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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
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願望

 ***


「おや懐かしい顔ですね」

 新型保護封〔マスク・ザ・ヒーロー〕を僕が新型保護封〔マスカレード・ヒロイン〕をアリーがつけていてもなお、ゴーザックさんはそう告げた。

 仕事が忙しいかったらどうしようと思っていたけれど、冒険者たちの興味は純正義履行者(エクセシブファンズ)の戦いに集中しているようで、受付の女性も含めゴーザックさんも暇をしているようだった。

「聞きたいことがあって来たんだ」

「聞きたいこと? 私に、ですか? 大抵の人間は的狩の塔(ハンティングタワー)が終われば会いに来ないのに珍しいですね」

 ゴーザックさんの物珍し気な視線が飛んでくる。

「うん。でも忘れたわけじゃなかった。それに僕はゴーザックさんのことも救いたいとは思ってるから」

「この呪いから、ですか」

「うん」

「なるほど。嘘でも嬉しいですよ。ですが今回はこの呪いの解き方を聞きに来たわけではないのでしょう?」

 気遣いは不要と言わんばかりにゴーザックさんはそう告げて

「あなたが聞きたいことはなんです?」

「異端の島について」

 それだけ答えるとゴーザックさんの顔色が変わる。

「その件なら、外ではまずいでしょう」

 受付に『一時休止』という札をおいて、

「一度合格した冒険者が入っても再試験は行われませんよ」

 冗談じみた言葉とともにゴーザックさんは的狩の塔(ハンティングタワー)の会場である月の闘技場(マーニコロッセオ)へと誘導する。


 ***


 案内された場所は月の闘技場(マーニコロッセオ)の試練会場ではなく、そのなかにある小さな個室だった。

「それで異端の島の具体的には何を?」

 木製の、どことなく古い椅子に促されるまま僕とアリーは座って、ゴーザックさんは僕たちが座るのを待ってから着席。

「とはいえ、知っていることは少ないですが」

「ゴーザックさんは魔方陣が書けますよね?」

「ええ」

「例えば、僕たちを異端の島に送るためにその魔方陣を使うことは可能ですか?」

「不可能ですね」

 ゴーザックさんは出鼻を挫くようにそう言った。

「そもそも私の描く魔方陣は的狩の塔(ハンティングタワー)内でしか有効にならないものなのです。かつ私の使う魔方陣というのは召喚用と召還用のふたつの魔方陣が存在しておりまして、召喚用は異端の島からの呼び出し限定、召還用はその召喚に応じた魔物を戻す限定なのです」

 ゴーザックさんは自らが使用する魔方陣をそう説明し、ただ、と言葉を添える。

「お二方の目的に察しがつきました」

「お察しの通りです。僕たちは異端の島に行きたい」

「なぜかお聞きしても?」

「そこにおそらくランク10になる試練があるから」

「ふむ……」

 ゴーザックさんは少しばかし考え込むと思い立ったようにその個室にある鍵付きの棚から一枚の地図を取り出す。

「これは異端の島の地図です」

 そう言われてまるで奪い取るかのように取って覗き込む。

 そこにはひょうたんの島のような異端の島と島の地域の名称が記載されていた。

 そのひょうたんの島の先端、“無意味な街並み”という城下町の古城には???と示されている。

「ここは?」

「私が受け取ったそのときからそうなっていました」

「誰に受け取ったの?」

 アリーが何気なく尋ねる。

「誰に……だったでしょう……」

 深く考え込む表情のまま静止したゴーザックさんはまるで思い出したかのように

「まあ誰だって良いでしょう」

 開き直った。昔から生き続けているゴーザックさんにとって些事なのか、それか僕たちのことを優先して、思い出すのを先延ばしにしたのかもしれない。

「ともかく、おそらくランク10になる試練があるというのはこの場所でしょう」

「僕もそう思う」

 ???にしたのは、この地図の製作者がその中へと入れなかったからだろう。認識できなかった可能性すらある。 悪戯の聖域ミスチヴァスサンクチュアリもランク7以下には視認できなかったが違和感あったように、この地図の製作者も違和感を覚えて何かがあるからこそ???表記にしたのだろう。

 この地図の存在がランク10の試練がそこにあると際立たせる。真実味を帯びてきたことでなぜか興奮してきた。

 アリーも目の色が変わる。

「ねえ。どうしても異端の島に行きたいの。他に手はないの?」

「なくはないでしょう。この世界の魔物は異端の島を行き来しています。冒険者を連れ去ることがあるのも周知の事実でしょう。連れ去る瞬間に魔物が使う裂け目(ゲート)が恒常的に開いている場所――そんな場所があれば、もしかしたら行き来できるのかもしれません」

