一時の栄光
鮮血の三角陣を突破したことで生き残った弟子たちは次の試練へと向けて一発逆転の島へと向かっていた。
ディオレスから受け継いだ基地はアリーと僕だけになった。
ディオレスの部屋もコジロウの部屋もそのまま手つかず。
ディオレスが亡くなった時もそうだったようにコジロウが亡くなったときも遺品をどうすればいいのか分からなかった。
冒険者が死亡したときに【収納】していた道具や武器は商業都市レスティアの闇市場に流れる。それらは闇市場を経て他の冒険者の手に渡ったと思えば割り切れる。
だけど故人がこうしていたという痕跡が残る場所はどうしても手が触れにくい。
コジロウやディオレスが使っていたものが埃をかぶったままずっと放置されている。掃除して壊れてしまうことさえも恐れた結果がそれだった。
基地にふたりだけというのは寂しすぎる。デデビビたちも仮住まいにするだけだったためか荷物も少なく、亡くなった弟子たちの遺品は形見分けのようにデデビビたちが持っていくことにしたためひとつも残っていない。
「次の試練だけど……」
「難攻不落の封印の肉林ね……」
今、世界にはランク6以上の冒険者がかなり少ない。かなりの数の冒険者が行方不明になっている。だからディオレスのようなランク5の冒険者が一本指として強者の位置に存在していた。
その原因のひとつが封印の肉林。入ったら合格するまで出てこれない。
多くの冒険者たちがその試練に挑み戻ってこない。時折ランク7の冒険者が出て、騒ぎになるが、その冒険者たちも知らぬ間にどこかに消えて行ってしまう。
「早いうちに行ってしまってもいいと思うの」
アリーのその提案に乗っかるように三日後、僕たちは封印の肉林へと入っていった。食料は【収納】に詰め込めれるだけ詰め込んである。ふたりだけなら数か月は持つ算段だった。
***
封印の肉林に入ると入口にまず大きな空間が広がっていた。そこに野営が作られているが、その天幕はボロボロでどこからともなく異臭が漂う。
すぐに目に付くのは墓場の数で多くの冒険者がそこに滞在していた。
「新しい冒険者が来たぞっ!」
見張り役の冒険者が叫び、僕とアリーに群がってくる。
「外の様子はどうだ? どうなっている?」
すれ違うように何人かの冒険者が外へと走り出したが、【脱出不能】の結界に阻まれ弾かれていた。
「食料はあるか? 腹が減ってしょうがないんだ」
まるで追い剥ぎのように群がってくる冒険者たちに僕たちが困惑していると
「キモッキモキモキモキモ。群がらないでよ」
「マジやばーい!」
群がった冒険者たちを侮蔑するような声とともに五人の冒険者が、奥からやってくる。
「トゥーリとウルの言う通りですよ。何もせずここで諦念している冒険者に慈悲なんて不要なのです」
「ノードン。お前はそもそも自分のお気に入りにしかやらねぇじゃねぇか、慈悲」
「まあそういうなやし、ティレー」
他の冒険者と比べてまだ顔色も良く健康的な冒険者の集団だった。
「現れやがった“ウィッカ”どもめ……」
忌々しい目で見ながら群がっていた冒険者が散っていく。
「どうも、新入りのお二人方……もし食料をお持ちでもここの連中にはやらないことをおすすめしますよ」
「じゃあ、あなたたちも……」
「当たり前です。ここに野営が築かれたのは、私たちがやってくるずっと前なのです」
ノードンという冒険者が声高らかに主張する。
その通りなのか、天幕へと引っ込んだ冒険者は何も言わず、けれど忌々しい視線だけは飛ばしてくる。
「攻略を始めたのは一か月ほど前だけど進捗は絶望的やし」
「マジやばーい!」
さっきからマジやばーいとしか言ってないウルに視線を向けると、
「ああ、こいつは呪われてるからそれしか喋れないんだ。会話の意味は俺が分かるから気にするんな」
「それもキモい。けどもっとキモいのは進捗度だよ」
「進捗度?」
「ああ、ここは七つの部屋に分かれてその七つにボスが存在しているんです」
「俺たちがやってきたときはまだ、最初の部屋しか攻略されてなかったんやし」
なのに冒険者たちはかなりの数が溢れていた。
「カレキングってやつが厄介で、吸い込まれた冒険者が操られて同士討ちが起こった。それを恐れた腰抜けどもがずっとここで野営してるってわけだよ」
「マジやばーい!」
