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tenth  作者: 大友 鎬
最終章 異世界転生させない物語
837/873

適応

 ***


「いよいよ手掛かりはあった」

 ジネーゼの姿が消したあと、独り言ちたクルシェーダは対面する角折のボスゴブリンを見すえながら、ジネーゼから密かに受け取ったネバネバの液体を口に含む。

 それはジネーゼが得た初回突入特典によって作り出された貴重な毒で、用途を簡単に言うと、体の調子を元に戻す、というものだった。

 クルシェーダの戦いを監察していたジネーゼはクルシェーダが頭に強い衝撃を受けてしまったことも知っている。

 そのせいでどことなく浮遊した感覚に陥ったりと戦闘に不都合が出ているのも分かっていた、

 そんな不調さもジネーゼが渡したネバネバ液――本人曰く遡行毒は元に戻すことが可能だった。

 そしてそんな毒さえも作り出すジネーゼの刃に塗られた特殊毒は角折のボスゴブリンの目に飛び散っただけで怯ませるほどの効力があった。

 おそらく既知の属性、状態異常には耐性を持っていて、固有技能や特典のような本人にとっては未知の力にはまだ耐性を持っていないだろう。

 遡行毒の力で、万全な状態へと戻ったクルシェーダは冴え渡る頭でそう推測する。

 クルシェーダと対峙する角折のボスゴブリンは先ほどと様子が異なり、無遠慮に突撃してこない。

 充血した目で周囲を探るのは、ジネーゼを探しているのかもしれない。

 ジネーゼが姿を消しているのも彼女が持っている固有技能【不在証明(アリバイ)】の力。

 やはり角折のボスゴブリンにとっては未知の力に対抗できる耐性がないのかもしれない。

 角折のボスゴブリンの警戒はクルシェーダの推測を裏付ける形となる。

「ジネーゼ! さっきの毒を使えっ!」

 角折のボスゴブリンが警戒することも込みでどこかに存在するジネーゼに告げる。

「分かってるじゃん」

 ジネーゼの声がどこからともなく聞こえる。角折のボスゴブリンどころかクルシェーダにも位置は分からない

 しかし角折のボスゴブリンにまとわりつく恐怖感とは対のクルシェーダは絶対的な安心感がある。ジネーゼは味方で、絶対にクルシェーダに攻撃を加えることはない。

 攻撃の合図に角折のボスゴブリンが戸惑っているのがわかる。

 クルシェーダも角折のボスゴブリンへ向かっていく。遡行毒の影響で体は万全の状態を取り戻していた。

 【攻勢(アタックスタイル)突撃型(アサルトモード)】でまるで捨て身のように超加速。

 クルシェーダが迫るのがわかっていても角折のボスゴブリンは姿なきジネーゼの未知の攻撃を警戒。

 それでも、それでも、どこから来るのか、角折のボスゴブリンには分からない。

 ぽたっと毒の雫が右肩に一滴落ちる。急いで左手で右肩に落ちた自身の汗にも満たない一滴を振り払う。

 だが遅い。肩に落ちた一滴の毒はじわりじわりと広がっていく。

 角折のボスゴブリンはその広がっていく毒に恐れるが、ジネーゼにとってはそれはフェイント。

 けれどそんなことは角折のボスゴブリンには分からない。

 自分は弱点が突かれない、そう自負している角折のボスゴブリンにまるで弱点がつくられたかのような恐怖がそこにはあった。

 途端に角折のボスゴブリンの左肩に違和感。直後に背中に痛み。

 毒の雫が落ちた右肩ではなく、左肩から、右腰にむかってまるで滑り落ちるように一直線の傷ができる。

 左肩に生まれたわずかな違和感はジネーゼが手で掴んだから。

 短剣〔見えざる敵パッシーモ〕の刃からできた傷から侵入した毒が見る見るうちに広がっていく。さらにその毒が痒みも発生しているのか、角折のボスゴブリンは戦闘中にも関わらず我慢しきれずに背中を掻こうと悶える。

 毒の侵食によって脆くなった背中にクルシェーダは回り込む。

 【攻勢(アタックスタイル)突撃型(アサルトモード)】から【速勢(スピードスタイル)追撃型(チェイサーモード)】へと切り替える。

 【速勢(スピードスタイル)追撃型(チェイサーモード)】は仲間の攻撃に続けて攻撃することで威力が倍増する。

 剣士系複合職のように技能による大技がなくとも、深手を負わせる討伐師の技能だった。曲刀〔汗拭き粉吹きズローリィン〕をジネーゼがつけた傷口へと突き刺す。

 さらに【速勢(スピードスタイル)追撃型(チェイサーモード)】を【速勢(スピードスタイル)連撃型(コンティニアムモード)】へと切り替え、金剛手甲〔唸れギョイホウ〕を拳に装着。

