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tenth  作者: 大友 鎬
異章
827/873

渇き餓える世界

 アリーとともに色々な冒険をして一年が経った。

「久しぶりでござるな」

 コジロウとの約束通り、原点回帰の島で合流した。

 この島で合流したのは弟子探しの意味もあった。

 鮮血の三角陣(レッドトライアングル)に挑戦するためにはランク3の冒険者が必要で、新人の宴ザニュービーズデビューで昨日合格した冒険者たちを勧誘するのが一番手っ取り早い。

 案の定と言えば案の定だけれど、イロスエーサも来ていた。とはいえこちらには合流せず、新人の情報だけ教えて去っていった。集配社の新人勧誘も兼ねているらしく今日は忙しいらしい。


 ***


 弟子は意外な形で見つかった。

 僕たち師匠側の実力を逆に見てやろうと画策したランク1の冒険者ミセスに賛同したアンダーソン、マムシ、インデシルの四人と止めに入ったランク1の冒険者ジョレスとユテロ、デデビビ、アテシアにクレイン。

 数に都合が良い、ってだけでなんやかんやで弟子にした。

 デデビビとユテロは投球士で僕が落第者になって以降、激減していた投球士が、ここに来て盛り返していた。

 クレインは魔力がないらしいが魔法士でなんとかランク1になったらしい。それを聞いた師匠候補のランク5の冒険者たちはそれだけで彼女を弟子にするのを止めていたそうで彼女はそれを素直に僕たちに告白した。

「どうでもいいよ」

 僕は素っ気なく言った。その選択でもしクレインが死んだとき、後悔するのかしないのかはクレイン次第だ。

 きちんとランク3になるまでは一緒に旅をするつもりだったし、僕たちが保証できるのはそれまで。

 そう伝えるとなぜかクレインは嬉しげだった。


 ***


 少しだけ祭りを楽しんで、帰りの船に乗る。自分がランク1のときはアリーに会いたくて、お祭りを楽しむなんてことをしなかったから新鮮だった。

 弟子は弟子で楽しませておいた。コジロウが空気を察して、引率を引き受けてくれる。

「色々旅したけどさ、たまにはいいよね、こういうのも」

 アリーとの旅する中で行かなかったのは空中庭園とウィンターズ島ぐらいだっただろうか。もちろん誰も入ったことがない異端の島は除いて。

 原点回帰の島よりも小さい、商人になるために訪れる一念発起の島は意外と新鮮だった。依頼を受けるか商人になるためか、じゃないと冒険者は立ち入れないその島は未来の商人たちで溢れていた。

 今の原点回帰の島と同じ状態だ。弟子たちもこの後の冒険に夢を見ている。

 お互い少しだけ気が抜けて、張り詰めた表情が柔らかくなっていた。

 ふたりっきりでお祭りを楽しんで、コジロウと合流する。

 さすがに九人の引率は疲れたのか、コジロウには疲弊が見てとれた。


 ***


 三日もしないうちに共闘の園(タッグパーティー)があるということで全員を複合職にした。

 投球士のデデビビとユテロはどちらも魔球士になり、ジョレスは狩士、アンダーソンは吸魔士、ミセスが魔聖剣士でマムシが暗殺士、インデジルが聖球士になった。クレインは賢士になりたいと相談があって、僕は前と同じように告げた。おそらく僕が落第者になったときのように苦労の連続だろうけど、それは本人も望むところなのだろう。

 そこからきっちりと基礎を鍛えて、共闘の園(タッグパーティー)へと挑んでもらった。

 相性的に誰とでも連携がうまくいったアテシアだけは誰か相方を探してもらうようにお願いして、残りの8人はそれぞれで組むように指示をしておいた。

 結果として全員が合格した。デデビビについてはクレインと組むこともあってきっちりと援護を叩き込んでおいたのが功を奏した。アテシアもグレイ・ザーズ・ジュリアという魔物使士と組んで合格していた。彼の操る蝙蝠系魔物の足に捕まって曲芸的な射撃を見せたらしく、少し噂になっていた。

