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tenth  作者: 大友 鎬
最終章 異世界転生させない物語
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夜襲

***



 結界が崩壊していく。

 結界内の戦いを見ていたレシュリーたちもひとまずの安堵。

 負けるとは思っていなかったが、キナギがchartDCSが自分の倒し方を聞いたときは正直肝が冷えていた。

「おかえり」

 崩壊した結界から出てきたキナギをレシュリーを出迎えた。

 その後ろからユリエステが駆けつける。キナギの左腕の出血は止まっていたが、意外と傷は深い。

「左腕の傷を」

 有無を言わさず左腕を診て、ユリエステはソハヤから調合された特製回復錠剤を無理やりキナギの口へと押し込んだ。

「み、みず……」

 慌てて押し込まれて喉への突っかかりを覚えたキナギはそう訴える。

「すみません。慌てすぎましたのですわ」

 飲料水を受け取って、しっかりと特製回復錠剤をキナギは飲み込む。本来、水入らずな上に齧ってもその効果を発揮するのが回復錠剤だが、ユリエンテが少し慌てる程度にはキナギの左腕の傷は深かったのだろう。

「ごめんなさいですわ。なかなかに慣れてなくて」

 癒術会会長として疫病禍も乗り越えた経験を持つユリエンテだが、大規模な戦闘に混ざっての指揮は不慣れ。さらには癒術中心ではなく薬剤中心となれば、思ったほどの効果を出すためにはどうすればいいのか、今までの癒術知識だけでは追いつかない。

 緊張の上に、会長の指揮、不慣れな大規模戦闘と不慣れな薬剤での治療のとなれば、いくら癒術会会長とはいえ失敗してしまうこともあるのかもしれない。

「大丈夫です……」

 キナギの言葉に安堵しつつも、失敗したという自覚はあるのかキナギの傷を見つめる眼差しは元来の優しさにあふれながらも少し落ち込んでいるようにも見えた。

 だが、回復細胞が特製回復錠剤に活性されたのかその傷の治癒をゆっくりと始めたのを見て、その眼差しは真剣そのものになる。

 ユリエンテは左腕の傷をまじまじと見つめる。経過観察だ。

 そして問題ないと判断したのか、ゆっくりと丁寧に包帯を巻いていく。

「回復細胞の活性が減少したら、もう一度錠剤を渡してくださいですわ。包帯も取り替えてくださいね」

 それはキナギだけではなく、ここに残る癒術会の冒険者に告げたものだった。

 ユリエンテ自身はレシュリーたちに随伴してまだ先に進む予定で、計画を練っている。

「とはいえ、今日はここまでですわね」

 キナギたちの戦いが終えた頃には日が暮れ、先に進むのは明朝という判断が先ほど下されていた。

 レシュリーやアリーたちは出迎えてくれたが、大半の冒険者は野営で食事にありついている。

 ここまで魔物の襲来がないが見張りのために立候補した冒険者たちはその役目を果たすため見張りに出てきた。

「大変である」

 レシュリーとアリーもキナギたちと一緒に食事を食べようとしていた矢先のことだった。

 集配員との連絡や、情報収集を担っていたイロスエーサが同じく周囲を警戒していたコジロウ、ウエイアたちとともに戻ってくる。

「どうしたの?」

「今までの戦いの映像を各町の酒場や宿屋で見れるように手配しておいたのであるが……」

「なんかさらっとすごいことしてるね」

 映像を中継するというのは一応、計画として組み込んではあったのだが、それは協力を取り付けたユグドラ・シィルだけとレシュリーは思っていたが、イロスエーサとしてはユグドラ・シィルだけではなく全ての町で、という意味だったらしい。

 いやそれどころかもしかしたら地図には載っていない村にでさえ、この戦いを中継している可能性さえあった。

「それを見て、今、原点回帰の島に大勢の冒険者が向かっているらしいのである」

「いや、それまずいよね」

「そうよね。大陸各地の魔物討伐とか放ったらかしになるわ……」

 そもそも町と町をつなぐ街道などが安全なのは定期的に魔物討伐の依頼が出て、それをこなす冒険者がいるからだ。

「もちろん。手は打ってあるである。魔物討伐の依頼報酬を三倍にしたから、そちらに目をくらむ冒険者もいれば、そもそもこういうことに興味のない冒険者も一定数いるであるからな」

