それでも君が
生還した僕たちはイロスエーサとクルシェーダに事のあらましを伝えた。
集配社救済スカボンズ本社での密室での会話だったけれど、僕たちが転轍器を押し、獄災四季を解放したことはどこからか漏洩した。
機を見て公開するはずだった情報は意図せず広まり、僕たちは当然非難された。
いや非難だけでは済まなかった。
純正義履行者と名乗る冒険者たちが、聖櫃戦九刀の生き残りで僕に顔がそっくりで名前が似ているというレイシュリーという少女を勘違いで殺した。
彼女は獄災四季と戦い、黒騎士のひとりを倒した功労者だったにも関わらず。
入院中のジョレスを純正義履行者のひとりナースティンが勧誘に応じなかったという、たったそれだけの理由で殺した。
純正義履行者のひとりオーマジーは自分の逆恨みついでに、他の冒険者を扇動して、集配社救済スカボンズを襲撃。良き相談相手でもあったイロスエーサを殺して、自らは集配社をめちゃくちゃにするために自爆した。
僕たちへと隙あらば自爆特攻する冒険者たちは絶えず、過激に世の中が動いていく。
そんななか、クルシェーダの会話がきっかけで、異端の島に最後の試練が存在することが分かった。
「行こう、異端の島に」
純正義履行者から逃げる意味でも行くべきだと僕は提案した。
アリーは転轍器を押したことを後悔していた。特に弟子であったジョレスや仲良くなったイロスエーサを失ったのが大きい。獄災四季との戦いでネイレスも亡くなっていた。
コジロウやディオレスが死んだように、死がつきものの冒険者でも、まだ慣れないのだろう。
それでも僕が異端の島に行くことを提案するとアリーは少し乗り気だった。
「お母さんがいるかもしれないの」
アリーのお母さんはキムナルの策略で魔物によって異端の島に連れ去られてしまったらしい。僕は死んでいるのではないだろうかと思ったけれど、定期的なイロスエーサの報告からユグドラ・シィルにあるセフィロトの樹には、母親の名は記されていないとのことだった。
「会えるよきっと」
希望的ではなく、絶望的だろうけど、それでも僕は気休め程度にそう言った。
***
異端の島には狩場と呼ばれる魔物が大量発生する場所に発生する裂け目を使って向かった。
たどり着いた異端の島は人の住める地ではなかった。狩場に向かう途中、純正義履行者に襲われ逃げるように飛び込んだせいで準備は不十分だった。
空気が澱んでいて口当布をしても、僕とアリーの体を蝕む正体不明の状態異常は治りもしない。当然、【清浄球】によって空気を浄化してもすぐに汚染されてしまう。
異端の島はいわば魔物の楽園で、敵対する冒険者にとって不利に働くように作られているようにも思えた。
クルシェーダからもらった地図を見ながら進んでいく。古い地図なのか少し形状が違うような気もした。
「おまエら……」
突然の声。目の前にはスキュラ。
アリーが慌てて切り伏せる。
スキュラは驚いただけでそれっきり。アリーの攻撃が避け切れず絶命していた。
「怪獣師、だったの……」
絶命したスキュラは冒険者の姿になっていた。怪獣師が何らかの理由で近づいてきたが、僕たちは本能的に異端の島に冒険者はいないと思って攻撃してしまっていた。
「仕方ないよ」
その冒険者がクルシェーダの旧知の友ジジガバッドだったことは露知らず僕たちは歩みを再開した。
***
状態異常に苛まれながら遭遇した魔物たちからは逃げ出し、ようやくたどり着く。
そこは、全てが産まれし大地。
クルシェーダが旧知の友ジジガバッドに聞いた話によるとそこに捕えられた冒険者はいるという。だが同時に行かないほうがいいとも言っていた。
理由はわからない。それでもアリーはその地を目指し、僕も反対しなかった。
そこには魔物がいなかった。
けれど冒険者たちがいた。卵のような装置に入れられた冒険者たちが。
直感で理解してしまう。その冒険者たちは魔物を産むための糧にされているのだ。
アリーも気づいたのか、卵型装置を見ては「違う、違う、違う」とつぶやきながら、その装置に入れられた冒険者を見ていく。
そして――
「ああ、ああああああああ、ああああああああああっ!!」
アリーは自分の母親を見つける。魔物の糧にされるための卵型装置に入った母親を。
発狂したアリーは自分の母親が入った卵型装置を母親ごと破壊した。
「もう嫌っ、もう嫌っ、いや、いやああああああああ!」
涙を流し、周囲の卵型装置も破壊していく。
僕はただ見ているしかなかった。
魔物たちの声が聞こえてくる。異変を察知して、ここにやってくるつもりなのだろう。
「アリー、逃げよう」
そう言った瞬間だった。
「ごめんね」
アリーは自分の喉元に魔充剣レヴェンティを突き刺していた。
アリーの母親の生存はアリーにとって最後の希望だったのだ。その希望が打ち砕かれたゆえの行動だった。
絶対に死なせたりなんてしないっ――。
強く念じて【蘇生球】をアリーへと投げる。
このために僕は【蘇生球】を覚えたのだ。そのために初回突入特典を〔最後に残ったものは〕にしたのだ。最後に絶望なんて与えてくれるな――。
***
そのときだった、僕の願いを嘲り笑うように、周囲の霧が不自然に晴れ、
異端の島の最奥――無意味な街並みに聳える魔王の城砦が姿を見せた。
ふと視界に入ったけれど、そんな場合じゃあなかった。
僕はアリーへと【蘇生球】を投げる。
生き返らない。
僕はアリーへと【蘇生球】を投げる。
生き返らない。
僕はアリーへと【蘇生球】を投げる!
生き返らないっ!!
蘇生できる機会は三回までと言われていた。その頃にはすでにセフィロトの樹に死者の名前として刻まれていてもう生き返らないといわれているからだ。
信じなかった。
僕はアリーへと【蘇生球】を投げる!
生き返らないっ!!
頭痛がする。警告だった。僕たち冒険者は魔力がなくなっても死ぬ。
体力消費はそのまま疲労として魔力消費は頭痛として、体が僕たちに教えてくれる。
それでもっ――
気を失いそうになって、
もう【蘇生球】を作れないことに気づく。
死んで横たわるアリーに覆いかぶさる。もう僕にはアリーを生き返らせる力はなかった。
せっかく、せっかく、【蘇生球】を覚えたのにっ。
「おえっ、おえっ」
嗚咽が悔しさとともに出る。涙が止まらない。頭痛もするし、よくわからない状態異常が僕の体を蝕んでいる。
僕も死ぬのだ。
そう思って、空を見上げると、さっきは気にも留めなかった魔王の城砦が妙に気になった。
同時に10個の宝石を集めると願いが叶う――そんな言い伝えを思い出す。
そうだ、まだ。もしどんな願いでも叶うなら、アリーを。
僕はアリーを背負って歩き出す。
周囲の魔物はどこかに消えていた。死にかけの僕と死んだアリーはもう獲物としても価値がないのかもしれない。霧がまた濃くなって魔王の城砦を消す。けれどどこにあるのかはもう覚えた。
「待っていて、アリー」
霧で見えない魔王の城砦がある方向を睨みつける。まだ道程は遠い。
「キミが絶望して死んだのだとしても、僕は見捨てない」
自然と足取りが軽い。希望はまだある。まだあるのだ。
「だって僕はそれでも君が――」
***
最終章「異世界転生させない物語」へと続く