 そのままグレイも僕たちに合流し、その一月後に行われる人形の狂乱(ドールズカーニバル)までの間、依頼を受けながら経験稼ぎに勤しんだ。

 この頃から経験も含めて実力に差が見えてくる。

 一番顕著なのはクレインだ。クレインは才覚〈無魔〉によって魔力がない。癒術系複合職ならば癒術が使えなくとも棒術技能がある。癒術系複合職と違って魔法士系複合職には魔法以外の技能がない。魔法士系複合職にも棒術技能に似たような技能があればまだ救われるのだろうが、そんなものは存在していない。それを知ったうえでクレインは魔法士を選び、そして賢士になった。賢士は魔法と癒術しか使えない。つまり魔力がないクレインは杖で戦う以外何もできないのだ。魔巻物は使用者の魔力を使うため、クレインにはそれすらもできないのだ。

 差が明確に見え始めて焦っているはずなのにクレインは弱音を吐かない。僕はそれが危うく映る。

 それでもクレインには賢士でありたい何かがあるのだ。

「魔道士に転職してみない、って言うべきかな?」

 僕のほうが参ってアリーに相談してみた。魔道士になれば剣技技能は使えないが、剣が使える。脆い杖よりは頑丈で防御もしやすい。それだけでまだ戦いやすくなるはずだ。

「賢士に執着しているように見えるし、転職の提案はたぶん逆効果だわ」

 アリーも心配しているがクレインに告げるべき言葉はお互いに見つからなかった。

 結局、人形の狂乱(ドールズカーニバル)でPKの不意打ちにあって、クレインは死んだ。

 魔道士への転職を提案すべきだったのかどうか分からないまま永遠の別れとなってしまい、僕は悔いた。

 クレインの死亡で特にデデビビの落ち込みが顕著だったけれど、ゆっくりと会話し、僕の後悔も話した。

 やがてデデビビも他の弟子たちも立ち直って、鮮血の三角陣(レッドトライアングル)に挑むことになった。

 全員が合格していれば、グレイを他のランク5冒険者に預ける算段だったけれど、クレインの穴埋めのように僕の弟子に収まってもらった。


 ***


 そのまま、鮮血の三角陣(レッドトライアングル)の日まで依頼をこなして、いよいよ当日を迎えた。

 弟子たちには無理をしないことを言い聞かせてある。

 僕たちの相手はデュラハンだけど、弟子たちの相手は明らかに格上のレッドキャップになる。系統としてはゴブリンだが、帽子が冒険者の血で濡れているという逸話があるほど獰猛でゴブリンの比にはならない。

 僕が試練会場の一室で中央に立つ。 地面には正三角形を四つ組み合わせた正三角形となるように線が引かれ、四つの三角形の中央に僕がいた。

 同室にはデデビビ、アテシア、グレイ。僕から見てデデビビが右下、アテシアが左下、グレイが上の三角形の中央に立つ。

 全員が定位置につくと地面に引かれていた線から結界が展開。それぞれが行き来できないようになると、僕の前にはデュラハンが、デデビビたちの前にはレッドキャップが出現していた。

 首無し騎士であるデュラハンが腕に抱えるのは、アリーの顔。動揺よりも何よりも先にアリーを勝手に利用したという怒りが沸いた。

 ディオレスがここで自殺したのは、デュラハンの顔がもうすでに亡くなった想い人だったからだろう。

 僕が相手をするデュラハンが持っている顔の人物は――つまりアリーはまだ生きている。

 だからデュラハンの持つ顔は偽物でしかない。簡単に割り切れた。

「ははっ」

 ディオレスの前例があるから自分もどうにかなってしまうのではないかという懸念があったけれど、全然そんなことなかって笑いが零れた。

「レシュリーさん?」

 声は聞こえるのか、笑い声に弟子たちが注目する。

「なんでもない、さっさと終わらせる」



 ***


 柚葉色の宝石“渇き餓える世界”を手に、アリーとコジロウが終わるのを待つ。

 言葉通り、デュラハンとの戦いをさっさと終わらせた。

 デデビビもアテシアもグレイもあまりの速さに呆気に取られていたけれど、誰もレッドキャップに追いつめられていたわけでもないので、もう少し長引いたとしても全員が生き残っていたことだろう。

