見放されるのは命
アジトに引き込まれるとすぐ近くの椅子に座らされた。
「俺はディオレス。あっちがコジロウ」
ディオレスは自分を指したあと、奥にいる冒険者を指しそう告げる。簡単な自己紹介だろう。
「でイロスエーサからはどこまで聞いた?」
「どこって。死んだ、って言われたよ」
「大まかにあってる」
「どこが!? 嘘つくなよ」
「落ち着け。死んだようなもんだ。でも生き返る機会もある」
「人形の狂乱の仕組みを説明したほうがいいでござる」
「だな。人形の狂乱っていうのはランク3になる試練で、多数対多数の対戦で、ボスであるドールマスターと試練で敗北した冒険者達のクローンと戦う。試練は一ヶ月に一度。一ヶ月ごとに敗北した冒険者はひとりを除いて全員が解放される。なんとなく分かるか? なぜひとりを残すのか?」
「生贄とか……?」
「まあそんなもんだ。残されたひとりは次のドールマスターになる。先月、アリーはその試練で敗北した。そして今月のドールマスターはアリーにしつこく付きまとっていた男。そして次のドールマスターの選定は今のドールマスターの好みだ。となればわかるよな?」
「次のドールマスターにアリーが?」
「ああ、だから死んだようなもの、ってことさ。選ばれたら絶対に助けられない。だが今ならまだ助ける方法もある。生き返る機会っていうのはそういうことだ。まだ囚われている状態ってことだな」
「どうやれば助けられるの?」
「今月の人形の狂乱に勝利できれば、先月の敗北者は全員が解放される」
「なら入念に準備して……」
「始まるのは明後日だ。明らかにお前は準備不足。だが……お前はともかくアリーは死なせたくない」
「準備ができなくなっていい。それでも僕は助けるよ」
「そうかい。なら助かる。コジロウも言っても聞かなくてな」
ディオレスは僕を引き留める、と思ったけれどそんなことはなかった。
「期待してるぞ、〈双腕〉」
「知ってたんですか」
「アリーから聞いた。お前の話ばかりで正直うざかったぞ」
「そうですか」
ちょっと嬉しくなる。
「ちなみに三人無事で帰ってきたら……」
「帰ってきたら?」
「お前を俺の弟子にしてやる」
心底嫌な顔をした。
「おいおい。俺は一応[十本指]のひとりなんだがなあ」
***
翌日は時間がないなか、コジロウとの修行することになった。
「驚いて欲しくないので、最初に見せておくでござるよ」
そう言って、コジロウは男の姿から女の姿に、女の姿から男の姿になっていく。
「才覚なんですか」
「みたいでござる。〈中性〉と言ったでござったかな」
その姿を見た後は実戦形式の戦闘を行った。
コジロウは盗士系複合職のひとつ、忍士でかなり素早い。
目をこらしてもその姿は追えずそういうときは移動先を推測して投球する必要があると思い知らされた。
当てれたのは二度か三度、コジロウが少しだけ直線的な移動をしたときだけだった。
「数度だけとはいえ、当てれるとは大したものでござる」
「正直、そのとき手加減とかしたでしょ?」
「とんでもないでござるよ。レシュリー殿の予測が拙者の動きを上回ったまで。拙者もまだまだでござる」
そんな具合に何度か実戦形式の戦闘をして、僕たちは人形の狂乱の日を迎えた。
***
人形の狂乱の登録を済まして開始まで待っているとコジロウが話しかけてくる。
「どうやらプレイヤーキラーがいるようでござる」
「プレイヤーキラー?」
「人形の狂乱の勝利条件はドールマスターを倒すことでござるが、それを無視して拙者たちを攻撃してくる冒険者のことでござる」
「何が面白いの、それ」
「例えばここで拙者がレシュリー殿を殺したら、普通に指名手配され賞金首になるでござるが、人形の狂乱ではそれが適応されないのでござる」
「なるほど。それは冒険者を殺してみたい冒険者にとっては好都合だね」
