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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
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異端

 ***


「置いてかないでよ」

【転移球】をつなげてアリーが引き連れていた馬へとまたがる。

「あんたなら追いつけるでしょ」

 まるで信じていたと言いたげな自信たっぷりな笑み。悪女と呼ばれ落ち込んでいたアリーの姿はもういない。

 今はお母さんを救うという目的に邁進している姿がそこにはあった。

 ランク10の試練に向かうのが本筋だったはずだけど……どちらも本筋でいいだろう。

 またがった馬をアリーの馬に並走させる。馬に乗れなかった最初と比べて今はなかなか様になっていた。

 並走しながら、僕はアリーに新型保護封〔マスカレード・ヒロイン〕を手渡しつつ、自分の顔に新型保護封〔マスク・ザ・ヒーロー〕を装着。

「何? もういらないでしょ?」

「まだ何があるか分からないから。念のため。念のため」

 アリーは雑に受け取って、「まあ、確かに変なやつに絡まれるのも面倒だわ」

 純正義履行者(エクセシブファンズ)の残党がゼロとは言えない。壊滅した逆恨みに向かってこないとも限らない。

 無差別だったら防ぎようがないが、アリーや僕たちを狙った行動は防げるはずだ。

 だから一理あると思ったアリーは新型保護封〔マスカレード・ヒロイン〕を装着。

 仮面の男女が馬を必死に走らせている姿は傍から見たらどうなんだろうと思いながら、コウデル広野を疾走。アドラクティアの森へと急行する。

 エクス狩場はディオレスと初めて行った狩場だった。いわば思い出の狩場。最初の狩場。

 そんな狩場から、最後の試練であるランク10の試練に向かうなんてちょっと感慨深い。

「どこか隠れるわよ」

 馬を乗り捨てて僕たちは狩場の木陰に姿を潜める。

 乗ってきた馬は背中を教えて、行けと合図すると一発逆転の島のほうへと駆け出していく。調教ができているいい馬だった。

 来る道中に魔物の姿はなかったし、きっと安全に帰ってくれるに違いない。

「いつ開くって言ってた?」

「数十分とは言ってたけど正確な時間までは?」

「もう過ぎた、とかないわよね?」

「ぎりぎり間に合ってるとは思う」

 言葉尻からアリーの焦りが見えた。これを逃したら半月後。アリーのお母さんが今も生きているとしても、半月後もしかしたら生きてないかもしれない。

 今まで生きていたから半月後も生きている、なんて保証はない。今日の今日までもしかしたら奇跡的に生きているだけなのかもしれないのだ。

 そんな焦りからか木陰から身を乗り出し、周囲をもっとよく窺おうとしたその時だった、

 

 ――ミシッ


 風の音に紛れてそんな音が確かに届いた。何かが軋むようなそんな音。

 急いでアリーの手を引き、屈ませる。アリーも何かに気づいた。

 そもそも、ここは狩場だ。すでに裂け目(ゲート)が開いていたのなら、魔物で溢れかえり、少なからず何人かの冒険者が戦闘を始めようとしているはずだった。そんな気配すらないのだから、まだ始まってすらないのだ。

 音が少し大きくなる。それは空間が軋み、ひびが入る音。轟音ではないけれど風が止めば聞こえてくる。不快な音だった。

 やがてひびが回るように亀裂となり広がる。人がひとり通れるぐらいの裂け目(ゲート)が無数に出現した。

「一気に行くわよ」

「待って。【転移球】で近づこう。【転移球】の転移先は裂け目(ゲート)に似てる。気がつかないかも」

 少しだけアリーが思考。

「それで行きましょ。合図して」

 そのほうが安全と判断してくれたのか同意してくれる。

「うん」

 魔物がぞろぞろと裂け目(ゲート)から出てきた。その出現に一定の間隔はなく統一感はない。

 どのタイミングで行くべきか。

 躊躇っていると裂け目(ゲート)から魔物が出てこなくなった。

「やばいかも。行こう」

 色々考えすぎて判断が遅れた。【転移球】を投げて急いで裂け目(ゲート)の直前まで転移する。もうその頃には裂け目(ゲート)が小さくなり始めていた。

 無言でそのまま飛び込む。


 ***


 一瞬だった。

 紫色の大地に、腐った匂い、濁った空、塵のようなものが周囲に浮かび、遠くはその塵の影響なのか黒く霧がかって見えない。

 僕たちがいた大陸とは全然違う風景。

 異端の島、だった。

「――着いた」

 アリーの安堵の声。ここが危険な場所でありながら安堵が先に出たのはたどり着けたことに対してだろう。

「ごめん。ギリギリだった。転移中の魔物がいたらかち合うのか、とかいろいろ考えて」

「大丈夫よ。たどり着いたんだから、大丈夫よ」

 アリーは宥めてくれたけど、たどり着かなかったら、きっと大丈夫じゃなかったんだろう。アリーはどんな手段をもってしても異端の島にたどり着こうとするだろうし、失敗した僕の助言はもう聞かなくなったのかもしれない。そのぐらい、異端の島に行く方法を知ったアリーは危うかった。

