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tenth  作者: 大友 鎬
最終章 異世界転生させない物語
870/873

悪用

***


「さてどうぞなんだよなあ」

 コーエンハイムがそう促すと、チバルは一礼。

「まずはぁこのような場を作っていただきぃ、ありがた太郎で感謝次郎」

 自分は善人である、と言わんばかりの満面の笑顔がどうにも嘘くさい。それでも、その場にいる全員が黙って聞いていた。

「愚生が伝えたいことはただぁひとつぅ。チハヤが採集したもの、作り出したものをぜひとも共有いただきたい太郎で候」

「別に独占しているつもりもない太郎だけど」

 愚痴を零したソハヤをキッと睨み返してそれでも他の冒険者たちへと見せるのは表面上は笑顔を取り繕って

「愚生の妹が申したことも一理。ただぁ、だとしたらどうして他の商人はいないんですかい?」

「それは彼女にだけ依頼したからなんだよなあ。そもそも採集はおまけみたいなもんだ。もっとも現地できちんと役に立つ薬も作ってくれるから、だれも文句は言ってない」

「それがダぁメ次郎で候。原点草原の奥地は未知のぉ宝庫。現に採集したものを少しぃ拝見花子しまぁしたがどれも良質。その材料で薬を作れば、どんなやぁつでもそれなりぃの薬は作れる太郎」

「でも流通は難しいと思うんだけどなあ。ここに来るのだって、ランク7の冒険者がいないと入れない。護衛だって生半可じゃ無理なんだなあ」

 コーエンハイムが率先してチバルの相手をしている。

 自分が招き入れ、何かを企んでいる以上、コーエンハイムは自らがそうすべきだと思っていた。

「でも現に愚生もソハヤぁも、それに鍛冶屋に癒術院も面々もここに来れていますよねえ? 生半可では無理なのは原点草原レベル6もそう太郎でしょう? でも冒険者たちも苦戦している様子はなかった。それを思えば流通も可能とは思いますがぁ?」

「今は一応、緊急事態で、かなりの戦力が集結しているからこそなんだなあ。それにソハヤの作った道具も役に立っているんだなあ」

「ソハヤの?」

「そう。対魔物用の弱体化の薬を散布している。原点草原レベル6の材料で作ってもらったやつだ」

「いつの間に……」

 レシュリーが思わず零す。ソハヤは採集ばかりしている印象があったが、その一方で採集が終わればきちんと薬を調合して、コーエンハイムやユリエステにきちんと手渡していた。

 やることはやっていたのだ、とソハヤがにんまりと笑顔を見せつける。「ありがとう」と小さく呟く。

「それですよ。それぇ。そういう薬を今はここにいる冒険者が独占し、作り方をソハヤが独占している。そういうのは、よくないの太郎なのです。ソハヤがここに招待されたということでぇ、その懸念が生まれ次郎、そして今的中花子。だからこうして申告に参った次第に候」

 申告というが実質は苦情だった。

 チバルがソハヤにどんな感情を抱いているか分からないが、ソハヤがチバルに嫌悪感を抱いていたのは、ついさっきの会話で理解はできる。

「具体的はじゃあどうしたらいいのかなあ?」

「流通を作っていただくのが最善太郎。ただぁ、それは無理というより今が特別というのは理解した次郎。であればぁ、現状の採集分の半分、いや三分の一とソハヤが作った薬のレシピをお渡ししていただきたい」

「なるほどなあ」

「絶対、いやっ!」

 コーエンハイムがソハヤにどうするか尋ねる前に、ソハヤが即答していた。

「わがままを言うな。今までもこれかぁらも商人たちはレシピを共有し、回復錠剤などぉはきちんとレシピ通りに作られてきぃた。そのルールを破るつもり太郎かぁ?」

「そうじゃない。兄太郎には絶対に渡せない。当然、レシピは然るべきときに共有する」

「だからわがままを……「まあまあ落ち着いて」

 コーエンハイムはソハヤとチバルを宥めて、言葉を続ける。

「それとも、何か急ぐ必要があるのかなあ?」

「……ない太郎だが?」

 少しチバルの言葉が詰まる。

「そっか。ないのか。なら、チバルくんの申告の答えもまだ保留にしておいてもらえると助かるんだけどなあ」

「それはつまり、採集した材料もレシピも今は渡せないと?」

「そうなんだなあ。だから保留だよ。急ぐ理由もないキミの申告は聞いた。答えは今出せないから保留」

「そんなので納得太郎はできない。せめて採集した材料の三分の一でも頂かないとぉ」

「頂かないとどうなるんだろうなあ。急いでないなら、今は保留でもいいと思うんだけど、それがダメっていうことはやっぱり急がないといけない理由があるんだろうなあ。例えば、借金とか」