 突き刺した曲刀の柄めがけて連打する。一発ごとに角折のボスゴブリンの背中に深く深く、曲刀の刃が突き刺さり、腹をぶち抜く。

「ギィアアアアアアアアアアアアアアア!」

 断末魔とともに角折のボスゴブリンが初めて膝を突く。

「いよいよ行けるか」

「畳み掛けるじゃんよ」

 どこからともなく聞こえてきたジネーゼにクルシェーダが無意識に頷く。

 接近するふたりを前に角折のボスゴブリンが立ち上がる。曲刀を腹筋の力で押し出す。ジネーゼが作った傷口は閉じかけているが、まだ毒は生きているのか皮膚が紫がかっている。

 先ほどと同様にジネーゼがまずは飛び込む。踵に向かって短剣を一閃。

 一筋の傷を作り、毒が足を侵食する。

「なんかさっきより効いてない気がするじゃん」

 妙な違和感をジネーゼが告げる。

「いよいよ気のせいだろう」

 角折のボスゴブリンの踵にはきちんと傷口ができており、毒の侵食により皮膚も脆くなっていると見た目でわかる。

 【速勢(スピードスタイル)追撃型(チェイサーモード)】で接近。篭手剣〔自浄のアーペーセル〕で傷口に傷を重ねる。

 それでクルシェーダも理解する。

 殺気をぞわぞわと感じて急いで後退。

 直後に角折のボスゴブリンの振りかぶった拳がクルシェーダがいた場所を直撃する。

 もし後退しなければ防御も間に合わなかったかもしれない

「もしかして、いよいよ対応したのか……」

 それは嫌な予感から出た言葉だった。けれど見れば背中の傷も毒も、踵の傷も毒もすでに跡形もなかったように完治している。

「面倒臭いじゃんっ」

 その声に反応して角折のボスゴブリンが拳を振るう。クルシェーダから見れば空を切ったようにしか見えなかったが、それはジネーゼの位置をほぼ捉えていた。

「……ッ!」

 それはジネーゼにとっても初めての感覚。【不在証明(アリバイ)】を見切られたのは初めてだった。

 角折のボスゴブリンが未知の力は対応できない。しかし使われた未知の力は既知の力になる。そうして角折のボスゴブリンに抵抗力が付与されていく。まるで何度も毒を浴びれば毒が効きにくくなるように、ジネーゼの毒も【不在証明(アリバイ)】も角折のボスゴブリンは適応していく。

 意味がなくなった【不在証明(アリバイ)】を解除してジネーゼは姿を見せる。

「いよいよ大丈夫か」

「まあ、【不在証明(アリバイ)】が使えなくてもまだこれがあるじゃん」

 と短剣の刃の毒を見せつける。おそらくさっきとは違う毒で、その未知の毒には対応できないだろうというジネーゼには自負があった。その点はクルシェーダも心配していない。

「それにこうすれば、まだいけるじゃんよ」

 とジネーゼが切りかかろうとするが、角折のボスゴブリンはその動きに反応してみせる。

 クルシェーダが篭手剣〔自浄のアーペーセル〕が横槍を入れてジネーゼの逃げる隙を作った。

「あいつはなかなか素早い。今までは見えてなかったから毒が入れられた、みたいだな」

 冷静にクルシェーダが進言する。ジネーゼは素早いほうだが【不在証明(アリバイ)】に頼りすぎていたせいか動きが単調になっていたのかもしれない。

 姿を現した今、ジネーゼひとりでは毒を入れることも難しいようであった。

「ちなみにいよいよ何をしようとした? 無駄に切り付けても抵抗を増やすだけだ」

 それだといずれもジネーゼの毒も通用しなくなり、打つ手がなくなってしまう。その前にクルシェーダは事情が聞きたかった。

「遡行毒じゃん」

 ジネーゼが告げる。ジネーゼの初回突入特典〔毒断専攻(トキシックオリジン)〕は思い描く毒の手順書(レシピ)を作り出す特典だ。あくまで手順書(レシピ)なので、素材集めはジネーゼがする必要がある。遡行毒もその手順書(レシピ)で作ったもののひとつだ。なかでも遡行毒の素材の入手難易度は相当に高い。さらにクルシェーダに使ったように傷や体調までも元に戻すという絶大な効果を持っている。それゆえに使いどころは重要なのだが、ジネーゼはなぜか角折のボスゴブリンに使おうとしていた。それも回復錠剤を使うような感覚で出し惜しみもなく。

