交わらぬ嘘
娯楽都市ハルグは誘惑が多い街だった。本来は祝賀祭で勧誘してくる師匠とともに訪れ、師匠の性格によっては初めて本格的な賭場を訪れたりもするのかもしれない。歓楽街もあるらしくそういう経験を初めて済ます冒険者もいるのかもしれない。
師匠もいない僕はひとりで目立たないように、と隅を歩き宿屋を探す。歓楽街から外れた健全な宿屋の一室を数日予約すると僕は情報屋がいるという酒場へと赴く。
情報屋というのは通称で大体が集配社の集配員か、集配員まがいの仕事をする盗士系複合職の冒険者だ。
「人を探しています」
酒場の主にそう告げると、片隅のテーブルにいる冒険者へと視線が向けられ、顎であいつを訪ねろと合図が送られる。
紹介料として五イェンを手渡して、ついでに近くあった水のボトルも購入。【収納】後に紹介された冒険者の元へと向かう。
「誰をお探しである?」
整った髭を生やした珍妙な男に見えたけれど声質は女性だった。
「某、イロスエーサ・エンテロープ。集配社“救済同盟”の集配員ですぞ」
握手を求められたので応じる。
「お主は島から出てきたばかりであるな。情報が筒抜けでですぞ。とりあえず餞別に"保護封"を渡すである」
「お金はいいの?」
「どこにでも売っているものであるからな。あとで値段を調べられてぼったくりだったと言われたら“救済同盟”の恥になる」
そう言うイロスエーサから"保護封"を受け取る。このときにはすでに【分析】されていたのだけど、僕は何も知らなかった。
善意だけでイロスエーサは"保護封"を渡したわけではなかったのだ。
「それよりも探してほしい人とは?」
「アリー。アリテイシア・マーティン。放剣士でランクは僕が会った時は2だった。今は3かも」
「なるほど。承知したである。生死などは問わぬであるな?」
「死んでない」
「これは失礼。前金で500イェン。成功報酬500イェンであるがよろしいか?」
「分かった」
アビルアさんが新人の宴の合否賭博での儲けを少し僕に渡してくれていた。
それがなければ依頼できなかっただろう。
前金を渡すとついでのようにイロスエーサは告げる。
「報告には二~三日かかるであるから、職屋で副職をつけて、共闘の園に行くのを薦めてみるである」
「それはどうも。でもなんで?」
「歓楽街や賭場に行く気がないなら暇を持て余してしまうですぞ、きっと」
イロスエーサは僕がそういうところに行くような冒険者ではないと見抜いて提案していた。
***
イロスエーサの提案通り、僕は職屋で副職をつけることにした。
僕たち冒険者は基本職に副職を重ねることで複合職になれる。
僕が投球士だと伝えると職屋の主人は驚いていた。何を驚いているのだろうと少し思ったけれど、僕が落第して以降、投球士になった冒険者はゼロだったことを思い出す。そんな僕がやってきたのだから確かにそれは驚く。
驚いてしまったことを恥じたのか、職屋の主人は少し咳払いをして懇切丁寧に僕が就ける複合職を説明してくれた。長ったらしい説明は少し迷惑だったけれど主人の親切心を汲み取って、その説明に耳を傾けた。
「薬剤士にします」
そう告げると職屋の主人はまた驚いたが、いいんじゃないか、とすぐに取り繕った。数が少ないのは知っているが、自分の〈双腕〉が役立ちそうな気がした。
それにイロスエーサが「生死などは問わぬであるな?」と聞いてきたとき、本当ははっとした。もしかしたら出会った後、冒険を重ねる中で僕の目の前で死ぬ可能性もある。それに気づき、複合職の説明を聞いたうえでこれしかない、と思ったのだ。
主人にお礼を言うついでに共闘の園がいつあるのか、聞いてみた。
当然主人は知らなかったけれど、そういう情報は酒場に張り出されているらしい。
また酒場に戻ることに嘆息しながら職屋を出て酒場に戻る。
主人に言われた通り、確かに酒場の掲示板に共闘の園の開催日が載っていた。
