魔王
セフィロトの樹に一瞬だけ刻まれたアリテイシア・マーティンの名前。
それを見たものだけが大騒ぎし、嘘吐きテアラーゼの再来かと思われた。
けれど複数人見ていたことから何が真実なのかいろいろな噂が喧伝されるなか、一週間が経ち、大陸の中心――その上空に小さな人影が浮かんでいた。
視認はできない。
その人影が出現した時点で、その強烈な重圧で、レベルの低い冒険者が全員泡を吹いて気絶した。
それ以外の冒険者も何もしていないのに疲労困憊し、精神が摩耗した。
いるだけで圧倒的存在感を放つその人影は、大空に自らの姿を巨大化して全世界に映し出す。
「僕はレシュリー・ライヴ。この世界をもらいにきた魔王。魔王レシュリー・ライヴだ」
体を覆うのは、彼をよく知るものなら知っている適温維持魔法付与外套。ただ相当年季が入っているのかボロ布のようになっている。
ただ、まるで 別人のように両目は赤く光る。
その手には彼が就く錬金術師に似つかわしくない魔充剣を握っていた。
その魔充剣を空に掲げ、宣言。
「僕がここにいる時点で、もう時間はない。あと三日もすれば世界は僕のものだ」
その魔充剣は魔剣で刃は真っ黒に人血を混ぜたような色をしている。
刻まれた名前は魔々充剣アリテイシア。
魔王レシュリー・ライヴは最愛の人を刻んだ名前を持つ魔々充剣を一振り。
エンドレシアスの西――大怪獣が残した爪痕のようだからと名付けられた大怪獣の爪痕のように、たった一振りが大地を割き、海を割った。
まるでその姿は最愛の人を失った最強の冒険者がまるで復讐するようだった。
この世界には何も思い入れなどないと言わんばかりでもあった。
その力をまざまざと見せつけて、魔王レシュリー・ライヴはどこかへと消えた。




