執念
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自分の死に際の願いをレシュリーは叶えてくれるだろうか、とヴィヴィはたまに思うことがある。
ヤマタノオロチの戦いで死に際にルルルカが願いを叶えたようにヴィヴィも死に際にレシュリーがいれば何か願いを叶えてくれるのだろうか、などと考える。
けれどそんな妄想に耽るのは大抵が何もないときだ。
本当に死にそうなときはそんなことを考えない。ただ生きることだけを考える。
姉の救出のためキムナルのもとでの生活を強いられていたときも、姉の救出方法を考えるよりも先に生き抜くことを考えていた。
結果的にレシュリーに救われ、現在アリーという恋人がいるにも関わらずレシュリーのことを考えるヴィヴィは、姉のように執着してしまう性格なのだろうか。
それでもレシュリーと一緒に戦った時間はとても短く、姉がキムナルとずっと一緒にいたことを考えるとその執着も姉ほどではないように思える。
けれど、レシュリーが抱く執念、信念のようなものをヴィヴィは固く持ち続けていた。
双魔士にも関わらず魔法の習得も少なく、癒術でさえも癒術会が求める最低限の癒術の使えないのは、その執念のせいでもあった。
けれどその心に抱き続けた執念が、ようやく開花する。
「そんな……」「シュキアが……」
「息してないっぺ」
即死したシュキアの傍でヴィヴィは鉄杖の先端を地面へと叩きつけ、目を閉じてこう唱え始めた。
「王冠からベートを通り智慧へ」
「……!」
癒術の祝詞が聞こえ、全員の視線がヴィヴィへと注がれる。
「――お前さん、まさか使えるのか?」
セヴテンの言葉にヴィヴィは小さく頷く。
「任せた」
そう言ってセヴテンは多頭のデュラハンへと向かっていく。
会話はそれだけで十分。
言われるまでもなくフレアレディとウエイアはヴィヴィの護衛を買って出る。
「智慧からダレットを通り理解へ」
その癒術をランク5で覚えているのはかなり珍しい。ほとんどの癒術士系複合職の冒険者はまずは癒術会が推奨する癒術を覚え、その習得後に余っていた経験値の余白で、副職側の技能を習得していく。
そうやって順当に自身を強化していき、その癒術を覚えるに至るのはだいたいがランク7以降になる。
けれど癒術会に所属していけばランクアップとともにさらに必要とされる癒術は増えていくため、その癒術はどんどん後回しにされる。
なにせ、成功率は低く何より極限状態での時間制限がある。
だからセヴテンたちは驚きを隠せなかった。それこそこの結界での戦いを見ているユリエステにはランク5の冒険者がその癒術を覚えていることが理解できなかった。
成功しなければ責める冒険者でさえいる。リスクだって高い。
何よりその癒術は死にかけの冒険者を救うものではなく、死んだ冒険者を救おうとする癒術だから。
癒術会で多くの冒険者の治療をしなければならないユリエステには覚える優先順位の低い癒術だった。それをランク5で覚えている。それを覚えなければもっと多くの癒術を覚えられただろうに。
一方でレシュリーやアリーには驚きが少なかった。
ヴィヴィがその癒術を覚えているとリアンはそもそも確信していた。
理由は違えど同じ人を憧れた。
リアンだってその癒術を覚えている。
なら覚えないはずがない。
そのリアンの確信通り、ヴィヴィはその癒術を覚えていた。
きっとレシュリーが癒術士なら覚えるだろうから。レシュリーはそういう執念を持っている冒険者だから。
その執念をレシュリーが抱くなら、ヴィヴィが抱くのも当然のこと。
そう考えると姉の執着に近いものをヴィヴィはやはり持っているのかもしれない。
【蘇生】。
ヴィヴィは今まさにその癒術を詠唱していた。
「理解からヘットを通り神力へ」
そこまでは通常の詠唱。
「神力からテットを通り――」
そこからは祝詞よりも先にヴィヴィの口が動き、祝詞が遅れてフレアレディたちに届く。
それはヴィヴィがタブフプから習った腹話術を用いた詠唱だった。
時間制限があるなかで、声が遅れるのはつまり詠唱が遅れるということ。
なぜヴィヴィが腹話術を使い始めたのか理解ができないフレアレディたちであったが、それでも邪魔をしてはいけないという思いが優先され何も聞けずにいた。
「慈悲へ。慈悲からヨッドを通り美へ」
まだ祝詞が遅れて聞こえてくる。
セフィロトの樹へ名前が刻まれる時間を考えると【蘇生】はできて一回。
詠唱も長いため、下手をすれば詠唱がそもそも間に合わない可能性もある。
それを考えると遅れて聞こえてくる祝詞はフレアレディとウイエアに不安を与える。
それは結界外で見ている冒険者も同じだろう。ヴィヴィを知る者以外は。
多くの者が不安に駆られるなか、ヴィヴィは何も気にしていない。
目を閉じ、詠唱に集中している。
多頭のデュラハンが殺意を飛ばしてもなお、その集中は途切れない。
目を瞑っていてもセヴテンが多頭のデュラハンを相手にひとり戦うのがなんとなく分かり、フレアレディとウイエアがしっかりと護衛してくれているというのが感じ取れる。
だからヴィヴィは自分のことだけを考えればいい。
「美からヌンを通り勝利へ。勝利からペーを通り――」
一瞬だけ言葉が詰まるように祝詞が止まる。その違和感が気になってふとフレアレディはヴィヴィを見て気づく。
「栄光へ」
口の動きよりも先に祝詞がフレアレディの耳へと届く。見間違えかと思って、フレアレディはウイエアの肩を叩いてヴィヴィを見るように促す。護衛のはずだから目を逸らすのはどうかと思うが、セヴテンがひきつけている間は目を逸らす余裕があった。なにより、その異様さがフレアレディには信じられなかったのだ。
「栄光から――」
その異様さにウイエアも驚く。
祝詞が遅れて聞こえるのではない。祝詞が口の動きよりも早まって聞こえてくるのだ。
「レーシュを通り基礎へ。基礎からタヴを通り王国へ」
祝詞が早まったまま、詠唱は最終段階へと進む。
ヴィヴィが腹話術を用いて詠唱を続けた結果、いつのまにかそれは固有技能へと昇華されていた。シッタの舌なめずりが【舌なめずり】となったように。
いずれ倍速話術と呼ばれるようになるその固有技能にまだヴィヴィは無自覚だ。それでも、ヴィヴィのレシュリーの執念を追いかけるという執念が、この固有技能を生み出し、
「王国からタヴ、サメフ、ギーメルと遡り、智慧と理解が結びつく」
間に合わないように見えた詠唱は十分な時間を残して完成させた。
「隠された知識が開き、顕現! 生命の樹に刻まれし御魂よ。再び、御身へと戻りたまえ――【蘇生】」
回復階級7の癒術【蘇生】の神々しい光が、シュキアの体内へと入っていく。
***
一方で、セヴテンの戦いも終わりが近づいていた。
青光る極彩色の姿に変貌したセヴテンが多頭のデュラハンを追い詰めていく。
その姿は獣化士でもないのに、まるで魔物に変身したかのようにも見えた。




