変姿
20
「タンタタン」
この音を聞いた鍛冶屋はそこで魔充剣が作られていることを理解する。
それは魔充剣を作る際に聞こえてくる音だ。
一族の氏しかなかった時代の末期、名前をつける風習が徐々に浸透してきた頃、自分が剣を作ったときの音を、自分の名前にしたアウレカ族がいる。
それが魔充剣の祖にして、初代魔法剣士タンタタン・アウレカだった。
その時代から冒険者の功績を讃え、武器には名前と呼称とでも言うべき冠を名前の前につける。死者の思い出を冠する、体現する、ときには皮肉るその呼称が、武器を強固にすると云われているからである。
それは基本的に鍛冶屋が名付けるものだが、極稀にかつての仲間が名付けることもあった。
タンタタンはそういう呼称が大嫌いだった。タンタタンは生前、「魔充剣の祖」と呼ぶ人間には唾を吐き、「初代魔法剣士」と敬う冒険者にはあろうことか涎をたらした。
挙句、魔充剣製作の技術を知りたい鍛冶屋に、技術を教える条件として魔充剣にはそういう呼称をつけないという誓約を出した。よって魔充剣のみ、冒険者の名前だけが刻まれている。
今でもそれは受け継がれ、魔充剣に呼称をつけようとしたひねくれ者の鍛冶屋は呪われたとでも言わんばかりの変死を遂げている。
そんなタンタタンの曾々孫ルルルカ・アウレカはタンタタンとは違い、自分に「人気者」という呼称を付けるのに躍起になっていた。
しかし戦闘の技場が始まってみれば目立ったところがない。初戦はなんとか互角の戦いができたと自負しているものの、ニ回戦に到っては、開始五分で場外に飛ばされた。
挙句、そのニ回戦で今まで妹が全力を出していないことに、正確に言えばアイドルになりたい自分のために、目立たないように手加減してくれていたことに生まれて初めて気がついた。
まだ戦いたいと叫ぶ自分に妹は言った。「全力を出すよ」と。
妹が全力を出せば三回戦に進めるのだろうか、自分はまだ戦うことができるのだろうか、そんな打算があった。けれどそれだけじゃない。自分のわがままがどれだけ妹に負担をかけたのだろう、と情けなくなった。
妹は自分のわがままにイヤとは言わず、付き合ってくれた。付き添ってくれた。
そんな妹が自分のために抑えていた力を、自分のために解放するというのだ。
なら、応えなければらない。
「やっちゃえ」
ルルルカの言葉にアルルカは笑って走り出す。
ルルルカが見つめるなか、魔双剣士アルルカは魔充剣タンタタンに魔法を宿す。【冷風】と【熱風】。
魔双剣士はひとつの魔充剣にふたつの魔法を宿すことが可能だった。その分、援護魔法階級1、攻撃魔法階級3までしか組み合わせることができない。それでもその組み合わせは五百を超える。
白く凍える冷たき風と、赤く燃え盛る熱き風が入り混じる。
アルルカに対峙するのは六つの盾を巧みに使う狩士アロンドだ。アロンドの後方に控える残りの三人は再度魔法を詠唱し始めていた。
おそらくさっきと同じ魔法を使うのだと推測したアルルカだが、焦りはない。五分以内で片を付ける自信があった。垂れた前髪から覗く瞳が現状を見据え判断を下す。自分はアロンドだけを倒せればいい。
残りの三人は詠唱中のうえにこちらにはモココルがいるからだ。狩士たるモココルは武器を八つ持っているので攻撃は多彩で範囲も幅広い。その安心感もあってか、アルルカはアロンドに集中できた。
アルルカは魔充剣を何度もアロンドの巨大盾〔でっかいドウ〕に打ちつける。対するアロンドは冷静に巨大盾で防いでいくだけだった。いつも通り五分耐えるだけで、アロンドに勝利が齎される。だから攻める必要などアロンドにはない。ただただ守る。
しかし何度もアルルカが攻撃を繰り返すうちにアロンドの巨大盾〔でっかいドウ〕にひびが入った。アロンドの表情が驚きに変わる。なぜ、盾にひびが入ったのか理解ができなかった。
一方、アルルカは理解していた。何せ、自分がアロンドの盾にひびを入れたのだから。答えは簡単だ。アルルカが急激に盾を温め、そして急激に冷やしたからだ。盾が急速な温度変化についていけず、ひびが入った。
魔双剣士はひとつの魔充剣に宿したふたつの魔法を同時に使うと思われがちだが、交互に切り換えて使うこともできた。
つまりアルルカは魔充剣を打ちつけるたびに、【冷風】と【熱風】を交互に入れ替えていたのだ。それは魔双剣士だからこそできる芸当。ひびが入り、自慢の盾が打ち砕かれる。【収納】によって次の盾を用意する瞬間を狙い、機を窺っていたモココルとアルルカがアロンドを突破。後方で詠唱に集中する三人へと向かった。決着はもう見えていた。
それを見つめる操剣士ルルルカはイチベエからジュウベエまでの名を冠する十本の匕首のうちいくつかを握り締めながら悔しがっていた。この試合を妹と一緒に戦いたかったと。
しかし同時に嬉しさもあった。三回戦、つまりは準決勝で妹と一緒に戦えると。今度は妹に全力を出してもらって自分は妹を全力で支えようと。そう密かに決意した。




