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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
819/874

消息

***


「こっちダ……」

 僕たちは案内されるがまま黙認街道アヴァーテッドを歩く。

 砂の道のように見えたけれど意外としっかりとした舗装だった。

 数十分歩いた頃だろうか、それまで感じたことのない、嫌な臭いが東から匂ってきた。

「ソろそロ道を外れル。五分もすレば見えてくるだろウ」

 ジジガバッドが指さす方向が凄惨台地テラ・オブ・ビギニングスなのだろう。

 心なしかアリーが早足になって、僕を抜く。

 ジジガバッドの言う通り、五分もするとそれは見えてくる。

 僕たちの背丈をゆうに超す巨大な卵の形をした何か。

 その上部は喞筒のようなものが伸び、それが東へと続いている。卵の下部は台座で固定されているのか、動きそうもない。

 何より、その台座も喞筒も触手のような気持ち悪さがあり、時折見える脈のようなものが脈動していた。卵自体は透明の球体のようだが液体のようなものが常に泡立っているのか、中にあるものは見えない。

「幸か不幸カ、今は食事中で生産中だナ。喞筒の先に何ガあるのカ、もし見たいなラ、今のうちニ進メ。オススメはしないガ」

 ジジガバッドはもう歩みが遅くなっていた。自身は凄惨台地テラ・オブ・ビギニングスと名付けるために、その土地の実態を知るために好奇心でその先に進んだのだろう。

 その後悔が、その地名となり、そして今なお歩みを遅くしている原因でもある。

「行くわ」

 アリーが一言。まだアリーの目的はまだ達成されてない。

 奥に何があるのか、ジジガバッドは何も言わない。言葉にしたくないほどのものがそこにはあるのだ。

 奇妙な卵は規則的な列となり、適度な幅を置いてかなりの量が並べられていた。

 それらの上部にある喞筒は必ず東、東へと送られており、時折何かを運んでいるのか、脈動するたびに何かを送っているようにも見える。

「ここに魔物ハ?」

「いるといえばいル。だが、殺戮紫原ワンダリング・ランドのよウに徘徊すルモノはいなイ」

 説明が難しいのか、ジジガバッドは言葉を選んでそう告げる。

「それも全部。奥に行けば分かる?」

「……あア」

 言ってしまった以上、ジジガバッドは肯定する。本当は奥に行かせたくないという本心が見えてとれた。ジジガバッドは優しい冒険者で、僕たちは相当頑固なのだろう。アリーは自分の目的のため、そして僕はアリーが行くならという理由で、言わば立ち入り禁止区域へと入っていく。

 もちろん僕には恐怖心があった。アリーだって恐怖しているのだろう。

 住んでいた場所とも冒険していた今までの場所とも違う、異端の島。

 空の色、海の色、大地の色、空気ですら違う。見ていた景色に常識が通用しない。

 そんな場所にいるのだから当然だ。

 それでも僕もアリーも進んでいく。

「ここダ……」

 魔物に遭遇することもなく、凄惨台地テラ・オブ・ビギニングスの東端へとたどり着く。

 そこにはセフィロトやルーンの樹に似た、けれどどす黒い樹が仁王立ちしていた。

 喞筒は樹に近づくにつれ黒い根のように変化していた。あの奇妙な卵ひとつひとつから養分を吸い取っているとでも言わんばかりだった。葉は黒く光る。まるでセフィロトの樹が癒術の発動に合わせて光るように。そしてその枝には数えきれないほどの実が実っている。