「しかも今回はクローン四十人に対して、こちらはだいたい十五人ほどでござる。少人数だと見送る冒険者もいるでござるから少ないほうでござる」
「それだけ十五人のうちプレイヤーキラーを除いた何人かは助けたい誰かがいるのか」
「拙者たちがアリー殿を助けたいように、他の誰かも助けたい冒険者がドールマスターになるのを防ごうとしているでござるよ」
「でも今回はアリーなんじゃ?」
「そ拙者たちももしかしたらアリー殿が、というような情報で動いているだけで確定ではないでござるが、そういう情報がある限り見逃せないでござろう?」
「それはもちろん」
そうやって話していると共闘の園で味わった心地の悪い転移の感触が僕に襲いかかり、試練の始まりを告げた。
***
転移先は鍾乳洞のような場所だった。上を見上げると、蟲の繭のようなものが無数に吊るされている。あそこに冒険者が捕らえれているんだろうか。
「噂ではミトルーダの森にある洞穴らしいでござる。誰も見つけれた者はいないらしいでござるが」
コジロウが転移先の情報をくれるなか、僕は辺りを見渡し、他の参加者を確認する。
見慣れたところから行くと、アルフォードにアーネック、リアネットの三人組。
それ以外だと主従関係のような二人組が多い。
会話のからそれぞれの名前が判明する。ルクスにマイカ、アエイウにエミリー。
それ以外だと男女の二人組に舌なめずりをする男がいた。
ざっと十二人が正当な参加者だった。ドールマスターのクローンの数を聞いて何人か諦めたのかもしれない。
クローンとはいえ、アリーがドールマスターの男にべったりと密着している姿にいら立つ。
「落ち着くでござる。あれはあくまでクローンでござるよ」
「分かってる……」
コジロウに宥められた僕とは違って、舌なめずり男が戦闘開始とともに走り出す。
「フィスレェェェ!」
仲間か、あるいは恋人の名前だろうか。
「何捕まってやがんだッ! てめぇは俺がぶち殺す。おとなしく正気に戻りやがれつーの!」
「クローンを殺すな!」
アルフォードが叫び、その男を止めようと走り出す。クローンへの攻撃はそのまま、繭に眠る元の冒険者への傷へとなる。致命傷を与えてはいけない。
舌なめずり男の怒号があまりにも気迫があったため、その男が人形の狂乱のことを何も把握していないと勘違いしたのかもしれない。
「んなこたぁ分かってるっ」という怒号と「くっだらねぇ」という叫び声が重なる。
途中で足を止めた舌なめずり男は振り返り、その光景を見て、唖然。追いかけようとしていたアルフォードも自分の近くで起こった悲劇に足を止める。
くだらない、と叫んだ男はペアだと思った女冒険者を足蹴にしていた。その女冒険者の背中には短剣が突き刺さっている。
「ヒャヒヒヒ、どいつもこいつもくっだらねぇぞ。殺せるんだから殺しておけよ。ハイベル様はそうする」
ハイベルは女冒険者を再度、足蹴にして今度は舌なめずり男が向かっていたフィスレのクローンへと向かう。
「誰も殺させるな」
アルフォードが吠え、走り出す。狙いが分かった舌なめずり男が己が肉体でフィスレへと体当たり。クローンへの攻撃を防ぐ。
だがいち早く態勢を立て直したハイベルは短剣をシッタの肩へと突き刺した。
「ヒャヒヒ、だから言ったろうが!」
間違いなくハイベルはコジロウの言っていたPKだ。アルフォードがハイベルを突き飛ばし、舌なめずり男を救出。
「こっちだ」
僕が【転移球】によって舌なめずり男を壁際へと避難させる。入れ替わるようにアーネックが迫るクローンの前へと立ちはだかる。風圧でクローンを吹き飛ばす。
「リアン、回復を」
ハイベルと鍔迫り合いをしながら、リアネットへと指示が飛ぶ。けれど、反応がない。
リアネットはハイベルが足蹴にした女冒険者を回復しようとしていたはずだ。
僕が視線を向けると、アルフォードもハイベルとの戦闘を放棄して、リアネットのほうへと向かっていた。
