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tenth  作者: 大友 鎬
最終章 異世界転生させない物語(2)
892/894

希望

 ***


 何が起こるか分からない――

 それが〔超蝶現象(バタフライエフェクト)〕の効果だが、それは〈幸運〉という才覚にも左右されず、使用者が絶対的に有利になるものでもない。

 雨の代わりにドクガエルが降ってくることもあれば、竜巻が魚群に変化して、まるで槍のように襲い掛かってくることでさえもあり得た。

 そういう目で変化が分かるものもあれば、無意識下で何らかの変化が起こることもある。

 全員に対して99%の精神摩耗や体力消費が行われ、一撃でも当たれば死亡という戦況を作り出すことだってある。

 その場合、見た目が傷だらけになるなどいう変化は起こり得ない。当然、精神が摩耗した際に発生する頭痛ですら起こらない。

 

 今回の〔超蝶現象(バタフライエフェクト)〕の効果はジネーゼが使う固有技能【不在証明(アリバイ)】。

 そこにいるようでいない、いないようでいる。

 〔超蝶現象(バタフライエフェクト)〕を使用したのはルルルカ<3rd>消失前。その効果が発生したのは消失後。

 しかしそれは発生の瞬間すらも、誰にも分からないという特典に付随したものにすぎない。

 NPCの援軍とPCの増援が入り乱れながら戦闘を行っていながらも、誰しもが魔王レシュリーの存在を忘れるはずがなかった。

 そこから発生する威圧感。それを誰しもが警戒し、常にそこにいるという意識をしていた。


 なのに、全員の意識が、〔超蝶現象(バタフライエフェクト)〕の効果が発動した瞬間から、魔王レシュリーの存在を忘れた。

 魔王レシュリーにとっては最高の効果。予想外の効果。

 威圧感がなくなったというのに、なくなったことすら、誰も気づかない。

 魔々充剣アリテイシアを構えて、玉座から猛ダッシュ。

 NPCとPCの戦闘の合間を駆け抜けて、レシュリーの前まで移動する。

 その間、誰も気づかなかった。

 目の合う距離。間近。それでもレシュリーは気づかない。

 魔王レシュリーは込み上げてくる笑みを抑える。必死に抑える。

 魔々充剣アリテイシアを突き出して、レシュリーの心臓を狙い撃つ。

 〔超蝶現象(バタフライエフェクト)〕の超絶効果がもたらした必中であり必勝の一撃。


 そこで、レシュリーをアリーが押していた。レシュリーはアリーに押された意味が分からず動転していた。

 けれど、魔々充剣アリテイシアがアリーの胸を突き刺して――

「なんで?」

 その衝撃に魔王レシュリーが魔々充剣から手を離したところで――

 ようやくレシュリーはアリーが押した理由に、そしてアリーの状況に気づく。

「アリー!」

 聞いたこともないような大音声で、増援に来ていたジョレスたちも思わず振り返る。

「美しくない……」

 ユテロもデデビビもクレインもアテシアも振り返り絶句して、立ち止まる。

「動かせぇ!!」「動けっ!」

 ディエゴやコジロウが叫び、立ち止まった冒険者たちに喝を入れる。NPCたちは立ち止まってもPCたちは立ち止まらない。立ち止まってくれない。

 隙を見て攻勢を強める。その懸念を経験から感じたゆえの喝。それによって今の状況を思い出させ、間一髪で防御あるいは回避で危機を脱する。

 コジロウが喝を入れたのも影響が大きい。アリーと長く過ごしてきたコジロウも今にも駆けつけたい衝動があるだろう。

 それでも手を緩めずに、コジロウはPCたちを倒し続けている。

 魔王レシュリーがあんなところにいたなんて誰も気づけなかった。護衛を任せていた冒険者を責める意味もない。

 なにより、コジロウはレシュリーを信じている。

「アリー、アリー、アリー、アリー」

 返事はなかった。即死だった。

 こんなときのためにレシュリーは【蘇生球】を覚え、そして【蘇甦球】まで進化させてきた。

 なのに、動けないでいた。

 アリーと一緒に過ごし、時間を密にしてきた今だからこそ、アリーが死んでしまったというショックが思いの外大きい。

 初めて出会って、そして【蘇生球】を覚えようと決心したその頃と違って、今の自分がアリーの存在にどれほど依存しているのか思い知らされた。

 だからこそ、やることはひとつなのに、どうしていいのか、と分からないでいた。

 そんなレシュリーの耳元に、ふたつの祝詞が聞こえてくる。

 最初は同時。やがてひとつの祝詞が遅れ出し、そして気づけば早まっている。

 詠唱しているのはヴィヴィとリアン。

 ふたりが詠唱しているのはその長さからなんであるか理解できる。

 【蘇生】。

 リアンは通常通りの詠唱で、ヴィヴィは倍速話術(タイムパフォーマンス)による詠唱で。

 とはいえ詠唱はまだ半ば。

 レシュリーはそこでようやく自分のすべきことをしなければ、と自覚して動き出す。

『Gilber D.D>チャンス!』

 アリーの出血を抑え、手を握るレシュリーを今こそ倒せる機会だと判断してGilber D.Dが姿を現す。

 異呪格闘技"ジャドー"のシャドウキッカーの姿(アバター)であるGilber D.Dは今まで姿を消して潜んでいたのだ。

「邪魔をするなっ!」

 そんなGilber D.Dを一撃で斬り飛ばしたのは魔王レシュリーだった。

「絶対に殺すな」

 自らの手で殺してしまったからか苛立ちを隠さず、魔王レシュリーはレシュリーに告げる。

 それには返答せず、レシュリーは【蘇甦球】を作り出す。

 魔王レシュリーには作れない代物。【蘇生球】よりも光り輝いている。

 【蘇甦球】がアリーの中へと消えていく。

 

