血界
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「ぜぇぜぇ……」
ディエゴが息切れをして立ち止まる。“雑魚がごとき”のPCたちをようやく倒しつくして、周囲にはその人型スライム(分体)の死骸が転がっていた。死屍累々とはこのことかもしれない。本体のPCは消滅するが、分体はそうではないのだろう、まるでぬめっとした水たまりのようになっている。足場を制限する障害物のようで、ディエゴもこれには苦戦した。人型スライムのときは簡単に燃えるのに、その水たまりは炎によって縮小はすれど、燃え尽きはしない。それどころかその残りかすはより粘つきを増して、一度踏めば足具から取るのも一苦労するほどの罠に成り得た。
その水たまりに炎を当てないように人型スライムを狙い続けてようやく“雑魚がごとき”のPCたちの全滅に成功していた。
実に五分以上が経過しており、ルルルカは時間切れに伴い消失。それに併せてPCの数が徐々に増えていく。
『Alkaid Breaking>しからばようやくオレんちょの出番かな。“雑魚がごとき”が意外と頑張ってくれたから、しからばオレんちょも頑張らなな』
息切れするディエゴの前に現れたのは、Egoと呼ばれる少女の姿をしたPCだった。
ディエゴも多くのPCを終極迷宮で倒してきたが、見たことがない姿だった。
Egoは最近作成された血界ヶ淵の主人公で、人々が住む血界の門を守る少女だった。
「マジか……」
ディエゴが嘆息したのも無理はない。Egoの後ろにはEgoと同じ顔の人間が大量に存在する。
要は“雑魚がごとき”と同じような数で防衛するタワーディフェンス要素を持つのだろう。
“雑魚がごとき”の戦闘の最初こそ楽しんでいたが、疲れた今、似たような相手を楽しむ余裕はない。
血界ヶ淵のEgoは自身の複製体を作ることが可能で、血界の中に存在する製造装置から複製体は出撃する。
Alkaid Breakingが出現した地点にはその装置が設置されており、そこからAlkaid Breakingの複製体も出撃していた。
それ自体を壊せば複製体の製造は停止するがその欠点がある分、本体の生存時間の間だけ、製造装置は強化され、そこから出現する複製体も強化されたものとなる。
「でも本体これだろ」
ディエゴが先頭にいたAlkaid Breakingを破壊する。そのEgoだけ心臓部分に大きな人造電池と呼ばれるコアを持っていた。
確かにAlkaid Breakingの本体はそれだった。しかし壊された後、ジガゲージが少し減少し、人造電池は後ろのAlkaid Breakingの胸部へと移る。
『Alkaid Breaking>確かに分かりやすいよね、これ。でも“雑魚がごとき”と違って本体倒しても止まらねえからねえ』
ディエゴがきっと狙うだろうと思って、先頭にいたAlkaid Breakingは嘲笑いながらそう告げる。
Egoは自分の中にある人造電池を複製体に移すことで、その複製体がEgoになる。Egoもまた複製体だったひとりでしかない。
本体のEgoが生き延び、その生存時間分だけ製造装置は強化。そこから強化された複製体が生まれ、その強化複製体にEgoがなることで、また生存時間が長くなり、製造装置が強化。さらに強い複製体が生まれ、その複製体にEgoになり――を繰り返し、永遠に強くなっていく。
「まただるいのが相手かよ」
それでも血界ヶ淵のPCは初めての相手だ。ふつふつとやる気がわいてくる。
「またぶっ壊してやるよ」
的確に人造電池があるAlkaid Breakingを見事に打ち抜くが、倒されてもAlkaid Breakingは乗り換えて生存している。
『Alkaid Breaking>しからば気をつけなよ』
ディエゴが乗り換えたAlkaid Breakingを探そうと移動した瞬間、Alkaid Breakingが不用意に動くなと言わんばかりに、ほくそ笑む。
倒したはずのEgo-―本体だったものが自爆する。周囲のEgoを巻き込んで、巻き込まれたEgoは四肢が散り散りになるが、その四肢は地面に食い込み棘となったり、あるいは足だけで小型の大砲になったりと、罠に変貌していた。
「結局、また壊していくしかねえのか」
PCは終極迷宮にてディエゴに幾度となく邪魔されてきたが、大量の質量で押せばディエゴも疲弊することは分かっていた。
だからこそ、ぽんぽこLifEや“雑魚がごとき”、そして血界ヶ淵などの大軍を操るPCが有益なのではないのかという一種の推測ができていた。それをこれから実証というところでこの戦いが始まってしまったが、その推測通り、ディエゴを足止めしたうえに疲弊させてもいたので、その推測はある意味では正しかったのかもしれない。
Alkaid Breakingの目にはどんどん疲弊していくディエゴの姿が映っていた。
それでもディエゴの攻撃は止まらなかったが、Egoたる自分もかなりの強化ができていた。