女冒険者の手には短剣。リアネットが胸を刺されて倒れる姿があった。
「回復が一番できそうな子はウチが殺しといてあげたわよ、ハイベル」
「ヒャヒ、やっぱりこの作戦はサッイコォオオオオオだぜ、アリーン」
ふたりして叫ぶ。アリーンに刺さっていた短剣は偽物。刃がない柄だけが背中についていただけで、出血のように見えた血は血糊だった。
「「リアン!」」
アルフォードだけでなく、アーネックも駆けつける。
「拙者がクローンを抑えるでござるよ」
アーネックが抜けてまずいのは迫るクローンだろう。ルクスにマイカも一緒に飛び出していく。
「こんなんじゃ足しにならないだろうけど」
【回復球】を僕はリアネットに投げるけれど雀の涙。致命傷に近い傷はそんなに簡単に治るものでもない。
「リアン!」
アルフォードが回復錠剤を取り出してリアネットに飲ませ続けるが、【回復球】も回復錠剤もリアネットの体内にある回復細胞を活性化させて傷を癒す。
今は回復細胞が死滅してゆく状態では間に合わない。アーネックが激高しアリーンを狙うがハイベルの妨害もあってか、なかなか好転しない。
アルフォードの胸に下げたペンダントが光り、その光がだんだんと小さくなっていく。
「ダメだっ、ダメだダメだダメだ!」
アルフォードが涙を流し、リアネットの手を握る。そのペンダントはもしかしたら仲間の危機に強く反応し、その光がなくなると死を知らせるものなのかもしれない。
「ごめんね」と言葉にならない言葉がリネットの口から零れ落ちたような気がした。
「くそっ、こんなときに蘇生ができればっ!」
その言葉が強く胸をつんざく。【蘇生】はないけれど【蘇生球】はある。僕は覚えていた。けれど僕がその【蘇生球】を覚えたのはアリーに万が一があったためだ。だから、使うのを躊躇った。覚えていることを伝えるのさえ躊躇った。
リアネットと僕の関係は、それを使ってもいいと思えるほど濃厚ではない。希薄だった。
【蘇生球】を使用したときの精神摩耗ぐあいは酷い。知り合い程度のリアネットに使う価値はあるのか。
けれど覚えているのに使わないのはまるで見殺しにすると言っているようなものではないか。
葛藤のすえ、僕は使わなかった。
そのままリアネットは息絶えていく。
罪悪感になぜか押しつぶされそうになるのを隠して、
「仇をキミたちが討つんだ。援護はする」
言い訳がましくそんなことさえも言った。
「俺さまも手伝ってやる。その女もいずれ俺さまのものにする予定だった。それが死ぬのは許されない。あのアリーンとかいう女に償わせる。お前たちは男のほうをやれ」
***
怒りの力はすさまじかった。
アリーンがすぐさまアエイウの手によって捕縛されるとアルフォードとアーネックの連携がハイベルを亡き者にした。ふたりとも涙と怒りで顔がぐちゃぐちゃだった。それでも、まだ人形の狂乱の最中というのが残酷だった。
舌なめずり男に【回復球】を施す。
「助かった。俺はシッタだ。シッタ・ナメズリー。感謝するぜ。にしてもPKか。俺が冷静であればもう少し……」
「キミが罪悪感を覚えることないでしょ」
【蘇生球】が使えたのに使わなかった僕より、ずっとましだ。
「せめてこの人形の狂乱は合格させて上げたいよな。死んだとしても参加してりゃ一応ランクは上がる」
「そうなんだ。じゃ合格しないとね」
回復した僕とシッタがクローンを駆け抜けていく。時には【転移球】を使って、どうしても避けれないときは【蜘蛛巣球】で傷つけないようにクローンの身動きを止めて。
今まで頑張ってもらっていたコジロウ、ルクスにマイカに代わって、僕とシッタがドールマスターへと近づく。
いい加減、クローンのアリーとイチャイチャするのはやめてほしかった。
勢いのまま、怒りのまま、僕は薬剤士が使える【合成】によって作り出した【回転戻球】をドールマスターへとぶつける。その威力はすさまじいものでドールマスターの顔が吹き飛ぶほどだった。けれど僕の怒りは収まらない。
