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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
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忘却

***


「大丈夫?」

 デデビビが心配げに手を差し伸べる。

「どうして?」

 その手に触れるのを少し躊躇って、それでもジョレスはデデビビの手を取って立ち上がる。

「お見舞いに行ったら、いなくて探してたんだ」

 ジョレスの問いかけにクレインが答える。どうやら入れ違いになっていたらしい。

 ジョレスが逃げ出さずに癒術院にいれば出会えた。けれどそれだと病室にケセンセとナースティンがやってきて、個室での戦闘になっていた。

 そうなったら警備の人も巻き込んで大惨事になっていたのかもしれない。

「見つかってよかったべ。大変なごとになっでだ」

 ユテロもジョレスへと駆け寄っていた。

 ジョレスから突き放したのに、三人は駆け寄ってくれていた。

 デデビビが十本指を選出されたときに離別を選択したのはジョレスで、それに賛同するように、ではないが、そのタイミングでミセスも離れた。

 その提案さえなかったからずっと一緒に行動してミセスが死ぬこともなかったかもしれない。

 そんな想像ばかりして、泣きそうになる。

「……」

 助けに来てくれてありがとうとは素直に言えず、言葉を失ったままだった。

「おいおい、随分と悠長じゃねンスか? 分かってるンスか今? どういうン状況か?」

 四人を囲う冒険者集団のひとりが叫ぶ。

 もちろん四人も忘れていたわけではない。ジョレスの安否を優先しただけの話であるが、まるで蚊帳の外のような扱いに、男はお怒りだった。

「メッですよ、ジェージさん。仲間同士、最期の言葉になるかもなんですから。最期ぐらい楽しく会話させてあげないとっ!」

 ナースティンは笑いながらそう告げる。

 ランク的にはジョレスたちと同級のはずだが、その余裕は勝ち負けなんてどうでもいい、というところにあるのかもしれない。

「そうは言うんけどよ、お嬢ちゃん。全員もう痺れを切らしてるンだよ。今か今かと待ち構えてンスわ」

 ジェージはそう告げる。ジェージたちはとある理由で、数時間前に純正義履行者(エクセシブファンズ)に途中から入団した冒険者だ。

 改造者(チーター)にこそなっていないが、あることに執着した結果、純正義履行者(エクセシブファンズ)に合流していた。

「ジョレスってやつは悪女の弟子で、悪女の改心の手伝いはしないと純正義履行者(エクセシブファンズ)の合流を無下にしたンスよ。そうンスよね?」

「そうでーす!」

「なのに、こいつは聖女様の治療を受けてる。悪女の弟子なのに。どういう了見なンスか?」

 ジョレスは知らないことだが癒術院へ送られたジョレスや、今ここにいないアテシアなどはリアンが直々に治療している。

 当然、ふたりだけ特別視されたわけではなく、手の空いていた時間で癒術院に努めるリアンが治療に当たったというだけで、ふたりのほかに無数の冒険者も治療を施されている。

 だからお門違いの主張ではあった。それでもジェージは続ける。

「ンでそのせいで俺の些細な幸福は奪われた。そんなことがあっていいンスか?」

「ダ、メッでーす!」

 合いの手のようにナースティンはジェージの言葉に賛同を示す。決して否定はしない。

 ジェージの不満をまるで助長するのに賛同して、ジェージの不満がまるで自分のせいではなく悪女のせいだと決めつけるように同情を買う。

 あなたは全然悪くない、悪いのは悪女のせいだ。悪女のせいでこうなった。悪女を手伝う人がいるのも悪い。

 ナースティンはジェージの決めつけが激しくなるように、不満の矛先がアリーと、アリーに加担するものたちに向かうように誘導していく。

「だからオレが教えてやるンスよ。お前たちは間違っている。オレたちが正しい。刻み付けろ」

「そうだそうだ」

 と周囲が同調。

 盲信が心を支配し、不満のはけ口が見つかる。賛同者がこんなにいて、自分の主張が認められている。

 気持ちいい、という愉悦だけでジェージは行動に移していた。

 ジェージの主張がいまいち分からないのはジョレスたちだけなのだろうか。

 根本的な不満、根幹の部分をジェージは語らず、ただ不満があるから純正義履行者(エクセシブファンズ)に合流し、悪女の味方だから、という理由でジョレスたちを標的にしているような気がする。

