裂目
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望み薄だったはずの提案は意外や意外、
「いよいよ、裂け目が恒常的に出ている場所は知っている。どころかその先へ進んだ集配者すら知っている」
そう告げたのはクルシェーダだった。
純正義履行者討伐の援軍として南の島にクルシェーダとジネーゼがいて、イロスエーサたちに連絡する前に、と聞いたところ返ってきた言葉がそれだった。
ちなみに一時的に新型保護封〔マスク・ザ・ヒーロー〕と新型保護封〔マスカレード・ヒロイン〕は外していた。
つけていると別人と認識されてややこしそうに思えたからだ。
「それ、どこ?」
クルシェーダの襟に掴みかかって問いただすのはアリーだった。
「いよいよ何を焦っている? どういうことだ?」
「ランク10の試練が、異端の島にあるかもしれない」
アリーの代わりに僕が言う。ゴーザックさんにもらった地図を見せながら――
「それなんじゃんよ?」
ジネーゼも気になって覗き込むなか――
「異端の島の地図か……これをどこで?」
「ゴーザックさんから?」
「ゴーザック……?」
思い出せないのか、クルシェーダは首を捻る。クルシェーダさんにとっては一度会っただけの人物だろう。
「的狩の塔の案内人じゃん!」
反対にジネーゼは覚えていた。
「映像記録媒体ぼったくられたじゃん!」
だからだった。
「ううん? いよいよ思い出せんな」
クルシェーダは頭から捻り出そうとするがすぐに諦めた。
「それより、この地図はいよいよ本物、なのか?」
「それは行ってみないと分からない。行った後はこの地図頼みに進むしかない」
「???のところか」
地図上の???を指してクルシェーダは言う。僕が地図を見せ、アリーに掴みかかられたままという変な姿勢で。
「うん。ここには何かあって、でもこの地図の製作者ではその何かに近づけなかった」
「いよいよ納得だ。悪戯の聖域と同じ仕組みか」
クルシェーダもランク7だから、場所の確認に行ったのだろう。ランク6以下では見えない悪戯の聖域をクルシェーダも認識できた。だからこの地図を作った製作者もランク不足で???が認識できなかったのだと推測していた。
「それよりもいいから、早く教えなさい」
僕たちと同じ推測まで至ったクルシェーダの襟を掴んだままのアリーが問いただす。
「教える。だが、その前に」
「何よ?」
「いよいよ放してくれ」
言葉を受けてすぐにアリーがクルシェーダを解放。襟元を正して、
「ジジガバッド・クンデンリーデ」
「何?」
「ジジガバッド・クンデンリーデ。この名前が刻まれた武器を知っているか、あるいはセフィロトの樹に刻まれていた瞬間を見たことがあるか?」
「ないわ」「僕もないよ」
アリーと僕は目を合わせて確認して、そう答える。
「ジジガバッドが先ほど告げた集配者の名だ。ランク7になって特典を得て早々、あいつは異端の島に旅立っていった」
「旅立った、って……裂け目でってこと?」
「しかもそう言うってことはその場に居合わせたってことよね?」
「その質問答えは、いよいよ“そう”だ。もっともこちらとジジガバッドではそこにいた目的が違った」
「ジジガバッドって人は、異端の島に行くためよね? あんたは?」
「魔物退治だ。いよいよ依頼でな」
「世界中旅してきたつもりだけど……依頼で行くような場所にそんなところあった?」
「なんだ。まだピンと来てないのか。依頼でお金を、そして大量経験値を得るためにはうってつけの場所だ」
「……狩場」
ヒントのように出されたクルシェーダの言葉にぴんときた場所を呟く。
「それよ、それだわ」
アリーもなぜ忘れていたのか分からないぐらい同調する。