 ばん、とアリーが机をたたく。

裂け目(ゲート)ね。探すわよ」

 急にアリーがやる気を出した。「その地図は差し上げます」

「いいの?」

「ええ。どうせ複写物(コピー)ですから」

 悪戯っ子のように棚の中を見せるとそこには無数の異端の島の地図が収納されていた。

「もしかしたらこれを渡すのも私の役目だったのかもしれません」

「ありがと」

 アリーは机に広げられた地図を丸めて急いで月の闘技場(マーニコロッセオ)の出口へと向かっていく。

「お待ちください。レシュリーさん」

 追いかけようとした僕をゴーザックさんが止めた。

「呪いの件です」

「大丈夫です。異端の島に行けたら――必ず解き方を――」

「いいえ。それはお忘れください。前も言いましたが最近は素晴らしい冒険者が多い。今はより強くそれを感じています。もうすぐ誰かが全てを手に入れる。それがきっとあなたとアリーさんのような気がしています。その前に呪いが解かれて私がどうにかなってしまうとしたら、それはとんでもないことです。誰かが全てを手に入れる――その瞬間、どうなるかを見てみたいのです。最近はより強くそう思います。それでお役御免になって呪いが解けたらそれはそれ。私は呪いを解くのを諦めたのではなく呪われていることを楽しむことにしたのです」

 ゴーザックさんが前向きにそう言う。かつてと言っていることは変わらないが、僕が色々経験したおかげだろう。

 的狩の塔(ハンティングタワー)の試練終了後には分からなかったゴーザックさんの機微が手に取るようにわかる。あの時はゴーザックさんが僕に重石を乗せせないように配慮してくれたと思っていた。呪いを解いてほしいという願いを僕への呪いにしないように。

 けどゴーザックさんは呪われていることを前向きに捉えた。

「分かりました。また会いに来ます。土産話でも持って」

「それはそれは。楽しみにしています」

 ゴーザックさんは嬉しげに僕を見送った。


 ***


「何かあったの? 遅かったわね?」

「ちょっとゴーザックさんとね」

 一応先ほどの話をアリーと共有しておく。アリーも僕がゴーザックさんの呪いをなんとかしたがっていたことを知っている。その負担がなくなったことを伝えておく。

「そう。それは良かったわ」

「それよりアリーはなんだかそわそわしてない? もしかして試練が異端の島にある、ってわかったから」

「もちろん、それもあるわ。でもそれだけじゃないの。異端の島に行けるかも、って思ったら――」

 言うかどうか迷うような素振りを見せて、そうね、あんたには伝えておくわ。アリーは意を決して僕に告げた。

「私ね。お母さんを助けたいの」

 アリーのお母さんはキムナルによって誘拐されて、キムナルの手で魔物たちの元に置き去りにされたか、その後消息を絶った。

 キムナルの言い分では魔物が連れ去ったということだけど、それが本当ならアリーのお母さんは異端の島でいることになる。

 ユグドラ・シィルに訪問するたびにお母さんの名前の入った武器を探し、セフィロトの樹に刻まれた死者の名にお母さんの名前があるかどうかを探していたアリーの行動は、ずっとそんな想いからだったのだ。

 異端の島以外の場所で生きていればいいが数年以上見つかっていない。おそらく異端の島で生きているが、そこにはまだ冒険者は訪れたことがない。だから探すことさえできない。

 なのに突然、異端の島に行けるかもしれない、という状況になって、くすぶっていた感情が期待感で昂っているのだ。

「助けに行こうよ。でもまずは裂け目(ゲート)をどうにかしないと」

「簡単よ、私が囮になる。魔物に誘拐される。それが手っ取り早い」

 動けない冒険者が、放置されていれば魔物はここぞとばかりに異端の島へと送るだろう。

 アリーはお母さんを助けたいという思いが膨らみすぎて思考が危ない方向へと走りすぎている。

「早くない。早く行きたいのは分かるけど危険すぎる」

 まだアリーは悪女としても狙われている。一発逆転の島に来た純正義履行者(エクセシブファンズ)が全員という保証がない。他にもいるのかもしれないし、どころか生き残った残党が恨みで狙う可能性だってあった。無防備に倒れていたらなおさらだ。

「危険すぎてもいい」

 一刻も早くという気持ちも見て取れる。確かにほぼ両親と死別する冒険者にとって親が生きているというのは珍しいことでなおかついつ死ぬか分からない状態で囚われているのなら早く助けたい気持ちも痛いほどわかる。

「ダメだよ。それは最後の手段にしよう」

 それでも逸るアリーをなんとか抑え込む。それでアリーが死にそうになるのはなしだ。アリーにとってお母さんも大事なのだろうけど僕にとってはアリーのほうが大事だ。

「……」

 アリーは押し黙った。僕はアリーの提案を最後の手段として妥協したのでアリーは納得できてなくてもするしかない。

 僕の言い方は、万策尽きたらアリーは最後の手段を実行できる、という意味でもある。そうはさせないけど。

 一発逆転の島へと続く橋での喧騒は静まっていた。戦いが終わったのかもしれない。

「ひとまずデビたちと合流して、裂け目(ゲート)が恒常的に出ている場所を知らないかどうか聞こう。その後は集配社、そのあとは空中庭園の闘球士とか……空中庭園はさすがに集配社もすみずみまで知らないだろうし。そのあとは行ってない洞窟とかを見て回るのも手だと思う」

 望み薄だとしても最後の手段を実行させないためにも僕は思いつく限り提案を口にした。

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