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tenth  作者: 大友 鎬
最終章 異世界転生させない物語
869/873

身内


 *** 


「うわぁ」

 原点草原レベル7はさらなる絶景が広がっていた。一面の花園。

「桜みたいで太郎。嬉しいで次郎」

 ソハヤが指さすのはその花園に凛として立つ樹木だった。空中庭園にしか咲いていない桜、に似た木がところどころに生えていた。

 空中庭園と同種ではないにしろ、桜なのだろう。

 その花びらがなぜか宙に舞っている。不思議に思って上を見上げると

 雲もないはずなのに、天空から桜の花びらがゆらゆらと落ちてきていた。

「油断すんなヨ」

 ジジガバッドが警戒して周囲を見合わす。

「分かってる」

 相槌を打つなか、ソハヤが抜け出そうとするをアリーが必死で止めていた。

 殺気は十分に伝わってきていた。

 血の臭いが混じっているのは先行するコジロウが一戦交えたあとだからだろう。

 一面の花園は腰ぐらいまでの高さはあり、魔物が隠れ潜むには十分だった。

 桜に合わせた桃色の花が多いが、白や黄色などさまざまな色で構成されるその花園から飛び出してきたのは、花だった。

 いや違う。

 頭に花を咲かせたフラワードウルフ《花咲魔狼》だった。

「気をつけロ。咲いている花によって状態異常が違うゾ」

「コイツは?」

 全員が虹色――つまり七色の花を咲かせるフラワードウルフだった。

「見たことなイッ! が、爪や牙にはその効果がなく、状態異常が発揮されるのは吐息ダ」

 ジジガバッドが告げた直後、フラワードウルフ《花咲魔狼》が口を大きく開き、異常吐息(アブブレス)を吐く。

「【異常無効(アブインバリッド)】!」

 アリーの手から逃れたソハヤを含め、その場にいる全員の体を気泡のような膜が包む。

 援護癒術階級9の【異常無効(アブインバリッド)】はあらゆる状態異常を一定時間防ぐ。

「ナイス援護ダ」

 ジジガバッドが少し大きめのウェアウルフへと怪獣化して逆にフラワードウルフを切り裂き、噛み殺していく。

 その獰猛さに少し恐れを抱く冒険者もいたが、その獰猛さはフラワードウルフを恐れさせることに成功していた。

「さて、野営ダ。野営ダ」

 その恐れをぼんやりしていると勘違いしてジジガバッドはさっさと準備しなという感じで手を振って周囲の冒険者を追い払った。

 そうしてほぼひとりでフラワードウルフの大軍を捌き切ったジジガバッドは、ゆっくりとユリエステのほうへと歩いていく。

「助かっタ。【異常無効(アブインバリッド)】使ったのはアンタだロ」

「いえ……お礼には及びません。ああいう手合いに対応するのが役目ですから」

「助かるネ。お陰で大胆に行けタ」

「少し動かないでください」

 そういってユリエステはまた癒術を詠唱する。慣れた口ぶりだった。

「【清浄(フローリング)】」

 展開された癒術がジジガバッドについた返り血を洗い流し、フラワードウルフに受けたかすり傷の止血を行われる。

「助かル」

「当然の対応です」

 それだけ言ってユリエステは野営の手伝いへと向かっていく。本来ならそのような処置は癒術会の冒険者に任せるが自分で行ったのには、ジジガバッドの戦う姿に恐れをなしてしまった償いでもあった。

 なんとなくジジガバッドも気づいていた節があるが、それでも何も言わないのがジジガバッドだった。

「やあやあソハヤさんはいるかなあ?」

 ゆっくりと野営にやってきたコーエンハイムが指揮を執るレシュリーに確認を取る。

「あそこですよ」

 近くの桜の樹皮を採取しているソハヤとアリーを指すと「なるほど。採集に夢中なんだなあ」

「何かクレームが?」

 何かを含む言い方を察してレシュリーは言葉を濁すことなく直球で尋ねた。

「採集に夢中に見えて、いつ作っているんだって感じで新薬がどんどん誕生しているんだなあ。それも効能はばつぐん」

 だから、とコーエンハイムは言葉を繋げて

「冒険者からは全くないんだなあ」

 じゃあいいではないか、とならないのが道具の難しいところだろう。

「あー、商人たちから文句が?」

「そうなんだなあ。商人たちにとっては商機であるのに、原点草原レベル7に踏み込んでる商人はソハヤだけ。そしてソハヤだけがそこにある素材で新しい道具を作り出しているんだなあ」

「でも、無限に採取できるわけじゃない。原点草原レベル5ぐらいまでなら大丈夫かもですけど」

「そうはトンヤが卸さないんだなあ」

「トンヤ?」

「何にせよ、特にソハヤの身内からクレームが酷いんだよなあ」

「はあ」

「というわけで、連れてきた」

「はあ?」

「いや直接会って交渉したいというもんだからなあ。こっちとしてはさ、穏便にというか痛い目遭わせて帰らせてくれるとありがたいかなあ」

 コーエンハイムは秘密の会話のように後半は耳打ちして、いそいそと後ろにいる人物を手招きする。

「痛い目って……」

 小さくぼやいたレシュリーに「あ、もちろん精神的にね」と追加注文を出してコーエンハイムはやってきたソハヤの身内の背中を押す。

「どぉも。どぉも。あぁんさぁんがレシュリーさぁん? あ、ソハヤも呼んでくぅれる太ぁ郎?」

 腰を低く挨拶して勝手に手を握って握手をする身内は「ああ、わぁてはソハヤの兄のチバル言いまぁす次ぃ郎」矢継ぎ早に自己紹介して、握った手を離そうともしない。強く振り払うのも失礼のように感じながらも長すぎる握手を少し力を入れて引き剥がす。

「げっ、兄太郎」

 ちょうど採集を終えて意気揚々と野営地に戻ってきたソハヤはチバルの姿を見つけて逃げ出そうとするが、アリーが首根っこを掴んで離さない。

「はは、猫みたいで面白い花子ですねえ、ソハヤぁ」

 大げさに笑うチバルにソハヤは明らかに嫌悪感を出して睨みつける。

「誰太郎! 兄を連れてきた次郎は?」

「はいはい」

 お気楽にコーエンハイムが手を挙げて

「まあまあ聞いてやるんだなあ。クレームがあるんだってさ」

 と言った後、何やらチハヤに耳打ちをすると、にやりとチハヤが笑った。

 頭上には知らぬ間に偵察用円形飛翔機(ドローン)が飛んでいる。

 音は静かだったが、何も障害物がないので見える人には見える位置ではあった。

 それでもチバルには見えない位置で飛んでいること、痛い目に遭わせてやれ、という発言。

 もはやコーエンハイムが何かを企んでいるのは明白だった。

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