「ウィンターズ島のアル狩場、ユグドラド大森林のソォウル狩場、アドラクティアの森のエクス狩場、ガーデット旧火山のサイコ狩場、アラズール砂漠のヤド狩場――現在発見されている狩場はその五つ。そこはどれも恒常的に裂け目が開く」
「でも、狩場っていつも魔物だけ沸いている印象じゃん」
ジネーゼが言う。「その裂け目みたいなの見たことないじゃんよ」
「それはいよいよ遅すぎる。裂け目は沸き始めのみだ。しかも冒険者が現れたら、すぐに閉じる。いよいよ目撃者は少ないだろう」
「でも入り方は知っているのよね?」
クルシェーダが頷く。
「じゃあ教えて。ジジガバッドが裂け目に入った狩場も」
「教えるのは簡単だが、いよいよ入るのは難しいぞ」
「分かってる」
「だとしたら急いだほうがいい。ジジガバッドが入ったのはアドラクティアの森のエクス狩場。あと数十分で裂け目が開く」
「なんで分かるの?」
「裂け目の開き方には規則性がある。依頼は何百回も受けた。発生した時間は魔物の沸き具合からの計算だが、まず間違いない」
クルシェーダは意外と効率を求める冒険者なのかもしれない。いちいちそんな記録を残したりしないし、依頼の成果にそんな正確性はいらない。
依頼の内容だって、『狩場に魔物が沸くので討伐してください』ぐらいだろう。もちろん依頼を受けていない冒険者が先に討伐してしまうこともある。
当たり前のことだろう、と言わんばかりのクルシェーダに僕もアリーも驚いていた。
「こういう奴なんじゃん」
なんだかんだで最近は一緒に行動しているらしいジネーゼが僕たちの驚きを面白がっていた。
「無駄話していていいのか? 裂け目が開いてからじゃ遅い。開く前に隠れる必要がある。もし逃したら次の裂け目が開くまでは半月はかかるだろう。急いでいるんじゃないのか」
ジネーゼの笑い声が気に食わないのか、クルシェーダはあてつけのように僕たちへと忠告していた。
「ごめん。そうだね。行こう、アリー」
そういう前にアリーはすでに馬に乗って駆け出していた。もう一匹誰も乗っていない馬があるのは、僕に【転移球】を使えってことなんだろう。
「師匠!」
行こうとした僕をデビが引き留める。
「ごめん。今は話している暇ないや」
「あ、それはいいんですけど……飛行艇、どうするんです?」
「貸してあげる。ジョレスとまた冒険するんでしょ」
なんとなくそういう雰囲気は察していたので、師匠からのプレゼントということにしておこう。
「ジェニファーもお守りをお願いね」
「オマカセサレマシタ」
僕へと丁寧にお辞儀をしてジェニファーが告げる。頼りにされたというのが嬉しいのか心なしか機械音声が上ずっている。
「餞別だ。これも持っていけ」
クルシェーダが僕へと無理やり、押し花のしおりを手渡してくる。強烈だがいい匂いのするしおりだった。
「ジジガバッドが好きだった花だ。あいつの恋人から渡してくれと言われていたがいよいよ忘れ、さっき思い出した」
「それ、大問題じゃない?」
「怒るなら直接怒りに来い、と伝えてくれ」
クルシェーダもジジガバッドが生きていると信じていたいだろう。
「というか、クルシェーダとジジガバッドがランク7になったのっていつの話?」
「さあな。最近かもしれないし、昔かもしれない」
もし昔だったとしたら結構昔からランク7は存在していたけど、勝手に異端の島に行ったり、研究に明け暮れたり、商人に転身したり、そんな好き勝手生きている人ばっかりで台頭していなかったからその当時は主流のランク5が焦点に当てられていたのかもしれない。
僕の勝手な推測だけどそんなことを思った。
「それよりいよいよいいのか。もう見えないぐらい離れてるぞ」
アリーが進んだほうを見ながらクルシェーダが言う。
「よくない」
【転移球】を両手で【造型】して【超速球】で繰り出す。一瞬で僕の姿は消えていく。
「じゃあね」
転移直前にみんなに別れを告げて、僕は転移する。




