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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
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些細

「それはわたしが美しくないから?」

 ジョレスの基準でどうか、とナースティンは問うた。ジョレスはそれを否定する。

「美しいだとか美しくないだとか関係ない。そもそもキミと俺は出会ったばかりで、知り合いかどうかも微妙だ。そんな人が俺のためを思って自爆する。確かに記憶には刻まれるかもしれない」

「でしょ、でしょ?」

「でも最初だけだ。すぐに忘れる。俺の記憶に残っているものより刺激的でもない」

 刺激的なことをして、誰かに記憶してほしい。ナースティンの言葉への答えのようにジョレスは言った。

 今までの戦いを振り返ってみてもそっちのほうが刺激的で、さらに言えば自分を巻き込んで自爆されるよりも、黒騎士アーネックの自分の人生を否定されたような言葉のほうが心をえぐられた。

「キミは自分が知っている程度の冒険者が死んだとき、その名前を、功績を完璧に言えるのか? あの人かー、程度なんじゃないのか。美しくないけど俺だってそうだ。キミが死んだら、迷惑も考えずに自爆した冒険者がいた、って程度で、数年後名前を言われたってきっと思い出せない」

「はぁ……はぁ……」

 図星なのか、改造(チート)の副作用によって凝り固まっていた思考が浄化されているのか、過呼吸を起こしていた。

「はぁ……はぁ……」

 そうしてナースティンはジョレスに馬乗りになりながらも抱き着くのはやめて、自分の身体に巻きついた爆弾を見る。

 まるで正気に戻ったかのように。

「いや」

 小さな悲鳴。

「いや、いやいやぁああああああああああああ!」

 無意識にナースティンは駆け出していた。体中にまきついた爆弾はちょっとやそっとじゃ取れないように結ばれている。

「なんで? メッです。メッ、メッ、メッ!」

 必死に導火線を掴むも火は消えない。水を被ればなんとかなったかもしれないがもう冷静ではいられない。導火線の火は止まらない。

「死にたくっ――」

 泣きながら叫ぶナースティンが爆発。

 ジョレスは泣いていた。人を傷つけないようにと言葉を選んできたつもりだったが、ナースティンを振りほどくために、明確に言葉の刃でナースティンの心に傷をつけた。

「おれは強くならなければ――じゃなきゃ醜悪だ」

 今後も口癖は治らないだろうが自覚する意味でもジョレスはこの時ばかりは汚い言葉を選んだ。

 黒騎士アーネックの言葉より、ミセスの死がジョレスの心を塞いでいた。

 ナースティンのことはきっと忘れるが、ミセスのことはいつまでも覚えていよう、忘れないでいよう、ふとそんなことを思った。


 ***


「こんなはずでは……」

 空中に飛ばれされたジェージは自分に飛んでくる【炎札(ファイアカード)】を見ながら後悔の言葉を残していた。

 ジェージは純正義履行者(エクセシブファンズ)に入りたてで改造(チート)こそしていないが爆弾は巻きつけていた。その体に【炎札(ファイアカード)】が当たればどうなるか、今更ながらに自覚して後悔した。

 巻きつけた時は浮かれていたし、他の冒険者たちも皆そうしていた。流されるように巻きつけて、断りもしなかった。おかしいとも思わなかった。

 死を目前にしてジェージは体に爆弾を巻きつけるのは愚かな行為だと自覚した。

 ジェージは純正義履行者(エクセシブファンズ)の中では珍しくランク7の冒険者だった。そして特典も持っていた。

 初回突入特典〔[毎日/出入(デイリー)]報酬(ボーナス)〕。

 毎日、街を出入りすることで少しいいことが起こるという特典で、“いいこと”は取得した冒険者の基準に準ずる。

 ジェージの住まいはユグドラ・シィルでリアネット・フォクシーネの笑顔に人知れず癒されていた。この子に挨拶されたい、それが密かな願いだった。

 初回突入特典〔[毎日/出入(デイリー)]報酬(ボーナス)〕はそれを叶えた。

 ジェージが仕事の成否にかかわらず終えてユグドラ・シィルを帰ると「おかえりなさい」と声が聞こえてくる。それが果たしてジェージに向けられたものかは分からない。それでも毎日、仕事の帰りにそんな声が聞こえてくれば、それは仕事の成功に繋がる。その日からジェージの依頼成功率は格段にあがった。 

 ささいな幸せ(報酬)を提供する、それが初回突入特典〔[毎日/出入(デイリー)]報酬(ボーナス)〕だった。

 けれどそんな幸せがぱったりと途絶える。仕事帰りに「おかえりなさい」も、仕事に行く前の「いってらっしゃい」もない。無言の出入りはジェージの仕事の成否にも影響して、見る見るうちに貯蓄も減り、仕事のうっぷんばらしで酒代も増えた。

 不満が募っていく毎日のさなか、獄災四季(カラミティカラーズ)――アリーの人災が発生し、その被害を最小限にしたのがリアンという噂が立つ。聖女と崇められ、昔から知っているジェージはいい気分になる。

 一方で、そのせいで自分への「おかえりなさい」がなくなった、と気づかされる。

 誰のせいだ? アリーのせいだ。そうに違いない。自分が持つ不満はアリーにぶつければいい。

 リアンのファンは探せば大勢いた。非公式非公認のファンクラブがアリーにも存在していたようにリアンにも存在していた。

 そんななかで自分の主張は認められ、他の主張も同意できるものばかりだった。居心地が良い空間での居心地が良い発言に乗せられ、悪女に存在を刻み付けようとしている純正義履行者(エクセシブファンズ)の存在をウィッカの集配員から聞く。

 ウィッカの集配員に自分の不満をぶつけたところ、ウィッカの集配員は「ジョレスというアリーの弟子がリアンの治療を受けた」という情報を共有してくれた。

 自分の「おかえりなさい」はないのに? そんな不満があった。

 悪女の弟子が聖女の恩恵を受けた? 自分はそんなことされたことないのに? 不満が募っていく。

 聖女が悪女の影響を受けたらどうする? 誰かが言った。

 悪女を倒せ、悪女に関わるものを排斥せよ! 聖女を守れ。すべては聖女を守るために。誰かが同調した。誰だったかはもう忘れた。。

 その場、その空間ではその流れに乗るべきだとジェージ自身は興奮し、冷静になれなかった。

「思えば、誘導されていたかもしれないンスか」

 【炎札(ファイアカード)】がぶつかり、爆弾に引火。

 ジェージは泣いていた。「最後に、声、聞きたかったな」

 それだけで幸せだった。それだけでよかった。ただそれだけで。

 その場の雰囲気を乱さないために取りつけた爆弾が爆発し、ジェージは最期を迎えた。


 初回突入特典〔[毎日/出入(デイリー)]報酬(ボーナス)〕は仕様として、冒険者を飽きさせない工夫がされていた。

 報酬(ボーナス)の品ぞろえは十日単位で区切られ、それが何回か周回したあと、次の品ぞろえへと報酬(ボーナス)が変化する。

 つまりそれが答えだった。

 ジェージが求めた帰り際の「おかえりなさい」が聞こえてくるという些細な幸せは報酬(ボーナス)の変化によって、別の些細な幸せに変化していた。

 挨拶がないからと募った不満を晴らすために買った自分のお気に入りのお酒はいつも割引されてなかったか? 

 ジェージがもしその些細な幸せの変化を見つけれていれば、この結末は迎えなかったのかもしれない。

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