罵詈
22
「……持ってないじゃんよ」
僕の問いかけにジネーゼは涙目で答えた。自分に刺さりかけた短剣を見て、諦めたのはそれが理由だろう。
「なんで持ってないんだよ!」
リーネもリーネだ。ジネーゼに毒が回っても【吸毒】すれば済むはずだ。どうしてかばったりしたんだ。
ジネーゼだって、治療できるリーネがこうなったとき、いったいどうするつもりだったのか。
「毒を混ぜるときにいちいちメモなんてしてないじゃん! テキトーに混ぜたら【吸毒】すら意味がない毒が出来たから、そのまま使ってるじゃん!」
癒術に不可能はないはずだけれど、もしかしたら未知のものには対応できないのかもしれなかった。じゃないと説明できない。
「なんだよ、それ! ふざけるな。リーネがどうなってもいいのか」
「いいわけないに決まってるじゃん。でも……ジブンにはもう何もできないじゃん」
その見苦しさに腹が立った。毒の危険性はユグドラ・シィルで十分に知った。だから用意を周到にしていないジネーゼを僕は許せなかった。
「……一発、殴るから」
「何、言ってるじゃん?」
「一応、伝えたからっ!」
僕は放心するジネーゼを殴った。
「何をするじゃん!」
激昂するジネーゼが僕の胸倉を掴む。
「少しは考えてよ! さっきアリーに使いやがった【凝固】で血液を固めて血の巡りを悪くして毒の循環を止めたりとか、もし【息根止】を覚えてるなら、威力を調節して過呼吸のやわらげたりとか……そういうのはジネーゼにしかできない」
「そうやって時間を遅らせてどうするじゃんよ」
「どうするって、助けるよ。助けてみせる」
「そんなことできるはずがないじゃん!」
「勝手に決めつけない。リーネを殺したいのか?」
「そんなわけないじゃん!」
「僕を怒るぐらい救いたい気持ちがあるなら、そんなことできるはずないとか決めつけるなよっ! 少しぐらい足掻いてみせてよ」
同時に今のでジネーゼの気持ちがよく分かった。リーネを救いたいのだ。でも僕に助けを求めるのもなぜか癪に障るから、いちいち突っかかっているのだ。
それでもジネーゼは動き出す。
僕に言われた通り、【凝固】で血流を遅くし、覚えていた【息根止】で過呼吸のリーネを落ち着かせる。
リーネの顔色は悪いままだが、気分が落ち着いたのか苦しんでいる様子はない。でもそれも一時的にだろう。
「場外にでるけどいいよね」
「ここで回復してもいいじゃんか」
「試練はまだ継続しているからね。シュキアやコジロウ、フィスレの行動が不都合を起こす可能性もないとはいえない」
「……そういうことなら、分かったじゃん。リーネは必ず助けろじゃん」
ジネーゼと僕はリーネを持ち上げ、場外に出る。
「審判さん」
僕は審判を呼ぶ。
「今から敵チームを回復するけど場外の攻撃とはみなされないよね?」
「ええ、大丈夫です。敵を害するものと判断できなければ攻撃とは言えません。治療班も呼んでいますが毒の侵蝕具合ではギリギリかもしれません」
「そっか」
治療班が間に合うか間に合わないかは関係ない。安穏と返事する僕を尻目にジネーゼは焦りだす。
「というかじゃん! 誰が回復するじゃん! 治療班は間に合うか分からないって状況だし、【吸毒】だってこの毒には効かないじゃんよ!!」
それを分かってないくせに回復しろと叫んでいたのか……呆れる僕はジネーゼに告げた。
「いや、僕が治療するから」
「どうやってじゃん!」
「いや……こうやって」
僕は作り出した【滅毒球】をジネーゼに見せる。
「それは何じゃん?」
「ユニコーンの角を材料にした新しい球ってとこかな。ユニコーンの角がもつ強力な作用って何か分かるよね?」
「強力な解毒作用じゃんよ」
「ご名答。これなら助かりそうでしょ」
「効き目は保障されてるのじゃん?」
「ボツリヌストキシン、毒素00ってほうがジネーゼには分かりやすいかもしれないけど、そいつを切り裂いたってところだね」
毒素00も毒の塊だけれど【吸毒】の効かない毒だ。もしかしたらそういう類の毒をジネーゼは作りだしたのかもしれない。
「毒素00……? ブラッジーニさんが持っているやつじゃん? でもどうしてそれがお前を襲うのじゃん?」
「詳しくはどっかの情報誌かなんか見てよ。ユグドラ・シィルで起こったことに関係してる」
「分かった。それじゃあ後で調べてみるじゃん」
「さて、長話が過ぎたね。リーネを回復しないと……」
僕が【滅毒球】をリーネに押し込んだ。
【滅毒球】が体に浸透していく。【凝固】によって血とともにせき止められていた毒は【滅毒球】に消されたのか、リーネの顔色が良くなっていく。
「【凝固】を解除して。たぶん、もう大丈夫だ。あと【息根止】もね」
「分かってるじゃん。もう解除してるじゃん」
リーネが目を開け、上半身だけ立ち上がり、見つめる僕と、ジネーゼを交互に見渡す。
そして言った。
「……最悪。金魚のフンに助けられるなんて」
リーネから飛び出た言葉はお礼ではなく悪態だった。愚痴の奔流は、せき止められていた水が溢れたように、続く。
「それもこれもジネーゼのせい。どうしてくれるのよ。死ね、わたしの代わりに死んでしまえ。解毒剤を作ってないなんてどうにかしてるよ。折角格好よく庇ったのに全部台無し。死ねばいいよ。ゲス、カス、人殺し。三回回ってワンという前に溝にはまって死ねばいいよ。金魚のフンがいなかったらわたし、死んでたっつーの。責任取れるの? 旅続けれるの? 続けれないでしょ。ああもう死ねばいい。というか七回死んでさらに死ね」