「それよりも、何か来るわ」

 塵のような霧から何かが来る気配を感じて、どす黒い岩の陰に隠れる。

「オオォイ、オオォイ、どっカに隠れテるンだロ?」

 岩陰からふと見ると姿は犬の頭にマーマン(魚男)の胴体を持つスキュラ(犬頭魚人)だった。けれど、人間と同じようにきちんと理解できる言葉を喋る。

 もちろん黒騎士のような見た目がほぼ人間のような魔物が喋ることはあり得るけれど、異端の島の魔物は全員が喋るのだろうか。

 動揺して無言のままでいると、

「隠れてモ、無駄だゾ。クルシェーダッ! 匂イで分かル」

 スキュラは僕たちが隠れている岩陰を覗き込む。

「ナンダッ! お前たチは!」

 途端に臨戦態勢。アリーが狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕をスキュラの首に突きつける。

「待った。アリー!」

「この人だ。この人がクルシェーダの言っていたジジガバッドだ!」

「ナンダ、お前ラ。クルシェーダの知り合いカ。そうカ。だかラ、その匂イがすれば、オれが来ると。そウいウことだナ?」

「そういうことです。ついでにその恋人さんからの贈り物を渡してくれ、って」

「チョッと待テ。出すナ」

 【収納】された押し花のしおりを出そうとする僕をジジガバッドの魚の鱗がついた手が止める。

「おマえについた匂いでオれがぎりぎり気づいたぐらイだ。その匂いの元を出したラどうなると思ウ?」

「確実に他の魔物もやってくるわね」

「おうヨ。だからその贈り物はおマえラが責任を持って、クルシェーダに返セ。いつかオれが取りに来るまデ預かってオケと伝えロ」

「そう言えば、クルシェーダからも伝言があったよ」

「なんダ?」

「渡し忘れたのを怒るなら直接怒りに来い、だって」

「ワハハ」

 似たようなことを思っていた面白かったのか、ジジガバッドは盛大に僕の背中を何度も叩く。面白いと周りを巻き込む感じの人だった。

「というか冒険者よね。見た目的に怪獣師よね?」

「そうダ。だがずっと怪獣化してイるかラもう冒険者ノときの姿は忘れタ」

「よく知らないけど、そんなに長くできるようなもんなの?」

「こレはネタバレになるが、オれの特典は〔自動変身(オートリプライ)〕。ずっと怪獣化したママ入れる特典だゼ。だから異端の島の空気にも合うし、下手な行動しなきゃ魔物にもバレない」

「んっ? 異端の島の空気?」

「おウ。そういう意味ではおマえらは三つも幸運だナ」

 僕の背中を叩きいて笑いながらジジガバッドは続ける。

「まズヒトつ。裂け目(ゲート)へ入ろウとすル魔物に見つからナかったコト。さてはオれと同じヨうに、閉じるギりぎりに入ったナ?」

 単に僕の迷いがそういう結果になっただけだったけれど、確かに入ってから出るまでが一瞬だとしたら、裂け目(ゲート)に入ろうとする魔物は異端の島で待機列のように並んでいたのだろう。そこに冒険者が現れたらさすがに大変な事態になっていただろう。

「その次に、そノ保護封をつケていたことダ」

「これ?」

 新型保護封〔マスク・ザ・ヒーロー〕に触ると

「おオっと、外すなヨ」

 ジジガバッドから注意が飛ぶ。

「その保護封は目元しか覆ってナいが、実は体全体に作用してイる。ダかラおマえたちは何者でモなイ。結果、“冒険者に状態異常を与える”といウ異端の島特有の空気の影響を受けつけナい」

「じゃあ、つけてなかったら?」

「今頃、どウにかなっていタだろうナ。ついデに言えば、何者でモなイからこそ、すレ違ウ程度では魔物もお前たチヲ冒険者とは認識できなイ」

「それは便利だね。状態異常にならないってものすごい」

「だロ」

「それで三つめは?」

 アリーが急かすように聞く。アリーとしては話を終わらせて早く行きたいという気持ちがあるのだろう。

「オれだ。オれに出会えたことが一番ノ幸運サ」

 まるでふざけているかのようにジジガバッドは宣言。犬頭だからか、嗤うと可愛らしい笑みになるのも憎めない。

「おマえらはここに何しに来タ? まサか、自殺じゃないだロ? いチいチ、クルシェーダがオれに出会えルように、その匂いヲ託したぐらいダ。目的があル。そうだロ。だったら道案内が必要だロ。違うカ?」

「それはそうだけど、一応地図ならあるよ?」

 僕がゴーザックさんからもらった異端の地図を取り出すとジジガバッドは一瞥。

「そんナ古地図より、オれが作った地図のホウが最新ダ!」

 見せつけるように僕が広げた地図の上に、新しい地図とやらを叩きつけた。

「言エ。案内してやル。オれが案内すレば、おマえらの目的地まで最速到達完了だゼ」

 自身げに断言するジジガバッド。その言葉が本当だとすれば、確かに僕たちは幸運だった。

 アリーが僕を見て頷く。ジジガバッドの案内に頼ることに賛同する頷きだった。

「ならよろしく頼むよ」

 僕の差し出した手をジジガバッドが魚鱗の手で応じる。頼もしい握手だったけれど、少しぬめっとしたのは秘密だ。

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