アリーのクローンが驚いてその身をドールマスターから離した隙に【破裂球】をドールマスターの腹へと打ちつける。食い込んだ【破裂球】が破裂。ドールマスターの体内へと破片を飛ばしてドールマスターを肉片に変えた。
「おいおいおい、ちょっとやりすぎだろ……」
シッタも引いていたが合格は合格だ。すべてのクローンが消え、天井の繭が落ちてくる。繭がほどけアリーの姿を確認したけれど転移が始まる。
あと一歩なのに、僕の手はアリーに届かない。
僕は消えた。
***
赤褐色の宝石“見放されるのは命”が積まれた部屋に合格者が転移されていく。
そこにリアネットの遺体もあった。アルフォードはリアネットの手に赤褐色の宝石を持たせ、涙を流している。アーネックも一緒だ。
その死をシッタも一緒に嘆いていた。
対照的にハイベルの遺体は放置されている。仲間のアリーンはアエイウが捕縛し今は気絶しているのかアエイウに背負われていた。
「アリーはこっちでござるよ」
囚われていた冒険者たちがどこにいるのかコジロウは知っているようだった。僕はおとなしくついていく。
***
倒れているアリーが起きるのを待っていると
目覚めた直後、「きゃああああああああああ」とアリーは絶叫した。
いやところどころ「ぎゃあああああああああ」「うわああああああああああ」阿鼻叫喚だった。
「クローンの記憶はそのまま引き継がれるのでござる。まるでそれが罰のように」
「そんな……」
全員がまるで罪を背負うように、罰を受けるように、涙を流し、鼻水をたらし、涎をたらし、そして叫ぶ。心身ともにボロボロにされたその状態で、それでも叫んでいた。
ぐったりとなったアリーは支える僕より先にコジロウに気づき、言った。恨むような目で。
「なんで、助けたのよ!!!」
「ディオレスの計画が狂う可能性があったから、と言ったら怒るでござるか?」
「……本当にそうなら、ね」
「そうでござるよ」
アリーは拳を振り上げコジロウを殴ろうとするが、支える僕に気づく。
「レシュリー……」
僕に気づいてアリーは泣きそうになっていた。
「どうして?」
「僕はアリーを助けに来たんだ」
その言葉にアリーは震えた。
「嫌……嫌……」
後退りするアリー、僕はアリーを追うことはできなかった。
***
「おう、戻ってきたか」
ディオレスは帰ってきたコジロウと僕をねぎらうように言った。
合格したかそうでないかはアリーが帰ってきたことで明らかになったので、ディオレスはそれ以上は何も言わなかった。
「アリーは?」
問いかけるとディオレスはアリーの部屋に視線を向ける。なんとか帰ってきてくれていたらしい。
「実は言ってなかったが……二年前、お前が落第者になったとき教官が消えただろう?」
「えっ……どうしてそれを?」
「あれは実はアリーの父親だ。けど誤解するな、お前が落第したから教官は逃げたんじゃない。やむにやまれぬ理由があった」
ディオレスは告げる。
「けれどアリーはそれに責任を感じてる。だから落第者と言われたお前のために、原点回帰の島に修行しに行った。あれはお前を助けるためだ」
「……」
「だからお前は本当はアリーを助ける義理なんてなかった。だから助けれたことにまだ整理がつかないんだ」
「でも僕は……」
「放っておけ。いずれ出てくる。それよりも俺は改造屋狩りに行ってくる。それまでにアリーが出てこないようであれば、なんか作戦を考える」
そう言ってディオレスは出ていった。
***
「えっと……その、悪かったわね。いろいろ……。会いに来てくれてありがとう」
アリーが出てきたのはその翌日だった。その頃にはディオレスも改造屋狩りから戻ってきていた。
「ついでに高価なものが入ったぜ」
とディオレスは僕たちにユニコーンの角を見せる。