 三人の成長に安堵しているとアリーが宝石を手に出てくる。

「アリーも合格したんだね」

 そう信じていたけれど、僕は言葉にする。

 どこかアリーは元気がなかった。

「アンダーソンが死んだわ」

 その口から原因を告げる。アリーとともに試練を受けたのは、アンダーソンとジョレスとミセスだった。三人とも安定した強さがあったけれど何が起こるか分からない。

「……」

 こういうときの慰める言葉がすぐに出てこない。ただアリーを抱きしめた。

 まるで悲しみを共有するように。

 しばらくそうしているとアリーが落ち着いたのか、それとも恥ずかしいのか、抱きしめていた僕の腕を壁を背に座った。僕もその隣に座る。

 弟子たちは宝石を取る必要がないから、試練終了後、戦闘をしていた部屋にそのままいるはずだ。

「レシュリーさん、アリーさん!」

 遠くから騒がしい足音とともに弟子の声が聞こえている。

「どこにいるんですかっ? 大変なんです」

 歓喜、ではなくどこか切羽詰まっているような声。

 僕たちが声が聞こえる方向に姿を見せると、

「コジロウさんがっ! コジロウさんがっ!」

 デデビビの表情は青ざめていた。

 手分けしていたのだろう、アテシアやグレイとともにコジロウが戦っていた部屋へ向かう。

 部屋に入るとジョレスとミセスが唖然として立っており、そこには三つの死体があった。

 マムシ、インデシル、そしてコジロウの――。唯一生き残ったユテロがコジロウの遺体に縋って泣いていた。

「何があったの……?」

 アリーが呆然と問いかける。

「分かりません」

 デデビビが代弁する。ユテロは何も答えない。

 ただコジロウが死んだという事実が重くのしかかった。挙句、マムシ、インデシルもレッドキャップの戦いに耐えきれなかったというのか。それも納得がいかなかった。

「何があったのっ!」

 唯一、この惨状を知るユテロにアリーが問いかかる。少し口調が強くなっているのは泣いてばかりでユテロが何も教えてくれないからだろう。

「わだ」

 ユテロは何か答えなくては、としゃべり始める。

「わだじにも分がんね……、デュラハンが出てきたと思ったら、その姿見て、突然動がなくなっで……」

 鼻声で、鼻水を啜りながらユテロは説明する。

「わだじたちも何度も声をかけだんだけども……返事なぐで……マムシもインデシルも、そっちにばっが意識取られで、レッドキャップに……」

「もういい、もういいわ」

 アリーがユテロを抱きしめる。耐えきれなくなって、ふたりして泣いていた。

 コジロウはデュラハンが抱える顔を見えて正気じゃいられなくなった。その顔は誰だったのだろうか。コジロウはディオレスが拾った子だと前に説明を受けていた。もしかしたら捨てた親の顔だったのかもしれない。でもだとしたら怒りが湧きそうで、動揺するようには思えない。

 けどそれが原因でコジロウはデュラハンによって殺された。正気じゃいられなくなったコジロウをなんとかしようとしてマムシもインデシルもコジロウに声をかけ続けた。確かにそれに意識を割いていたしまっていたら、レッドキャップの戦いに耐えきれない。格上相手にハンデをつけて戦っているようなものだ。

 唯一、ユテロだけが自分の命を優先した。もちろん責めるつもりはない。もとより魔球士で距離を取っていただけかもしれないのだ。

「帰ろう」

 元気なく僕は告げる。

「生き残ったみんなで」

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