 悪く言えばナースティンに利用されているのに気づけていないようにも思えた。

「ジェージさんたちもジョレスさんを狙いたいのでしょうけど、いったんメッです。他の方を倒せたら報酬(ボーナス)としてあげます。好きですよね、報酬(ボーナス)

「おいおいなンスか。報酬(ボーナス)って。最ぃ高ぅじゃねえンスか!」

「ということでジョレスさん、わたしのお相手お願いしますね。他の人を相手しちゃ、メッですよ?」

「だってさ、どうするの、ジョレス?」

「俺が相手するさ」

 ジョレスを意を決して駆け出していく。まだ病み上がりで全力は出せない。

「自爆してくるから気をつけろ。相手は勝ち負けを気にしてない」

 得た情報をデデビビたちに伝える。感謝はなかなか言えないのに、情報だけはきちんと伝えることができるのが絶妙に歯がゆい。

 ありがとう、と聞こえたような気がしたが聞こえなかったふりをする。自然と笑みがこぼれる。

「そんなにわたしの相手が嬉しいですか」

「嬉しいわけがない」

 抱き着こうとするナースティンを必死に回避。

 ナースティンの身体には爆弾が巻きついている。他の純正義履行者(エクセシブファンズ)と同じだ。

 まともに戦えば、手負いのジョレスには勝てるだろうに、そんな勝敗など関係なく、刻みつけるに必死になっている。

「メッですよ。ジョレスさん。わたしを刻み込んでください。一生忘れないように」

「美しくない。どうしていきなり師匠からおれへと標的を変えた?」

「どうしてってそんなの聞くのはメッですよ」

 照れながらナースティンは何度も抱き着こうと試すが、ジョレスは回避に専念し続けている。

 斬りつけることは病み上がりでもなんとかできそうではある。けれど体中に巻きつけた爆弾が邪魔すぎた。

 デデビビの【炎札(ファイアカード)】かユテロの【火炎球】あたりで簡単に決着はつきそうではあるが、ジョレスは距離を取って引火させる術を持たない。

 だからこそふたりの手が空くまで、ジョレスはナースティンの相手をしているのだ。

「でもでもどうしても、っていうのなら教えちゃいます」

 抱き着くのを拒まれてもナースティンは諦めずにジョレスの密着を試みる。一方で主張するときはきちんと話を聞いてほしいのか、動きを止める。

 動きを止めたところでジョレスは何もできないから距離をじりじりと広げていくだけだ。

 デデビビやユテロを待っている、と悟られないように、そして爆風から逃げれるように距離を空けていく。

「わたしはただの冒険者では終わりたくないんです。そして普通の生活をして終わりたくないんです。依頼を毎日こなして忙殺されるような冒険者に」

 ナースティンが主張する。

「だから刺激的なことをして、誰かに記憶してほしい。それはメッなことですか?」

「ダメかどうかは一概には言えない」

 何とも言えない答えをジョレスは返す。口癖である「美しくない」に似たはっきりとしない答え。罵詈雑言で誰かを傷つけたくない一方で、発した自分も傷つきたくないような答えだった。

「だからわたしを刻み込んでほしいんですよ」

「おれを選んだ理由は?」

「一目ぼれですっ! それってメッですか?」

 可愛らしく、そして照れながら×印を指で作ってナースティンは告げる。

 面とした告白を受けたジョレスだったが身の毛がよだつほどに寒気がした。

「もちろん悪女は許せないですし、ジョレスさんが悪女の弟子で加担するのもメッ、だとは思います。でもそれよりも何よりもわたしはジョレスさんに覚えていてほしいんです」

 真っすぐな動機なのに、だから対象に向かって自爆して死のうというおかしな行動にジョレスの理解は追いつかない。

「……」

 絶句するジョレスは油断もあったのか、とうとうナースティンに抱き着かれる。

「逃げないでくださいよ、メッです。わたしを刻み込んでくれないとメッなんです!」

 ナースティンは体中に巻いた爆弾のひとつを引火する。

 ジョレスは身じろぎ一つしなかった。

 諦念したわけではない。

 アリーへの復讐ではなくジョレスへの執着へと変わった心変わりの早さと、それでも手段を変えないナースティンの行動を見て、途端に憐れに思ってしまったのだ。

 ジョレスは強く抱きしめてきたナースティンの耳元で、一言囁く。

「おれはきっと、キミを忘れる」

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