伽藍
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「ええい、まだつかんのか!」
原点回帰の島へと向かう船は冒険者でごった返していた。
イエスエーサの労力によって様々な依頼を大陸各地で発生させることで、冒険者を分散させ数は減ったものの、やはりレシュリーたちがいる原点草原で活躍したい、と思う冒険者はまだ多くいるのが現状だった。
夜の活動で寝坊したアエイウ・エオアオもそのひとりだ。
もっとも彼はレシュリーたちのために戦うのではなく、レシュリーたちがこれ以上目立つが気に食わないから、という理由で原点回帰の島に戻っていた。
アエイウの傍にはエミリーがいるがミキヨシは留守番だった。
「騒ぐなら降ろすぞ。着いたとしても昼前だよ! 船は速くならない」
船員を問いただすとそんな答えが返ってきて
「ええい!」
アエイウは気に食わずにエミリーにやつあたりしてしまう。
船内でもレシュリーたちの戦いの映像が映し出されておりちら見したアエイウは「ふんっ!」と鼻息荒げて再度やつあたりを繰り返した。
***
「もう傷は大丈夫?」
翌朝、目覚めたデデビビはレシュリーの問いかけにこくりと頷く。
治療されたまま寝てしまったのか寝台の上にいた。
その寝台の近くの椅子では夜通し治療を行っていたユリエステの寝姿があった。一番の功労者だろう。
ソハヤも夜遅くまでは治療用の薬を作っていたが眠気に負けて寝てしまったため、朝の今は元気にはしゃいでいる。
レシュリーとデビ、そして寝ているユリエステを除いた冒険者――夜通し戦っていた冒険者も含め、今はレストアが持ってきたクルシェーダの朝食に舌鼓を打っている。
結局、ユリエステが治療のために原点草原レベル6に戻るタイミングでジジガバッドとコーエンハイムも帰還しており、それに伴ってレベル6が最終拠点に設定された。
「おい、勝手に食うんじゃねぇ」
「残しテおいたお前が悪イ」
ジジガバッドとディエゴの消費量が半端なく、食い意地を張るようにせめぎ合って料理を奪い合っている。
「落ち着いて食べろ」
トワイライトが呆れて諭すがふたりは止まらない。
「よっぽど気に入っているようでするな」
まるでバケツリレーのように、原点草原をレベルごとに冒険者たちが繋ぎレストアを経由して料理が原点草原レベル6に運ばれてくる。
実はその量にクルシェーダだけでは限界が来て原点草原ランク0には宿屋の主人アビルアが手伝いに来ているのをレシュリーたちは知らない。
さらにジネーゼを含め、大量の冒険者たちがクルシェーダに指定された魔物を狩りまくっていることも。
そうやって前線へと物資が到達していく。
「で、これからのことは打ち合せ通りでいいんだよなぁ?」
ようやく食事の場に現れたレシュリーにディエゴは話しかける。
よそ見をしていても自分が食べようとしていた料理をジジガバッドが箸で奪おうとしたのを見逃さず、阻止しながら話を続ける。
「うん。よろしくお願い」
打ち合せはデビの治療中に行われていた。
内容としては原点草原レベル7はジジガバッドとディエゴ、トワイライト、シャアナ、サスガを前衛にして安全を確保。レベル7へはジジガバッドとシャアナが残り、続く原点草原レベル8はディエゴ、トワイライト、サスガで安全を確保。レストア、ディレイソルはレベル7とレベル8の補佐に回ることになった。
だからこそディエゴもジジガバッドもこれでもかと朝食を胃袋に溜めこんでいる。
「あんたたちもご飯食べなさいよ」
空いた席にレシュリーとデビが座ると アリーが確保していた朝食をふたりの前に広げる。
「さすがにこのふたりも、あんたたちの分には手つけてないから」
「うるせぇ」「うるさイ」
遠慮があったことにアリーが苦笑すると、レシュリーとデビも自然と笑みが零れた。
「おいしい。何の肉だろ」
デビが思わず呟くと
「聞かないほうがいいかも」
クレインがそう呟く。どことなく笑顔なのはデビが回復して元気そうだからだろう。
クレインの呟きだけでなんとなくデビは察しがついて謎の肉として食べることにした。美味しければいいのだ。
知っている魔物の名前だと想像してしまって美味しくなくなるかもしれない。いや、知ってもなお美味しければ気にしないのかもしれないが。
それでも美味しいものを美味しく食べるために、クレインは配慮してくれたのだ。
デデビビがその謎肉料理を堪能し終えて数分後、準備を整えた一行は原点草原レベル9に向かった。
