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tenth  作者: 大友 鎬
最終章 異世界転生させない物語
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情緒

***


 蜘蛛の巣をはぎ取ったレシュリーはアリーを守るように少し前に出て、魔王レシュリーと距離を取る。

「何かわかったことは?」

「あんたの顔でああいう風に調子に乗られると意外とむかつく、以外で?」

「……それ以外で」 

 レシュリー自身も苦笑。当たり前だが魔王レシュリーは顔がレシュリーにそっくりで顔に違いはない。

 そんな魔王レシュリーが自分の特典、そしてこの結界についてぺちゃくちゃ喋った。それは確かに調子に乗っている、と言わざるを得ない。

 ああはならないようにしようと、自戒しつつ、ぺちゃくちゃ喋った特典と結界について整理する。

「この傷はどうみても、特典の力ね」

 自身の切り傷を迅疾亭(じんしつてい)騒速(そはや)印の(なお)りのお(くすり)で治療しながら、そう断言する。

「青い蝶と何か関係がありそうな感じだよね。剣が空振りしても効果が発動した感じだったよ」

「そうね。けど、青い蝶自体は無害なのは同じ認識よね?」

 うん、とレシュリーは頷いて検証を続ける。「結構強い効果が出た、って言ってたからもしかしたら、あっちも効果を制御できないんじゃ?」

「それはあり得るわ。で結界のほうはどう?」

 特典について分かっていることはレシュリーとアリーともにそのぐらいだったので、次は結界の検証に移る。

「悪影響を緩和する五つの仕組み、って言ってたから、効果は五つだよね」

「嘘をついて裏をかこうとしてる可能性もあるんじゃない?」

「調子に乗った僕が?」

「うーん、ないかも」

 レシュリーを知っているからこその魔王レシュリーがなんとなくわかるという人読みだった。

「もちろん、油断はできないけど」

「とりあえず【蜘蛛巣球】を跳ね返したのがひとつ、首元に障壁ができたのがひとつ、のふたつで合ってる?」

「それともうひとつ。首を切ろうとしたら剣が反発した。磁力とは違うわね。勝手に避けようとした、みたいな感じ」

「じゃあ、分からない効果はあとふたつか」

「跳ね返した効果は魔法反射みたいなものなのかしら?」

「だとしたら僕の【蜘蛛巣球】よりもアリーの魔法解放を跳ね返したほうが有益じゃない? 向こうも【蜘蛛巣球】は食らってたから……」

「自分が受けた技能の効果を相手にも与える感じね」

 魔王レシュリーが喋った内容と、自分たちが見た内容を擦り合わせる。

 あっているかどうかは、戦いながら検証にはなるだろうが、これだけ手の内がばれてしまうのだから、本当は魔王レシュリーは喋るべきではなかった。

 これではまだ何か秘策がある。結界と特典、それだけではないと言っているようなものだ。

「床の模様……」

 そんな警戒心が生んだ気づきがレシュリーの呟きになる。

「それがどうしたの……? ううん、確かに床の模様にしては何かちょっと変かも……」

 レシュリーが気にした床の模様は円形や三角形の溝があり、何かを模しているようにも見える。ただそれが何なのか、レシュリーには分からない。

「これが余裕の秘密なのかな?」

 レシュリーが囁くとアリーががんっと床に狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕の刃を叩きつける。

 が床は傷つきもしない。

「どうした? 何かいらだった?」

 その様子に気づいて玉座に座り直していた魔王レシュリーが疑問を投げかける。ふたりで何かこそこそ相談している間、魔王レシュリーは動こうともしなかった。

 その余裕も魔王レシュリーが隠しているであろう秘策にあるような気がしていた。もちろん秘策がなければないで問題ない。単なる杞憂だったということだ。

 だからといって警戒しない理由にはならない。

「あんたが調子に乗ってるのに、ちょっとイラついただけよ」

 アリーが魔王レシュリーをキッと睨みつける。

「なんだよ、その顔……」

 魔王レシュリーは明らかに不快になった。アリーのレシュリーに見せる顔と、魔王レシュリーに見せる顔が、全然違うからだ。

 まるで自分のほうこそが偽物だと言われているようで。

「やっぱり、さっさと終わらせよう」

 玉座から立ち上がることもなく、転移した。投げる動作だけをして。

 レシュリーの背後に。

「【転移球】……じゃないわね?」

 アリーが即反応してレシュリーを切り裂こうとしていた魔々充剣を狩猟用刀剣で受け止める。

「【転移球】さ。この次元よりも上質なやつだけど」

 魔王レシュリーの【転移球】は転移先の亀裂が出現しなかった。

「やっぱりアリーはいい反応をするね」

 受け止められたことに感心しながらも、魔王レシュリーは魔々充剣に宿していた【風膨(バルーン)】を解放。魔々充剣の効果によって膨れ上がった二重の【風膨(バルーン)】がアリーを吹き飛ばす。