開催日は明日だった。挑戦するのは二人組だが、その場で組めるらしい。
酒場には祝賀祭を切り上げた冒険者もちらほらといた。僕の顔を知っているはずだが浮かれているのか気づいていない。
けれど僕は悪口を言われたのを覚えているのでこそこそとその場を離れた。
酒場を出るとちょうど新人の宴でリアネットの杖を盗んだリゾネット、ハンソンが柄の悪い冒険者たちと裏路地に入っていくのが目に付く。あれがふたりの師匠たちだろう。声をかける義理もない。
さっさと宿屋に戻って僕は次の日に備えた。
***
共闘の園の集合場所には、すでに何人かの冒険者がいた。
「あ、落第者」
僕に気づいた誰かがそんなことを呟き、視線が集まる。気分が悪くなって、視線を逸らして少し離れる。
幸いそれ以上誰かが話しかけてくることもなかった。
時間になると集合場所には飛空艇がやってきた。書かれた魔方陣へ入ると艇内に転移する。
「すげー」だとか「仕組みはどうなってるんだ?」と騒ぐ冒険者がいたけれど、どう見ても【転移球】の原理とそっくりだった。
一時間弱で浮遊大陸が見えてきた。空中庭園とは違い、その浮遊大陸には名前がないが同じ場所に留まることもない。移動する浮遊大陸のため飛空艇で探す必要があるのだろう。
艇内の魔方陣で浮遊大陸に転移する。無数にある洞窟の入口に入れば共闘の園の始まりだろう。
二人組で来ていない冒険者たちは即興の二人組を作り出して、次々と入口へと入っていく。
目に見えて人が少なくなっていく。数を数えていたけれど、この場に来た冒険者は奇数だった。つまり余り者が出る。
「落第者」
僕がちょっと焦りだした頃、そんな声が耳に届く。集合場所で、僕に気づきそう呼んだ声と同じだった。
振り返ると見たような顔。――確か、リゾネット、ハンソンといた……リーネだった。
「わたしと組め」
「はあ……」
「気づいていると思うけど、ここにいる冒険者は奇数。だとしたらハブられるのはわたしか落第者」
「僕はともかくキミはなんで?」
「裏でこそこそ文句言うようなやつと組みたいやつはいないでしょ?」
リーネはすんなりとそう告げる。自己分析できているなら、言わなければいいのに。とは思ったけれど言わない。
「いいよ、組もう」
それでも僕はリーネの提案を受け入れた。リーネが小さく「ジネーゼが生きていればこんなことにならなかった」とぼやいたのが聞こえたからだ。
ジネーゼの死は僕に直接関係はない。それでもどこに見捨ててしまったという、小さな罪悪感があった。もっとも今まで忘れていたけど。
落第者と嫌われ者の二人組成立は、残った冒険者の焦りを加速させた。どっちかが残るという全員の予想を裏切って、僕たちは早々に共闘の園に進む。残ったひとりのことなんて知らない。
「今回きりだから、落第者」
「分かってる。共闘の園に合格したらお別れだ」
そう割り切った二人組だったけど、道程は順調。通路に出現したインペットの群れにも苦戦することなく、広間へと出る。
「ようやくきやがった」
待っていたのは新人の宴で出会った面々。
待ちくたびれたと声を出したのはアーネック。壁に背もたれ待っていたのはヴィヴィネット。地べたで悠長に寝そべっていたのは兄弟でもないのにそっくりなアンドレとカンドレ。
「なに、どういうこと?」
通路が閉鎖し戸惑うリーネに「分からねぇーけど、どうやら六人で戦うみたいだ」とアーネックは返答。
その頃にはガーゴイルが上空から急降下してきていた。
アーネックがガーゴイルの鋭利な爪を屠殺剣で受け止める。
「俺っちが止めてやるからよ、どうにかお前らで始末しろ」
雑な命令だった。それでもアーネックが止めてくれているのはありがたい。
速攻で【速球】をぶち込むとガーゴイルは動かなくなり、
「すげ……」
一瞬での戦闘に全員が呆気に取られていた。
「まあ、あとは頑張って。ほら、行こうリーネ」
