満ち足りぬ使命
合格率100%の試練――新人の宴に史上初落第して、1年半。
僕だけがそれからも失敗し続けて落第者と呼ばれるのにもなれたそんなある日、嘲笑から逃げるように冒険者の少ない回帰の森へと修行に来ていた。
「おーい」
どこかで人を呼ぶような声が聞こえた気がした。振り向いてみると誰もいない。風の音だろう。もしかしたら落第してから今まで人と話すことがなかったことで人肌恋しくて幻聴が聞こえたのかもしれない。
それでももう一度気になって耳を澄ましてみる。
風が吹く音だけが聞こえた。いつも回帰の森の静かで人の声なんて聞こえるはずがないのだ。
気のせいだろう。
その半年後、回帰の森の木の根に空いた穴のなかでジネーゼ・ジ・ジジワルゾという女の子の死体が見つかった。
あのとき聞こえた誰かを呼ぶような声はもしかしたら助けを求めた声だったのだろうか。
でもあの時の僕にはそんな余裕はなかった。嘲笑を受ける身で誰かが助けを求める声など聞いている余裕などなかったのだ。
そう言い訳して、その子の死体から目を逸らした。
***
僕の目の前に出現したゴブリンめがけて投球技能【速球】を放つ。右手で投げた鉄球は速度も乗らずゴブリンにも届かず手前で落ちてそれっきり。僕の投げる姿勢に一瞬驚いた表情のゴブリンも拍子抜けしたように僕とその球を交互に見つめ、
「ゴブッ!」
怒り出して襲いかかってくる。
もうこうなったら倒せない。【煙球】を出して目くらましで逃げる。
原点回帰の島の宿で逃げ帰ったことを年下の冒険者に笑われ、嫌になって自分の部屋に逃げ出す。二階の隅。二年前、寮を追い出されてからずっとそこが僕の部屋になっていた。
死んだように寝台に倒れ込むと誰かが先に寝ていた。気のせいはない。
目覚めた誰かはアリテイシア・マーティンーーアリーと言って、三階の部屋と間違えて僕の部屋で寝ていたらしい。
「僕はレシュリー・ライヴ。レシュって呼ばれている」
色々と誤解はあったけれど、なんとかその誤解を解いてお互いに自己紹介を終える。
僕が落第者と知ってアリーはこう告げる。
「私はこの島に修行に来たんだけど、そのついでにあんたを鍛えてあげるわ」
いきなり何を言うのかと思ったけれど、僕はなんだかんだでその提案を飲んだ。
――その日から僕の日常は変わり始めた。
***
「うーん、やっぱり投げ方よね」
アリーが問題点を指摘するが、僕もそれには気づいていた。
色々話したけれど結局どうすればいいか分からないまま、アリーの修行のために原点草原へ向かうことになった。
原点草原はランクよって侵入可能領域が異なる。
魔物を倒しながらアリーのランクに見合った原点草原レベル3へ到達。そこで遭遇したオーグルとオークの群れに僕とアリーは危機に陥る。
オーグルに捕まったアリーを助けるのに必死で我を忘れて、左手で【速球】を放っていた。今までではありえないぐらいの速度で、鉄球がオーグルへとぶつかる。アリーがオーグルから解放され、魔充剣に宿した攻撃魔法階級5【風膨】でそのままオーグルを倒した。
「うまく投げれたね。どうして投げれたの?」
「よく分からない、無我夢中だったから」
色々話しているうちにアリーが僕が左手で球を持っていたことに気づく。そして言われるがまま左手で投げてみるとうまく投げることができた。
原点回帰の島の冒険者は全員が右利きで僕も自然に右手で投げていたから、気づかなかった。
「つまりキミは100万人にひとりの逸材〈双腕〉だったんだよ」
アリーが嬉し気に大げさに言う。〈双腕〉のは生まれた時に授かる才覚のひとつで、投球技能で球をふたつ【造型】できるらしい。だから自然と利き腕ではない右手で球を【造型】できたため、右利きだと思い込んだのだ。〈双腕〉でなければ、早めに右手では【造型】できないと気づいただろう。
世にも珍しい左利きで〈双腕〉とは幸運なのか不運なのか分からない。
それでも、きちんと投げれるようになった僕は僕は連日アリーとともにここで修行に励んだ。
***
ついに今年の新人の宴がやってきた。
同時にアリーも大陸へと帰った。一念発起の島出身の何でも屋ジョバンニに武器を直してもらうためだった。
一人残された僕だったけれど今年は自信に満ち溢れている。
宿屋に戻ると落第者の僕の合否による賭博が開かれていた。
女主人アビルアさんに今年は僕に賭けるように告げて新人の宴へと向かう。
新人の宴ではリアネットという女冒険者がリゾネットという女冒険者の嫉妬を買ったのか、武器を盗まれたらしい。