「とりあえず四等分にするが、煮るなり焼くなり好きにしろ」
ディオレスは豪快に笑って僕たちへと四等分されたユニコーンの角を渡していく。
「リゾネット、ハンソンって知ってるか?」
「新人の宴の時に少しだけ共闘した。ハルグでも見かけたよ、なんか柄の悪い人と一緒にいたね」
「その柄の悪い人ってのが改造屋だ。今名前に出したふたりは改造を試す実験台にされて死んだ」
「そっか」
あの時、話しかけれていれば僕は巻き込まれて実験台にされていたかもしれない。そういう意味では危険回避できたのだろう。
「結構、お前淡白だな。もうちょっと悲しむかと思ったが……」
ディオレスはあっけらかんとした表情で、けれどそれ以上は何も言わなかった。
「それよりもアリー。お前は来月人形の狂乱を受けて合格してこい。たぶん次は楽勝だ」
「先月もそう言われて失敗したんだけど……」
「次は大丈夫。たぶん。たぶんな」
ディオレスの言い方が不穏だったけど、アリーは翌月見事合格してみせた。
***
ヴィヴィネット・クラリスカット・アズナリ・ゴーウェン・ヴィスカット。
顔写真とともに酒場に手配書が貼られていたのを僕はじっと見つめていた。
僕たちが鮮血の三角陣に挑戦する前日のことだった。
「なんだ、知り合いか?」
「ちょっとね」
「こいつはキムナルの奴隷だな。首輪にW110って彫ってあるだろ」
「奴隷って……」
「[十本指]の嫌われ者だからな……平然とそういうことをする。大方、キムナルの罪を被ったんだろう」
じっと見つめる僕にディオレスはこう告げる。
「助けたいか?」
「いや、別に。そこまで親しい仲じゃない」
「そうか……けど……、明日の試練、少し見送っていいか……。なんか嫌な予感がする」
そのディオレスの予感は当たっていた。
***
翌日、
「その子がキムナルを殺した。今は逃亡中で、やべえやつがその後を追っている」
ディオレスは告げてどこかに消えていった。戻ってきたのはその夜でかなり傷だらけだった。
「何があったんですか?」
「ユーゴック・ジャスティネス。こいつも[十本指]のひとりだが、自己中正義野郎でな、どんなやつでも罪を犯せばぶち殺すって思想の持主。罪を償わせるって発想が欠如してるんだ」
「もしかしてその人が朝言ってたやべえやつですか」
「そうだ。そいつから、ヴィヴィネットだっけか、を保護してきたんだよ。いやあ、配下がいたせいでてこずったぜ」
ディオレスは笑っていた。
「でヴィヴィネットは?」
「もちろん刑務所だ。キムナル殺したのは事実だしな。でもお姉さんを助けるためだったってよ」
「いろんな事情があるんですね」
「あんま興味なさだな。リゾネット、ハンソンのときもそうだったが……他人との関係が希薄すぎる……」
「そうですか。でもそうかもですね。まあ僕にはアリーがいればいいし」
「惚気かよ……」
***
そんなディオレスも死んだ。
僕たちとともに挑んだ鮮血の三角陣で。
鮮血の三角陣はランク5の冒険者ひとりとランク3の冒険者三人で挑む試練で、僕たちランク3の冒険者は生き残ることで、次のランク4の的狩の塔へと挑戦権を得る。通称ランク3+。だから僕たちは生き残ればいい。
ディオレスが鮮血の三角陣のボス、デュラハンを倒すか倒されるまで。
なのに自ら命を絶った。首がないデュラハンは大切だった人の顔をその手に抱えているらしい。その顔がディオレスの最愛の人で、それを見たディオレスはまるで誘惑されるように自死した。
改造屋狩りに、ユーゴック・ジャスティネスの対決、それらをいともたやすく一人で解決して見せた、最強というならばこの人、と言わんばかりのディオレスが、あっけなく死んだ。
生き残った僕たちはランク3+に至ったけれど、失ったものは大きいのだろう。
コジロウとアリーがディオレスの遺体を前に泣き叫ぶ。
けれど僕はその後ろで涙も流さずに佇んでいた。




