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tenth  作者: 大友 鎬
最終章 異世界転生させない物語
875/881

変遷

***


「ぶあっくしゅん」

 思わずくしゃみをしたディエゴの手元が狂う。

 枯れ草、朽ち木や落ち葉ばかりの原点草原レベル8は気温も湿度も快適で、一言でいえば過ごしやすい気候だった。

 けれど、何がトリガーだったのかは不明だが、その装いは一変。

 瞬きするぐらいの感覚で枯れ草があった場所には雪が積もり、道だった場所には氷が張っている。

 さらに快適だった気候も一瞬で氷点下へと移行していた。

 冬だった。

 その温度差にディエゴは慌てて防寒着を着込む。

 獄災四季(カラミティカラーズ)との戦闘以降、防寒着などの【収納】を意識する冒険者が増えたことが功を奏した。

 この戦い前までそういった類のものを【収納】していなかったディエゴだが、事前準備の段階で、念のためとして全員が持たされていた。

 寒さは想像以上に体力を奪い、精神を摩耗する。

 季節が変わるかもしれない――黒騎士が出現した時点でそう推測していたが、その想像通りだった。

 けれどその変わりようはゆっくりとではなく一瞬。それは想定外。

「ううっ、寒いっ!」

 普段から燃えるような体温を持ち、特典の影響なのか、体温の上昇が早いシャアナが我慢しきれず叫ぶ。

 体温の関係で一番薄着だった彼女の魔法詠唱が中断。

 極寒は体力や精神だけでなく集中力さえも奪ってしまっていた。

「ごめん。やり直す」

「短いのでいい」

 ディエゴが叫ぶ。

「ディレイソルっ! しっかりしろ!」

「すみません(?)寒いのは、ちょっと(?)」

 相変わらずの疑問形だが明らかにディレイソルの動きも鈍い。ディレイソルの住処はガーデット旧火山の付近だ。

 そのあたりは気温が高いため、日常的に暑さに強く寒さに弱くなっている。

 空中庭園に初めて行った冒険者は四季を風情というが、突然切り替わる四季はもはや災害としか思えないぐらい冒険者たちを振り回す。

 雪原なら雪原に、火山なら火山に冒険に行くときはそれ相応の服装を準備していく。

 そして四季も緩やかに切り替わるなら、徐々に切り替えていけばいい。

 けれど突然切り替わる四季にはそれが通用しない。

 急いで防寒具を来たところで一度奪われた体温はなかなか戻ってこない。

 ディレイソルの再起は冬の四季では難しく、シャアナも予想外に詠唱に時間がかかっている。

「すまない。私もだ」

 トワイライトも〈変装呪〉によって防具が固定されている。肌の露出が多いトワイライトもさすがに極寒は耐えきれない。

「ちっ。レストア。一旦退避だ」

「扉埋まってますっ!」

 冬はそれほどに冒険者を苦しめる。レストアが設置した位置の雪を払いのけようとするが、氷も張っていて、手袋のない手ではなかなか開こうとしない。

 ただ一方で黒騎士キングの歩みも遅い。寒さは感じてはないだろうが、脇や膝などの長裾が凍りつき動きが鈍っていた。

「何がしてえんだ」

 ディエゴが毒づく。四季の変貌は味方も敵も巻き込んで、戦いを戦いではなくしている。

「ちっ!」

 そう考えて気づく。

「――露骨すぎるだろォ」

 もちろん最初の結界から今まで、各草原の境に結界を張りまくっている時点で時間稼ぎが目的だ。

 それでも敵を関係なしというのは、あからさまに露骨すぎる。

「どうするでするか」

「季節が変わるまでふたりで粘るしかねぇだろ」

「ねえ。〔休憩室(レストルーム)〕を見つけるためにシャアナの魔法を使ってもいい?」

「好きにしろっ!」

 雪の中でもある程度動けるディエゴとサスガが黒騎士キングが向かってくるのを待ち構える。

 動きは鈍いが油断はできない。突然、季節が変わればキングが動き出すこともなる。

「ディレイソルは今は戦わなくていい。下がってろっ」

 ディエゴが言い放つとその後ろでシャアナの【炎轟車(パーガトリミル)】が爆走。

 雪を炎の轍が溶かし、扉を見つける。シャアナとレストア、トワイライトが扉に入っていくのをよそにディレイソルは後退。

 それを見届けて、ディエゴはサスガとともに前進。

 魔法詠唱は控え接近戦に切り替える。

 ディエゴの義手は自身の魔力によって動かすことも可能のため、凍りついたとしてもその動きがほぼ鈍ることはない。

 握りしめた黒金石の樹杖〔低く唸るジーガゼーゼ〕を高く振り上げ、近づいてきた黒騎士キングに【直襲撃々(ディレクト・ヒット)】を叩き込む。

 避けることもしないがキングの鎧を壊せもしない。

 打ちつける音が響いた。

 もっとわくわくするような戦いがしたかった。

 キングは仇ではあったがそれほど強敵だった。今目の前にいるのはキングの形をしたゾンビに近い。キングとはかけ離れた姿、動きに、結界に入る前にあった高揚感が薄れているのを自覚していた。

 サスガもディエゴもキングも下半身は雪に埋もれている。

 炎属性魔法で足場を広げればもっと動きやすいはずだが、寒さによって思考能力は奪われ、なにより元々の高揚感が薄れてしまっている。

 そんな単純なことさえもまるで思いつかないかのように、ディエゴとサスガは黒騎士キングへと攻撃を叩き込み、そしてそんな黒騎士キングは唸りながらも攻撃するが、自身も寒さで動きが鈍り、避けるのすら容易い。

 四季が変わるまで粘るという目標は容易に達成できそうだが、それまでは時間を稼がれるという状況が露骨すぎてディエゴはさすがに苛立っていた。

 そんな折――四季が移り変わる。

 冬の次は……

「春かっ!」

 雪が解けていく様子と黒騎士キングに気をつけながらその変移を見守る。

 急激に気温が上がっていき、防寒具のなかが汗だくになっていくのが変わる。

「くそ、夏かっ!」

 春夏秋冬という順番を守ってくれないのは当然だろう。想像もついたが極寒のあとに酷暑というのは相当にきついものがある。

 気温の移り変わりが何より厳しいのだ。急いで防寒具を脱ぎ捨てて【収納】するのさえ忘れる。

 黒騎士キングの姿は眼前。冬よりは速度が上がるだろうと予想して――

「――――――――――――――――っ!」

 一気に後退する。見ればサスガも同様だった。

 それどころか二人して扉を探し、〔休憩室(レストルーム)〕へと飛び込んだ。


 ***


「冬は終わったのか」

 〔休憩室(レストルーム)〕に飛び込んだ二人にトワイライトが尋ねる。

「……ああ」

「じゃあ見計らって全員で行くか?」

「いや、少し待ったほうが良いでするな」

 少し鼻を触りながらサスガが告げる。

「同意見だ」

 ディエゴも同意する。

「何があった?」

「今の季節は夏。そしてキングはゾンビ。わかるだろ?」

「なるほど――それはきついな」

「けどディレイソルひとりにしてていいの?」

「あ……」

 ディエゴが呆けた声を出す。

 ただディレイソルのことを忘れてしまうほどまでに我慢できなかったのだ。

 ディエゴたちはランク8ではないので超感覚(エクストラセンス)は持たない。

 けれどランクを上げるにつれて、五感はどんどん鋭くなっている。

 だから歴戦の冒険者とはいえ、夏の暑さで増大した黒騎士キングから漂う特大の腐臭は耐えきれなかった。

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