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tenth  作者: 大友 鎬
最終章 異世界転生させない物語
872/873

尽食

 ***


「でっけえなあ」

 結界に入る前、コーエンハイムは、結界内にいるボスの姿に思わず声を出す。

「聞き及んでいたが初めて見た」

 ジジガバッドもランク7のためグレムリンマザーズを見るのは初めてだった。

「情報によれば、グレムリンマザーズは卵を無数に排出。そこからグレムリンを生み出す」

「だからこの数なんだろうよ」

 結界内には数えきれないほどのグレムリンが生まれている。

「しかも地中にもう一体潜み、本体討伐後には爆発する」

「うへぇ」

 げんなりしたような声を出すがジジガバッドは笑っていた。

「グレムリンの特徴はそれだけじゃないだろウ。機械を壊すのは大ノ得意。機杖(クォーツスタッフ)だったら壊されるゾ」

 ユリエステの癒術用の杖はともかく、魔法用の杖が昨今の流行によって機杖(クォーツスタッフ)に切り替わっていた場合、魔法使用が不可能になる。

 今回は戦闘に参加してもらうつもりはジジガバッドの計画にはなかったが、万が一もあり得る。

「とりあえず、グレムリンは殲滅すル。というかできル」

「では私は何をすればいいのです? てっきり魔法で殲滅すると思っていましたわよ」

「あー、そウいうのはイイ。ただ癒術でこっちを守ってくれさえすれバ。絶えず切らさズとは言わなイ。できる範囲で守ってくレ」

「こっちはどうすればいいんだなあ?」

「あんたは、盾だナ。死なないように守っテやれ」

「雑だなあ」

 まあその役目のほうが楽だ、とコーエンハイムは笑ってみせる。

「じゃあ入るゼ」

 その掛け声で三人は結界内へと入る。

 グレムリンたちはこっちを見てにやけていた。

 ネズミと悪魔が交配したような姿のグレムリンは尖った耳にネズミのひげ、ネズミの耳、全身は緑で背中にだけ毛が生えている。二足歩行も可能で軽快に跳躍して手を叩く姿はおちょっくっているとしか思えない。

 それが本来のグレムリンだが、この結界内のグレムリンはただのグレムリンではなかった。

 四肢のどこか、あるいは牙、あるいは尻尾。おそらく自分の長所となりえる部分が肥大化していた。

「おい……」

 気づいたコーエンハイムが声を出す。

「グレムリンだけ、じゃないですわよ」

 続けてユリエステも気づく。

「あア、どうやら……ここのグレムリンマザーズが……産めるのはグレムリンの卵だけじゃないようダ」

ゴブリンにオーグル、オレイアド、ドライアド、ネレイド、レプラコーン、ドモヴォーイ、キジムナー、ノッカー、ザントマン、コボルト、ワームやクラーケンも小型だが存在している。

 異端の島の凄惨大地テラ・オブ・ビギニングスを思い出す。

 あそこでは装置に入れられた冒険者を糧として、魔物が生まれ続けていた。

 込み上げてきた吐き気を飲みこむ。

 まるで魔胎。全ての魔物が生まれる、魔胎だった。

 魔胎のグレムリンマザーとジジガバッドは便宜上名付けた。

 魔胎のグレムリンマザーズとしなかったのは地中にもう一体いるような気配を感じなかったからだが、いたならいたで付け直せばいい。

 あくまで便宜上、なのだ。

 その魔胎のグレムリンマザーは腹が膨れ上がり、その腹には紫色の口が無数に蠢いていた。

 体には空中庭園にいる魔物、百目鬼のように無数の目がギョロギョロと動いていた。

 もはや何なのか分からない。繭と言ってもいいのかもしれないが繭のように糸で巻かれたような姿でもなく、はるか頭上に申し訳ない程度に本来の顔のようなものがコブのように生えていた。

「大丈夫なんですか?」

 ユリエステが尋ねる。

「計画ニ狂いはなイ」

「ではすぐに癒術を展開しまス」

「焦らずでいイ」

 そう言ってジジガバッドが前へと歩く。

 魔物たちはジジガバッドの異様さを警戒しているのか、攻撃を仕掛けたところを狙っているのか、距離を取りながら様子を窺っていた。

 途端にジジガバッドが怪獣化する。

 その魔物の姿になる前はいつも思い出す。

 その魔物とは異端の島で出会った。

 たった一匹しかいないと言われる希少種。

 異端の島の鮮血激流パーペチュアル・ストライスの河口で、有象無象の魔物の食い散らかし、食べたと思われる骨の山の上でなおも魔物を食べていた。

 おそらく名もないであろう、その魔物にクウ(喰魔獣)とジジガバッドは名付けた。

 そしてそのクウと三日三晩の激闘ののち、ジジガバッドは勝利し怪獣化技能によって、怪獣化する手段を得た。

 もっともその決着はクウの空腹による弱体化だったためジジガバッドはその戦いを勝利とみなしてはいない。

 ともかく、その希少種クウにジジガバッドは変身していた。

 クウはほぼ猪のような四足獣の姿をしているが、口だけが異様に大きい。口には牙も歯もなく、覗き込めば黒より黒い口腔が広がっているだけだった。

 なのに、最初に襲いかかってきた腕が肥大したグレムリンの三分の一をかみ砕いた。そしてそれを二口、三口。

 完全に食べた。

 襲うという本能的に植え付けられた衝動だけを持った生まれたての魔物たちに初めて恐怖が植え付けられた瞬間だった。

 けれど本能のままに、グレムリンマザーの子どもたちは立ち向かうしかなかった。

 食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。食われた。

 それでも立ち向かっていく。

 ユリエステはジジガバッドに言われた通り、自分のペースを乱さず【硬絶壁(ルフトシュッツケラー)】を詠唱。続けて【魔絶壁(シアクリフ)】を詠唱したが、その頃にはもうすでに半分以上の魔物が、クウに食い散らかされていた。