 一方で吹き飛ばされたアリーを助けようと【転移球】を投げて近づこうとしたレシュリーだったが、なぜか投球姿勢が崩れ、転ぶ。

「〔超蝶現象(バタフライエフェクト)〕にしてはしょぼい効果だけど、今はありがたい」

 転んだレシュリーを魔王レシュリーは薄ら笑い、魔々充剣を突き刺す。無様だろうがその姿勢のままレシュリーは回避。

 少しだけ適温維持魔法付与外套(マジックマルチウェア)が破けるが、それどころではない。

 吹き飛ばされたアリーが帰還し、狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕と【突神雷(ヴェテスエクレール)】の宿った魔充剣レヴェンティで応戦していく。

 それを巧み捌き、半歩後退した魔王レシュリーは魔々充剣をアリーの顔の前に移動すると、その切っ先に氷が宿る。

「【激化氷塵(ダイアモンドダスト)】をプレゼントだ」

 あえて言ったのは、アリーを必要以上に傷つけないためだろうか。

「なんでもありね」

 アリーは負け惜しみのように呟いて防御の構え。回避できないという判断だった。

 本来、放剣技能は攻撃階級10の魔法を解放することはできない。放剣士の上級職、超剣師の放剣技能でさえ、攻撃階級8が限界。

 魔々充剣はそれすら可能にした上に、二重に展開する。

 超至近距離で二重展開された【激化氷塵(ダイアモンドダスト)】をアリーが襲う。極薄の氷の粉塵が絶え間なく吹きすさぶ。

「何をしたっ!?」

 アリーを行動不能にできればと考えた魔王レシュリーの作戦だったが、【激化氷塵(ダイアモンドダスト)】が過ぎ去った後のアリーは凍えながらもその目に闘志を宿らせ、なおも動けるほどに健全だった。

「【反射球(リフレクター)】」

 レシュリーはそうとだけ言って手元に【反射球リフレクター】を【造型】してみせる。魔王レシュリーの知らない投球技能だった。

「正面からしかぶつけたことなかったけど、横からならこうなるみたいだ」

 魔法の向かう方向の側面に【反射球(リフレクター)】を当てた場合、当たった面積分だけ、方向が逸れるらしい。

 今までは正面から向かってくる魔法に対して【反射球(リフレクター)】を使っていたから相殺などが可能だったが、側面からだと向きを多少変える程度のものらしい。

 それでもすべてぶつかっていれば間違いなく行動不能になったであろうアリーを救ったことには変わりない。

「気に食わないっ!」

 転移してレシュリーの背後を取った魔王レシュリーは気に食わない背中を蹴っ飛ばし、振り向いたレシュリーの胴体を踏みつけ、【弱火】を宿した魔々充剣で胴体を、

ゆっくりと、まるで鉛筆でまっすぐ引くかのように切っ先を移動してじりじりと切り裂いていく。

「ああああああっ」

 同時に即座に状態異常・火傷になり、焼けつくような痛みがレシュリーを襲っていた。

 弄ぶような攻撃をアリーが突進して妨害。

「何やってんのよ」

「ごめん。油断した」

「気に食わないなあ」

 お互いがお互いを助け合う様子に魔王レシュリーは苛立ち、声を掛け合っていたふたりごと蹴とばす。

 ふたりのそんな姿こそ自分とアリーにあり得るはずの光景だった。

 レシュリーにあって、魔王レシュリーにない。それではまるで自分の冒険が間違っていた、と言われているようなもの。

 何度か蹴とばしていると、レシュリーがアリーをかばっていることに気づいて余計に苛立った。

 今の魔王レシュリーは明らかに情緒不安定になっていた。

 絶対的に圧倒できる力を持っていてこの戦いに勝てば、理想が叶うというのに、目の前にある理想が気に食わなくて仕方がなかった。

「もういい。もういいよ」

 弱っているわけでもないのにふらふらとした足取りで、魔王はゆっくりと玉座へと戻る。 

「まだ、絶望を与えてあげるよ」

 玉座の前に魔々充剣を突き刺すと、レシュリーたちが警戒していた床の模様――その溝に光が満ちていき、輝き始める。

 理想を見せつけられた魔王レシュリーは圧倒的に叩き潰すため、秘策の魔法陣を発動した。

 その魔法陣からは人あるいは異形が次々と召喚されて始めていた。

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