原点
「よく戻ってきたね」
原点回帰の島の宿屋に到着するとアビルアが全冒険者をハグで迎い入れる。
喪服姿のままはランク0冒険者ベルベド・ジェードリアの葬式が開かれていたからだった。
それでもいつもの元気なアビルアのように全冒険者をもてなしていた。
アビルアは原点回帰の島唯一の酒場を経営するアビルアは冒険者全員の母親のようであった。
ある意味でここも原点と呼べなくもない。
レシュリーによって設けた賭け金で改装した宿屋の全貌を初めて見た冒険者もいたらしく、その壮大さに驚きながらも、まずは腹ごしらえ。
「やっぱりうまい」
「久しぶりに戻ってみるのも手だな」
その料理のうまさ、そして懐かしさに舌鼓を打つ。
今は亡きシッタが共鳴絶品という話をしたが、全冒険者にとってアビルアの手料理はその共鳴絶品なのかもしれなかった。
自然と宴会のような騒ぎになる。
猶予が三日しかないので、一日泊っていくという手段は取れない。
駆け抜けるように草原を制覇しなければならない。
それでも緊張を解すようにお酒を嗜む冒険者もいた。
「ココアじゃんよ」
「僕も」
ジネーゼの注文に釣られるように仮面の男も注文する。
「あんた、レシュリーに再会してからずっとコレだねえ」
「そ、それは今いいじゃんか……!」
「であんたもココア好きかい? レシュリーって子がいてね……いい子だったんだけど……なあ本当に魔王なのかい?」
「それを確かめに行くんじゃん」
「婦人、心配ご無用である」
アビルアの心配げな声を察したのか、イロスエーサが告げる。
「真実はきちんと伝えるであるよ」
そのためにイロスエーサは集配員の猛者を集めて、魔王討伐までの戦闘を中継することにしていた。
反対もあったが、魔王レシュリーの目的と真相を世界に伝える必要があると主張してひかなかった。もちろん偵察用円形飛翔機も総動員だった。
「言うようになったねえ、泣き虫エーサちゃんが」
「なっ……いやはや形無しである」
アビルアは全冒険者のランク0時代を知っている。それこそクルシェーダやジジガバッドですら。そう考えるとかなりの老齢で、遅老長寿の冒険者と違って肉体的にも衰えるはずだったがなんとも言えない妖艶さがあった。
「うわっ、いっぱい」
ランク0の冒険者たちがアビルアの酒場へと戻ってきたのか、普段の賑わい以上の酒場に困惑していた。
原点草原はベルベドが亡くなったことで立ち入り禁止とされており、葬式があってもなお、通常通りレベル上げに勤しむ冒険者たちは回帰の森で経験を積んで戻ってきたところだった。
「すごい、有名な人がいっぱいだっ!」
集配社スカル&ボーンズの発行する情報誌は原点回帰の島でも読めるようになっていた。
その情報誌には彼らが制定した世界上位の冒険者[十本指]の情報も載っている。そこに名を連ねる冒険者が今目の前にいるのだ。
ちなみにその雑誌棚には中級冒険者学校の小冊子も入っている。モココルが設立したその学校は大陸に渡って冒険がうまくいかず挫折しそうな冒険者たちの標としての今もなお役に立っているのだ。
「あんたら、邪魔しないように。座るんなら、隅で。それか自室で食べな!」
アビルアがそわそわする冒険者に気づいてそう忠告する。
「なんでだよー」と不満を漏らす冒険者もいたがアビルアのひと睨みで大人しく空いている隅の席に座るが、話しかけたくてそわそわしているのが見て取れた。
「ルビア、テレッテ。忙しいところ悪いけど、部屋にも届けてやんな」
いつも以上の賑わいで、てんわわんやのふたりはアビルアの注文に少しげっそりとした表情を見せる。新人の宴後に開かれる祭り以上の客入りに対応できるほどの技術はまだない。
一方のアビルアは料理を作り飲み物を提供し、イロスエーサたちと話せるぐらいの余裕があるのだからもはや超人だろう。
賑わいが途絶えない。そんななか、ゆっくりとひとりの冒険者が酒場へと入ってきた。とはいえ肩を落とし元気はなさそうだ。
「ジョスジ。こっちだ」
アビルアがその冒険者をイロスエーサの前へと呼び出す。
「クルシェーダもこっちにきな」
ジジガバッドと楽しく飲んでいたクルシェーダもアビルアの真剣な表情に気づいて、只事ではないと寄ってくる。
仮面の男に仮面の女もイロスエーサと同席していたため、その場にいた。
「この子はジョスジ。ジョスジ・ジェードリア。亡くなったベルベド・ジェードリアの兄貴だよ」
言われて全員が息を呑む。出会うこともあるだろうとは思っていたが、まさかアビルアの手引きで会うとは思ってもみなかった。
「この子が一本指のあんたに、クルシェーダに頼みたいことがあるらしい」
「お願いします」
涙声だった。頭を下げたジョスジの顔は見れないがきっと涙目だろう。
「俺が目を離したのが悪いんです。でもあんなのがあるなんて、できるなんて知らなかった。弟は一瞬で……」
言葉が詰まる。弟の死をまじまじと見てしまった。
「弟には才覚があった。その才覚を俺はつぶしてしまった」
それも後悔なのだろう。なまじ才覚を持つ冒険者には将来を期待してしまう。
「できれば俺が仇を討ちたい……けど、俺は弱い……」
ジョスジは自分の弱さを吐露して顔を上げてクルシェーダを見つめる。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃのその顔で。
「だから俺の代わりにお願いします。仇を討ってください」
もう一度ジョスジは頭を下げる。
ポンポンと優しくクルシェーダは頭を撫でる。
「いよいよ行くか」
それはその場にいる歴戦の冒険者たちに問いかけた言葉だった。
全員がもう準備はできていた。腹ごしらえも終わった。頭を下げるジョスジの横を通り過ぎて酒場を出た。
「いってきます」
仮面の男がアビルアに告げ、最後に出たクルシェーダが最後にジョスジに声をかけた。
「[十本指]がひとり一本指クルシェーダ・ジェード。敵討ち、いよいよ承った」
らしくなく、堂々とした姿を見せてクルシェーダは宣言して、他の冒険者たちに紛れていく。
ジョスジの顔が涙目ながら笑顔になる。生気が戻る。
「お願いします」と深々にもう一度頭を下げた。
世界の命運にもうひとつ願いを足して、クルシェーダたち冒険者は原点草原へと入った。




