほど良い筋肉をつけた右腿を、艶美な唇を、動き続ける心臓を切断し、ふたりの命を絶った。

「資格剥奪!」

 高らかに宣言した黒騎士はどこかへと消えた。


 ***


「ともかくだ、その新人が帰ってきたらお前が知っているアリーの話をしてやってくれ」

「違っていたらどうすんだよ?」

「その時はその時。その新人くんも自分で探すか諦めるだろうさ」

 ブラッジーニ・ガルベーは空を見上げながらそう呟いた。

 ――夕日が沈もうとしていた。

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