「あの……これ意味ないのですわよ」

「それはこっちの台詞なんだなあ」

 魔物たちはクウに食われ続けたことで意固地になっているのか、ユリエステやコーエンハイムが標的になることもなかった。もちろんその行く手をジジガバッドが阻んでいるというのものあるが普通は何匹かがすり抜けるものだが、それもない。

 それでもユリエステは魔物の種類を見極め、【異常無効(アブインバリッド)】を展開。

 魔胎のグレムリンマザーも危機を察しているのか産む魔物の種類を変え、状態異常を多く使う魔物を産みだしてきている。搦め手というやつだ。

 だからこそ臨機応変にジジガバッドが戦いやすいようにユリエステは癒術を切り替えていく。


***


「いよいよ大変だな」

 クルシェーダが、届いた映像を見ながら呟く。

 原点草原レベル0は魔物が襲ってくることもない。

 だから安全。とはいえ、冒険者たちや苦情から戻ってきた商人たちが留まる理由はないはずだった。

 それでも冒険者たちは留まり続けた。そのため、野営地の天幕の数は当初からは数えきれないほど増えていた。

 原因はクルシェーダだった。

 クルシェーダの作る料理は豪快で大胆だが、美味すぎた!

 しかクルシェーダの料理人としての資質がその人数を捌けるほど卓越していた。

 さらにいえばその料理が無料で振舞われているというのも原因だろう。

「だから言ったじゃん。せめてお金は取らないと客は減らないじゃんよ」

 なぜか配膳係として手伝わされているジネーゼはそう訴えるが

「いやそこじゃない。大変なのはジジガバッドだ」

「ジジガバッドがどうしたじゃんよ。余裕そうに見えるじゃん」

「クウに怪獣化したのだ。戦闘面ではいよいよ心配ない」

「クウ?」

「クウはジジガバッドが命名した異端の島にいた希少種の名前だ」

「でそれがどうしたじゃん?」

「いよいよあれに怪獣化すると、解除した後が大変になる」

「セヴテンの特典みたいに?」

「あれはまだましだ」

「けど、ジジガバッドって特典のお陰で一生、変身したままでいられるじゃん。解除後が大変なら解除しない手もあるじゃんか?」

「いよいよ異端の島にいた頃ならともかく、今は人間の姿に戻るだろうな」

「でもそれだと大変なことになるんじゃんよ?」

「ああ、いよいよ大変なことになる」

「具体的にはどう大変になるじゃん?」

「いよいよジジガバッドが言うにはな……」

「言うには?」


「めっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ腹が減る」


「ん?」


「めっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ腹が減るんだ」


「それだけ?」

「いや、大変なことだろう。いよいよ一番の強敵は空腹だ」

「それはそうじゃん。でも……大変の方向が想像と違ったじゃん」

「そうか。まあそれはともかく、ならいよいよその腹を満たせてやる必要がある。ジジガバッドがクウのことをジブンに喋ったのはいよいよ怪獣化解除したときに腹いっぱい食わせろという伝言だろう」

「絶対違う場じゃん」

 ジネーゼの言葉は聞かず、クルシェーダは続ける。

「ということで、いよいよ材料を集めてきてくれ。調理場が戦場になるぞ」

 そう言ってクルシェーダの手さばきが加速する。

「もうとっくに戦場じゃんよ」

 と言いつつも配膳係よりは楽になったとみるべきだろう。

「ここからは自己配膳(セルフサービス)でお願いするじゃん」

 ジネーゼはそう言って姿を消した。

「いよいよ作った料理は各境界に冒険者を配置して配達させてほしい」

 天幕に残っている集配員にクルシェーダはそう言付する。

 集配員はその手捌きに圧倒されて見惚れていたがすぐに我に返って連絡を行った。


***


 生まれて食われて生まれて食われて食われて食われて生まれて食われて食われて食われて生まれて食われて食われて食われて生まれて食われて食われて食われて生まれて食われて食われて食われて生まれて食われて食われて食われて。

 魔胎のグレムリンマザーよりも早く、ジジガバッドの速さが勝る。

 そしてジジガバッドは一時間も経たぬうちに周囲の魔物を食い尽くし、魔胎のグレムリンマザーに到達する。

 骨は消化できないのかすぐに排出され、それ以外は全て必要なのか糞は一切なかった。周囲には排出された骨の残骸が山になっていた。

 そうして、クウとなったジジガバッドをひと齧り、

「ぎゃっぎゃっぎゃああああああああ!」

 それだけで悲鳴。ひと齧りで、腹のほとんどを食い尽くしていた。そして二口、三口で魔胎のグレムリンマザーは息絶え、四口で完全に食い尽くされた。

 魔胎のグレムリンマザーの抵抗という抵抗はなかった。いや抵抗できなかった。

 なすがまま食物連鎖の頂点に食い尽くされたとでも言わんばかりの幕切れだった。

 結界が消滅。グレムリンマザーズとは違い、地中にもう一匹が潜んでいることはなかった。

「終わりましたね」

「ああ、ほとんど任せっきりだったなあ」

 ひとりで大丈夫という言葉の意味を痛感させられたが、それでもふたりは目的ではあった一応参加したという大義名分は得られたのだ。不満はひとつもなかった。

 変身を解いたジジガバッドがふたりに駆け寄り、告げる。

「あー、腹減った」

 その言葉に呼応するように遠くからいい匂いが漂ってくる。

 クルシェーダの言付によって手配された冒険者が、ジジガバッドたちに向かってきていた。


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