寸刻
***
結界が消失し、いの一番にアルルカに飛びついたのはソハヤだった。
「さっきの道具は何花子? どこでどうやって手に入れ太郎?」
「えっと、それはですね……」
終極迷宮を認知できないソハヤにその場所の説明は難しい。
「ソハヤ、行くわよ」
助け舟のようにアリーがソハヤに声をかける。
「いや、待つで五郎」
「あんたの欲しがってた薬草は次の原点草原レベル2に生息してるわ。レベル3の境界にたどり着くまでに見つけないと採取の時間がなくなるわよ」
「いや……」
アルルカとレシュリーの顔を交互に見て、ソハヤは迷いを見せる。
未知の道具か、それとも自分一人では入れない場所に生息している、欲しくても買うことしかできなかった薬草の大量入手か。
決断できずにいるソハヤを決断させたのは、返事もなくアリーが原点草原レベル2に向かい始めたからだった。
大慌てでソハヤはアリーの後を追っていく。
アルルカが小さく会釈して感謝を告げる。アルルカも説明に困っていたから正直助かったのが本音だ。
「ありがとう、アルルカ」
「いえ、こちらこそ……」
ソハヤの走り去る姿に素直に安堵していた。アリーに助けてもらわなければまだ問い詰められただろう。
「嫌な予感はボスの倒し方、だったんだね」
「ええ。同時撃破に至るまで随分と時間を使ってしまいましたが……」
「気にしないで。確かに制限時間はあるけど、焦りは全然ないんだ」
「それを聞いて安心しました」
「それで、アルルカはこのあとどうするの? 終極迷宮に戻るの?」
「確かにこの先には進めませんが……でもまだ予感がするんです」
「嫌な予感?」
「いえ、まだ私が役立てる時が来る、そんな予感です」
「それは頼もしい」
レシュリーとアルルカは笑いあった。
ここにルルルカもいれば、と思うこともあるけれど、アルルカももうひとりの姉、ルルルカ<3rd>と強く生きている。それを言うのは野暮だろう。
「僕は行くよ」
「私は予感を信じて待っています」
レシュリーが原点草原レベル2に向かおうとするとレシュリーとルルルカの話に割り込めずにいたキナギがちらちらと様子を見てた。なぜか隠れて。
「キナギさん」
気づいたルルルカが声をかける。見つかるわけがない、とでも思っていたのかキナギが少し驚いて出てくる。
「無理を言ってすみませんでした」
ルルルカが頭を下げたので、キナギは怯んだ。
「いえ、俺こそ……」
キナギたちが結界に挑んでいたら同時撃破できずに死んでいたかもしれない。それを思えば、と実力差の痛感した。ルルルカのような強い冒険者は予感や感覚で、自分が行くべき瞬間というのが分かるのだろう。キナギはただ役に立ちたい、活躍したいという一心でどこでもいいから、と戦うことに対して焦っていた節がある。そしてそれにイチジツたちを同郷の好みで付き合わせようとしていた。
おそらくそれがルルルカたち一線級の冒険者たちとの差なのだろう。
だからこそ、一言謝りたくて、キナギはイチジツたちを先に行かせてひとり残っていたのだ。
「すい……」
頭を下げようとした瞬間、
「あとは頼みます」
ルルルカにそう言われてキナギは「はい」と本能で返事していた。そしてそんなふうに言ってくれるルルルカに見惚れていた。
「行こう」
レシュリーにそう言われるまで、うっとりと。
ぼーっとしていると思われたのかルルルカにまで笑われて、キナギは恥ずかしそうになりながらも、期待に応えてみせる、と仲間が先行する原点草原レベル2と3の境――次なる強敵区域:結界伸展へと向かった。
***
……のだが、そこにはもう結界はなかった。
「アリー、何があったの?」
「私も知らない。ソハヤの薬草集めで少し遠回りして、ここに来た頃にはなかった。野営だってまだ建ててる途中よ」
「アタシが説明するわ」
「じゃあネイレスたちがここのボスを?」
「ええそうよ。アタシたちが最初に強敵区域:結界伸展にたどりついて――その瞬間、吸い込まれた」
原点草原レベル2に残っているのは、ネイレスにセリージュ、ムジカとメレイナ。四人が残っているということはその四人が倒したということだろう。
「吸い込まれた?」
「ええ。そういう仕組みになっていた、としか言いようがないわ。でも結果論的にアタシたちで良かった」
そう言ってネイレスたちは先ほどの戦いを話し始めた。




