末路
――盛大に空を切る。
「はぁ?」
首狙いが仇をなした。武器を壊そうとした力強さ。その反動でまるで半回転するように態勢が崩れた。今度もきっと三日月剣で防ぐだろうとナッツは思い込んでいた。それしか手段がないだろうと思い込んでいた。
ジョレスは大胆不敵に三日月剣で防ぐという選択肢を捨て、寸前でしゃがんで回避という選択肢を選んだ。今まで防御一辺倒で回避を選択しなかったのは、ナッツの思考を懲り固めるためだった。
ぽんっ。
何かが近くに落ちる。
【火炎球】。
「……」
若干の思考硬直のあと、「ひぃっ」ナッツの小さい悲鳴。
自らに巻きつけた爆弾は強制的にかつ簡単に点火できることを無理やり思い出させられた。
「卑怯だぞっ、そんな方法は美しくないっ!」
ジョレスの言葉を借りてナッツは叫ぶ。
ジョレスは投げたわけではなく、落として見せつけただけ。
それでトドメを刺すと明言したわけではなかった。
叫びながら【火炎球】から逃げ出そうと立ち上がったナッツの首へと
「意趣返しだ」
三日月剣〔不可思議グランブル〕の刃が食い込む。
ナッツの首が成す術なく切り落とされた。
「なんとかなった……」
黒騎士アーネックに植えつけられた恐怖もなんとか克服できたのかもしれない。
少しだけ安堵して周囲を見ると、すべてが終わっていた。
純正義履行者はほぼ殲滅され、立ち向かった冒険者も多少怪我人はいるものの被害は最小限に抑えられていた。
「お疲れ、ジョレス」
戦いを終えたジョレスの元にデビたちが駆け寄ってくる。
その駆け寄ってくる姿にジョレスは久しぶりに安心感を覚えた。
「……なあ、デビ。こんなことを言うのは美しくないかもしれないけど」
安心感を覚えた途端、ジョレスの口から自然と言葉が零れ落ちた。
言ってしまった感があったけれど、一度出た言葉は止まらなかった。
「また、俺と冒険してくれ」
言った途端、デデビビもクレインもユテロも笑みが零れた。
「もうしてるよ、冒険」
ジョレスをお見舞いに来てからの一連のこの騒動は確かに小さな冒険と言えなくもない。
「それもそうか」
まるで冗談のように言ったデデビビの言葉にジョレスもつられて笑った。
***
イリュリアノーは純正義履行者の流れに任せるように動いていた。引き返せなかった。
「どうして――どうしてこうなった?」
口からは疑問が止まらない。答えも出ない。
冒険者との戦闘が始まり、クルシェーダも現れ、一発逆転の島にはたどり着けそうもない。
いやそもそもイリュリアノーはたどり着く意味さえ持たない。
なぜ自分がこの場にいるのか、なぜ自分の身体に爆弾が巻きつけられたのかが分からない。
ジゼル・マクファーレンの判断によって世界は救われていたことを知らしめれば、それでよかったはずだった。
なのに、自分の意志に問わず、今ここにいる。
目の前の純正義履行者が音もなく倒れた。まだ爆弾に点火してない冒険者だった。
ジネーゼの見えない凶刃が冒険者を倒した瞬間を見て、イリュリアノーは恐怖に震える。
商人の自分では、太刀打ちできない強さを感じて下半身から熱いものが自然と流れた。
すぐに恐れをなしてイリュリアノーは逃げ出していた。
どんっ、と誰にぶつかる。
イリュリアノーと同じように立ち止まった純正義履行者の冒険者だった。
「ごめっ……」
なぜか謝ってイリュリアノーはそのまま立ち去ろうとする。
その手をなぜか彼は掴んだ。
「もうだめだ。誰にも刻みつけれない。こんなはずじゃなかった。俺たちは俺たちの意志を刻みつけないと……」
イリュリアノーを掴んだのは無意識だったのか、それとも使命感だったのか。
「誰でもいい。誰でもいい。俺たちが、俺たちであると、刻みつけないと……」
自然と彼は自分の身体に巻きつけた爆弾の導火線に引火していた。
「離……」
嫌な予感がしたときにはもう遅かった。
手を振りほどこうとする前にイリュリアノーの身体に巻きつけた爆弾の導火線にもまた点火した。
「あ、あ、あ」
言葉にならない言葉で動揺し、導火線を握って火を消そうとするが消えない。手の火傷だけが増えていき、徐々に爆発までの時間だけが過ぎていく。
今度は爆弾自体を外そうとして、その複雑な結び目の読解に挑む。
「あ、あ、あああ」
一方でイリュリアノーの爆弾に火をつけた純正義履行者の冒険者は無謀にもクルシェーダへと突撃し、何も刻みつけれぬままに一蹴されていた。
そしてイリュリアノーも、
「どうして――どうしてこうなった?」
結局答えなんて出ない。
人知れず純正義履行者の崩壊とともにイリュリアノーの物語も終焉を迎えた。
***
最速の到達者ジゼル・マクファーレンは仲間を作らなかったのではない。
必要最低限の仲間を作り、そして自分だけが生き残るように立ち回って試練を合格していた。
そうした醜聞が広まり、断罪の黒園はひとりで挑まざるを得なかったのだ。
断罪の黒園で試練を受ける条件を知り、ジゼルは自分のやってきたことを初めて嘆いた。
そのどこにも記されてない真実をイリュリアノーは知らない。知っているのはすべて手記に書かれた残されていた事実だけだ。