武器を取られたリアネットとアルフォード、アーネックの三人組と武器を取ったリゾネット、ハンソン、リーネの三人組が争っていた。
余計なことに巻き込まれないように距離を取って、僕は魔物たちを倒しながら進んでいく。
ひとり苦戦する癒術士ヴィヴィネットをそれとなく援護しながら、僕はさらに奥へ。ヴィヴィネットと視線が合うと援護したのがばれたのか少し睨まれるが知らないふりをしておく。
新人の宴の中ボスともいえるワームがいる部屋へとやってくる。ワームは道中に出現したアナコブラよりも数倍大きい再生力の高さが自慢の蛇に似た竜だった。
「アンドレ、カンドレ、大丈夫か?」
すでに戦っているアンドレ、カンドレに先ほど追いついてきたアーネックが声をかける。どうやら武器は取り返せたのか武器を大切に握るリアネットの姿があった。
そんなアーネックを武器を取った三人組とは違う、別の三人組が駆け抜けていく。
ヒルデ、シメウォン、ラインバルトの三人が華麗なる三連携でワームに衝突。そのやや後ろからテッラと呼ばれた剣士が遅れて追撃。そのテッラに従うパロン、ポロンが双子という特性を生かして二重魔法を展開する。
攻撃に攻撃を重ねて分裂したワームだったが超再生。攻撃するのが無駄と言わんばかりに傷ひとつ姿に戻る。
「こんなやつに勝てるのかよ……」
「一応、脳と心臓を潰せば再生はできない。ちなみにワームの脳と心臓は頭にあるから頭を潰さない限り死なない」
弱気の声に僕がワームの弱点を指摘。
けれどまともに聞いているのはまだ戦闘に参加してないリアネットとアルフォード、アーネックに攻めあぐねていたヴィヴィネットぐらいで、他の冒険者は攻撃の手を止めなければ話も聞かない。
「このままでは勝てない! 力を合わせなきゃ全員が落第者になるぞ!」
僕の脅し文句に全員が耳を傾ける。ワームの攻撃は止まらないから動き続けてはいるが、聞く姿勢は作ってくれている。
僕が戦い方を教えると全員が力を合わせてワームを倒すに至った。
その後は元来た仲間と固まってこの新人の宴のボスであるボスゴブリンを目指した。
ボスゴブリンの部屋には【単独戦闘】の結界が貼られており、僕たちは同じ場所に入ったにも関わらず一対一を強いられる。
続々とワームを倒した冒険者たちが入っていくなか、部屋の手前で不安げにリアネットが立ち尽くしていた。
僕と視線が合うと
「ひとりで倒せる自信なんてないんです」
不安を吐露してきた。ワームを倒すときに戦略を指南したからか妙な信頼でも芽生えているのだろうか。
「まあ、頑張りなよ」
助言なんてしなかった。リアネットの戦いは見ていたけど実力は十分にある。
僕はいの一番で新人の宴を突破。
合格の証である“満ち足りぬ使命”を手に入れる。
どうやら新人の宴の一位には協会から賞金が出るらしかった。
だからその賞金に目が眩んでワームのときに協力する冒険者が少なかったのか。その欠点を指摘して協会を出た。
***
一夜明けた翌日はランク1になった冒険者を祝う祝賀祭だった。同時にそんな冒険者を勧誘するために上位の冒険者がやってくる日でもあった。
僕は朝一ですでに船に乗っていた。アリーに会いたくてたまらなかった。
別れの挨拶はアビルアさんだけにしておいた。アビルアさんは僕の合否賭博で僕の指示通りに賭けていたので少しだけ小金持ちになっていた。二年間も格安で宿屋の一室を貸してくれた僕なりのお礼だった。
誰にも絡まれたくないという理由で、早朝に船に乗り込んだのだけど、集配社の集配員ヴェーグルに出会ってしまう。集配社というのは情報収集組織で、冒険者に役立つ情報を流布していた。
職業を聞かれて投球士と答えると根ほり葉ほり聞かれるだろう。何せ、二年前から今の今まで原点回帰の島に投球士は僕しかいない。アリーに言われた通りに短刀を見せて盗士を装う。無駄に話したがりのヴェーグルは[十本指]と呼ばれる今注目の冒険者を教えてくれたが興味がなかった。
言い終わった頃に船が着港。
「大陸を満喫しろよ。新人! そうそう特別にこの大陸で迷ったときの格言を教えてやる。利き手に従え、だ」
ヴェーグルはそう告げてどこかへと去っていった。
宿屋マンズソウルの前、北と南に延びる運命の交差路。マンズソウルを正面に捉えると左手側は北の大草原、右手側は南の娯楽都市ハルグへと道が向かっている。
ヴェーグルの格言は、右利きの冒険者に向かって使われる言葉だろう。
だとしたらどちらに進むべきか迷っている僕は利き手に従わず、右手側へと進むべきだ。
南へと歩を進める。それが僕の冒険の始まりだった。




