九重
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展開されたのはただの【鬼炎万丈】ではなかった。
言うなれば、九重【鬼炎万丈】。
それは双子や三つ子などが得意とする二重、三重魔法の上を行く同時重ねがけの魔法。
重ねがけは二重になるだけで二倍以上の威力を出すことが可能だが、九重は威力も範囲も前人未踏。
理論上不可能と言われているが、ジョバンニは「いいよ」と軽く依頼を引き受けた際に、この発想はなかったと悔しがったほどだ。
今後はおそらくナァゼとレイシュリーと同じように複数の機杖を組み合わせることで多重魔法が可能になるだろう。
けれど、そこにはディエゴが無謀だと一発で見抜いたほどの危険な欠点が存在する。
そもそも攻撃階級10の魔法は一般的な魔法士系複合職でも2発程度で魔力が危険域に達する。
それを何発も撃てるのは才覚を持つ冒険者だけ。
ディエゴとておそらく攻撃階級10を九発撃てば限界を迎えるだろう。
レイシュリーとナァゼはふたりの魔力を合わせて、それを同時に九発撃ったことになる。しかもレイシュリーはその前に【尖突土】も何発か撃っている。
自分で詠唱し魔法を展開する分には頭痛が警告となって魔力の限界点を教えてくれる。
けれど、Label AIは使用者の思考を読み取り、問答無用でその分の魔力を使用する。
ジョバンニが武器の加工の際にそういう歯止めを入れている可能性はあるが、それでもほぼ限界まで魔力を吸い取り、Label AIはレイシュリーとナァゼが思考した九重【鬼炎万丈】を現実のものにしていた。
が代償は重い。
「ちょっと!」
【鬼炎万丈】の九重展開直後、ミネーレが抱える両脇のふたりが気絶する。魔力消費の限界が来ていた。
落下しながらミネーレは結界内で起こる惨事に目を見やる。
「でも、すごいよ。ふたりとも」
気絶したふたりだが、意地でも九輝石の機虹杖〔聖櫃に架かるビフレ〕は放さなかった。
その眼下で九重【鬼炎万丈】に爆撃されたグールは一瞬で燃え尽きていた。
が直撃した箇所から離れていたグールはもちろん燃え残り、崩れ落ちた腕はグールになるはず……だった。
けれどそこから発生した火傷がそれを阻害する。
ナァゼの才覚〈炎魔〉とレイシュリーの〈少変〉が火傷の発生確率を上昇させたうえに最高位の炎魔法を九重展開したことで、火傷しないほうがおかしい、ぐらいまでの発生確率までその発生精度引き上げていた。
火傷になった部分からはグールが増殖しないのはレイシュリーはすでに確認済み。
さらには火傷になったことでナァゼの特典〔お肌の大敵〕が発動。
火傷から生じる状態異常・老化がグールの増殖をさらに食い止めていく。
火傷になる前に崩れ落ちればグールも増殖が可能だが、〔紛遺物音律〕のstringendoの恩恵によって状態異常の始動時間と侵食率がじょじょに早くなっていた。
最初はその発動もゆっくりでグールは増殖することもできたが、やがてその効果で一秒もせぬうちに火傷に、そして老化になり、その後、一秒もせぬうちに一か所から全身へとその範囲を広げていく。
それがレイシュリーが今回設定したstringendoの恩恵だった。
ものの数十秒で、眼下のグールは掃討され――結界は解除される。
「で、どうしよ、これ」
ふたりを抱えたまま落ちるミネーレだったが、そのままうまく着地できそうもない。
地面に激突する直後、
ぽふっ、
と柔らかい感触。
【緩和膜】があった。
「いやー、まじ助かったし」
癒術を展開したであろうリアンと、他の冒険者がぞろぞろとやってくる。
「ふたりともよく頑張ったし」
気絶するふたりを交互に見てミネーレはほっと息を吐いた。
結界が展開されていた範囲だけが焼野原になっていて、それがちょっと面白かった。