「ああその通りだ、ウル。それは一週間前の話。でさっき、三体目のググルマワリを倒した」
「じゃあ、キミたちが来てから順調ってことか……」
「いやそうも行かないのです」
「次の部屋は左右に分かれていてどちらにもボスが存在するが、その手前の部屋を通り過ぎると引き返せない」
「となると圧倒的に人数が足りないのです」
「僕たちはもちろん手伝うけど……それでも人数が足りなくない?」
「ええ、ですから困っているのです」
「こういうのはどう?」
アリーが言う。
「私とレシュリーを手伝ってくれたら食料を渡すわ。であなたたち五人と反対の部屋を担当する」
“ウィッカ”というのはイロスエーサが前に口に出したことがあったけれど、集配社の名前だということは知っていた。
そしてその“ウィッカ”の集配員の態度はここにいる冒険者に心証が良くない。おそらく手伝ってはくれないだろう。
けど今来たばかりの僕たちの心証はまだ良いも悪いもない。
アリーの提案に冒険者が口を開く。
「けどそれって、食料もらって死にに行け、ってことだろ……だったら食料なんか意味ねぇよ」
「違うわ。私たちは合格するもの。手伝ってくれた人はここから脱出できるの。そしてそれを手伝ってくれるなら……」
アリーは【収納】からあらゆる食べ物を地面に落とす。
「食料を渡すわ」
それは手伝ってくれた人ではなく、全員にという意味だと冒険者たち全員が理解する。
けれど天幕の冒険者たちはアリーたちが豪語するだけで失敗すると思っている。だからここで立候補するのは自殺行為だった。
けれどここでその自殺志願者が出なければ、自分たちが生きるための食料が手に入らない。
葛藤が続くなか、アリーの【収納】から、死ぬ前にはもう一度食べたいと思い描いた食料が落ちてくる。それは人ぞれぞれだが全員の嗜好に合うようなものがそれぞれ存在していた。
喉から手が出るほどに欲しい食べ物。けれどそれを手に入れるには誰かが犠牲にならなければならない。全員がお前が行けと言わんばかりに視線を送る。
そんななか、手を挙げたのは四人。
「オデたちが行くぽん」
レジーグ、ダイエタリー、ヴィーガン、クライスコス。
一番奥の天幕から姿を見せた四人はどことなく疲れてはいるが、まだ健康的な顔色をしていた。
それぞれが簡単に自己紹介をすると、もういいだろうとまるで痺れを切らした猟犬が獲物に飛びかかるようにアリーが落とした食料へと冒険者が群がっていく。
「マジやばーい!」
「キモキモキモキモッ」
ウルとトゥーリがその姿を侮蔑する。
レジーグたちに合流した僕たちは、“ウィッカ”の面々が向かった部屋とは反対の部屋へと向かっていく。
その間にレジーグたちに簡単に調理した食べ物を渡していく。アリーの食料は約束通り全部渡したけれど僕の食料はまだある。
アリーは魔物の肉と合わせて調理するように野菜などを多く持っていたけど、僕の食料は調理したものが多い。【収納】された料理は温度もそのまま維持できるため、温かい料理をその場で提供できる。
すぐに戦闘しなければならない場面で温かい料理というのはありがたいのか、四人は感謝して料理を食べ尽くした。
何個かの回復錠剤も渡し、部屋の中へと入っていく。
出迎えたのはドスッギーと呼ばれる魔物。 一言で言えば植物型の竜だった。
常緑針葉樹の胴体、もっと詳しく言えば杉の胴体。後ろにいくほど葉が細くなっていた。杉をそのまま横にしたような姿。そこから同じく杉の首が生える。横にした杉に縦の杉が生えたかのような胴体。首は上にいくほど細くなり、先端にはまた杉を横にしたような頭があった。
四肢はすべて幹で、葉には覆われておらず褐色の樹皮が見えた。
ドスッギーが足踏みするたびに全身が揺れ、全身から黄色い粉が舞う。
それは花粉だった。
花粉が舞い、鼻に到達するとくしゃみが出た。
口に長い布を当てて後頭部で結ぶ。簡易の防塵具を作る。
目がまだしぱしぱするけれど、結果的に言うとそれだけだった。
くしゃみで魔法が中断してしまうのが厄介だったけれど幸いなのか魔法士系複合職はいない。
さらにいえば花粉は炎魔法で爆発を引き起こしドスッギーに引火するためアリーの独壇場だった。
ドスッギーを倒し先に進むが、通路は行き止まり。
まだ、“ウィッカ”の面々の攻略が終わっていないのだ。こればっかりは祈るしかない。少し広い通路に座って、小一時間待つとゴゴゴという地響きとともに部屋の入口が作られる。
