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tenth  作者: 大友 鎬
第6章 失せし日々
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悲鳴

 16


 アイタームの両腕は切断されていた。恐怖からか思考は冷静にならない。

 ただただ、恐怖から逃げ出そうと、自分に向かってくる男から背を向けた。

 切断された両腕は癒術による治療ができるとはいえ、自分の体にあったものがなくなる消失感は恐怖を生み出していた。

「敵に背を見せてんじゃねぇーつの!」

 嘲り笑うその男――ギンヂは木斬斧〔木を切るタゴサク〕で逃げるアイタームの背を思いっきり斬りつけた。背を向けていたアイタームに避けることはできない。斬られた勢いでステージから転がり落ちるアイタームを見てギンヂはそれ以上の追撃をやめた。アイタームは既に息を引き取っていた。

 セリージュの眉間に短剣〔薄化粧のベッタリ〕が突き刺さる。脳まで刺さったその短剣によってセリージュは一瞬で絶命。

 みれば右手、左手、左足の甲に右足の甲と、短剣が突き刺さった痕があった。全ては忍士ファグゾの攻撃によるもの。ファグゾは一刺しごとにどこかに身を隠す一撃離脱を得意としていた。

 その標的となったセリージュは成す術も無く、結果無残に殺されてしまっていた。

「つまんない、実にそう思う」

 ファグゾは至極退屈な顔をしてセリージュの死体を蹴飛ばしステージから落とした。

 一方、ふたりの死を目の当たりにして、怒りに血管を浮かび上がらせるシクリーヌは目の前の男を睨みつける。しかし対するシジマツはつまらなそうに欠伸をした。

「舐めるなっ!」

 余裕ぶるシジマツにさらに怒りを露にしてシクリーヌは突撃。

「そりゃ舐めるに決まってるやん。オイラ一撃で殺すやん」

 そう言い終わった頃にはシジマツは頭と体が離れたシクリーヌの背後にいた。首刈鎌〔呆気に取られるジャグジャグジ〕が一瞬にしてシクリーヌの首を刈り取っていたのだ。

 一瞬にして仲間が死ぬ光景を見たフィオナスの瞳に涙が溜まる。こんなはずじゃなかった。

 確かに自分たちは弱いかもしれないが、こんな場所で死ぬはずじゃなかった。四人で楽しく冒険していた情景が脳裏に浮かぶ。

 殺されたくない。死にたくない。楽しい思い出が蘇り、フィオナスを生にしがみつかせる。

「お前たちは人間じゃない、理解できない、怪物どもめ!」

 怨み辛みを吐き捨てなければ、精神が保てなかった。グレグレスが一歩近づいてくる。それだけで精神が脆く崩れ去った。保てる精神なんてとっくになかった。

「うわあああああああああ!」

 悲鳴を上げてフィオナスは走り出しグレグレスへと本指剣(チンク・エディータ)を振り上げる。

 それを見てグレグレスは愉悦の表情を浮かべた。

 ゆっくりと歩き、フィオナスが振り降ろした本指剣〔鼻水啜りのズルルゥ〕をいとも容易く受け止める。本指剣(チンク・エディータ)を弾き飛ばした鎌剣〔胃を抉るマルコイ〕がフィオナスの腹へと突き刺さり、グレグレスがその鎌剣を少し動かしただけで剣の名の通り胃を抉る。