「まあそれはそうか……」

 どこかで祭り騒ぎだと知って、自分も交ざりたいと思う冒険者もいれば、とことん興味のない冒険者もいる。

 そもそも原点回帰の島へ向かう船の費用も意外とバカにならない。それがもったいないと思った冒険者は諦める可能性だってある。

「じゃあ、そこまで大変じゃないんじゃ?」

「そう? これ以上多くなったら統率も難しいわ。誰だって最前線にはいたいだろうから、結構この野営も窮屈よ」

「それもそうか」

「しかも帰れ、とも言えないし」

「好奇心もあるでござろうが、役に立ちたいという親切心で来ているでござるからな」

「護衛とか多めについてもらうしかないんじゃないの?」

 想定外の戦力は嬉しいが、今のように余剰戦力がある状態での戦力は余計な混乱を招きかねない。

 レシュリーとしては募集をかけた時点で集まった冒険者で戦力は足りていると感じているのだ。

 アリーの提案通りにするしかない、と思い始めたところで、


 ――想定外の事態が動き出す。


「――敵襲!」

 今までにはない緊迫した声だった。

 原点草原レベル3の魔物たちは今まで身を潜めていた。夜になったら徘徊する魔物はいることはいるが、その魔物も実力差を感じて怯えているはずだった。

『どうなってるじゃん。魔物がいきなり襲いかかってきたじゃんよ』

 ジネーゼからも緊急連絡。

『こちら、原点草原レベル4の野営設置部隊。増援求む。いきなり魔物が――魔物が――』

 さらには先行していた野営部隊からも緊急の連絡が入る。

 キナギが結界を突破した直後に原点草原レベル4に向かった部隊だ。

 直後には護衛についていたミネーレから魔物は身を潜めて出てこないという連絡を受けていて安全だった。

 ということは原点草原レベル3と同じく、今まさに事態が急変したのだろう。

「行こう。アリー。コジロウ。ユリエンテさんと何人かの癒術会も」

「私が行きます」

 リアンが立候補し、同時にアルも立ち上がった。リアンの護衛だろう。

「それだけで十分だ」

 原点草原レベル0にはジネーゼとクルシェーダ。レベル1にはアルルカ、レベル2にはネイレスたちがいる。レベル3にはほぼ主力が揃っている。

 対応は十分にできる、と判断してレシュリーは原点草原レベル4に先行する。

「これってあれよね」

「うん。狂靭化だ」

 アリーもレシュリーもそう判断していた。

「しかも一匹や二匹だけじゃない、この草原にいる魔物すべてだ」

「放置もできないわね」

「うん。感染力が強すぎる」

 とはいえ、周りを包囲する魔物を数を見るとほぼすべてがすでに感染しているとみるべきだ。

 原点草原レベル3に出現する魔物の強さは、ランク3冒険者に匹敵するが、狂靭化は何倍にも強化されるため、その強さは該当ランク+2ぐらいで判断すべきだろう。

「倒しておきたいところでござるが……」

「今は先を急ごう」

 包囲を一点突破して、レシュリーたちは原点草原レベル4へと突入する。


 ***


 そこには驚くべき光景があった。

 野営設置部隊は誰ひとり死んでいなかった。護衛についていたミネーレが全てを守り切っていた。

 緊急の連絡が途切れたとき、命を落とした冒険者がいるかもしれない、と思っていたがどうやら転んだ拍子に集配員専用技能の【電波】が途切れただけのようで、その集配員もかすり傷だった。

「急いで加勢しよう」

 ミネーレは守る守りから攻める守りにしたことが性に合っていたのだろう。かなりの成長具合をみせつけていた。

 それでも数が多い。ミネーレだけで護衛していたわけではないが、黒騎士との戦いを経たミネーレと比べればまだ弱腰にも見える。ましてや狂靭化した魔物を見るのさえ初めてかもしれないのだ。

 レシュリーたちの加勢で一気に狂靭化した魔物が消滅していくが、次から次へと魔物たちが出現している。

「まるで狩場みたいだ」

「夜通しだったらまずいわね」

 体力疲弊もだが精神摩耗の一番の回復方法は睡眠だ。仮に魔物の襲撃が夜通し続くのであれば、その回復方法が使えないどころか精神摩耗が続いてしまう。

 減っても減っても魔物たちが増えていく。

 終わりが見えない増援にレシュリーたちはともかく護衛の冒険者たちにも疲れが見え始める。

『増援を送ったである』

 そんなおりにイロスエーサから連絡が入る。

 怒号のような声とともに、名前は知らないがどこかで見覚えのある冒険者たちが原点草原レベル4と突入してきた。

 想像以上に数が多い。

「イロスエーサさんからの連絡です。休んでください、とのことです」

 集配員と思しき冒険者がレシュリーたちにそう告げる。

 冒険者の数は圧倒的で、魔物がみるみるうちに減っていく。とはいえ、際限がないかのように魔物も出現しているが、それでも冒険者の数が多い。

 彼らこそがイロスエーサが大変と称した大勢の冒険者の一部なのだろう。

 他の原点草原にもいると考えると三百人ぐらいは加勢に来たのかもしれない。

「確かにこれは大変だ」

 とはいえ今はありがたい。

 野営部隊もイロスエーサの伝言を受け取ったのか、着々と野営の準備が進められていく。


***


「なんでだ。なんで、うまい具合に進まない」

 夜に魔物が狂靭化するように仕向けた魔王レシュリー・ライヴはひとり苛立っていた。

 冒険者がこれほどまでに大挙してやってくるのは魔王レシュリー・ライヴにとっても想定外だったのだ。

 まるでレシュリー・ライヴ〈10th〉の傍にはたくさんの仲間がいて、レシュリー・ライヴ〈1st〉は孤独だと突きつけられているかのようだった。


***


 魔物が襲来する夜は死者なく見事に過ぎていく。

 やがて朝になり再び魔物は怯えるように陰に身を潜めた。

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