「マジやばーい!」
「やれやれ……そちらの攻略は簡単だったのですか……」
出てきたのはノードンとウルのふたりだけだった。
「他のふたりは?」
「マジやばーい!」
「なんて?」
「彼女の言葉は私が慈悲を与えたとしても理解できませんよ。けど見ての通りです。 トゥーリとティレー、ステゴは死にました。残ったのはふたりですよ」
機に食わなそうにノードンは告げて、僕たちが食べていた料理の鍋を一瞥。何も言わずに座り込んでその料理を食べた。
「マジやばーい!」
ウルがそう言って視線を向けてくる。
「食べたかったらどうぞ」
彼女は少し涙目のようにも見えた。
食事を終えて、部屋の中を見渡す。
部屋に入らなければ、そこにいるボスは襲ってこないというのは変な話だけど、ボスは観察できる。
と思ったけれどそのボスの姿はない。
「身を隠してみるみたいね」
腹ごしらえは全員ができていた。
「さっきは何もできなかったら先頭は任せるぽん」
レジーグはかなりの重装備で、前衛を担当していたが、ドスッギーとの戦いではくしゃみが止まらず身動きが取れなかった。
その挽回と言わんばかりに前衛を買って出ていた。
全員が部屋に入り、レジーグが少し前に出る。
「ぐしゃあああああああああ」
地面から生えてきたのはハエトリグサだった。大きく口を開けてレジーグが飲み込まれる。一瞬だった。
再びハエトリグサが姿を消す。
「散開っ!」
全員が散り散りになり、糸口を探す。
ダイエタリー、ヴィーガン、クライスコスと犠牲になり、あっという間に四人だけになる。
それでも糸口は見えていた。予兆の小さな地響きのあと、真下からハエトリグサが飛び出してくると分かれば避けやすい。飛び出してきたハエトリグサに傷を与えていくと、速度が上がる。
「速度が上がっただけなら、このまま突破です」
とノードンが油断した瞬間だった。
ハエトリグサが飛び出しているのに、ノードンの真下からハエトリグサが飛び出してノードンを咥える。
ダイエタリーとクライスコス、ヴィーガンとレジーグを飲み込んだハエトリグサの口の歯の形が違っていたため、実は二体いると推測していたが、共有はしていなかった。てっきりノードンも気づいていると思っていたが実はそんなことはなかったのかもしれない。さらに言えば小さな地響きがあったのにノードンは聞き逃していたらしい。
「マジやばーい!」
二体のハエトリグサが飛び出したところで、小さいどころではない揺れが発生。
「アリー!」
【蜘蛛巣球】で天井に張りついた僕の手をアリーが掴んだところで地面が崩落する。
ウルだけがそのまま落下。その下にはハエトリグサの大きな口があった。
今まで戦っていた飛び出てくるハエトリグサはそのハエトリグサの手だったのだ。
「マジやばーい!」
ウルが僕たちを見ながら落下し、ハエトリグサに食べられてしまう。
けれどここまで姿を見せたということは最終形態なのだろう。
全力を出してぶつかっていく。
***
露草色の宝石“一時の栄光”を手にして僕たちは安堵する。
ぎりぎりの戦いだった。
宝石があった部屋には他の試練にあった部屋とは違い、七つの窪みがあった。
そこに試しに宝石をはめてみると一瞬光に包まれて、気づけば上級職になっていた。
まるで植えつけられたかのように上級職の知識と、エンドコンテンツ? という謎の迷宮の知識を持っていた。
「アリー?」
「私も同じよ、不思議な気分」
これが上級職になった感覚なんだろうか。僕は錬金術師へと、アリーは超剣師へとなっていた。
そのまま出口へと向かっていく。
***
その頃、封印の肉林の最初の部屋で野営をしていた冒険者たちは絶望していた。
野営していた冒険者たちがやっとの思いで倒した最初のボス、カグヤヒメが復活していたのだ。
封印の肉林のボスは、最後のボスが倒されるか、封印の肉林内に生存する冒険者がいなくなるまで復活しない。
つまり、カグヤヒメの復活は封印の肉林の最初からやり直しを意味していた。
そんなことできるはずがない。
アリーからもらった食料は全員が好き勝手に使ってもはや手元に残っていない。一瞬の満腹のために節約を忘れたツケだった。
いずれ来る破滅が一日でも遅くなるように、と野営の冒険者たちは祈るだけだった。




