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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
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商魂

***


純正義履行者(エクセシブファンズ)はどうやら全滅したようです」

「意外と早かったな」

 秘書の言葉に悪趣味なほど宝石が散りばめられた黄金な椅子に座った大柄の男がそう告げる。

 指には豪華な指輪がいくつもあり、咥えた葉巻は尋常なほど長い。

「だが計画通りだ」

 盛大に葉巻を吸って吐いた息は吐しゃ物のように臭いが、近くの秘書は息も止めずひたすらに我慢する。

 我慢しようとして我慢しきれず顔をしかめた秘書や、ばれないように鼻を抓んで耐えようとした秘書はもれなくクビになった。

 しかも行方知れずなので、もしかしたらどこかで殺されたのかもしれない。

 目の前の男はそういうことができる男だった。

「ではドン・ドンドンコイアーさま。手筈通りでよいのでしょうか」

「ああ。純正義履行者(エクセシブファンズ)は大いに役に立ってくれた」

 潰れかけのウィッカにお金を出資し、いつでも操れるようにしておいたのが功を奏した。

 こういうときに簡単に世論を操作できた。アリーを悪女に仕立て上げた黒幕こそがドンドンコイアーだった。

「マクファーレンが巻き込めたのも幸運だったな。やはりわしはついておる」

 イリュリアノー・マクファーレンがウィッカに情報を持ち込んだ、というのもドンドンコイアーにとってはついていた。

純正義履行者(エクセシブファンズ)を扇動したのはマクファーレン家ということにしております」

「それでいい。わしにとって邪魔な商売ばかりしおるマクファーレン家も失墜する」

 マクファーレン家はジゼルが商人に転身してから持ち前の冒険者の技能で素材を入手し、売りさばくことで財を築けていた。ドンドンコイアーと並んで三大商人と呼ばれることもある。商人としてなら一般知識だが冒険者で知る人間はごく一部だろう。

 そのマクファーレン家の一員であるイリュリアノーがどういうわけかウィッカに情報を持ち込んだ。

 その情報を得たドンドンコイアーはウィッカを使い世論を扇動し、純正義履行者(エクセシブファンズ)というやる気だけはあるが実力はない集団を利用してアリーを悪女に仕立て上げた。

「けれどいいのですか、せっかくのランク9ですよ」

「わしがそろそろだと思う時期にランク9にならなかったのが悪い。ランク8になって、すぐにランク9になるのは世界にとっては都合が悪い」

「そういうものですか?」

「お前に何がわかる!」

 機嫌の良さが一変、少しの疑問でも機嫌が悪くなり、ドンドンコイアーは持っていた葉巻を顔へと押しつける。

 頬に火傷ができるがドンドンコイアーは鼻息を荒げ、

「癒術院に治療してもらえ。ばれるなよ、わしは顔に火傷をさせるような主人ではないのでな」

 もちろん自腹でな、と火傷にあえぐ秘書を足蹴にしてドンドンコイアーは笑って私室へと戻っていく。

 これでも三大商人で、経済を操る力を持っていた。

 アリーとレシュリーがランク8からランク9になる感覚が早すぎるせいで、経済界の成長は少し混乱を来した。

 本来なら冒険者のランクアップに合わせて、世界が開拓され未知の魔物の素材などで防具、道具などが新しく誕生していく。

 アリーとレシュリーがランク8になった段階で飛躍的にランク7が増え、これからはランク5~7中心の経済になっていくはずだった。

 そしてランク5~7向けの防具や道具や流通し、一般向けの道具などの高品質化へと向かっていく。

 それが落ち着いた時期というのがドンドンコイアーの言うわしがそろそろだと思う時期だった。にも関わらずアリーとレシュリーは早々にランク9になった。

 そのせいで早まった鍛冶屋たちがランク9向けやランク8向けの防具を作り始めている。

 その防具に使用する素材の値段は高騰し、結果ランク5~7に回す同じ素材すらも高騰。そのせいで冒険者たちには不十分な防具しか装備できず、一般向けの道具も品質の落ちたものしか提供できない。