 生き返らない。


 【蘇甦球】がアリーの中へと消えていく。

 

 生き返らない。


 【蘇甦球】がアリーの中へと消えていく。

 

 生き返らない。


「早くしろ、早く!」

 魔王レシュリーはセフィロトの樹の映像を宙に映し出す。そこには途中まで書かれたアリーの名前がある。

 完全に書かれてしまえばもう生き返らない。


 【蘇甦球】がアリーの中へと消えていく。

 

 生き返らない。


 レシュリーはそこで頭痛に苛まれる。精神摩耗が著しい。ランク10の冒険者とはいえ、限界がある。


「隠された知識(ダアト)が開き、顕現! 生命の樹に刻まれし御魂よ。再び、御身へと戻りたまえ――【蘇生(リヴァイヴ)】」

 そこでヴィヴィの詠唱が終わり【蘇生(リヴァイヴ)】が展開される。


 生き返らない。


 何も言わず、再びヴィヴィは詠唱を始めた。

 レシュリーが投げた【蘇甦球】がアリーの中へと消えていく。

 

 生き返らない。


 少し遅れて、

「隠された知識(ダアト)が開き、顕現! 生命の樹に刻まれし御魂よ。再び、御身へと戻りたまえ――【蘇生(リヴァイヴ)】」

 リアンの詠唱が終わり、【蘇生(リヴァイヴ)】が発動。

 けれど生き返らない。

 何も言わず、再びリアンは詠唱を始めた。

「どうして――どうして、こうなるっ!?」

 魔王レシュリーが絶望から叫ぶ。〈幸運〉を持つムジカが仲間にいる〈10th〉のレシュリーですらアリーを死なせてしまったという嘆きだった。

 セフィロトの樹には『アリテイシア・マーティ』まで書き込まれていた。

 あと一文字『ン』しかない状態では【蘇甦球】を投げる猶予もなく、【蘇生】も到底間に合いはしない。

 それでもリアンもヴィヴィも詠唱は止めない。

 一方で、レシュリーは投げる手を止めていた。


 諦めたからではない。


 まだ諦めていないからこそ、希望を見出したからこそ、アリーの血で汚れた両手を拭くこともせず、【合成】を開始した。

 アリーの死の瞬間、そして蘇生を行う様は偵察用円形飛翔機(ドローン)で中継されている。

 その必死さに、戦闘を行ってない冒険者たちは祈りを捧げた。

 生き返ってほしい、と。

 そして名前がセフィロトの樹に刻まれていくにつれ、その顔には涙が浮かんでいた。

 アリーが生き返るのを諦める冒険者ももいた。魔王レシュリーのように。

 ヴィヴィが、リアンが、レシュリーがまだ諦めていないというのに。

 レシュリーが【合成】するために取り出したのは【蘇甦球】と、まがまがしい色をした道具だった。

 その道具を中継越しに見たジネーゼがひとり微笑む。

 そのふたつをかけ合わせ、新たな技能を作り出していく。

 レシュリーは目を見開き集中。あまりの集中から鼻から血が出る。作成中は大量の魔力を消費する。精神がすり減り、頭痛の延長上で鼻血も出たのだろう。

 枯渇すれば死んでしまうというのに、レシュリーは信じて作り続ける。

 セフィロトの樹に「アリテイシア・マーティン」と名前が刻まれると同時にレシュリーの【合成】した新技能が完成する。

「もう無駄だ……」

 魔王レシュリーは悲しげにつぶやいた。けれど涙は出ていなかった。

 レシュリーはそんな戯言は無視して、アリーの心臓めがけて、その新技能、新しい球を放り込む。

 アリーの胸へとその球が吸い込まれていき、やがて――

「なんだよ、あれ……」

 誰かが呟いた。アリーではなく、映し出されたセフィロトの樹に刻まれた名前を見て。


 アリテイシア・マーテ

 

 セフィロトの樹に刻まれたアリーの名前が巻き戻っていた。名前が完全に刻まれなければ、蘇生の条件は満たされる。

 そしてアリーは生きたいと思っている。レシュリーは断言する。


「生き返れ、アリーーーーーーーーーーーー!!」

 

 レシュリーが最後に【合成】に使ったのはジネーゼがからもらった遡行毒だった。

 遡行毒と【蘇甦球】を【合成】し、時を戻したうえで蘇生する機会を作り出した。

 

「耳元でうっさいわよ」


 【時戻蘇甦球】とでも言うべきその新技能は、希望を作り出した。

 初回突入特典〔最後に残ったものは(パンドーラー)〕。

 魔王レシュリーが絶望し破棄したその特典を、レシュリーは希望を抱き会得した。

 希望を諦めないレシュリーの願いに沿うように、その効果も作用したのかもしれない。

「キミが生きててくれてよかった。僕を助けてくれてありがとう」

「いいわよ。死んでもあんたが生き返らせてくれるって信じてたから、私は飛び出せたの」

「でも……どうしてアリーだけ分かったの? 誰も気づかなかったのに」

 【蘇生】の詠唱から【治癒雨(プリエールプリュイ)】の詠唱に切り替え発動したリアン癒しの雨がアリーを治療するなか、アリーはレシュリーの質問にこう答えた。


「……呼び声が聞こえたの。私の声で、呼び声が」


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