***
原点草原レベル8の境で、ディエゴ、トワイライト、サスガと分かれたレシュリーたちが原点草原レベル9に足を踏み込んだ瞬間、夜空にいるような感覚に襲われた。
一面が夜空と同じ深い紺色。朝なのに空も暗く大地と空の境さえも分からないような感覚に襲われた。
風が吹くと地面が揺れ、紺色の草が揺れて、夜空色の草が生えているのだと認識できた。
ところどころに赤、青、黄色の光が輝き、流れ星のように動く光のような何かがあった。
「ひとまず拙者が偵察に行くでござる」
「気をつけて」
コジロウの速さであれば、魔物からは逃げきれるだろうがどんな魔物が潜んでいるか分からなかった。
もし、この原点草原レベル9に数人でなければ手に負えないような魔物が棲息していたら、同行しているソハヤとジョバンニ、バルバトスは原点草原レベル8の待機の予定だった。さすがに非戦闘員を護衛しながら、は難しいという判断だった。
「敵はいないようでござる」
数十分ののち、無傷で帰還したコジロウがそう告げる。コジロウの偵察中、レシュリーたちの前にも魔物は姿を見せなかった。
「あの光の正体は?」
「拙者が言うより、見たほうが良いでござる」
言われて全員がゆっくりと一番近い光点へと移動する。
「あ、蛍か」
コジロウが言わなかったのは、何も知らずに正体を見たほうが感動するからだろう。
流れ星のように移動する光も、赤、青、黄色の光も、全ては蛍だった。そしてその三色だけに見えた蛍の光も、よくよく見れば赤なら赤で若干色味が異なっていた。もしかしたら同じ光は存在しないのかもしれない。白だって二百種類はあるらしいから。
「幻想的ね……」
「次の結界はこっちでござる」
「偵察にしては時間がかかってたから心配してたのよ」
「それはすまぬでござる」
会話はそれぐらいでコジロウの道案内の道中、誰もが無言になった。幻想的な雰囲気がそうさせるのではなく、極度の緊張感がそうさせた。ソハヤですら採集したげな顔を何度か見せたものの何も言わずに全員についていくほどだった。
「ここでござる」
結界の外からは、後ろ向きの玉座が見えた。
「誰が座っているのか、わからないわね」
「魔王の城砦でしたっけ? 誰もいなかったんですよね?」
アルがレシュリーに確かめる。今までの道中での緊張感からか額から汗がたれた。
「うん。だから僕たちにも、ここに何がいるか分からない。だから……」
「相当危険ってことですね?」
リアンが言う。
「デビはここで待っていてもいいんだよ。正直、【降参】を使ってくれただけで大活躍なんだから」
「でもそれじゃあ治療してもらった意味が……援護でもなんでもやりますよ」
札術士の札術技能はある意味、無詠唱魔法に近い。シャアナやディエゴのような超級冒険者ほどではないにしろ、連射で放てるうえに蓄積もでき、使い分けできるため相当援護としては役に立つだろう。
語尾が震えているのはどこか恐怖もあるのかもしれない。それでもその覚悟は見て取れた。
「まあ拙者もいるでござる。安心するでござるよ」
コジロウが落ち着いた声でデビにそう告げると幾分デビも落ち着く。
コジロウにアル、リアン、デビ。正体不明の敵に挑むにあたってはバランスの取れたパーティにも見える。
ジョバンニとバルバトスによる全員の武器のメンテナンスが終わり、ソハヤが調合した薬を渡す。
「これが終わったら、採集を手伝うでござるよ」
そう告げるとソハヤが嬉しそうに笑う。
「さて、それでは行くでござるよ」
コジロウとアルが結界に入り、少し遅れてリアン、デビが入る。自然と前衛後衛に分かれていた。
全員を武器を取り出し、そこから伝わってくる圧倒的な威圧感を感じ取る。
しばらくするとギギッと後ろ向きの玉座がコジロウたちのほうに回りだす。
玉座には誰かが座っていた。下を向き、髪が邪魔で顔は見えない。その誰かは両手のどちらともにも武器は何も持っておらず、ただ、ボロボロの適温維持魔法付与外套を着ているのは見て取れた。
そしてその誰かは、顔を上げることもせず、玉座が回り終わった刹那、
――ふさっ、
砂となって崩れ落ち、風もないのにどこかへと消える。
玉座にはボロボロの適温維持魔法付与外套が残ったが、それも数秒もせずに消え去った。
「えっ?」
誰もが罠を疑った。
けれど、直後、結界すらも消滅した。
「ええっ?」
まさかの不戦勝だった。
「いったい、なんだったんだ?」