「死」

 剣を抜こうとするグレグレスが何を言おうとしているのかフィオナスには分かった。痛みのせいで、落とした剣を拾う気力すらなかった。

「ね」

 絶命の瞬間、助けを求める声をあげた。

「誰でもいいから、助けっ――」

 その声は口から入り、眉間から出た、もう一本の鎌剣〔口を弄ぶシレシオゥ〕によって途中で封じられる。

「これで勝ちか。歯応えないな」

 フィオナスに語りかけるグレグレス。助けを求める声を刈り取った鎌剣を引き抜く。

「そして口答えもない。死んでるから当然か」

 グレグレスはさらにつまらなそうに吐き捨てた。


 ***


 そこに僕が到着する。両手には既に救いが握られていた。

「何をするつもりだ?」

 怪訝な顔で僕をみつめるグレグレスを他所に僕は、自らの手に作り出した【蘇生球(リヴァイヴァラー)】をフィオナスとアイタームへ放る。

 フィオナスは生き返らない。

 アイタームは生き返らない。

「てめぇ、それ……!」

 【蘇生球(リヴァイヴァラー)】だと気づいたグレグレスがふたつの鎌剣で僕を襲おうとするも

「試合外での争いは失格とみなします……」

 審判の声は震えていた。虐殺したグレグレスに恐怖を感じてしまったのかもしれない。

 審判を睨みつけ、けれどグレグレスはその審判の制止に従う。

 グレグレスはあくまでも試練内で殺しを楽しむ。つまりは合法の殺人を楽しむクソ野郎だった。

 僕は頭痛に苛まれた。【蘇生球(リヴァイヴァラー)】の反動。そんなのは慣れっこ。いつものことだ。気になどしない。

 再び【蘇生球(リヴァイヴァラー)】をふたつ作り出し、放る。

 セリージュは生き返らない。

 シクリーヌも生き返らない。

「くははははっ! 助かりはしねぇよ!」

 【蘇生球(リヴァイヴァラー)】による蘇生の確率が低いことなどとうに知りえている。

 しかし僕はこれで、何度も奇跡を起こしてきた。

 そう奇跡なのだ、この程度の技能で人を救えるのは奇跡だ。

 でも僕はこの奇跡に縋らなければ人を生き返らせることができない。

 「助けて」と叫ばれたのなら、僕は奇跡を信じて、投げ続けるしかない。

 僕の両腕には再び、【蘇生球(リヴァイヴァラー)】がふたつあった。頭痛はとっくにピークを超えている。

 迷わず投げる。

 フィオナスは生き返らない。

 アイタームは生き返らない。

 僕は再び【蘇生球(リヴァイヴァラー)】を作り出す。そこに諦念はなかった。

 ユグドラ・シィルで僕が諦めたせいで、リアンが危機に陥り、ノノノさんが死んだ。

 あれは誰がなんと言おうとも僕のせいだ。

 だから諦めるわけにはいかない。

「もう、やめなさいっ!」

 アリーが涙目で怒鳴り、僕の腕を掴んだ。それでも僕は止めない。

 制止を振り払い、ふたつの【蘇生球(リヴァイヴァラー)】を作ろうとしたけど、ひとつが限界だった。

 せめてひとりだけでも、そう願って一番近くにいたセリージュに球を放つ。


 奇跡が起こった。


「どうしてなのね?」

 生き返ったセリージュは状況が理解できずに、言葉を吐き出した。そして周りを見渡し、三つの死体を見て

「どうして、私だけ助けたのねっ!!」

 放った言葉は感謝ではなく怒りだった。自分だけを助けた怒りからその言葉は吐き出されていた。

 その言葉を聞いた僕に驚きも、戸惑いも、なかった。

 なんとなくその言葉もあり得るだろうと思っていた。

 状況を見れば、確かにそう勘違いする可能性はある。

 あり得ると思っていたのに、僕はかける言葉を見つけれなかった。

 【蘇生球(リヴァイヴァラー)】の作りすぎで意識が混濁するなか、彼女を救ってあげる言葉を探し出す。

 でも何を言っても、彼女を傷つけるだけのように思えた。

「あんたしか助からなかったのよ!」

 そんななか、アリーが怒鳴った。

 それは僕を思いやり、僕を責めたセリージュを傷つける言葉。

 その言葉でセリージュの顔が青ざめる。ようやくどういうことか理解したのだ。

 悔恨がセリージュの顔を覆っていく。目には涙。

「ごめ……」

 僕の意識はそこで途切れ、糾弾したことを謝る声はそれ以上聞こえなくなった。

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