超蝶
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「それはこっちも聞きたい」
玉座に座る魔王レシュリーがそう呟く。
もう今までのいらつきはなかった。どんどん結界が突破され、二日目の夜の計画も破綻した時点で、すでにこうなることは分かっていた。
魔王レシュリーが、レシュリー<1st>として魔王の城砦に訪れたときも、そこには誰もいなかった。
だから試練を模した結界を作ったときも、何も期待していなかった。
そこに玉座が現れ、誰かが現れたとき少し期待したが、その誰かは近づくと消えてしまう。
伽藍の魔王と名付けるだけ名付けて、あれが誰なのか、魔王レシュリーですら分かっていなかった。
だから、原点草原レベル9と10の境にある結界には結界伸展を使用していない。
その代わり、黒騎士キングがいた結界に【季為転変】と【終幕再演】というふたつの結界伸展を使用したのが、それもレシュリー<10th>には伝える必要はないだろう。
原点草原レベル10に入ってくるふたりの侵入者と偵察用円形飛翔機の姿が宙に映し出される。
伽藍の魔王とは戦闘にはならないが結界に入った冒険者は次の原点草原に行くことができないという制約は適応される。
そのため最適解は冒険者ひとりで入るが実は答えだが、ここにきてそんな肩透かしのようなことが起きるとはさすがに想像できないだろう。
原点草原レベル9と同様、原点草原レベル10にも魔物はいないように設定している。原点草原レベル10はただ広い草原に魔王の城砦のような城が建築されている。
そこが目的地だろうと察したレシュリー<10th>とアリー<10th>が城内へと入る。
偵察用円形飛翔機も一緒だ。撮影されるのはうっとうしいが、レシュリー<10th>の敗北が映し出されるのは好都合だった。
目の前の扉が開き、王の間へとやってきたふたりが姿を見せると玉座に座っていた魔王レシュリーは立ち上がった。
「さあ、最後の戦いを始めよう」
主人公である魔王レシュリーは戦いを宣言した。ここにきて語り合う必要もなかった。
魔々充剣アリテイシアを左手に持ったまま、右手で投球。
魔王レシュリーの【剛速球】がレシュリーへと放たれた。
その球を超反応でアリーが【硬化】した魔充剣レヴェンティで防ぐ。
「随分な挨拶ね」
「でもその程度なら僕のほうが速い」
意趣返しとして【超速球】をレシュリーが放つと、目にもとまらぬ速さのそれを魔々充剣アリテイシアが斬ってみせる。
「負けを認めるなら今のうちだ」
魔王レシュリーもそんなことをするはずないと分かっていながらも挑発する。
「負けないよ」
「そうそう。それにそっちはひとり、こっちはふたりよ。人数的にも不利だし。あんたは私に攻撃できないんじゃないの?」
そう言ってアリーはレシュリーを守るように魔王レシュリーに立ちはだかる。
「殺さなければいいだけだ。それにそっちのお前の特典は〔最後に残ったものは〕だろ」
「そうだけどそれがどうした?」
「僕が破棄した特典だ。そんな役に立たないものに夢も希望もない」
「役立たず、ね。どうなんだろう。僕も最初はそうだったし」
落第者と呼ばれていたのは、どちらのレシュリーも同じはず。けれどそのどちらともが道程と次元は違えどランク10に至っている。
そう考えれば〔最後に残ったものは〕を役に立たないと断じることは魔王レシュリーとは違い、レシュリーにはできなかった。
「だったら、負けて絶望しろよ」
魔王レシュリーが吐き捨てた。
魔王レシュリーもレシュリーも適温維持魔法付与外套を愛用している。
その容姿もそっくりで、傍から見るとどちらがどちらか判断が付きにくい。
だが魔王レシュリーは魔々充剣アリテイシアを持ち、そして魔々充剣を【収納】したくないのか、腰に鞘を差していた。
ただそれより何より表情が違う。
魔王レシュリーに笑顔はなく、会うたびに怒りの表情だった。
そんな魔王レシュリーの周囲から王の間全体へと青い蝶が飛び立つ。翅から散る青い鱗粉が妙に神秘的だった。
アリーが魔充剣レヴェンティで切り裂き、レシュリーが【火炎球】で燃やそうとするが、その青い蝶自体は実体を持たないのかすり抜ける。
それどころか、青い蝶も鱗粉もアリーやレシュリーに当たっても何の効果も及ぼしていないようだった。
とはいえ、何かが起こらないわけがない。
十分に警戒して、アリーが魔充剣から魔法剣を解放。
「轟き貫け! レヴェンティ!」
解放された【突神雷】が魔王レシュリーへと向かって放たれる。
「轟き貫け! アリテイシア!」
魔王レシュリーもアリーを模倣して魔々充剣から魔法剣【突神雷】を解放。
アリーとひとつ違うのは魔王レシュリーが持っているのは魔剣たる魔々充剣。
魔充剣が解放できる魔法がひとつなのは、どちらも同じ。ただし魔々充剣は解放した魔法が三重となって襲い掛かる。
つまりどう考えても魔々充剣のほうが威力は上。
何かを察してアリーが回避。
相殺できなかった分の【突神雷】を回避してさらに前進。
「あんたも人間なら通用するでしょ」
最接近したアリーが放つのは自身の固有技能、【三剣刎慄】。
両手の剣と後方に飛んだ自動追尾する剣、三つの剣を用いた首を切断する一撃必殺。
レシュリーが【蜘蛛巣球】で魔王レシュリーの右手と左足を拘束する。
その姿に違和感。なぜかわざと避けなかったように感じた。
魔王レシュリーの首に魔充剣レヴェンティが近づいた瞬間、まるで斥力のように剣が反対側へと引っ張られる。
それでも力づくで首へと近づけると、首と県との間に自動的に防御壁が展開されていく。
「お返しだ」
そう告げると、魔王レシュリーに接着していた【蜘蛛巣球】がレシュリーの右手と左足を拘束していた。
「なんで?」
「この城自体が結界とは考えなかった?」
魔王レシュリーが呆れながら言った。
「結界伸展【保全措置】。ここには僕に影響する悪影響を緩和する五つの仕組みがある」
「そんなことを教えてくれるなんて余裕のつもり?」
アリーが饒舌な魔王レシュリーに言い返すと
「うん。そうだよ。ここに来た時点でお前たちふたりの負けは確定。僕もバカだった。最初からお前たちふたりだけをここに呼んで勝負すればよかったんだ。きっとお前たちは原点草原の結界のどこかで躓くだろうなんて、そんな根拠もない予測なんて立てなければよかったよ。見ててむしろイライラしたんだ、お前たちが順調に進むんだから」
計画が狂いまくった負け惜しみをここぞとばかりに告げて魔王レシュリーは自身の強さと結界の強固さに酔いしれる。
「ついでに見せてやるよ。僕が特典〔最後に残ったものは〕を破棄して、手に入れた力を」
そう言って魔王レシュリーは魔々充剣アリテイシアで空を斬る。
それはアリー、レシュリーどちらともを狙ったものではなかった。ただの空振り。
けれど魔々充剣の空振りが起こした風に偶然か必然か、青色の蝶々のはばたきが連動する。
それだけで強靭な爪で引き裂かれたようにアリーの防具を引き裂き、その下の肌に抉り傷をつける。
「結構、強い効果が出たな。これが僕の周回突入特典〔超蝶現象〕」
それでも勝てる? と言わんばかりの表情で魔王レシュリーはレシュリーを睨みつけた。