 そのひとつが地面に落ちる。

 衝突で実が崩れ、そこから


 魔物が――生まれてきた。幼いゴブリンだった。


「あレが魔物の生成機関――母胎とでもいうべキか……オれは暗黒大樹イグドラシルと呼んでいる」

 なんだかんだでついてきてくれたジジガバッドが告げる。

「基本的ニ、イグドラシルが全てノ魔物の祖。あソこから魔物は生まレ出でル」

 生まれた小さいゴブリンは這いつくばるように歩いて、地上近くのイグドラシルの根元を齧り、中にあるものを貪るようにすする。

 するとそのゴブリンは急激に成長し、僕たちがいつも戦っていたような背丈へと一気に成長を遂げた。

 そして南下していく。

「ここから南へ少シ行くト、殺戮紫原ワンダリング・ランドへの一方通行ノ裂け目(ゲート)があル」

「じゃあそこから……」

「ああ、殺戮紫原ワンダリング・ランドに無数に存在する裂け目(ゲート)を通り大陸へと向かってイく。こレが日夜繰り返されテいル」

 ジジガバッドは淡々と説明をしていく。

「お母さんは?」

 僕たちよりも先に来て、暗黒大樹イグドラシルを眺めていたアリーが問いかける。

 僕たちが見たのは暗黒大樹イグドラシルと謎の奇妙な卵だけで、冒険者たちの姿は全く見かけてない。

 僕もアリーもどこかで強制労働させられていたり、ただ牢屋で捕まっていたりするだけだとそんな想像をしていた。

 けれど冒険者の姿もなければ牢屋もない。

「お母さんはどこにいるの?」

「しばらク、待っていロ。今は食事中で生産中だト。終われバ、分かル。分かルよ、全テ……」

 ジジガバッドは顔を背けてそう告げた。

 しばらくして、暗黒大樹イグドラシルの発光が止まる。同時に脈動していた根も動きが止まった。

 同時に連動していた奇妙な卵の上部にある喞筒の動きも止まる。

 そして――


「そ、そんな……」


 奇妙な卵の中――泡立っていた液体が動きを止め、そこに丸まって眠る冒険者の姿があった。

 全員が、喞筒の短くしたようなものが上下に二本刺さっていた。一本は口と鼻を覆うように。もう一本は臀部に。


「嘘よ、嘘……こんなのって」


 アリーはその卵ひとつひとつを確認していく。。認めなくない現実が真実ではないと確かめるかのように。

 それほどまで信じたくない光景がそこには続いていた。

「凄惨だロ。オれももう見たくなかっタ」

 ジジガバッドはここまで案内して自分だけがすぐに引き返すこともできた。

 なのにジジガバッドは残った。自身ももう一度見ることで、僕たちが受ける心労を少しでも軽くしたかったからかもしれない。

「捕まった冒険者は全テこうなル。まず異端の島に入った時点で、何らカの状態異常にかかってしまい、身動きが取れなくなル。そして動けなくなっタ冒険者を魔物たちハここニ入れル」

 ジジガバッドは顔を逸らして絶対に奇妙な卵のほうは見ない。そこに入れられた冒険者たちを見ようとはしない。

「そして冒険者たちはその卵の中で栄養を与えラれテ、一生生かさレ続けル。冒険者であるだけで常人よりも老いが遅い。だから栄養もあルんだろウ。生かされなガら魔物たチが生まれるための養分にされていル。まルデ生き地獄ダ」

 そう語りながらジジガバッドはアリーを追いかける。

「中の人は助けられないの?」

「弱り切ったマま死ぬだケだ」

 何か助ける術はないのだろうか、そう考えてしまう。

 そう考えてしまう時点で、アリーの母親がここに組み込まれてしまっていると無自覚に自覚していると気づいた。

 希望を捨てるな、と思った直後だった。

 アリーが立ち止まる。

「そ、んな……いや……」

 その場で座り込みながらも、その視線は奇妙な卵へと向けられていた。

「いや、うそよ、いやあああああああああああああああああ!!」

 絶叫が木霊する。

 僕はアリーのお母さんを見たことがなかったけれど、その姿はアリーにそっくりだった。

「ああ……あああ……」

 アリーが泣いていた。そんなにも強く泣くアリーを僕は見たことがなかった。

 かける声も見つからず、僕もジジガバッドも立ち尽くしていた。

 ひとしきり泣くまで待っているとアリーが立ち上がる。

 アリーの目にはまだ涙が残っていた。

 【収納】から魔充剣レヴェンティを取り出して、しっかりとその手で握る。

「おイ、何をする気ダ……約束しただロ、如何なルものにも攻撃を加えるナ、って」

「うるさいっ!」

 殺意こそないが、ジジガバッドが押し黙るほどに睨みつける。

「もう助からないのは分かってる。この期に及んでレシュに生き返らせて、なんて頼まない」

 それはアリーの決意だった。

「それでも私はお母さんをここから解放する」

「アリー。どうしてもやるの?」

「やるっ」

「ジジガバッドは逃げて。魔物が来るんでしょ。巻き込みたくない」

「おまエら……本当にやるんだナ?」

「それがアリーの望みだから」

 アリーの答えを代弁する。

「その後どうする気ダ?」

「無人城下ザ・ヴォイドに行く。そのまま???へ突入する」

「なるほド。望みは薄いが、生存の可能性はそっちのほうが高イ」

「ここまで案内ありがと」

「気にするナ。生きて会おウ」

 僕がお礼するとジジガバッドはそう告げて振り向かずに南下していた。一方通行ノ裂け目(ゲート)があると言っていた場所だろう。

「ジジガバッドは行ったよ」

 僕がアリーに告げる。アリーもジジガバッドの意を汲んで辛抱してくれていた。

「お母さん」

 アリーの声は震えていた。

「私、ここまで成長したよ」

 声は震え、涙目だったけど、アリーは自分のお母さんへと笑顔を見せる。

「滾れ! レヴェンティ!」

 初めてそのかけ声を聞いたときは攻撃魔法階級1【弱炎(ボイル)】だったけど、今回は攻撃魔法階級8【活火激発(エクスプロージョン)】。

 まるで成長を見せつけるかのように。

「バイバイっ!」

 その炎で卵ごと、アリーは自分の母親を貫いた。

 爆発が起こり、周囲ごと爆散していく。

「少し、やりすぎた……」

 涙を拭って、悲しみを隠すようにアリーは僕への笑顔を見せた。

 何か慰めの言葉をかけようとしたけれど、そんな暇もなく、暗黒大樹イグドラシルの枝が暴れ出し、葉が鳴り、まるで警告のような音が周囲を包んだ。

 途端に魔物たちの殺意が僕たちへと突き刺さる。姿は見えなくてもこっちへやってきているという気配があった。

「アリー、行こう」

 僕は手を引き、無人城下ザ・ヴォイドへと駆け出していく。


 ***


 アリーとレシュリーが異端の島に向かってから数日後、ほんの数人だけがユグドラ・シィルにあるセフィロトの樹に――その名を見つけて大騒ぎになった。

 セフィロトの樹に刻まれるのは死者の名前。

 刻まれた名前は、アリテイシア・マーティン。

 けれどその名前はまるで幻かのようにすぐ消えた。

 そしてレシュリー・ライヴもまた生死不明のまま行方が分かっていない。


 異章・そして最終章へ続く

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