 とはいえ、ドンドンコイアーにはそんな事情は関係ない。

 一番の問題はその時期が早く訪れたせいで、ドンドンコイアーが買った素材が暴落し、大損したことである。

 商人としての読みを外した、といえばそうだがドンドンコイアーは認めるはずがない。

 ゆえにアリーを悪女に仕立てあげてランク9の防具を作るのは時期尚早だと思い込ませることにしたのだ。

 結果、暴落したはずの素材は、価値を上げ、大利益をたたき出した。

 本来ならそういう情報操作による利益追求はやってはいけない行為ではあった。

「知ったことか」

 私室の寝台で悪女効果で生まれた履歴である紙幣をばらまいてドンドンコイアーは呟いた。

「随分と気持ちよさそうな寝台だね、ドンさん」

 心地良い気分のなか、聞きたくもない声が聞こえてドンドンコイアーは跳ね起きる。

「小童、なぜここに」

「なぜも何も今回の騒動がドンさんの仕業だって分かって、こうして冒険者を連れてきた」

 小童と呼ばれた青年の後ろには三人の冒険者が控えていた。

「秘書はどうした? 門番は?」

「秘書は治療したらすぐに通してくれたよ。門番は……」

 青年は後ろの冒険者を一瞥。

「倒した」

 彼らがやってのけたとドンドンコイアーと示唆する。

「それがどういうことか分かっているのか、小童?」

「分かってるよ、ドンさん……いや、ドンドンコイアー。小悪党程度なら見逃してた。けど今回のは無理だ」

「何を言っている。小童とて商人だろう。今回の騒動で少なからず利益を上げたのではないか?」

「今回の騒動を利用することなんてできないよ。だってアリーはお得意様だし、友達なんだよ」

 本人はどう思っているかはともかくね、と小童と呼ばれた青年は言う。

「けひゃひゃ、ぶひょう! お前は何を言っている。そんなことで利益を逃した。だから小童だ」

「ジョバンニさん、もうよくないですか?」

 後ろに控えていた冒険者のひとり――セヴテンが呆れてそう告げる。

「こいつに人情訴えても意味がない」

 セヴテンはジョバンニを後ろに下げて前へと出る。

「それにおれさんも聞きたいことがあるんだ」


「ロクテン」


「この名前に聞き覚えは?」

「……ふむ」

 襲撃されているという異様な状況にも関わらずドンドンコイアーは秘策でもあるのかなぜか冷静。

 剣を突き立てられているわけでもないからかもしれない。

「条件がある」

 何かを思い当たる節があるのか、ドンドンコイアーは

「裏切れ。今、わしの味方をするなら教えてやる」

「分かった」

 セヴテンは素直に短鎌をジョバンニへと向ける。

「ふたりとも手を出すなよ」

 残りふたりの冒険者へも牽制。動かないのを見て、セヴテンは乞うように叫ぶ「さあ教えてくれ」

「ロクテンという小童は弟の復讐がしたいと駆け込んできよった。だから少しばかりわしが儲かるようにだけ悪知恵とお金を貸してやった」

「なるほど。納得がいった」

 あの時のロクテンに改造者(チーター)を雇えるほどの金がなかったことに気づいたのはロクテンを倒してからしばらくした頃だった。黒幕がいるかもしれないと可能性に至ってから今の今まで見つけることができていなかった。

「ま、わしは儲かったからどっちでもええんじゃその時の弟は殺せたのか?」

「今目の前にいる」

「へっ?」

「今目の前にいるおれさんがその弟だよ」

 反転してセヴテンは短鎌〔裏切りのゲドロ〕をドンドンコイアーへと向ける。短鎌〔裏切りのゲドロ〕はロクテンが復讐に使っていたものだった。

 この場にはふさわしいと思って用意していた。

「殺さないで」

 ジョバンニがセヴテンを制す。「死にたくなかったら従えよ、ドンドンコイアー」

「ひひゃあ! 待て待て。そっちの後ろの女ども!」

 大慌てで視線の隅に移るふたりの冒険者に声をかける。

「いますぐこの小童どもを殺せ。報酬は倍やるっ!」

「なぁぜなぁぜ?」

 理屈が分からないとナァゼ・ナァゼが問いかける。「今わしが危機的状況だからだ!」ドンドンコイアーが叫ぶと

「息がくさいからやぁだやぁだ」

 ナァゼ・ナァゼがそっぽを向き、

「や。ボクは息とか関係なく、普通に手伝う気ないよ」

 視線が刺さったのを察してもうひとりの冒険者レイシュリーがそう告げる。

「今回の件、利益出た分も含めてしっかり責任取ってもらうよ。アリーだけじゃなくマクファーレン家も、そそのかされた純正義履行者(エクセシブファンズ)の冒険者たちの分も。破産するぐらい損失出るけど、命取られるよりはマシでしょ?」

 笑顔のジョバンニがそう言うとドンドンコイアーは少しだけちびって何度も頷いた。

「結局、何もしなかったのなぁぜなぁぜ?」

「いや。門番倒したから。一応は役目あったんじゃない」

 門番もセヴテンだけで倒せそうなほど弱かった。

 確かにナァゼにそう指摘されるとこれで報酬をもらっていいのか、と思ってしまうほど拍子抜けで終わった。

 獄災四季(カラミティカラーズ)の討伐が、その前の依頼だったから自然と比べてしまっているのかもしれない。

 けどこういう依頼があってもいいとレイシュリーは密かに思った。

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