ただひとつ心配があるとすれば――自身のジガゲージ残量の減りが相当早い。
『Alkaid Breaking>嘘だろ。疲れてんじゃねえのかあ』
ここに来てディエゴの【弱火】の連射速度が増す。
「疲れてるよ。けどよォ、それだけだ」
また人造電池を持つAlkaid Breakingを的確に射貫く。数で勝るが避ける訓練をしていないAlkaid Breakingは単調な攻撃でも当たってしまう。
そもそも血界ヶ淵はやられることが前提に設計されたタワーディフェンスのため、回避のパラメータも存在しておらず、それが実直に再現されている。
また、人造電池を移したAlkaid Breakingは、臆してかかなり後ろに移動した。
「おいおい、逃げんなよ」
『Alkaid Breaking>うっさい。しからば疲れ果てて朽ちろ!』
逃げ腰でも言葉が減らないのは、事実数の力がディエゴを追い詰めていたからだ。
「くそがっ……」
実際のディエゴもすでに精神摩耗の警告としての頭痛に苛まれているが戦い続けていた。
ルルルカが消えて以降PC側の増援は増え、ディエゴのいる右側以外に集中している。
ディエゴはAlkaid Breakingに任せるつもりだろう。
ディエゴも本体を狙いつつも、真の狙いはその後ろにある製造装置だが、がっつりと守られているため不用意に近づくこともできないでいる。
どことなく手詰まり感と打開策を模索しているさなか、
思わぬところから増援がやってくる。
何かが飛んでいた。
それは城の入り口側、つまり原点草原から飛んできているようだった。
人間の肉の塊のようにも見える。
目を凝らしてみれば少し、そこに赤色が見える。その丸い肉塊が広がる。
よく見ればそれは人だった。
体を丸めて飛んできたのだろう。
城の壁を壊してしばらくして回転を止めて、手を伸ばし、足を伸ばし、やがて伸ばした手で大きな剣を構える。
少し見えた赤色は、お気に入りの赤鬼防水着だった。
そうして宙から落下とともに振り下ろす。長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕を。
狙いなんてなかった。
ただ登場に格好をつけたかった。
その男の欲求はそれだけだった。
「オレさまがやって来たっ!」
アエイウは格好をつけて着地し、目線が合ったBuddhak's etraにアピールする。
『Buddhak's etra>アレ殴っていいんですの?』
「あれでも味方だから……」
そんな会話なんて耳に入らず、
「ガハハ、惚れるなよっ!」
と近くにいた男姿のPCだけを選んで殴っていく。長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕は振り下ろした拍子に何かの装置に突き刺さり、抜くのに時間がかかりそうだった。
「奇想天外というか、規格外というか……アホだな」
ディエゴが呆れる。
アエイウが格好をつけて登場するために振り下ろした長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕はEgoの製造装置を見事なまでに破壊していた。
「おい、どうやってここまで来た?」
「ガハハ、男に言うわけなかろう」
想像通りの返事でディエゴは再度呆れるしかない。
とはいえすぐさまディエゴはアエイウの仲間のエミリーが魔砲士だったことを思い出し、その魔法筒で飛ばしてもらったのだろうと推測した。
もちろん、魔法筒の中に入って飛ばすには【風来暴】か何かを使ったのだろうが、それでも狂戦士たるアエイウなら耐えれるだろう。
「まあなんだっていい。存分に暴れろ」
「ええい、男が命令するな」
ディエゴを鬱陶しがり離れるように、アエイウは暴れまわる。
「さて、ようやく終わりが見えてきた」
『Alkaid Breaking>なんなんだよ。しからばなんなんだよ。それっ!』
「運がなかったな」
むしろムジカの<幸運>が作用したのかもしれない。
アエイウの何気ない登場が致命傷となって、Alkaid Breakingの敗北が確実なものとなっていた。
疲れ果てているはずなのに、未だそんな素振りを見せないディエゴが走り出して、体が震える。
『Alkaid Breaking>来るなああああああ』
恐怖を感じてAlkaid Breakingは逃げ始める。
***
Alkaid Breakingとディエゴの戦いはPCとNPCの戦いのいち場面でしかない。
アエイウが援軍に来たのを皮切りに数分遅れでNPCの増援も次々とやってくる。ようやく道が切り開けたのだ。
そしてPCもまた疲弊するディエゴ、5分経過で時間切れとなったルルルカ<3rd>を確認して、続々とやってくる。
戦いは両軍入り混じる混沌と化していく。
その手前、ルルルカ<3rd>消失前に魔王レシュリーが発動させた〔超蝶現象〕が、ここにきてついに効力を発揮する。