「……っ」

 その指摘にチバルの言葉が詰まる。

 コーエンハイムは集配社の社長だ。集配社は情報の最先端。チバルのことを調べるのは容易いことだった。

「どうなんだ?」

「そんなことない太郎」

 チバルは笑顔をなくし、代わりに冷や汗が伝っていた。

 コーエンハイムはユリエステから相談を受けていた。

 ユリエステが言うには最近になって癒術院に、薬の被害を治療してほしいという冒険者が続出しているということだった。

 迅疾亭(じんしつてい)印のヤセお薬。

 嘘か誠かそれを飲めば理想の体を手に入れられる、そんな甘言に騙されて購入し、使用した冒険者の聴力や視力が著しく低下していた。

 癒術によって治療は可能だったが、そういう被害を訴える冒険者は途絶えなかった。

 薬の成分を分析したところ、魔物用の脱力薬を過度に増強させたものだった。その脱力によって筋力が低下したことで、体重が落ち、一時的に痩せたように見せかけることが可能だった。聴力や視力が低下したのは瞼や耳の筋力も脱力していたのが原因だった。

 冒険者たちは道具の名前からその製作者が迅疾亭(じんしつてい)騒速(そはや)だと信じて疑わず、効能も本物だと信じて疑わなかった。

 その話を聞いてコーエンハイムはすぐにおかしな点に気づいた。

 そしてソハヤの身辺を調べてのそのからくりに気づく。

 ただ、それをどう解決したものか、と悩んでいたところ、

 レシュリーとアリーが帰還し、この戦いが始まった。

 そしてそこに偶然にもコジロウが手配したソハヤは現れた。

 だからわざとチバルへと情報を流し、苦情を言うように仕向けた。 

 そして苦情を言ってきたチバルをここへと連れてきて、その悪事をばらすつもりだった。

「借金で、手が回らないんじゃないのかなあ。迅疾亭(じんしつてい)印のヤセお薬――あれを作ったのはチバル、お前なんだろう?」

「何を……それを作っているのはソハヤだろう」

「違うんだなあ。兄なのに、ずさんすぎるんだなあ。だから簡単にばれる。ソハヤ・ジンシツテイの作った薬は、迅疾亭(じんしつてい)印ではなく、迅疾亭(じんしつてい)騒速(そはや)印だ」

「……っ」

 今気づいたのか、それともバレないと思ったから道具の命名に手を抜いたのか――そんな杜撰さが薬の被害を招き、そして大量に売れると作った迅疾亭(じんしつてい)印のヤセお薬はその被害のせいで在庫があまりにあまって、借金だけが残った。

 それが今のチバルの状況だった。

「だからレシピも欲しいんだろう。そして返済期限が近いから保留にされるのは困るんだろうなあ」

「兄太郎、最低すぎる次郎」

 ソハヤも初めて知ったのか、憎らしく、けれどもどこか悲しく罵っていた。

「レシピがダメでも材料をくれと譲歩したのも、材料さえもらえれば、効能の高い薬は確かに作れるからまたそれで適当に調剤して、高額で売りつけるつもりだったんだろうなあ。それでまた薬の被害を出すつもりかよ」

 チバルは突然泣き出して語り始めた。

「確かにヤセ薬を作ったのは愚生だぁ。ヤセ薬が欲しいと言ったのはぁ冒険者から太郎。そんな楽して痩せる薬なんてない次郎。なのにないのかあ、と鼻で笑った。だから作ってやった。愚生も迅疾亭(じんしつてい)。だから迅疾亭(じんしつてい)印ってつけたら、迅疾亭(じんしつてい)騒速(そはや)印と勘違いさせたぁのは悪かった花子。けどそんな被害が出たなんてぇ知らない。ただご要望通りヤセ薬を作った。そしてご要望通り痩せた。被害が出るなんてぇ知らなかった。知らなかったんだよぉ」

「はっ」

 コーエンハイムはチバルの長い言い訳口上を一蹴した。

「この期に及んで調べてないとでも思っているのかなあ。ジョバンニに手伝ってもらって、お前が使ってはいけない材料を使っているのは分ってるんだなあ」

「それは……知らなかった、知らなかった太郎」

「どんどん見苦しくなっているんだなあ。ついで言えばこの光景は全国に中継しているんだなあ、きちんと言い訳しないと同情は引けないんだなあ」

 そう言って上空を指す。

 チバルが慌てて空を見上げるとの偵察用円形飛翔機(ドローン)が飛んでいた。悪事をばらして、注意喚起をしようという作戦だった。

 それを知って悪事がごまかせないと気づいて、チバルは腰を抜かす。

「この、バカ兄太郎がぁあああああああああ!」

 そんなチバルに容赦なくソハヤが金蹴りをくらわす。

「おっふ」

 痛みにそんな声を出してチバルは倒れた。

「うーん、これで被害者も許してくれたらいいんだけどなあ」

 痛みを知るからこそコーエンハイムは一件落着とした。

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