「あんたと組んでよかったかも」
追いついてきたリーネがそんなことを言ってくる。
「そこ、悪口じゃないんだ」
照れ隠しに言い返すと、蹴られた。素直に痛い。
僕たちが選択した通路を他の四人は使えない仕様らしい。再び通路を歩くとまたインペットの群れが襲いかかってくる。
「あんた、きちんと援護してよ」
「当然」
リーネのつっけんどんな態度は少しアリーに似ている、なんて思うのは失礼だろうか。少しおかしくなって笑ってしまう。
「何、笑ってんのよ、落第者」
「うんうん。それがリーネらしくていいよ」
また蹴られた。それでもインペットの群れにはてこずることもなく、順調に大部屋まで歩を進めた。ガーゴイルのときと同じように空が見える。けれどそれは夜空だった。日は沈んでいて星々が輝いている。せっかくならアリーと見たかった。
残念ながら隣にいるのはリーネだ。
「時間切れ、なわけないか……」
大部屋には何もいなかったからリーネがそう勘違いするのも無理はない。
少しの間を置いて、その静寂を壊すように奥から僕たちのニ倍以上の背丈を持つサイクロプスがゆっくりと歩いてきた。
「弱点は目かな?」
「違うでしょ」
僕の問いにリーネはぶっきらぼうに答える。まあそうだろう。僕も適当に尋ねた。
試しに目にめがけて【火炎球】を投げる。サイクロプスが瞼を閉じて防ぐ。明らかに弱点を庇った動きだった。
「僕は目を狙い続ける!」
リーネに告げて、有言実行。延々に【速球】を投げ続ける。
「キミはどうする?」
「これ、師匠に持たされた」
リーネが取り出したのは魔巻物と呼ばれる魔法を込めた道具。
魔巻物から放たれた【雷気刃】がサイクロプスを切断する。
「こいつ、弱点魔法だから。そんなことしなくていい」
今度は僕が呆気にとられる番だった。
「ただ師匠にはガーゴイルは自分でなんとかしろ、って言われてたから」
「だから僕と組んでよかったってことか……ちなみにキミの師匠って……」
と言った頃にはリーネの姿はない。
リーネは僕を置いて先に進んでいた。
先に進むと山盛りに積まれた宝石があった。“交わらぬ嘘”と名づけれた宝石だった。
手に取ると変な違和感。【転移球】とは違う気持ち悪さ。
それに我慢していると宙に浮いていた。そして、一瞬で最初の入口に戻っている。
「じゃあ、これで。正直助かった、落第者」
リーネは僕が戻ってきたことを見届けて帰りの飛空艇に乗り込んだ。
僕の知らないところでセレッツォとハイレムという冒険者が謎の不審死を遂げていたことを知ったのは、ハルグに戻ってのことだった。
冒険者の死は日常茶飯事でそのことについてはすぐに忘れた。
***
翌日、酒場にやってきたイロスエーサは言った。
「アリーどのの師匠ディオレスどのに接触できたである」
「じゃあアリーはその師匠のところに?」
「いや、それが……死んだ、とのことである」
「嘘だっ!」
イロスエーサに掴みかかって怒鳴る。
「ふふっ」
イロスエーサが笑う。
「合格である」
「どういうこと?」
「アリーどのがディオレスどのにお主のことを伝えていたらしいですぞ。なので、もしアリーどのを追ってくるようであれば、テストしてほしいと依頼されたのである」
「じゃあ……合格っていうのは?」
「そのディオレスどのアジトに案内するである」
言われるがまま、僕は馬車に乗せられてレスティアを目指す。
レスティアは商業都市と言われるだけあって市場が無数に存在していた。アリーに似合いそうな装飾品を置いてそうな露店を見つけたけれど、馬車に乗せられたままそこは通り過ぎる。
「某はここまで。詳細はディオレスどのが話すのとことですぞ」
「ありがとう。イロスエーサ。依頼料は上乗せしておくよ」
二割ほど多く依頼料を払って、僕は指定された場所で待機。
すると壁が回転して開き、奥から出てきた腕によって引っ張られアジトへと引き込まれた。