 クルシェーダはそんなジネーゼに絶句していた。

 呆れられていると表情で理解したのだろう、ジネーゼが何もわかってないと溜息。

「あいつに遡行毒を使えば、抵抗力も元に戻るじゃん。そうすればまた【不在証明(アリバイ)】も劣悪毒も使えるようになるじゃん」

 劣悪毒というのは背中や踵に切り付けた際につけた毒の名前だろう。

「……なるほど。いよいよそういうことか……」

 むしろジネーゼは毒が通じなくなったときに、元に戻すために遡行毒を作り出したのだろう、とクルシェーダは妙に納得した。

「だとしたらなおのこと、いよいよ待て。こういうことは可能か?」

 難敵退治の専門家として発想力や応用力にはクルシェーダも自信がある。ジネーゼの遡行毒の効果を聞いて、ジネーゼに提案する。

「まだこの毒については分かってないことが多いじゃん。けどやってみる価値はあるじゃん」

 クルシェーダの提案にジネーゼは乗っかった。何より、やってみたらどうなるかという好奇心もあった。そこは冒険者の気質なのかもしれない。

「一撃を入れる隙はいよいよ、自分が作る」

 宣言してクルシェーダが角折のボスゴブリンへ向かうとジネーゼは茂みへと身を隠す。

 ジネーゼが隠れたことは角折のボスゴブリンは分かっているが、しぶとく生き残りしぶとく倒そうとしてくるクルシェーダへの苛立ちも募っていた。

「仇ィィィィ、仇ィィィィ」

「だからそれはいよいよこちらの台詞だ」

 篭手剣〔自浄のアーペーセル〕の突きに対して、角折のボスゴブリンは平然と拳を振るう。刃ごと砕いて、クルシェーダを粉砕する算段。

 ぶつかる直前、クルシェーダは篭手剣を【収納】。そのまま、金剛手甲〔唸れギョイホウ〕を装着する。

 同時に【守勢(シールドスタイル)反撃型(カウンターモード)】を発動。迫る拳に拳で対応する。

「これは二度目だが対応できるか?」

 角折のボスゴブリンは効かなかったものに対する恐怖心がほとんどない。未知の力には抵抗力ができるまでひたすら怯えるのも関わらず。

 だから、篭手剣〔自浄のアーペーセル〕の攻撃なら恐れはせず、むしろ武器破壊すらしてくるだろうというクルシェーダの読みは的中した。

 最初から金剛手甲を手に装着していたら反撃狙いだとばれていたかもしれない。

 そんな角折のボスゴブリンの効かないものは恐怖しないという慢心を突いたクルシェーダの一手。全体重の乗せた渾身の拳は角折のボスゴブリンの拳にぶつかり、大いに体をのけ反らせる。

 クルシェーダが武器を切り替えたのに合わせてジネーゼもまた飛び出していた。武器の切り替えが無言の合図だった。

 そしてのけ反った角折のボスゴブリンの折れた角に遡行毒を垂らす。

「いよいよ時を戻そう」

 その効果を示すかのようにクルシェーダは告げる。

 遡行毒が塗られた折れた角が生え、元に戻っていく。

 弱点が形成されていく。

「角が生えたお前は、ただのでかいボスゴブリンだっ!」

 慌てる、角折のボスゴブリン、もとい、ただのボスゴブリンへとクルシェーダは超接近。のけ反らなかった分、クルシェーダは早く動けた。

攻勢(アタックスタイル)襲撃型(レイドモード)】を発動。

「これはおまけじゃん」

 遡行毒を垂らしたジネーゼが先に短剣〔見えざる敵パッシーモ〕を打ちつける。

 先ほどの劣悪毒が角の細かい神経に侵入していき、

「痛ィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イイ゛イイイイ゛」

 断末魔が鳴り響く。

 塗りたくられた毒が角を脆く脆くしていくが、その角はまだ折れてない。

 クルシェーダは弱点の角へと自身の全力を込めて斬り伏せた。

 さらに断末魔が鳴り響き、角が折れる。

 その痛みに耐えきれず元・角折のボスゴブリンは気絶するように倒れ――パリンと硝子が割れるように結界が壊れると同時にその身を消滅させた。

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